TSして魔法少女になったら頭が可笑しい奴しかいないんだが 作:つる植物
私の目の前を両国の関係者があわただしく動いている。
我が国のAクラス魔法少女エミリーと、ブラック・ブレイドの模擬戦が急遽行われることになった。
奥様一筋の大統領が若い女性の通訳を希望していたのは、ブラック・ブレイドに接触するためだったのかと理解し、私、ソフィアは天を仰いだ。
「あなたのところの大統領、かなり愉快ね」
「すみません。ボスはかなりのいたずら好きで、我々も困っています」
沈着冷静なエミリーも「え、ホントに戦うの? 何か聞いてる?」と私に通信を飛ばしてきたので、「何も聞いてない」と返信した。
ブラック・ブレイドとの模擬戦は近接戦に特化したエミリーに課せられたミッションではあったが、留学先ですることを想定しており、こんなパーティー会場ですることを想定しているわけがない。
ちなみに私は遠距離戦特化なので、ブルー・カノンとの模擬戦のミッションを当然に課されている。その下準備として今日接触していたわけだが……。
パーティー会場の一部に、訓練用の異相空間が急遽展開される。
頼りない刀を持った黒いドレス姿のブラック・ブレイドと、両手にガントレットを装着して上下迷彩服を着たエミリーが異相空間に転送された。
ブラック・ブレイド。日本におけるSクラス1位。現状、近接戦においては世界最強と評されている。
権能は『殺気感知』。使う魔法は、斬撃を拡張する魔法、自身のスピードを上げる魔法のみ。
防御を捨てて回避に専念する、一撃離脱型の戦闘スタイルだ。
武器は骨董品レベルの、日本で量産されている刀である。
今日見た感じでは、オーラも何も感じなかった。
しかし戦績は化け物。我が国の諜報員が祖国に正確な情報を上げたら、クビになりかけたのは有名な話だ。
対して我が国でAクラスのエミリー。ガントレットは攻防一体の武器だ。
体術では右に出る者はいない。
魔力自体はブラック・ブレイドよりは多いが、平凡の域を出ない。
まぁ、我が国ではカートリッジシステムを採用しているので、魔力はガントレットを起動できる最低限あればいい。
いかにカートリッジシステムを使いこなせるか、それがクラス分けの基準となっている。
祖国のAIはエミリーが勝つことを予想している……が、エミリーが勝てる、いや勝負になる程度であればあんな戦績は不可能だろう。
この会場には西側諸国の武官も多数いる。みんな真剣な目でスマホを異相空間に向けている。
「そういえば九条さん、先ほどブラック・ブレイドと何やら通信していたみたいですが」
「ええ、ちょっと。皆さんに楽しんでいただかねばならないので、少しばかりアドバイスを」
「試合を少し長引かせろとでも?」
「いいえ、それはさすがに興ざめしますよ」
少し気になったが、まもなく模擬戦が始まりそうだ。私も異相空間に集中する。
ブラック・ブレイドは右手に刀を持って自然体であった。
鞘は確認できないので、居合は使わないらしい。
エミリーは右のガントレットを前に出して構える。
戦闘開始の合図が鳴る、エミリーが先に仕掛けた。
右手にはめられたのガントレットから膨大な魔力が放出され、マッハに迫る速さでブラック・ブレイドに突っ込む。
虚を突かれたブラック・ブレイドは、おそらく権能のおかげで間一髪のところで回避した。
本来なら回避不能である攻撃を避けたのはさすがだ。
(でも体勢が崩れている。エミリーの追撃が入る!)
誰もがエミリーの勝利を確信し、エミリーを見ると、彼女の首は既に地面に落ちていた。
「え?」
会場がざわつく。誰も彼もがエミリーの勝利を確信したはずだ。
練習用、つまり仮想空間なのでエミリーの首が一瞬で元通りになる。
エミリー自身も何が起こったか理解できず、自分の首を不思議そうにさすっている。
(おそらく回避と同時に拡張斬撃で斬ったのだろうけど、刀をまともに振れる体勢ではなかったのに……)
「初手は譲ってあげるように言ったんですけど、こんなものですね」
「九条、何が起きたか聞いて良い?」
「見てのとおりよ。すれ違いざまに斬った。それだけ」
「刀を振れる体勢ではなかったけど?」
「本人は当て勘とか言ってたわね。なんとなく急所の位置がわかるから、どんな体勢でも刀さえ振れれば斬れるって言ってたわ」
「権能ではない?」
「野生の勘ね。権能はあくまで殺気感知よ」
頼むから、データで表現できない項目を持ってこないでほしいと思った。
「しかし、あのエミリーって子、相当な傑物ね。意表を突いて体勢を崩せるなんてすごいわね」
「褒めてます?」
「日本のAクラス魔法少女ですら、誰もできていないわ。すごいわね」
おそらく心からそう思っているのだろう。
感心している九条を観察する。
九条に関してわかっているのは、膨大な魔力を持ち、膨大な並列処理ができることだけ。
彼女に関しては我が国の諜報機関を以てしても、権能はおろか使える魔法の種類すらわからない。
彼女が使っている『青い流星《アズール・カタストロフ》』も、ただ初級魔法を1000発撃っているだけに過ぎない。
魔法には少なくとも中級と上級があるのだ。
初級魔法であの威力。彼女の魔力で上級魔法を1000発撃てるのなら、我が国は焦土と化すだろう。
異相空間に視点を戻すと、エミリーは釈然としないといった表情でブラック・ブレイドと握手を交わしていた。
おそらくこの後、大統領の警備隊、諜報機関と解析班等、我が国総出で会議になるはず。意見を求められるだろうけど「何もわからない」以外に答えようがない。どう転ぶか予想がつかない会議を思うと、気が重くなった。