おニュー・サクラ大戦   作:サンジュルマン

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第二話「灯火ともる。帝劇の窓」・前編

 初春の柔らかな日差しが心地よい早朝。少し冷たい空気を堪能しながら、グラウンドを走り回っている隊員達へ向けて、俺は声を張り上げた。

 

「ペースが遅い! もっとシャキシャキ走らんかぁっ」

 

 ランニングの様子を観察するに、クラリスはかなり体力がない。他の隊員、さくら、初穂、あざみは思ったより基礎体力があるようで、余裕が見て取れたため少し驚いていたのだが、そんなことはおくびにも出さず全員を睥睨する。

 

「はあ……ひい……私はここに走りに来たんじゃないんですけどぉ……」

 

 クラリスが息も絶え絶えに漏らす。

 

「確かに。アタシは運動会しに来たんじゃなくて、演劇が出来ると聞いて来たつもりだったんだけどなあ」

「え、初穂って──ふっ、ふっ──そっちが動機だったの? てっきり防衛隊員として入ってきたのかと思ってた」

「いや……さくら、お前なあ……。まあいいや。そうだよ。アタシは劇団やりに来たんだ」

「このランニングは劇団員としての日課も兼ねている。もっと気合いを入れろ! 俺の担当である午前課において、唯一のすみれさんオーダーのメニューだぞ」

「じゃ、じゃあ……はあはあ。演劇は諦めますぅ……」

「どこに本命を持って行っている貴様ぁっ! 帝国華撃団は文武両道が本分! 勝手に戦線離脱するんじゃない!」

「というか隊長。てめぇなんでさっきからそんな無駄に偉そうなんだよ。ぶっ飛ばすぞコラ」

 

 初穂が堪忍袋の緒が切れたような表情で凄んでくる。

 

「よしっ貴様は元気があるな! 特別に三周追加だ」

「ああんっ!?」

 

 口では反発心を隠そうとしないが、意外にも素直に走ってくれている初穂。しかし、その威勢の良さとは裏腹に、彼女の走り方はお世辞にも上手いとは言えなかった。

 

 初穂は全身の力で地面を殴るように走っている。腕を振るたびに肩まで上下し、まるで全力疾走を続けているような走り方だ。短距離ならともかく、持久走でやれば無駄な体力を食う。持ち前の体力でそれをねじ伏せているようだが……さて、どう伸ばすべきか、と頭の片隅に記録した。続いて視線を移した。

 

 あざみは黙々と足を動かしていた。フォームは確かに整っているのだが、非常に特殊な走法をしていた。全く腕を振らずに小走りのようなスタイルを維持したまま”高速移動”しているのだ。忍者走りというヤツだろうか。

 

 確かに走れてはいるのだが……歩幅が極端に狭く、推進力そのものは弱い。飛び抜けて速いというわけでもない。技術で補っているが、身体能力そのものはまだ伸びしろがありそうだ。恐らく忍法的なものなのだろうから走法そのものに口を出すべきではないのかもしれないが……。ウェイトの軽さが武器にも欠点にもなり得るな、これは。

 

 そして最後。

 

 問題はさくらだった。見れば分かる。速い。とにかく速い。頭一つ抜けている。だが、速すぎる。長距離走であることを考えると明らかにオーバーペースだ。あるいはポテンシャルの高さから今回は走りきってしまうかもしれない。しかし、この傾向は落とし穴になり得る。試合形式の訓練に慣れすぎてしまっている人間によくいるタイプで、勝負どころと流す部分を区別できていない。彼女の身体能力は走り込みではなく、剣術の稽古で培ったものだと推察される。いっそ、試合と同様にワンセットのルーティンを意識させるべきだろうか。

 

 隊員達を観察しながら頭の中で訓練計画を組み立てているうちに、午前課の時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

   ***

 

 

 午前課が終わると昼食を兼ねた長めの休憩時間が取られる。そこで俺は即座に自室に籠もって溜まっている書類仕事に専念することにした。隊員達とコミュニケーションを積極的に取っていくべきかあれこれ考えた末、初めの”しごき”の期間はしばらく距離を置くべきだと結論したのだ。距離が近すぎるとどうしても緩んでしまい、新米を卒業させてやれない。ここでは鬼軍曹に徹するのが吉だろう。

 

 そうして書類仕事に一区切りつけると、昼食にちょうどいい時間になったのでホールの売店へ出掛けた。というのも、昼時はまだ食堂が稼働していないので売店でパンなどを調達するか、調理室を借りて自分で調理するかが、帝劇内での今のところの食事を済ませる手段だからだ。

 

「お、神山さん。見たで今朝の朝練。教官役も結構板についているんちゃう?」

 

 売店で在庫チェックをしていたこまちさんが、こちらに気づくとすぐに声を掛けてくれた。

 

「そうですか。いや、海軍仕込みのやり方しか知らないので、これで良いのか不安でしたが、そう見えましたか」

 

 実は結構不安だったので少しホッとした。

 

「うんうん。訓練生時代の殺意を思い出したわ」

「訓練課程が終了する頃には達成感に変わるぐらいの調整が難しいですよねえ」

「それなあ。あてはそういうのやれる自信ないわぁ」

「俺も自信なんてないですし完全に手探りですけどね。俺なんかよりこまちさんの方が適性高そうです」

「えぇ。それどういう意味なん? 神山さん」

「いや、そのさっぱりした感じが合ってるかなと」

「ん~。まあ……そう……かも?」

「ホラ、今も喋りながら手は動いているじゃないですか。そういうところじゃないですかね。……ああそうか。自分で言っていて思いましたけど、口では何だかんだ言っても行動でテキパキと正論を叩きつけるようなスタイルが良い……のかも?」

「ははっ。褒められて悪い気はせぇへんけどな。まあ、あてからアドバイスするとしたら、あんまり気張りすぎず何事もほどほどに、やで」

「なるほど。肝に銘じます」

 

 そう言って、パン代の釣銭を受け取ると俺は売店を後にした。

 

 

   ***

 

 

 午後は主にすみれさんをコーチとした劇団員としての稽古が行われることになっている。時間がある限りは見学するつもりだったので、早速お邪魔することにした。

 

「そこっ。もっと顎をお引きなさい」

「は、はいっ」

 

 ピシリとすみれさんの指摘が飛ぶと、さくらが慌てて顎を引っ込める。

 

「顔を下げるんじゃなくて背筋を伸ばして胸を張りなさい。正しく出来ていれば自然と顎は引っ込みますわ」

「……難しい」

 

 あざみがぼそり呟く。

 

「正しさは難しさ。その感覚は合っていますわよ。でもね、正しく出来るようになるとそれが一番楽で自然な姿勢だということに気づけますわ。──初穂さんはまだまだ甘いですけれど中々良い線をいっていますわね」

「まあ──気合いを入れれば──こんなもんだぜ」

 

 確かに初穂のそれは一番綺麗な立ち姿に見えるが、無理して綺麗な姿勢を取っている感があるのは素人の俺でも見て取れた。なるほど、奥深いな。思わず、俺も柱に寄りかかっていた身体を起こして直立不動の姿勢を取ってしまった。

 

 そう、見学している俺ですらこうなのだ。直接指導を受けている彼女らが影響を受けないわけがない。全員が自然と身を引き締めようと、自分の内側から意識が切り替わっていく様子が肌で感じられた。

 

 さすがは伝説のトップスタァ神崎すみれ女史。時折、叱咤の声は飛ぶが、打たれて響くような裂帛の返事しか聞こえてこない。必死な、追い縋るような、それでいて清廉さを感じる、混じりけのないひたむきさ。全員が真剣に打ち込んでいなければ出せない雰囲気がそこにはあった。午後課が終わる頃、そこにいたのは未熟な、しかしいっぱしの劇団員となった少女達だった。俺は指導者としての力量不足を痛感し、深く息を吐いた。

 

 

   ***

 

 

 午後課終了後、すぐにすみれさんに呼び出されたので支配人室へ。互いにソファに腰を掛けて対面し、カオルさんが淹れてくれた紅茶を片手に談笑を始めた。

 

「今日の稽古を見て思いましたが、やはり本格的に劇団を再稼働させるのも主任務の一つなのですね」

「ええ、もちろんそうですわ?」

 

 すみれさんがキョトンとしてこちらを見る。直後、納得したように目を細めた。

 

「ふふっ。そう言えばあまり説明はしていなかったかもしれませんわね。いやだわ、わたくしったら。わたくしにとっての当然は、神山くんにとっての当然ではありませんものね」

 

 そう言って笑う。

 

「ええ。大事な主任務ですわ」

「言葉としては確かに受け取っていましたが、その、本気度と言いますか……まさかここまでとは。すみません。軍属の任務としては少々想像を超えていたもので……あっ、いや! 嫌みとかではなく!」

「分かっていますわよ。もう、そんなに慌てて。真面目、というより面白い人ですわね。ふふふっ」

「……コホン」

「華撃団と歌劇団。武と舞。ここではそれらは表裏一体ですの。人々を守り、慰撫し、その想いが自らの力となる。帝都に咲く戦巫女。これ即ち帝国華撃団、なのですわ」

 

 その目には強い意志が宿っており、まるで魔力でも籠もっているかのような迫力がある。霊力が枯渇したため前線から引いたと聞いているが、とても信じられない威圧感だ。現に、俺の霊感は確実に何らかの重圧感を覚えている。知らず、ゴクリと喉を鳴らす。

 

「今後はそのつもりで俺も粉骨砕身、励む所存です」

「えぇ。でもほどほどにね。力みっぱなしでは持ちませんわよ」

「それ、こまちさんにも言われました。そんなに肩肘張っているように見えますかね」

「そうですわねえ。では、もっと手前の理由で頑張ってみる、というのはどうかしら?」

「と言いますと?」

「劇場運営が上手くいくと夕飯にデザートがつくようになりますわよ」

「……それは、大変やる気が出ますね」

 

 苦笑いしながら答えた。しかもこれ、わりと真面目に語っていると思われる。これまでの夕飯のメニューを思い出しながらその世知辛さを静かに噛みしめた。

 

「そうそう。団としての本格的な訓練一日目、まずはお疲れ様。早速ですけれど、何か課題は見えまして?」

「そうですね。隊員の特性はある程度は把握できたので、それぞれに合ったメニューを考えていますが──現状での一番の課題は自分自身ですね」

「と言いますと?」

「先ほどのすみれさんの指導を見ていて思ったのですが、俺のやっている海軍式は何か違う──というより、彼女たちには合っていないんじゃないかと思えてきまして」

「海軍式……。なるほどね。やはり今朝、無理にでも見ておいた方が良かったかしら」

「ああ、やっぱりちょっと違いましたか」

「一概に間違いとは言わないですけれど……そうね、神山くん。わたくしから助言するとすれば、頭を叩いて抑えるのではなく、尻を叩いて背筋を伸ばさせなさい、ということかしら」

「なるほど。やはり海軍式をここにそのまま持ち込むのは間違っていたようですね」

「……まあ思うところがあったようだから何も言わないですけれど。皆、繊細な乙女なのですから、壊したら怒る人がここにいるということだけは覚えておいてくださいましね?」

「……了解しましたっ!」

 

 謎の迫力を再度発動させるすみれさんに気圧されて勢いのまま返事をした。思わず起立し、直立不動の敬礼を披露する俺がそこにはいた。

 

 静かに脇に控えていたカオルさんがたまらず吹き出す姿が視界の端に映る。この神山誠十郎。恥じ入るばかり。

 

 

   ***

 

 

 次の日。朝の清廉な空気の中、隊員達がグラウンドに整列する。昨日よりは心なしか隊列が整うのが早かったような気がする。俺の訓練の成果というより、すみれさんの薫陶だろうなと分かってしまう。内省で苦笑しそうになる口元を、満面の笑みで覆い隠した。

 

「すまなかったな。みんな。無駄に厳しいだけなのは間違っていた。一度仕切り直そう。隊長の神山誠十郎だ。あらためてよろしく頼む」

 

 そう言って爽やかに笑いかけると初穂が大口を開けて声を荒らげた。

 

「こえぇよ! キャラ迷走しすぎだろ隊長さんよぉっ!」

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