遡航航路:キャロ・ランバースのやり直し   作:ZM-Kar

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そ-こう【遡航】流れをさかのぼって航行すること




Log000「プロローグ」

 視界は真っ赤に染まり、眼前に広がる光景は不快そのものであった。

 バチバチと火花を散らし、黒煙を吐き上げて燃え盛るコンソールは言うまでもなく、あらゆるエラーメッセージの類をけたたましい警報音と共に延々垂れ流すホログラムディスプレイの存在も、この乗艦〈フロウ・ゼラン〉が、ほどなくして辿るであろう悲惨な末路を物語っている。

 そして何より、真紅の空間服を身にまとった自身の白い肌の上には、熱を帯びてドロリとした鉄臭い赤が止めどなく滴り落ちていた。

 現状の全てがチェックメイトを突きつけられた状態であることなど、とうに理解できていた。が、急速に熱を失い消えつつある命の灯火とは裏腹に、決して絶えることなくこれまで燻り続け、今また急激に胸の奥底から噴き上がったドス黒い感情が、闘争を放棄してしまうことを頑なに拒んでいた。

 まだだ、まだ終われない。このまま終わってしまえば惨めすぎるじゃないか。戦う、戦うんだ。戦って戦って戦って、あの時私を見捨てて人生の全てを狂わせた挙句、今ものうのうと生きている奴に、ユーリに……私がこれまで受けてきた屈辱、舐めてきた辛酸の全てを味わわせてやるんだ。

 しかし、そうした身勝手な渇望が果たされることはなく、幕引きは突如として訪れた。

 他ならぬ、自らの手で瀕死へと追いやったはずのロエンローグ卿が駆る〈アーマズィウス〉が、その命と引き換えに撃ち放ったハイストリームブラスターによって。

 たった一撃で数個艦隊を壊滅せしめると謳われる威力の超兵器による光の奔流を前にしては、いくらヤッハバッハ屈指の堅牢ぶりを誇るダウグルフ級戦艦と言えども、もはや為す術はなかった。非情なる熱線が作り出した光速の暴力が、いとも容易く艦首を穿ち、途中に存在する艦体の全てをさしたる障害ともせず融解、蒸発させた上で、自身が居るメインブリッジへと殺到するのを、私――キャロ・ランバース中佐は確かに目撃した。

 赤が、白一色に塗り潰される。

 有機物で構成された我が身が瞬く間にダークマターへと変換される有様を認識しながらも、なお諦めきれずに感情が爆発する。傍から見たら、実に滑稽な往生際の悪さであり、まさしく負け犬の遠吠えそのものだろう。だが、終生取るに足らぬものとして扱われ続けた人生を今まさに終えようとしている私にとって、悪態の限りを込めて放つ慟哭こそが遺すべき遺言に他ならなかった。だからこそ、不条理そのものである目の前の現実を睨み付けながら、最期の最期までただひたすらに叫び、叫んで、叫んだーー

 

「どっ…。どちくしょおおおおおおッッッ!!」

 

 孤独と絶望に囚われ、憎悪と復讐に取り憑かれた“毒婦”としての生涯は、こうして幕を閉じた――そのはずだった()()

 

「――ッ!?」

 

 思わず息を呑んだ。

 一瞬、としか形容しようがない。それぐらい、あたかも自然に――現実は不自然極まりないのだが――とにかく場面は唐突に切り替わってしまっていた。

 そこに、我が身を焼き尽くした耐え難い熱気や、戦場特有のひりつくような緊張感は、もはや露ほどにも感じられず、代わりに痛いほどの静寂だけがこの場を支配していた。

 

「どうして……?」

 

 あらゆる疑問が脳裏に浮かんでは、答えの出ぬままに消えていく。いずれにせよ唯一はっきりしていることは、どうやら私は死んではおらず生きているらしい、ということだった。

 生きている。

 その事実自体はとても喜ばしいことであるはずなのに、私はそこに強烈な違和感と恐怖を抱かずにはいられなかった。だって私は――

 

「確かに死んだのよ……ゼーペンストの決戦の(そら)で……塵も残さず」

 

 心細さに耐えきれなくなり、反射的にギュッと目をつむって我が身を抱き寄せた。力を込めた手のひらに血が通う温かさが生命を強く実感させ、ドクドクと早鐘を打つ鼓動が耳に痛いほど響く。

 ごく短い時間の行為のはずなのに、まるで永遠を揺蕩うような覚束ない感覚。その不安に押し潰されないよう、咄嗟に大きく息を吸って吐いた。吸う。吐く。そうして何度も何度も呼吸を繰り返すうちにどうにか落ち着きを取り戻した私は、いつしか目に映る光景に妙な既視感を覚え始めていた。

 ゆっくりと目を開け、顔を上げる。二つ並んだベッドから立ち上がる。そうだ、私はベッドに座っていたのだ。動きに合わせてシュルシュルと衣擦れの音が奏でられ、身の丈以上に余った布地が重力に引かれてパサリと頼りなく床に落ちる。心地良い肌触りではあるものの、長く重く動きにくく、とても実用的とは言い難い衣装。しかし()の私にとっては、それこそが正装に他ならない。

 粛々と歩みを進めると、部屋の隅に備え付けられた姿見の前に立った。綺麗にまとめ上げられた髪、血色良く若盛りを迎えた顔、しかし浮かべる表情はかつての無邪気な快活さをすっかり失い、諦観に覆われてしまっている。

 

「あぁ……やっぱり、そういうことだったのね」

 

 鏡に映った自身の姿を目の当たりにしたことで、全てが腑に落ちてしまった。思えば、この身にのしかかる重みは、艦船搭載のグラヴィティ・ウェルによる人工の紛い物でなく、純粋な惑星由来の産物に他ならない。すなわち、この場所が宇宙でなく地上であることを意味する。そして、チラリと視線を向けた先の壁面には、ヤッハバッハの紋章が仰々しく飾り立てられていた。

 ムーレア。それが私が今いる星の名だ。であれば、この後に待ち受ける展開を――

 

「私は知っている。彼が……来てくれるのね」

 

 そう呟いた瞬間、警報が耳をつんざいた。どうやら私は、再会の舞台にもう立ち会ってしまっていたらしい。

 突然の基地への襲撃に対して、駐留していた守備隊は動揺を隠せないのだろう、あちこちで怒号が飛び交ったかと思えば、バタバタと慌てた様子の足音が何度も部屋の外を駆け抜けていった。

 時を置かずしてメーザーブラスターが発する射撃音が聞こえ出すが、明らかに散発的で精彩を欠いたものであるのは否めなかった。腰の引けた守りなど、攻撃側からすれば格好の的に過ぎない。容赦ない銃撃や斬撃の度に情けなく悲鳴が上がっては消えていく。守備側の抵抗を思わせる音は徐々に減っていき、やがて静かになった。

 対照的に聞こえてきたのは、整然と歩を進める秩序だった集団の足音だった。何かを探しているらしく、複数の分隊を先行させた上でフロア全体の丹念な捜索を行なっているようであった。そして、その一つが私がいる部屋の前で足を止める。

 

「動くなッ! 武器を捨て、両手を頭の後ろで組み、腹這いに……」

 

 拳銃仕様のブラスターを油断なく構えた銀髪の青年が、隊員に先んじて突入してくる。その姿は、濃緑と漆黒を組み合わせたアイルラーゼンの士官服。指揮官先頭とは、いかにも騎士道精神を重んじる彼の国らしい振る舞いだったが、そんな彼も、飛び込んだ先に非武装の女性がいるとまでは想定していなかったのだろう。途中まで鋭く述べられていた降伏勧告は尻すぼみに途切れてしまった。が、想定外の事態にも対処できるだけの柔軟さは持ち合わせているのか、銃口をずらさないままブラスターを片手に持ち替えると、空いた手で耳につけていたインカムを操作した。

 

「ユーリ艦長! この部屋に民間人らしい女性がいます!」

 

 その名を聞いた瞬間、ドクン、と心臓が跳ねる。毒婦であった時には耳にする度に憎悪を掻き立てられる存在のはずだったが、今の私には、仄かな期待と確かな思慕を持って受け入れられた。

 そうした私の佇まいに敵意が全くないと判断したのか。気づいた時には、青年士官がこちらに向けていたはずのブラスターはいつしか収められており、続いて丁重な扱いを以て扉の方へと促してくれていた。

 

「どうぞこちらへ。フラウ」

 

 軍人にありがちな威圧感を全く感じさせない、柔らかく穏やかな声だった。おそらくこれが彼の素であるのだろう。私は小さく頷き、それに応じた。そして、部屋の中央まで来たところで、遂に待ち望んだ男が姿を現す。

 

「ダンタール! 民間人を見つけたということだが……」

 

 連絡を寄越した青年士官――ダンタールと言うらしい――の名を呼びながら、白髮の偉丈夫――ユーリが足早に向かってくる。強い意志と闘志をたたえた赤眼が私の姿を捉えると、海賊のような出で立ちに似合わぬ理知的な声で口を開いた。

 

「怯えなくてもいい。民間人に危害を加えるつもりはない」

 

 初見では気づかない。いや、気づけない。

 無理もない。私も、貴方も、この銀河も、10年の歳月を経て、否応なしに全ては変わり果ててしまった。だけど、その只中にあって、決して色褪せなかったものもある。

 

「……ユーリ……」

 

 震える声で、彼の名を呟いた瞬間。その瞳が驚きに染まる。

 

「君は……まさか……キャロ。キャロ・ランバースか!? 一体こんなところで何を……」

 

 そこまで言いかけたところで、ユーリは、私が置かれた境遇の全てを悟ったようだった。そうして抱いた感情は憐憫か、後悔か、あるいはその両方か。いずれにせよ、私には知るべくもないことだが、少年期の面影をすっかり失ってしまった彼の内面はしかし、懐かしい記憶にある通り、愚直で誠実な一面を堅持し続けていた。

 だからこそだろう。一度は逸らした視線が再び私をしっかと見据えた時、もはやそこには、いかほどの迷いも存在しなかった。

 

――昔、君と約束した。君を宇宙に再び連れて行くと。

 

 そう言って、ゆっくりと手が差し伸べられる。かつてと違い、数多の闘争と不条理に傷つきながらも逞しく生き抜いたそれに、おずおずと指を伸ばす。

 

――その約束、遅くなったが、今、果たさせてもらう。

 

 強張りつつもそっと触れると、そのまま固く握りしめた。

 

 こうして“情婦”から、“アドホックプリズナー”ユーリ艦隊のクルーへと転じた私への彼からの扱いは、ともすれば過剰とも呼べるほどに丁重すぎるものであった。あくまで体験レベルの一時的な人事とはいえ、副艦長を皮切りに、彼は、艦隊の主要ポストの全てに一度は私を配置するという暴挙をやってのけてしまったのだ。*1

 とはいえ、これこそが、在りし日の苦い思い出――星の海を自由に巡る冒険に憧れた少女との約束を違えてしまった――に対する、彼なりの精一杯の贖罪だったのだろう。結実こそしなかったものの、日々新しいことに取り組む行為そのものは、これまでを鬱屈と過ごしてきた私にとっては、明確な救いとなったのだった。

 そうなると残すは、思慕がいつしか恋慕へと昇華してしまったユーリとの個人的な関係を成就させるのみであったのだが、これに関しては、妹である幼馴染として、彼とより長く深い関係を築き上げてきたチェルシーの方に軍配が上がった。ひとしきり涙を呑んだものの、生き残れる保障など欠片もないヤッハバッハとの最終決戦を目前に、人知れず結ばれた彼らの清々しくも美しい絆は、汚れきった私の目にはひどく眩しく胸を打つものに感じられた。

 しかし、それから数日経って惑星パルメリアの始祖移民船を訪れた直後のことだった。突然ユーリがまとう雰囲気がどこか暗く険しいものに変貌してしまったことに、私は気づいた。それと同時に強烈な違和感にも襲われた。まるで彼の傍らにあるべきチェルシーの存在が永久に失われてしまったような……。

 だからこそ、何かしら穴埋めになるものが必要だったのだろうか。彼は移民船から持ち帰った壊れたドロイドを随分と大切に扱っていたようだった。ジェロウ・ガン教授のラボに安置したそれを、航海中の僅かな合間を縫って、足繁く通い詰める姿を幾度となく目撃した。部屋の主であり、科学の信奉者であるはずのジェロウ教授もまた、非合理とも言える彼の行動に理解を示していたようで、時には愛弟子のアルピナ女史も交えた3人で、そのドロイド……“チェルシー”について深く議論していることもしばしばであった。

 そうした光景に出くわす度に、情婦としての経験を持ちながらも、大恩ある彼の心の一端すら埋めることができない自身の不甲斐なさに打ちのめされたものの、否応なく迫りくるヤッハバッハという現実を前にしては、そんなものにかまける余裕もなくなった。

 それでも、大マゼラン制圧艦隊総司令であるライオス・フェムド・ヘムレオンや、彼の副官である“毒婦”へと変わり果てた、かつての仲間キャロ・ランバースという仇敵との決着を制したことで、過去の因縁の全てに終止符を打ち、続く皇帝艦隊との無謀すぎる決戦にも勝利したことで、遂に大小マゼラン銀河に平和がもたらされたのだった。

 しかし、惑星アンノンにて行われた大マゼランとヤッハバッハ両勢力間において、不戦条約が締結されることはでき(・・)なかった。交渉が決裂してしまったからではない。むしろ、その程度で済めばどんなに良かったことだろう。

 にわかには信じがたい事実だったが、この時点で、我々が存在する宇宙は上位存在――オーバーロードによって用済みと見なされており、最終自己崩壊プログラム「ファージシステム」によるデリート処理が起動してしまっていたのだった。

 気づいた時には全てが手遅れだった。同時多発的に発生したファージは、機械的な無慈悲さを以てありとあらゆる存在を区別なく消去しにかかったからだ。人類側も抵抗こそすれど、自在なゲートアウト能力による神出鬼没ぶりと、いくら倒したところで指数関数的に膨張する増殖速度を前にしては、もはやなす術はなかった。アッドゥーラ教が謳うところの“審判”の時。落日が避けられないのは誰の目にも明らかなように思えた。

 しかし、ユーリを筆頭とした人類トップクラスの0Gドッグたちに諦めるという選択肢は存在しなかった。元来が、宇宙で生まれ宇宙で死に、死後はダークマターとして漂い、来たるべき再生を待つという独自の思想を有し、他の干渉による束縛を何よりも嫌う跳ね返りの強さも併せ持つ自由気質で我の強い連中だから、至極当然とも言えた。

 加えて、ジェロウ教授という人類随一の叡智がユーリ艦隊のクルーであったことも味方した。彼は件のドロイド、“チェルシー”のメモリーを解析することで、オーバーロードがファージを出現させるために必要な「真のボイドゲート」が、人類発祥の星系である太陽系に位置していることを突き止めたのだ。

 彼の地に赴いて大元を叩くことで、この宇宙の滅亡を回避する。それこそが、惑星メリルガルドのENR本部にて行われた最後の作戦会議で導き出された結論だった。文字通り乾坤一擲となる死出の旅路に参戦したのは、錚々たる顔ぶれとなった。

 

 大海賊“ヴァランタイン”

 無慈悲な夜の女王“サマラ・ク・スィー”

 ヤッハバッハ皇帝“ガーランド”

 ヤッハバッハ皇太子“ギリアス”

 アイルラーゼン近衛艦隊総司令“ロエンローグ卿”

 

 そして我らが艦長、アドホックプリズナーにして観測者“ユーリ”

 

 こうして各々が理想を体現した0Gドッグ達の(ふね)が結束したことで生み出された、史上最高の艦隊は、ヴァランタインの乗艦〈グランヘイム〉が搭載するワープシステムによって、一躍太陽系へと飛んだのだった。ファージによって崩壊するメリルガルドを置き去りにして。

 太陽系に飛んだ私たちを待ち受けていたのは、恒星である太陽を覆い隠すように幾重にも織り成すバグによって形作られたダイソン・スフィアを動力源として、延々ファージを送り込み続けられる「真のボイドゲート」と、それを護衛するべく配置されたマスターファージとでも呼ぶべき超巨大な移動要塞だった。見事、こちらを歯牙にもかけない上位存在を相手取る窮鼠という格好に持ち込んだのである。そして、諺語で言われるように、追い詰められた人類は辛くもオーバーロードに反旗を翻すことに成功した。多大な犠牲を代償に支払ったとはいえ、遂に故郷の惑星テラに安息の地を得たのだ。     おかしい。

 今一つ喜ばしい話題も艦隊に突然舞い込んできた。ユーリと結ばれたチェルシーに新たな生命が宿ったらしい。私にとってチェルシーはかけがえのない大切な友人であるから、我が事のように喜んだ。人類の置かれた状況は依然として厳しいものの、再びテラに根付いたことで、未来はきっと明るいものになるに違いない。

 こうして私たちの旅は大団円を迎えたのだ。     どうして。

 ここから新たな“無限航路”が始まっていくのだ。     何故。  

 

 チェルシーはドロイドだったんじゃないの?

 

 頭が痛い。

 

 私はどうして私の全く違う2つの人生を知っているの?

 

 頭が重い。

 

 キャロ・ランバースである私はホントは何者なの?

 

 意識が覚醒する。

 

 誰かが私を呼んでいる。懐かしい声の誰か。

 

「――嬢さま! キャロお嬢さま!!」

 

「んっ……」

 

 眩しさにひるみながらも目を開けた時。優しくも強く抱きすくめられたその顔は。

 

「ファル……ネリ……?」

 

 かつての私を実の肉親以上に愛してくれた女性の姿だった。

 

*1
嫌味ったらしい自虐となってしまうが、私こと、キャロ・ランバースという人間は、かつてネージリンス随一の財閥令嬢だった、という出自以外には、特段誇れるものがない身の上である。




私にとっては思い出深い『無限航路』という作品が、今日で発売17周年ということで、ふと思いついた、キャロ・ランバースに逆行やり直しをさせたら面白いんじゃないかという妄想を小説化してみました。
この後の展開を深く考えている訳ではないですが、続けられる限り書いてみようかと思います。
リメイクは半ば諦めつつも、Switch辺りに移植だけでもしてくれないかなー。
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