アナキンの親友になって色々あって旅に出た英雄の話 作:紅乃 晴@小説アカ
古のシスの寺院の中。
赤い水晶の床に、二人のシスがゆらりと映っていた。
静寂に包まれていた祭壇へ、二本の赤い光刃だけが鮮烈な軌跡を描き、閃き、旋回し、激突する。
甲高い金属音が何度も寺院へ響き渡り、そのたびに火花が散る。赤い水晶の壁面へ反射した閃光が幾重にも重なり、まるで古代シスの亡霊たちが二人の決闘を見守っているかのようだった。
ダース・シディアスにとって、その戦い、激突は一種の屈辱であった。
彼自身がライトセーバーを持って戦うなど、あってはならないことだ。
かつて共和国元老院議事堂の評議会ホールで、グランド・マスターであるヨーダと死闘を繰り広げた時でさえ、最後に頼ったのはフォースだった。
あのような叡智の頂に立つ者が相手であっても、シスの皇帝となったシディアスは、自らが剣を握り戦うことを否定してきた。
皇帝とは、自ら剣を振るう存在ではない。
力だけで相手を屈服させ、従わせ、誰一人として手出しすら許さない。
絶対的な力そのものの象徴であるべきだ。
そんな強迫観念にも似た思想を抱いてきたがゆえに、シディアスはライトセーバーで戦っている今の己を恥じていた。
理由はわかっている。
フォースの押し合いでは拮抗し、フォース・ライトニングも通じない。
目の前の男は、ダークサイドへの理解も技量も、自分の想定を大きく超えていた。ゆえに今のシディアスには、物理的な攻撃手段で相手を打倒する以外の選択肢がなかった。
ここへ軍勢を送り込んだとしても結果は変わらない。
ストームトルーパーも、ロイヤル・ガードも、鍛え上げた尋問官も……そして弟子ですら、この男には届かないだろう。
もし軍勢だけで倒せる相手であったなら、そもそも自分がこの地へ赴く必要などなかった。全ては部下が終わらせ、自らの自尊心が傷つくこともなく、皇帝であり続けられたはずだった。
だが、現実は違う。
今の自分は銀河皇帝ではない。
一人のシス・マスターとして戦うことを強いられている。
その現実が、シディアスを苛立たせていた。
再び赤い光刃がぶつかり合う。
互いのフォースが火花となって弾け、衝撃波が祭壇を震わせる。
だが、その苛立ちは、剣戟を交わす回数が増えるたびに少しずつ薄れていった。
赤い水晶を照らす二本の光刃は乱舞し、激突する。
しかし、その応酬は徐々に攻撃的な荒々しさを削ぎ落としていき、今では互いが長い年月をかけて磨き上げた型から繰り出される一撃一撃が、不思議なほど自然に噛み合っていた。
攻めれば防がれ、防げば返される。
まるで互いの動きを何年も知り尽くしている剣士同士のようだった。
相手のセイバー・スピンが収まる瞬間を狙って放たれる鋭い突き。
それを背面で受け流し、刃を滑らせるように弾いて一歩踏み込む。
そこから流れるように横薙ぎ。
その斬撃を紙一重でかわし、今度は逆袈裟へと繋げる。
攻め手と守り手が何度も入れ替わり、その撃ち合いは一切淀むことなく続いていく。
無駄な力はなく、無駄な動きもない。フォースが自然と互いの身体を導き、光刃は意思ではなく、フォースが導くがまま交差していた。
その撃ち合いは、どこか心地よさすら感じるほどに重なっていた。
「其方の動き……なんと見事なものか……」
その心地よい剣戟の攻防の最中、ついにシディアスはそんな言葉を口にしていた。
自分でも気付かぬうちに漏れた、本心だった。
相手への苛立ち、見くびり、侮蔑。
そんな負の感情は、この撃ち合いの中で少しずつ削ぎ落とされていた。
残ったのは、目の前の男が見せる見事なライトセーバー捌きと、フォースへ身を委ねる柔軟さ。何より、フォースの在り方を心から理解している者だけが到達できる、一切の迷いがない境地だった。
その瞬間、シディアスは初めて目の前の男を「敵」ではなく、一人の探究者、フォースの解釈、理解者として認め始めていた。
怒りや妬み、憎しみによって力を増すダークサイドは、爆発的な力を発揮する代わりに、激しい消耗を伴う。疲労が溜まりやすいシディアスの型だというのに、シディアスは息切れ一つせず、穏やかな気配の中でライトセーバーを振るっていた。
フォースを荒々しく解き放ち続ければ、精神も肉体もいずれ限界を迎える。
それがシスの戦いだった。
だが、今のシディアスは違う。
相当数の撃ち合いを重ね、何度も全力で踏み込み、斬り結んだというのに、疲労というものをほとんど感じなかった。
呼吸は乱れず、腕は重くならず、むしろ身体は軽くなっていく。まるでフォースそのものが、自分の身体を支えてくれているような感覚だった。
「なぜだ。其方との戦いは、なぜこんなにも心地よい」
数度の撃ち合いのあと、二人は同時に距離を取る。
シディアスは袈裟に構える独特の構えを取り、黄金の瞳で相手を見据える。
一方、相手はライトセーバーをぶらりと地面へ向けたまま、まるで散歩でもするかのように悠然と歩き始めた。一定の間合いを保ちながら、円を描くようにゆっくりとシディアスの周囲を巡る。
その足取りには焦りも殺意もないが、同時に、隙は一つとして存在しなかった。
「シディアス卿。貴方の剣が何を目指し、どこへ行こうとしているのかを探していたからですよ」
静かな声だった。
剣を交えながら相手を知る。
その言葉は、まるでジェダイが語るような穏やかさすら帯びていた。
「何を言っている……」
シディアスは眉をひそめる。
理解できない。戦いの最中に相手を知るなどという発想は、シスには存在しない。
シスは勝つために戦い、支配するために剣を振るう。そこに相手を理解するという考えは不要だった。
男はなおも語る。
「フォースに身を委ね、そしてフォースの器となった。けれど、何も解決はしなかった」
シディアスは無言のまま耳を傾ける。
男の歩みは止まらず、静かに間合いを巡りながら、その声だけが寺院へ響いていく。
「バランスは確かに大事です。ライトサイド、ダークサイド。ジェダイとシス。何千年、何万年と、その二つの勢力にバランスは傾き、平和と繁栄の時代、破壊と弾圧の時代を交互に繰り返してきた」
その言葉に、シディアスは何も返さない。
それは否定しようのない歴史だった。
銀河は光が満ちれば闇が生まれ、闇が銀河を覆えば、やがて再び光が現れる。ジェダイとシスは、その長い歴史の中で互いに滅ぼし、滅ぼされながら均衡を繰り返してきた。
「それがフォースの導きであり、そして世界のバランスだということは分かりきっていることです。でも……それは閉じられた世界であるということも同じです」
男はそう言って、立ち止まるとシディアスの黄金の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「ジェダイはジェダイを育てる。シスはシスを育てる。そして互いを滅ぼし合い、また次の世代が同じ歴史を繰り返す」
その口調には責める色はない。ただ、長い歴史を見つめてきた者だけが持つ確信があった。
過去を知り、その偉大さを知り、それを見て育ち、そして憧れた。
だが、憧れは理解とは違う。
過去の栄光、功績、先人の積み上げてきたものに憧れ、それと同じものを生み出したいという思いに執着し、その在り方を絶対として歩み続ければ、新しい道は決して生まれない。
憧れだけで進めば、それは閉じられた世界にしかならない。
だからこそ、その輪の外へ踏み出す必要がある。
ジェダイでもなく、シスでもない。そのどちらをも理解した先にある、新たな道を求めて。
結局、今のまま進めば、過去の栄光の焼き直し……いや、それよりも酷いかもしれない。その閉じられた世界から出ることができず、過去の先人たちの遺産に縋り、同じ歴史を繰り返すだけの世界。
そこに進歩はあるのか。
そこに探求はあるのか。
そこにロマンはあるのか。
古き教えを守ることは尊い。
だが、それだけでは未来は生まれない。
ジェダイは古の教義を守り続け、シスは古の野望を受け継ぎ続けた。互いに形こそ違えど、その本質は過去へ囚われ続けることだった。
過去の伝説をなぞるだけの物語は、閉じられた世界でしかない。
「フォースの器として過ごした中で、フォースはただそこにあるだけのものだと理解したんですよ、シディアス卿」
男の声は穏やかだった。その口調には説き伏せようという意図はない。ただ、自分が辿り着いた答えを静かに語っているだけだった。
ライトサイドもダークサイドも、ジェダイもシスも、そのフォースというものを可視化した一つの側面でしかなく、その時代、その文化、その思想が生み出した解釈に過ぎない。
しかし、フォースそのものは違う。
誰のものでもなく、どこにでも存在している。
生命が芽吹く森にも。荒廃した戦場にも。銀河の果てに浮かぶ無人の惑星にも。フォースは善悪を選ばず、ただ静かにそこに在り続けている。
「多くのものを見てきました。フォースの解釈も、可能性も、捉え方も、さまざまあって、どれもが感じた人の捉えた側面でしかない」
二人を隔てる距離は変わらない。
しかし、その言葉だけは確かにシディアスの心へ届いていた。
「銀河だけではありません」
そう静かに続ける。
「フォースを精霊と呼ぶ者もいました。生命そのものと呼ぶ者もいました。自然の摂理と捉える者もいれば、科学として解析しようとした者もいました」
たとえば、フォースのダークサイドを使って宇宙の延命を図る種族がいたこと。自分の中にあるフォースを目覚めさせ、そのフォースに属性をつける者たちがいたこと。自分の過去やトラウマを読み取り、それを具現がする存在がいたこと。フォースを神の化身と定義する者がいたこと。
そのどれもが間違いではない。
そして、そのどれもがフォースの全てではない。
魔法も、魔術も、科学も、伝説も。
それは、その土地、その時代、その世界で生まれた人々が感じ、考え、そして生まれた解釈なのだ。
誰の思想にも縛られず、それでいて全てを内包している。
ライトサイドやダークサイド以外にも、数多くの解釈、捉え方がこの大きな世界には存在している。それはありきたりであり、普遍的であり、しかしそれもまたフォースなのだ。
暖かさにも、冷たさにも、どこにでもフォースはあって、フォースは全てにある。
「だから私は思うのです」
男は静かにライトセーバーを構え直す。
「フォースは誰かが支配するものではない。誰かが独占するものでもない。ましてや、一つの教義だけで語り尽くせるものでもない」
その言葉を聞きながら、シディアスは何も答えない。ただ、黄金の瞳だけがわずかに揺れていた。
目の前の男が語る思想は、自分が知るジェダイとも違う。シスとも違う。
だからこそ理解できない。理解できないはずなのに、その言葉はどこか心へ引っかかっていた。
「シディアス卿。貴方はどこに行き……何をするのですか」
改めていう、その問いは静かだった。
だが、これまでのどの言葉よりも重かった。
シディアスという存在。
それは銀河帝国の皇帝であり、絶対的な支配者であり、恐怖そのものであり、銀河全土が跪く象徴だった。
ジェダイを滅ぼし、共和国を終わらせ、シスの悲願を成し遂げた男。
しかし、その先は?
全てを手に入れた先に、何を目指していたのか?
銀河を支配したその先に、どんな未来を見ていたのか?
何を残し、何を成し遂げ、そして、どこへ辿り着こうとしていたのか。
後世の歴史家や、彼を題材にした劇作家たちは、シディアスを皇帝であり、シス・マスターであり、その絶対的な力で銀河を支配した男として描く。
銀河帝国の創設者であり、共和国を滅ぼした暴君であり、ジェダイを滅亡寸前まで追い込んだ最強のシス。誰もがその功績や恐怖、その圧倒的な権力については語る。
だが、それは「悪の象徴」と「皇帝」という仮面に過ぎない。
彼はどこへ行こうとしていたのか。何を探し、何を求め、その果てに何を見ようとしていたのか。
そこまで踏み込もうとする者は、ほとんどいない。
仮に考察したとしても、それは歴史に残された断片を繋ぎ合わせた推測であり、結果から理由を当てはめるだけの後付けに過ぎない。
誰も、ダース・シディアスという一人の人間の本質へまでは辿り着こうとしない。
「シディアス卿。貴方は彷徨っている。何を背負い、どこへ行くのかを見失っている」
男の言葉は静かに響く。
責めるような口調ではなく、ただ、迷子になった旅人へ事実を告げるような声音だった。
クローン戦争終結間際でもそうだった。銀河共和国最高議長であった彼は、自らの死にさえ興味を示していないように見えた。
勝てる戦いであることを知りながら、あえて勝利を先延ばしにする。共和国の終焉も、ジェダイ・オーダーの滅びも、彼にとっては壮大な計画の中に組み込まれた予定調和に過ぎなかった。
だからこそ彼は愉しんでいた。
数千年にわたり積み重ねられたシスの大計画が完成へ向かう瞬間。命懸けの劇場に自らを最も重要な役者として置き、銀河という巨大な舞台そのものを掻き回すこと。
それこそが、あの頃のシディアスの生きる意味だった。
しかし、帝国が立ち上がり、皇帝の玉座へ腰を下ろした瞬間から、少しずつ何かが変わり始めた。
完成したのだ。
追い求めてきた夢が。
シスの悲願が。
そして完成した瞬間から、彼には次の目的がなくなってしまい、だからこそ、シディアスは死を恐れるようになった。
死ねば終わる。築き上げた帝国も、自らが集めた知識も、研究も、シスとして歩んできた全てが途絶えてしまう。
それは皇帝としての恐怖であると同時に、一人の探求者としての恐怖でもあった。永遠の命を求め、クローン技術やシスの秘術へ傾倒していったのも、その延長線上にあった。
皇帝というものは、シディアスの一側面でしかない。だが、銀河中の誰もが、その肩書きだけを見ていた。
恐怖の象徴。支配者。暴君。しかし、その仮面の奥にいる、一人のシスが何を考え、何を求めていたのかを見ようとする者はいない。
そのことへの焦り。
理解されないことへの諦め。
そして、自らが築いた玉座へ執着し続ける頑なさ。
それら全てが、今のシディアスを負の側面へと縛っていた。
「貴方は歩みを止めてしまった」
男は静かに言う。
「前へ進むことをやめ、完成した世界を守ることだけを考えるようになった」
その言葉に、シディアスは返答しない。返せなかった。男はゆっくりとライトセーバーを構え直す。
「シディアス卿。欲望とは、本来、人を前へ進ませるためのものです。そして、その欲望を満たせたと自覚した瞬間、人は歩みを止めます」
その一言が、寺院の静寂へ溶け込んでいく。
シディアスは、その欲望を達した後に生まれた闇に目を覆われ、行き先を見失っている。あるいは、頂へ辿り着いたことで満足し、その場所に留まり続けることを選んでしまった。
それこそが、男の見たダース・シディアスという人物の本質だった。
「それがなんだというのだ」
シディアスは怒りを漲らせる。
その瞬間、再びダークサイドが噴き上がる。黒いローブが激しくはためき、足元の赤い水晶には無数の亀裂が走った。
「余は悲願を果たした。それを維持し、何が悪い」
フォース・ライトニングを纏い、激情のまま向き合う男へ怒りをぶつける。
青白い稲妻が両腕を這い、激しく弾ける。その膨大なエネルギーだけで寺院の空気は震え、祭壇の水晶は甲高い共鳴音を響かせていた。
「この頂点に君臨することに、なんの不都合があるというのだ!」
その叫びは怒号というより、自らへ問い掛ける悲鳴にも似ていた。
皇帝であり、シス・マスターであり、この銀河の支配者。その全てを手に入れた男だからこそ放てる、重く、そして空虚な叫びだった。
そのシディアスの絶叫にも似た声を、男は何もせず真正面から受け止める。
避けることもなく、反論することもなく。ただ静かに、その黄金の瞳を真っ直ぐ見据えて言った。
「貴方がそれを心の底から望んでいないことですよ」
その一言だった。
轟いていた稲妻が、不意に姿を消す。まるでシディアス自身の感情へ呼応するように、荒れ狂っていたダークサイドは静まり、代わりに穏やかなフォースが二人を包み込んでいく。
古代シスの寺院とは思えないほど、静かな空気だった。
「貴方の望むことは、別軸にあるはずです」
男は静かに続ける。
その言葉には一切の迷いがなかった。
彼は見抜いていた。
全てを手にし、全てを支配し、そして悲願を果たした男が、それでもなお心の奥底で抱え続けていた渇きを。
悲願を果たした先、待望を果たしたその先にある何かを求めて、彼は歩き続けていた。だが、悲願を達成した瞬間、その「先」が見えなくなってしまった。
「……其方は、そこまで成しているのか」
その声には、もう先ほどまでの暗黒面の荒々しさはなかった。怒りも憎しみも消え、そこにあったのは純粋な驚きだけだった。
男は静かに頷く。
「シディアス卿」
その一言を聞き、シディアスは小さく笑みを浮かべる。それは皇帝の笑みではない。
シス・マスターとして弟子を試す笑みでもない。
肩書きを全て脱ぎ捨てた、一人の老人が見せるような、自然で穏やかな笑みだった。
「畏れられることはあれど……在り方を諭されることはこれまで無かったのぅ」
その言葉には皮肉も怒りもなかった。どこか可笑しそうに、自分自身を振り返るような響きがあった。
静かに、二人は互いのライトセーバーを消す。
赤い光刃は音もなく消え去り、再び寺院には水晶の淡い赤い輝きだけが残った。
張り詰めていた空気はほどけ、先ほどまで命を奪い合っていたとは思えないほど穏やかな静寂が訪れる。
シディアスはゆっくりと男を見つめる。
「ヴェイダー……いや、其方の名はなんというのだ」
男はフードの奥から穏やかに答えた。
「ログ。俺の名は、ログ・ドゥーランだ」
シディアスは静かに頷く。
「ログか……良き名だ」
その名を胸の中で反芻するように、小さく呟いた。
その瞬間――二人を分かつように、一条の稲光が祭壇へと落ちた。