アナキンの親友になって色々あって旅に出た英雄の話 作:紅乃 晴@小説アカ
「気付いていたさ。初めてお前を目にした時から」
戦いを終え、オビ=ワンは静かに語り始めた。霊廟にはもう剣戟の音はなく、スターターキットで火を起こし、持ち寄った加熱剤で焚き火を炊く。
暖かさがあると同時に、冷たい風が石棺の間を吹き抜け、水滴が氷へ落ちる音だけが静かに響いていた。
「……少しの希望に縋りたかったのかもしれないな」
その瞳は、目の前のアナキンを見ているようでいて、もっと遠い過去を見つめていた。
かつてそりたった剣山が並ぶ岩の星で、再び相まみえた漆黒の男。オビ=ワンの脳裏に、その時の記憶が鮮明によみがえる。
砕けた漆黒のマスクと、露わになった焼け爛れた皮膚。機械の呼吸音だけが響く暗闇。それでもなお、そこにいたのはかつての愛弟子だった。
【悔いることはないぞ、オビ=ワン】
焼け爛れた顔の奥で、黄色く濁った瞳だけが静かにこちらを見据えていた。
【アナキン・スカイウォーカーを殺したのはお前ではない】
重々しい機械の呼吸音。
一呼吸置いて、その男は静かに言った。
【私だ】
その言葉を聞いた瞬間、オビ=ワンは悟った。
もう二度と、自分の愛した弟子は戻らないのだと。かつて希望に満ちていた青年は、自らの手で自分自身を葬り去ってしまった。
そう思った。
だから。
「もう、二度と会えないと思っていた」
オビ=ワンはゆっくりと目を閉じる。
諦めたのだ。戻らないものを追い続けることは、自分の弱さに過ぎないと。だから前へ進もうと決めた。師としてではなく、一人のジェダイとして。
しかし、その「戻らない」と諦めた存在が、こうして今、目の前に立っている。
若き日の姿のまま穏やかな笑みを浮かべながら。
「……お前が、そう成るかもしれなかった未来の可能性の一つだとしても、お前がそう育ってくれたことが、何よりの誇りだ」
オビ=ワンは静かに言う。
その言葉に嘘はなかった。
目の前の青年は、自分が知るアナキンではなく、歩んできた歴史も違うし、経験も違う。
それでも、この青年の立ち居振る舞いの端々には、確かに自分が教えたものが息づいていた。
人を守ろうとする姿勢。大切な者を想う優しさ。それらを見た時、師として誇らしく思わずにはいられなかった。
「それは、お前を育てた私も、同じことを思うさ」
その言葉に、アナキンは思わず目を伏せる。胸の奥から込み上げてくるものを押し殺すように、小さく息を吐いた。
「僕はずっと迷惑をかけてきました」
かすかに震える声。
「無鉄砲で、命令も聞かなくて、いつもマスターを困らせてばかりだった」
共和国軍での日々にクローン戦争。数え切れない失敗。何度も叱られ、そのたびにオビ=ワンはため息をついていた。
「それでも、マスターは離れずに僕を見てくれていた」
その言葉には、長年抱え続けてきた感謝が込められていた。オビ=ワンは穏やかに微笑む。
「そうだろうな」
その笑みは昔と何一つ変わらない。
「私も同じことをする」
短い一言だった。
だが、それだけで十分だった。
もし何度やり直せたとしても。
何度アナキンが問題を起こそうとも。
何度迷惑をかけられようとも。
自分はまた同じように彼の隣へ立つ。
そういう覚悟が、その言葉には込められていた。アナキンは静かに頷き、そして意を決したように問いかけた。
「マスターは、どうするつもりですか?」
霊廟の空気が少しだけ張り詰める。オビ=ワンは視線を落とし、しばらく考えるように沈黙した。
やがて顔を上げる。その瞳には迷いはなかった。
「ヴェイダーとケリをつける」
静かな声。だが、揺るがない決意がそこにはあった。
「それが私の使命だ」
その言葉を聞き、アナキンは何も言えなくなる。
この人は昔からそうだった。誰かを守るためなら、自分の命さえ惜しまない。その生き方は最後まで変わらない。
「差し違えてでも、か」
沈黙を破ったのはパルパティーンだった。腕を組み、どこか呆れたような顔でオビ=ワンを見る。
「実に賢人らしい判断だ、オビ=ワン」
その口調には皮肉も混じっていた。しかし、それ以上に、長年の知己へ向けた複雑な感情が滲んでいた。
死すら厭わず、自らの使命を果たそうとする男。その在り方は、パルパティーンから見ても、あまりにもオビ=ワン・ケノービらしかった。
「だが、その使命は其方の手にはない。それはわかっておるのだろう?」
静かな声だった。しかし、その一言は霊廟の冷え切った空気をさらに張り詰めさせる。
オビ=ワンは返事をしなかった……いや、返事ができなかった。その言葉は、彼自身が心のどこかで薄々気付いていながら、認めようとしなかった答えだったからだ。
ヴェイダーを倒すこと。
その覚悟に偽りはない。
だが、本当にそれが「自分の使命」なのかと問われれば、言葉に詰まってしまう。
霊廟は再び静寂に包まれた。
その時だった。
霊廟の奥でダザンと共に霊廟の深部を調べていたクワイ=ガンの姿が、淡い光と共に煙のように現れる。
実体と霊体。その二つを自在に行き来する彼は、静かにオビ=ワンの隣へ立った。
師と弟子。長い年月を経ても変わらぬ距離だった。
「未来と使命を見誤ってはならないぞ、オビ=ワン」
穏やかな声だった。責める響きは一切なく、ただ弟子を導こうとする、昔と何一つ変わらない師の声だった。
「マスター・クワイ=ガン……」
オビ=ワンは驚いたように目を見開くが、クワイ=ガンは静かに微笑み、続けた。
「お前が今感じているのは義務と使命感だ」
少しだけ間を置く。
「それが正しいかを、お前は見失っている」
その言葉だけを残し、クワイ=ガンの姿は再び淡い光となって溶けるように消えていく。
霊体へ戻ったのだ。
その場には静寂だけが残る。
「しかし……」
なおも納得しきれない表情を浮かべるオビ=ワン。そんな師へ向かって、アナキンは迷いのない瞳で口を開いた。
そこには確信があった。
未来を知るからではない。自らが歩んできた人生の果てに辿り着いた、一つの答えだった。
「僕に引導を渡せるのは、僕の愛した者しかいないです。マスター」
静かな言葉だった。だが、その一言には揺るぎない重みがあった。それは理屈ではなく、フォースが囁いた直感。そして、自分自身が経験したからこそ断言できる確信だった。
「この世界に来て、はっきりとわかりました」
小さく息を吐いて、感じたものを隠さずに話す。
「僕は愛を信じられなかったんです」
その声には、かつての自分を責める響きはなかった。ただ、ようやく理解できたという穏やかさだけがあった。
パドメから向けられた愛。
オビ=ワンから向けられた愛。
アソーカや仲間たちから向けられた信頼。
それらすべてを受け取りながらも、当時の自分は心のどこかで拒絶していた。
無償の愛など存在しない。誰も最後には自分を裏切る。そう決めつけてしまっていた。
だからこそ恐れ、だからこそ失い、そしてダークサイドへ堕ちた。
「……僕はログに愛を学び、そして僕は信じることができた」
アナキンはログへ一瞬だけ微笑みかける。
「パドメも、そしてマスターも」
その笑みは穏やかだった。過去を受け入れた者だけが浮かべられる笑みだった。
「この世界で、そのことを僕に教えられるのは二人しかいません」
オビ=ワンは、その言葉の続きを聞く前から答えを悟っていた。
静かに目を閉じ、そして小さく呟いた。
「ルークと……レイアか」
共和国最後の日に産声を上げたあの双子。希望を未来へ託すため、自らの手で別々の道へ送り出した幼い命。
あの子たちが成長し、父と向き合う。
その時こそが、本当の決着なのだ。
オビ=ワンは静かに思う。
アナキンとパドメが命を懸けて残した、あの二人の子どもたち。彼らこそが、ダークサイドの最も深い闇へ沈んだアナキン・スカイウォーカーを呼び戻せる唯一の存在なのだと。
その役目を、誰かが奪ってはいけない。
たとえ師である自分であっても。
「其方には別の役目がある」
そこでパルパティーンが口を開いた。腕を組み、どこか楽しげに笑っている。
「早々に去られてはこちらも計画が狂うでのぅ」
あまりにも含みのある言い方だった。
オビ=ワンは思わず眉をひそめる。
「……計画?」
その言葉に首を傾げる。一方で、アナキンはオビ=ワンとも顔を見合わせた。嫌な予感しかしない。パルパティーンが「計画」と言う時は、大抵ろくでもないことが始まるのだ。
本人だけが、実に愉快そうに笑っていた。その笑みを見た者たちにとっては、嫌な予感しかしなかった。
この顔を知っている。共和国を掌の上で転がし、ジェダイを滅ぼし、銀河帝国を築き上げた男が、何かをよからぬことを思いついた時の顔だ。
「計画?貴方は何を考えているのですか」
警戒を隠さず問いかけるオビ=ワン。パルパティーンはその視線を受けてもなお、楽しげに肩を揺らした。
「なに、単純なことよ」
そこで一度言葉を切り、全員の視線が自然と彼へ集まる。パルパティーンはゆっくりと口角を吊り上げた。
「余の目的は……オーダーを復活させることだ」
その一言に、その場の空気が変わった。
「オーダー……?まさかジェダイ・オーダーを?」
オビ=ワンが思わず聞き返す。しかし、パルパティーンは鼻で笑った。
「誰がジェダイと言った」
即答だった。
ジェダイだけでは足りない。
そして、シスだけでも足りない。
「そんな片翼に傾いたモノを復活させて何に成る」
その声音には、どちらにも属さない新たな何かを見据える者の確信が宿っていた。そう言うと、パルパティーンは焚き火でじっくり炙っていたワンパの肉を豪快に手に取り、一口齧る。噛み切るたびに肉汁が滴り落ち、香ばしい匂いが霊廟の中へ漂った。
まるで世間話でもするかのような気軽さだった。
「この世界の余は、皇帝という座に胡座をかき過ぎているようだ」
そう呟く声には、軽蔑すら滲んでいた。
「フォースの偉大さを知らしめるプロデュース力が足りぬ」
その言葉に、オビ=ワンは眉をひそめる。アナキンは苦笑し肩をすくめた。
この人はどこまでも本気だ。今の銀河の有り様、ジェダイもシスも滅び、フォースという存在が一部の者にしか語られなくなった時代。
そして、ここまで好き放題暴れているにもかかわらず、何ら有効な手を打てない、この世界のダース・シディアス。そのあまりの停滞ぶりに、さしものパルパティーン自身も我慢の限界を迎えつつあった。
「最初は適当にやり過ごし、元の世界へ帰るつもりだったがなぁ……平穏無事に銀河放浪の旅を続けているつもりだったがのぅ」
肉を頬張りながら、どこか遠くを見るように呟く。口調だけ聞けば「ああ、やれやれ」とでも言いたげだった。
しかし、その目だけは違う。その様子を見ながら、先ほどまで遺跡の奥でワンパを数体狩り、解体を終えて戻ってきたログは呆れたように肩をすくめる。
「冗談でしょ?」
パルパティーンは肉を咀嚼しながら、ちらりと最愛の弟子を見る。
「ダース・シディアスともあろうマスターが、銀河を飛び回る無頼漢程度で満足する気なんて、さらさらないでしょ?」
その言葉を聞いた瞬間だった。
「ふ、ふっふっふ……」
静かな笑い声が漏れる。
次第にそれは大きくなり。
「くっかっかっかっかっか!」
霊廟全体へ響き渡る哄笑へ変わった。その笑いには、背筋が凍るほど濃密な暗黒面が滲んでいた。空気そのものが重く沈み込み、オビ=ワンは思わず息を呑む。焚き火の炎さえ揺らめきを止めたように見えた。
「やれやれ」
ようやく笑いを収めたパルパティーンは、小さく肩をすくめる。
「銀河皇帝という地位など、もう欠片も興味はないと思っておったが……」
そう言って、再びワンパの肉を豪快に食いちぎる。
「この混沌とした銀河が、いかんせん面白くてのぅ」
黄金色の瞳が妖しく輝く。その眼差しには、かつて共和国を滅ぼした野心家ではなく、未知の可能性を前に心を躍らせる探究者の狂気が宿っていた。
口元がゆっくりと吊り上がる。
「消えておった野望が息を吹き返しおったわ」
その一言とともに、霊廟を満たしていた暗黒面が静かに、しかし確実に脈打った。
フォース「やめてください死んでしまいます」
ログ「バランスが大事なのよバランスが!」