TSして魔法少女になったら頭が可笑しい奴しかいないんだが 作:つる植物
赤崎は最近ぐっすり寝た記憶がない。
同盟国が留学生を送り込んできたせいでその対応に追われているのはそうなのだが、黒井がSクラスになったあたりから死ぬほど忙しくなったと思う。
執務室の椅子に座り机の資料を確認していたが集中力が切れて来た。
赤崎は深く椅子に腰掛けると体重を思いっきり背もたれに掛けて天井を仰ぐ。
間もなく午前0時、小学生になった子供の寝顔しか最近見ていないなと自嘲する。
(はぁ、今までも問題を起こすSクラスは数多くいたけど黒井は本当に別格ね)
全て始まりは世界を斬ったあの日からだと思う。
(そもそも「世界を斬る」ってなんなのよ……)
黒井本人が世界を斬ったと言ったからそう言っているに過ぎない。
便宜上「世界」と言っているだけで何を斬ったのかは今も分かっていない。
(世界を斬った余波で近くにいた九条が規格外のSクラスになった……正面にいた黒井はなぜ影響を受けていない……)
考えれば考える程ドツボに嵌まる、実際黒井に関しては日本ですら良く解っていない。
Sクラスは通常普通の魔法少女を超越する事である。
分かりやすいのが「2つ以上の権能持つ」か「規格外の魔力を持つ」の2つである。
(まぁその2つ以外聞いた事がないけど……)
九条はそもそも魔力の上昇量が異常だったのでいずれはSクラスになると思われていた。
黒井の影響で2つ以上の権能と規格外の魔力を持つ存在になってしまった。
2つの規定を満たしたのは九条が初めてではあるがまだ理解出来る存在だ。
(黒井がSクラスに至った理由、超越したものは未だに分っていない……)
黒井は魔力量はBクラス未満であり権能も1つしかない。
一応「世界を斬った」からSクラスだという事にはなっている、九条以外の政府や協会の関係者はそれで納得している。
しかし赤崎と九条は「世界を斬った」のは結果でしかないと思っている。
(まぁ、確認する術はないんだけどね……)
世界を斬ってもらいデータを集める事は出来るのだが、どう転ぶか全く分からない。
日本だけの問題で済めばいいが文字どおり世界が滅ぶ可能性すらあるのだ。
直接的には九条の超越、因果関係ははっきりしないが間接的には日本での魔獣の増加。
黒井がわずか1メートル程度を斬っただけでこれである。
研究したがっている人間は何人かいるらしいがリスクが大きすぎる。
政府は先例がないので許可出来ないと言っている。
私も反対なので日本の官僚機構や先例主義にここまで感謝したことはない。
黒井は日本が制御出来ている九条以下の脅威であると世界が認識し続ける状態を維持する。
黒井は他の国にとってもパンドラの箱なのだが日本にとってもパンドラの箱なのである。
日本はどうにかして黒井が死ぬまではパンドラの箱である事を隠し切らねばならない。
世界が滅ぶ可能性がある、その事実が明るみに出たら世界は黒井の存在を許しはしないだろう。
(歴代本部長はSクラスが起こすトラブルに頭を抱えていいただろう。だがなぜ私は世界の命運で頭抱えなければいけないの……)
給与は昨今の物価高で多少上がっているが、歴代本部長と同じ水準しか貰っていない。
全くもってやってられないと思ってしまう。
(九条は実際上手くやってくれているみたいだ)
正直な話、九条がいなければ日本は間違いなく詰んでいただろう。
Sクラスとはいえ色々なものを背負わせすぎている自覚はあるのだが代替案もないのだ。
(権能を作る権能、本当に何でもありだな……)
九条は分割思考の権能を元々持っていたが黒井の余波で魔力量が超越した上に意味不明な権能も手に入れている。
(九条は使い勝手が最悪と言っていたが、上手くやっているみたいだ)
何でもありみたいに聞こえるが実際の制約はかなりあるらしい。
新しく作った権能が他の権能と影響し合うかはやってみなければ分からないとも言っている。
九条でなければ使いこなすのは無理だっただろう。
完璧に使いこなしているように見えて実は綱渡りなのだ。
彼女はある意味において日本の状況を体現している少女でもある。
(まぁ私も九条もやるしかない)
黒井という規格外のトラブルメーカーを制御出来ているように見せる。
彼女は何とか言えば良いのか……同じ日本人なのだが私達と土台がズレている様な気がするのだ。
黒井の『日本』と我々の『日本』が違う、価値観が同じな様でどこか致命的にズレている。
だからこそ黒井を理解しきれていない感じがするのだ。
(言語化が難しいな、価値観が概ね一緒だからこそ違いが分かりづらい)
九条は美鈴が前世の記憶があるみたいなことを言っていたと話していたが馬鹿らしいと思ってしまう。
(メルヘンやファンタジーであるまいし……と一刀両断出来れば楽なのだがな)
ありえない事が起きすぎているので否定は出来ないのが悩ましい。
しかしそれを証明する方法はないのだ。
(いっそ未来でも当ててくれれば証明出来るんだがな)
黒井は前世について殆ど覚えていないと九条に言っているらしい。
黒井は孤児であり、孤児院ではかなり浮いていたと聞く。
子供が過酷な環境でそう言う特別な設定を作って精神を安定させるのは精神学的にはあり得るらしい。
(まぁ、今はどうでも良いことだ、仕事しよ)
赤崎は姿勢を正して書類の確認を再開するのだった。