箱の境界   作:yuruyuru

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作者が楽しいシーンを作者が楽しいままに書いてます。あ、師匠はオリキャラ想定で。


第4話

「師匠を捜しに行くんですか?」

 

「うん。色々と対応してもらったけどお礼言えなかったからね」

 

 ユリの隣で練を行っていたズシが「限界ッス……」と言って膝をつく。同じ練を行っているユリはねぎらいの言葉をかけつつウイングとの話を続ける。

 

 呆然としていて記憶も定かではないがユリが覚えている最後の依頼、ヒソカに壊された山村の依頼の後、おそらくユリ自身は師匠に助けられてしばらく共に過ごしていた。ある程度動けるようになったからウイングの元へ連れてこられたが、回復以前はもっと酷かっただろう。それに山村であったことも後から調べてみると「密猟者が」という言葉と共にすべて密猟者の行ったことにされていた。

 

 ユリが知る限りそんなことを出来るのは師匠である男だけだ。

 

 思えば何故ユリの依頼先トラブルを検知できたかも分からないが、聞こうにも礼を言おうにも師匠を捜す必要があるから。

 

 ウイングが気をかけ共に時間を過ごすことでユリはここまで回復した。念能力、発の力こそ元には戻らないものの自力で生き延び、ある程度の念能力者から逃げる程度の力は付けた。

 

 外に出ても問題ない。気になるのはそこではない。

 

「今のあなたなら危険を避けられるでしょう。ただ、私の知る限りあの人を捜すのはかなり難しいですよ」

 

「知ってる。元々人前に出られるような仕事してないからね」

 

「ユリさんの師匠はそんなすごい人ッスか!?」

 

「うーん、まあ、多分ズシくんが思う方向性ではないけどすごい人だよ」

 

「ズシの知る人で例えるならキルアくんと似た世界で生きている方です」

 

 え。ズシの大きな声で疑問が上げられユリも首を傾げる。キルアくん? ユリの知らない名前だった。

 

 一時的に念能力を教えていた弟子の名前。といっても彼らは随分前に天空闘技場の二百階に到達し目的を果たして旅に出立している。戦闘センスはずば抜けている。何より、キルアという少年の姓はゾルディックだ。ズシが首を傾げユリが納得する。ゾルディック家は知る人ぞ知る暗殺一家。影に生きる人。

 

 ユリの師匠も影に生きている。だからこそ見つけづらく、近付けば危険が伴う。

 

「私はお会いしたことがありません。正確にはユリさん以外関わっている人を知りません」

 

「電話で話したじゃん」

 

「あれをカウントしないで欲しいですね。一方的に話して切られただけです」

 

 キルアくんと言えば。話題を変えるようにウイングが話し始めたのはハンター試験のこと。一時的に師弟関係にあった二人の少年、ゴンとキルア。ゴンは既にライセンスを所有していたがキルアは試験に合格することが出来ずまだライセンスを持っていなかった。

 

 今年のハンター試験はもうすぐ行われる。ユリさんは既にハンターでは。ズシの言葉にウイングは頷く。

 

 もう一度ハンター試験を受けるわけではなく、ハンター試験会場には試験官や審査員を含めて多くのハンターが集まる。ユリの師匠自身が来るとは考えられなくても誰か情報を知っている人が居るかもしれない。

 

「もし会えたなら『勝手に人を置いて行くな』と伝えてもらえますか」

 

「ふふ、師匠は人の言うこと聞かないけど。一応伝えるよ」

 

「ユリさん、もう行っちゃうッスか?」

 

「今日明日で準備かな。ズシくんがフロアマスターになったって噂が聞こえたら見に来るよ」

 

 え。期待か不安か。ズシの言葉に「ん?」と一言だけを返すとズシが「頑張るッス……」と呟きながら修行を再開した。

 

 

 ウイングとズシの元を離れたユリは飛行船に乗って今年のハンター試験会場と思しき街へと向かっていた。基本的に毎年ハンター試験会場は内密扱いとなり志願者は「会場を見つける」ところから始まる。既にライセンスを持っている人間には興味もないことだが、万が一ライセンス所持者から志願者へ情報漏洩があると試験が正しく行われないため関係者でない限り会場は秘される。

 

 ユリは新しい携帯端末でとある人物に連絡を取る。

 

 優秀な遺跡ハンターでプロとしての意識とお人好し、というより人への興味を持つ人だ。「幻獣ハンターのユリです、今どの街に居る?」 そうメッセージを送ると数分後に電話がかかってくる。

 

『貴女の師匠じゃないんですから、端末の番号を頻繁に変えるのはご勘弁願いたいですね』

 

「サトツさんも師匠に良い印象無さそう」

 

 サトツ。ユリが師匠の下で念を学んでいた期間に会った数少ない師匠の知り合いだ。

 

 前年のハンター試験の試験官を務め、毎年何かとつけてハンター試験の結果や過程を気にしている。この時期に居所を聞けばきっと会場近い場所になる。

 

「師匠捜したいんだけど、どこかで直接話せる? 電話だけじゃ本人か心配でしょ」

 

『……それでは、飛行船が着陸する場所で待っています』

 

 何で飛行船に乗っているって知ってるの。ユリの言葉に返事はなく『では』という言葉と通話終了の音が流れた。

 

 疑念を持ちながら着いた発着場でユリの知る遺跡ハンター、サトツが彼女を迎えゆるりと片手を振った。「お久しぶりです」 サトツに同じ言葉を返す。

 

「何があったかは存じませんが、以前貴女の師匠から『新しい番号で連絡があるだろうから様子を見てやって欲しい』と言われておりまして」

 

「うわあ、サトツさんに連絡するところまで読まれてると捜せる気がしない」

 

「彼は『また仕事に行こうとするだろうから』とおっしゃっていました。ですが貴女は仕事ではなく彼を捜しに行くのでしょう? 彼にとっての想定外だと思いますよ」

 

「サトツさん優しいね、情報ちょうだい!」

 

「残念です。情報があれば貴女に貸しを作れたのですが。会場に行かれますか?」

 

 別に知ってる情報くらいならあげるよ。頬を膨らませながらユリはサトツの隣を歩く。

 

 会場に向かう途中、今まで何があって仕事をしていなかったか話すもサトツは「師匠同様に事件に事欠かない人ですね」と笑う。サトツもプロハンターとして遺跡の発見、保護をしている。多くを見てきたのだろう。それもあの師匠と知り合いで。

 

 ユリは不意に「サトツさんは何で師匠を知ってるの?」とサトツを見上げ問いかけた。

 

 遺跡の発見と保護。サトツの仕事は影との関わりは必要ないように見える。

 

 サトツはしばらく考えるように空を見た後に人差し指を自身の口元へ置いた。「内緒です」 狡い人だ。視線を前に戻したユリは見慣れない小さな人を見つける。

 

「おや、キルアくん」

 

「あれ、サトツさんじゃん」

 

「合格おめでとうございます」

 

 会場に向かう、ハンターたちの拠点へ向かう人通りの少なくなった場所で二人は小さな人、少年とすれ違った。キルア、と呼ばれた少年は声をかけられ足を止めると素直に「ありがとー!」と笑う。

 

 キルアという名前はユリにとっても最近聞いた名前だ。

 

「キルアくんってウイングが弟子にしてたっていう?」

 

 どこかへ向かう足を完全に止めたキルアはユリを見上げじっと見つめる。おねーさん、ウイングさんの知り合い? 値踏みするような視線へユリは笑んで返す。ただの同僚だよ、と。ふーん、と興味なさげな返事をしながらもキルアの目は僅かに細められる。決して純粋な子供では有り得ない目だが、敵意がない分ユリにとっては気が楽だ。

 

「そういえばキルアくん、おうちを利用するようですが」

 

「え、サトツさんうちに依頼すんの!?」

 

「いえいえ。キルアくんなら彼女、ユリさんの師匠をご存知かと思いまして」

 

 ゾルディック家。キルアが生まれた家は有名な暗殺一家。彼の少年らしい明るさに忘れていたユリはそういえばそうだった、と思い出す。同じ影に暮らしているのなら。

 

「関わってるとしたら『後始末』の手伝いじゃないかな。古い銘柄の煙草をずっと吸ってて、仕事中は黒い外套を着てる、名前は多分名乗らないし仕事が終われば基本そこで縁切りみたいな」

 

「あー、多分、知ってるかな。連絡先変えてなければ分かるけど、おねーさんの師匠? あのオッサンが?」

 

「そう、だと思う。追いかけたいんだけど」

 

「……うーん、あのオッサン仕事は完璧だから捕まえんの大変だぜ?」

 

「大丈夫、分かってる」

 

 キルアは荷物の中から携帯端末を取り出した。周りに人が居ないことを確認し、登録してある番号へ発信するとすぐに端末をスピーカーモードへと切り替えた。良いの? 口には出さずユリが首を傾げるとキルアは少年っぽく笑い「しー」と内緒話を始めるしぐさをする。

 

 何度か呼び出し音が響いた後、ぷつりと音がして静かになる。繋がった。その画面には何も映し出されていないがサトツも興味深げに身を乗り出す。

 

『……何か依頼か? キルア坊ちゃん』

 

 不機嫌とも気怠くも捉えられる低い声が端末の向こう側から響く。

 

「未だに坊ちゃんっていうのオッサンか家の人だけなんだけど。じゃなくて、今どこにいる? ちょーっと面倒やっちゃってさ」

 

 深いため息が聞こえる。煙草を吸っていたのか向こう側からジュ、と火が水に溶ける音がする。

 

『スワルダニシティ、野暮用。——待て、何でスピーカーモードにしてる?』

 

 仕事に必要なことだけを喋っているのかと思えばより低い声が出された。

 

「え? 普通に通話してるけど」

 

 慌てることなくキルアがそう返すも、向こう側から答えはない。

 

『周りの音が入ってる。……ユリか』

 

 小さく聞こえた名前を最後に通話は切断された。

 

 残念。流石に騙しきれないか。キルアが笑う。

 

「あのオッサンこの番号すぐに捨てるけど大丈夫そう?」

 

「うん、ありがとうキルアくん」

 

 スワルダニシティ。多分師匠はキルアに、自分に場所を知られたことで移動を考えるだろう。だが、何か痕跡があれば。何よりその場所に近付ければ良い。ユリはキルアとサトツに礼を言うと出てきたばかりの飛行船発着場へ向かって駆けていった。

 

 手を振り背中を見送ったサトツはキルアを見下ろした。

 

 キルアは再び端末を取り出すとどこかにかけてスピーカーモードにした。家か、だとしたらサトツであっても人が居る場所でかけはしないだろう。

 

『切るぞ』

 

 通話開始と同時に聞こえたのは先ほどと同じ声。ユリの師匠が持つ別の端末へかけていた。キルアは笑い、携帯端末を掲げてサトツへと渡す。

 

「お久しぶりです」

 

 束の間の静寂の後にスピーカーから聞こえる深すぎるため息。

 

『サトツか、何でユリが俺を追うようなことをしてる』

 

「私が唆したように言われるのは心外ですね。彼女はここに来た時から貴方を捜そうとしていましたよ」

 

『じゃあ止めて欲しいんだがな』

 

「ユリさんは貴方から聞いた状態から随分回復しているようでした」

 

『そうか——いや、聞いてねえよ』

 

「なあなあオッサン、あのおねーさんってそんな強い?」

 

 身を乗り出してキルアが端末へ声をかけると返事はまたなくなり、しばし無音になる。期待に目を輝かせるキルアの耳に仕事中でも聞いたことが無いような彼の低い声が届いた

 

『ユリに手、出すなよ』

 

 通話終了の音が流れ、サトツはキルアへ端末を返す。

 

「オッサンがあそこまでキレてんの初めて聞いた」

 

 良いもん聞いたー。端末越しにも感じた殺意を笑ったキルアは友達を待たせていると言ってサトツに手を振りユリと同じく飛行船の発着場の方向へと走っていった。

 

 本当に話題に事欠かない子たちですね。

 

 サトツは再びハンター試験会場だった場所へ向けて歩みを進めた。

 

 

 場所は変わり同時刻のスワルダニシティ。郊外の安宿。キルアとの電話を切ったユリの師匠である男は一回目の通話がかけられた端末を破壊すると部品の塊を捨てた。もう一台、サトツと話した端末は唯一の「私用」端末だ。相手がユリの居ない場所でこちらの番号にかけてサトツと会話させたのはあの子供なりの気遣いのつもりだったのか。

 

 どちらにしても。

 

 男は端末からキルアの連絡先を消した。

 

 この端末の連絡先を教える相手はもう少し選ぶことにしよう。

 

——随分回復しているようでした

 

 サトツの言葉に反応して出た言葉は文字通りの無意識だった。

 

 今日だけで何度目か分からないため息を吐く。

 

 安宿の床が揺れる。がさつな足音がいくつも宿に入ってくる。ハンターが数多く居るこの街でも彼に依頼は来る。外套を羽織りフードを深く被る。この薄暗い場所で自分を見付けられるというなら見付けてみればいい。

 

 見付けられず諦めたなら。

 

 力を込めた男の拳にオーラが溜まる。

 

 今度は、全てを忘れたらいい。

 

 

 スワルダニシティに着いたユリは早々、旧友との再会を果たしていた。

 

 師匠を追いかけているから助けて、と、こともなげに言い放ったユリの頬を強い力で摘まみ上げているのはカイト。小型、中型獣を専門にするユリと異なり大型獣を専門とする幻獣ハンターだ。似たような仕事をする上で、有益な情報のやり取りをよく行っていた。ユリにとって頼れる先輩であり頼れる同僚だ。頬を摘ままれているが。

 

「いひゃいよ、カイト」

 

「急に連絡が取れなくなったかと思えば事前連絡もなく『師匠捜しを手伝え』とはな」

 

「私にも色々あったの!」

 

「そりゃそうだろう。でなければ管理している保護区にすら連絡がない状況にならない。はあ、とりあえず状況を聞こう」

 

 頬から手を放し足の長さの差も考えず歩き始めたカイトを追って、抓られた頬を撫でながらユリは小走りで後を追った。物陰から一対の視線が二人を見送った。

 

 適当な飲み屋で個室に入ったカイトとユリはひとまず連絡先を交換し近況を話し合った。ユリの携帯端末が壊れた理由から過去へと遡っていく。保護区内で起きたこと、天空闘技場で戦った相手、自分が暗殺対象にされていたこと。

 

 折々で食事の手を止めるほどの衝撃を受けながらすべての話を聞いたカイトはため息を吐きつつ再びユリの柔らかい頬を抓った。

 

「何もかも相談しないのは悪い癖だ」

 

「えぇ……でも師匠の連絡先は知らないし」

 

「師匠……、そうか。これからは師匠以外にも相談してみると良い。そのウイングという同僚にも。俺でも良い」

 

 個室の外で硝子の割れる音がする。騒がしい店だ。カイトが笑いながらグラスを傾ける。何はともあれ互いが無事に会えたんだから乾杯するか。彼が差し出したグラスへユリは果実水の入ったグラスを軽くぶつけた。乾杯。

 

 スワルダニシティに着いたこの日からユリはしばらく街に居るというカイトと同じ建屋に宿を取り、師匠の痕跡を追い始めた。

 

 分かりやすいのは古く廃版が近いであろう銘柄の煙草購入者。郊外でだけ売られているその煙草の購入者は複数。だが多くはない。うち一人は黒ずくめの格好をしていた、らしい。他の人間は継続的に来ているらしいが黒ずくめの男はまとめ買ったのもあってか姿を見なくなった。もし来なくなった男が師匠なら街を離れたのか。

 

 街を離れたとしても確証が無いなら全て調べてから。

 

 ユリはスワルダニシティの郊外で直近に起きたすべての凄惨な事件を調べようとする。が、それはカイトに止められた。師匠がプロなら調べてすぐ分かるような事件にはならない。

 

 じゃあ小さな事件を見た方が良いのか、シンプルに足で探した方が良いのか。ハンター協会本部もあるこの街で無作為に円を広げると余計なトラブルを呼ぶ。もし師匠がまだ街に居るなら行きそうな安い酒屋、安い宿を巡る。師匠と似た気配は残っているものの本人は居ない。

 

 カイトの街での用事が終わり明日にも仕事に戻ろうという日になり、ユリは精一杯媚びる視線でカイトを見詰めた。不慣れな媚びる視線を彼は見下ろし呆れる。

 

「そんな目をされても仕事は仕事だ。悪いな、連絡くれれば知識くらいくれてやっても良い」

 

「幻獣より追いづらいんだけど、あの師匠」

 

「流石ではあるが……、あー。この街で出来る最終手段がある。やってみたいか?」

 

「え、もちろん」

 

「恨むなよ。こっち来い」

 

 おもむろにカイトはユリの手を掴んで引いた。決して痛くはないがユリの歩幅を相変わらず考えない歩みに一瞬こけそうになりながらユリが続く。向かうのは郊外の路地の中。一応女だから一人で絶対入るな、とカイトに言われた場所。街灯の光は入らず周りの建物が作る影でいつでも暗い。叱られることが無くなるなら一人になってからこういう場所でも探そうか。

 

 思考が逸れたユリの身体が強く引かれ、背中が路地の壁に叩きつけられ鈍い音が響く。

 

「悪い、頭ぶつけたか?」

 

 ユリの身体を押さえつけるように首の下を腕で押さえながらカイトが声をかける。

 

「だい、じょぶ」

 

 驚きで言葉を詰まらせながら応えたユリは自分を壁へと押さえつけるカイトの手に触れる。

 

「そのまま俺の手を引きはがすフリをしてろ」

 

 これが師匠を捜す方法? 言われたままユリがカイトの腕を少しだけ強く握る。

 

 カイトはユリを壁に押し付けたままどこか別の場所に意識を向けている。未だこの街に居るのか。

 

 彼女も同じ方向へ意識を逸らそうとすると額に何かが触れた。至近距離にカイトの顔があり、帽子のつばがユリの額に触れた。

 

 刹那。刺すような殺気が二人へ向けられた。

 

 同時に殺気の方向を見やりカイトは腕を下ろしてユリを解放した。建物しかない郊外の路地裏。殺気が向けられた方向には一瞥する程度では何も居ない。殺気も一瞬で消えている。

 

 カイトが帽子をかぶり直し、ユリを見下ろし笑う。

 

「ほら行け。獲物、逃がすなよ」

 

 彼の言葉にユリは弾かれたように姿勢を整え、全力で殺気の方向へ飛んだ。

 

 

 やっちまった。

 

 夜の路地を逃げ駆ける男は背後から確実に追ってくる気配を感じて小さく舌打ちをもらす。

 

 逃げているのはユリの師匠。先ほどカイトが講じた最終手段に騙され一瞬殺気を放ったがために逃げ切ってやろうとしていた弟子が背後から追ってきている。全速力で走ればオーラで所在がバレる。絶を使えば追いつかれる。隠れたとしても動物的な勘が鋭く、仕事で幻獣を追いかける彼女に通じるかどうかは五分五分だ。そんな低い可能性にはかけられない。

 

 追いかけっこならば分があるのはこちら。視界に収められ音を聞かれたとしても先に体力が尽きるのはユリだ。

 

 逃げ切らせてもらおう。

 

 足に力を込め速度を上げた瞬間、男の目の前に念で作られた壁のようなモノが作られる。男にとっては見慣れたモノだ。走る勢いのまま体を回転させ念で強化した蹴りを壁へぶつける。

 

 ユリが作る檻は念能力者であれば内側から割ることが出来る。それが彼女にとって「必要」で「充分」だったから。

 

 壁にぶつかった男の足裏に鈍痛が染みわたり、目の前の壁にヒビが入る。ヒビが入り、割れない。

 

 何故。彼女の檻はこの程度の力で割れるはずだ。何なら過剰なまでの力を込めたのに割れていない。ヒビが入っただけだ。呆ける男の背後に彼女が足を降ろす。

 

「つかまえた」

 

 男が振り返った瞬間壁は払われユリは両手を広げて飛んだ。

 

 師匠である男は咄嗟に横へ避けた。目の前に弟子の身体が落ちた。

 

「……追いついたんだから受け止めてくれても良くない?」

 

 茫然自失とした弱い声ではなく自分へ向けられた意志のある声。男は再び逃げようと足に力を込めるが、見透かしたユリはすぐに二人ともを捕らえる箱を作った。師匠の突発的な一撃なら耐えられる箱だ。

 

 立ち上がり服についた砂を払う。久しぶりにちゃんと見た師匠は覚えている姿のまま。黒い外套を身につけている。

 

「というかお礼言いたいだけなのに逃げないでほしい」

 

「……礼?」

 

「保護区のこと、後処理してくれてありがとう。それに私自身も、多分師匠が助けてくれたんでしょ?」

 

「……通りがかったらボロボロの弟子が落ちてたからな」

 

 立ち入りに事前申請と事前許可が居る保護区内にわざわざ通りがかることが? 問い詰めればまた師匠は本気で逃げようとする未来が見える。

 

「礼が目的なら出してくれ、もう良いだろ」

 

「ねえ師匠。なんでそんなに避けるの?」

 

 ゆっくりと差し出した手すら避けるように男は後ろへ下がりユリの作った壁に背をぶつける。

 

「ウイングのとこに置いて行くし」

 

 一歩近づけば警戒し男の纏うオーラが増える。それでも敵意はない。

 

「キルアくんの電話は切るし」

 

 キルアの名前を出して初めて感じる男の敵意も一瞬で消える。

 

「ねえ師匠」

 

「修行は終えてるんだからもう師匠なんて呼ぶんじゃねえよ」

 

「さっき『弟子が落ちてた』って言ったじゃん」

 

「揚げ足取りを教えた覚えはねえな」

 

「師匠を見て覚えた」

 

 盛大な舌打ちと共に視線を逸らされユリは師匠の片手を取りあげた。手袋をしていない素手で触れた彼の手はすぐに取り返されそうになり彼女は力を込めて握った。明らかに狼狽する男の身体からほとんどのオーラが立ち消える。

 

「ガキじゃないんだ、いい加減分かってるだろ。俺がどういう仕事をしているか、くらい。お前はウイングのような普通の環境に居れば良いんだよ」

 

「……ねえ師匠。私が使ってた力ね、『保護』のためじゃなかった」

 

 男の顔を見上げていた視線が下がる。両手で捉えた片手は力が抜けている。

 

 ユリが思い出すのは保護区であった事件と投げられた言葉。そして自分がやったこと。人を手にかけた。それ自体は冷たく聞こえたとしても心に落ちるほど大きな出来事ではない。だが、あの時保護区で守ろうとした人は自分の能力に閉じ込められ外からの力に斬られた。

 

 手をかけたのは自分ではないけれど、切っ掛けを作り保護できなかったのは自分の能力だ。保護ではなく内側を外から壊す檻だ。

 

 師匠から教えてもらった保護じゃなかった。

 

「ごめんなさい、師匠……」

 

「何故、謝る」

 

「『保護』って修行してもらったのに、全然違ったから」

 

 頭上からため息が落ちてきてユリが掴んでいる力が緩む。ごめんなさい。ユリの謝罪の言葉が何度も地面に落ちる。

 

「ああ、くそ。ユリ、謝らなくて良い」

 

 力が緩み離れかけた手を強く握られ引き寄せられる。男の身体にぶつかった。背後にあったはずの壁はいつの間にか消えている。

 

 保護の力じゃなかった。

 

 囲った腕の中で聞こえた小さな言葉をかき消すように男はユリの頭を抱いた。

 

「俺は知ってたんだ。お前の力が『保護』するための力じゃないことも、全部な」

 

「師匠が、何で……?」

 

「誰がお前を育てたと思ってんだよ。ほら、落ち着け。もう、全部話してやるから」

 

 一定のリズムで頭を撫で叩かれ、ユリは目の前の黒い外套を強く握りしめる。久しく嗅いで居なかった煙草の匂いがユリの中に満ちる。

 

 幼い頃にも、何度も同じことがあった。

 

 落ち着いたかと声をかけられユリは外套を掴んだまま何度も頷く。

 

「俺の宿に行こう。お前らに追い回されて辺鄙な宿になったがな」

 

「師匠が逃げるから」

 

「追われたら逃げるだろうが。的確に俺が居るところ狙ってきやがって」

 

「追うの上手になったんだよ」

 

「ああ、はいはい。上手上手」

 

 男に手を引かれ向かう男の宿。久しぶりの師匠にユリの話は止まらない。師匠から離れてどんな仕事を誰としてきたか、これまで何があったか、カイトとウイングにはどこで会い何をしてきたか。

 

 男は軽口を交えながらも彼女の話を聞き、自分が借りている建屋へとユリを招き入れた。

 

 一棟丸ごと借りている木造づくりの古びた感じはありながら二階建ての宿。扉に鍵をかける男の前でユリは宿の中へと駆けこんでいく。何か隠していないかと楽し気に棚を開け回る。幼い頃に見ていた姿と変わりないな、そう思う男の前でユリは次々と武器や仕事道具を隠し場所から掘り出しては得意げに振り返る。先ほどの考えは撤回しておこう。

 

 とりあえず煙草を吸おう。

 

 リビングのソファーへ深く腰を落とし、灰皿を引き寄せると触れるほど近くにユリが座る。

 

「なんだ、吸いたいのか?」

 

「一回吸ったけど美味しくなかったから要らない」

 

「そういうとこはガキだなあ」

 

「ねえ、師匠。教えてくれるんでしょ。全部、教えてよ」

 

「……ああ。お前は、どこまで覚えてるかな」

 

 吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押し付ける。湧き上がった白煙は古い木造の天井に出来た隙間へと吸い込まれていった。

 

 男が語り始めたのは古い話。

 

 幼い少女でしかなかったユリは事件に巻き込まれていた。人質を取っての身代金要求。それだけならばハンターが出張るようなこともなかったが、犯人は念能力を収めており境界で把握する限り同胞を手にかけることもいとわないほどに凶悪。

 

 人質を盾にしているが過去の事件で生き残っていた人質は居ない。

 

 今回も同様だろうと踏んだ警官とハンター協会が出した結論は人質は死んでいるものと考え犯人の捕縛もしくは殺害を優先とした。

 

 実行部隊に選ばれたのがユリの師匠になる男だった。もし人質が生きているならば「回収」と証拠物品の収集。

 

 闇に紛れ犯人グループのいる場所に侵入した男が見たのは檻と、唯一の生き残りであるユリと、その家族だったモノ。少女だったユリは生きて、意識を保ち、侵入してきた男を見つけると檻の中から笑いかけた。小さな手の中には血で汚れた何かを抱え、家族か同じ人質の身体に囲まれながら笑った。

 

 血で湿った匂いと赤黒い景色の中、少女は笑いかけている。倒錯的な景色に、男は暫し動きを止めた後に檻を開いて少女を檻の中から拾い上げた。

 

 仕事を終えた後、男は少女を警察へ渡そうとしたが少女は男以外を受け入れず、仕方なく一時的のつもりで少女を預かった。血だまりの中で笑った少女はそれでもトラウマを強く抱えており言葉を話さず最低限以外の動きがない。男を見れば必ず笑いかける程度。

 

 食事もままならなかった。だから。

 

 男の念能力で少女の中に残るトラウマの記憶を「隠した」 消しきることは出来ず、生きる力を取り戻したものの少女が、ユリが覚える念能力は歪だった。過去の己を思い起こさせる外からは無防備な「檻」を創り上げた。

 

 それは「保護」が出来る能力だ。

 

 ユリの歪さに気付きながら男は「嘘」を植え付けた。ユリはそれを信じて念能力を覚え、幻獣ハンターとして「外」へと働きに出た。

 

 

「俺が中途半端にお前の記憶を隠したから、お前の能力は歪なまま。俺が保護の能力だと言ったから他の奴らに本質をバラす余地を作った。……悪いのは、全部俺なんだ」

 

 悪かった。

 

 男の視線は決してユリを向かない。

 

 ユリは男の語った自身の過去を思い出そうとする。思い出すのは酷く暗い景色と、今なら分かる血の匂い。そこに誰が居たか、何があったかは分からない。

 

 彼女はそっと師匠の握られた拳に手を重ねた。

 

「師匠は私を助けてくれただけ。うん、まあ、死にかけたこともあるけど。今生きてるのは間違いなく師匠のおかげってことでしょ? ……ありがとう」

 

「お前は……お前は相変わらず能天気だな」

 

「え、酷い!」

 

 頑張ってきたのに。そう言って幼い頃と変わらない様子でユリは師匠へと飛び掛かった。今度はしっかりと受け止め、容易く彼女の身体をソファーの上へと組み敷いた。動けない姿勢にされてもからからと子供のように彼女は笑う。

 

「お前の力は保護じゃあない。標的を殺しも、生かしも出来る」

 

 男はユリの顔にかかる前髪を除ける。

 

「俺を師匠と呼び続けても俺はお前に影の道しか教えてやれねえぞ。だからウイングの元に置いて行った」

 

「……うん、ウイングは『良い』指導者だと思うよ」

 

「お前をこの道から逃がしてやるには、これが最後のチャンスなんだ」

 

「師匠。……ねえ、師匠」

 

「なんだ?」

 

「私、師匠は一人で良いの」

 

「……じゃあ、基礎から修業し直しだ」

 

 えっ、と勢いよく上げた頭が鈍い音を立ててぶつかる。

 

 低いうめき声を残してユリの上から退いた男は額を手で押さえる。

 

「お前な……」

 

「ウイングにも基礎修行やらされたのに!」

 

「足りてるわけねえだろ。仕事に入ってからサボりやがって」

 

 何で知ってるの。

 

 ユリの疑問に、師匠の男ははぐらかすために笑った。

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