とりあえずどう生きるのか決めたのはいいが、準備が全然足りていない。
この世界で旅に出るためには少なくとも、この世界についての知識、魔物と戦うための強さ、寝袋や地図などの道具の三つが必要である。
道具はまだ5歳なので揃える事はできなが、知識と強さは今からでもなんとかなる。しかしノヴァはまだ5歳、しかも前世では魔術の「ま」の字も知らないただのサラリーマン。1人で強くなるのは無理がある。
こういうときは大人に頼るのが一番。
という訳で父に頼ることにした。*1
いつものように庭の花の世話をしている父に声をかける。
「とうさーん」
「ん?どうかしたかいノヴァ」
花に水をあげる手を止めてこちらをニコニコしながら見てくれた父【ロン・レイヴン】
「魔術について知りたいんだけど……」
「ん?ノヴァは魔術に興味があるのかい?」
「うん。俺も使ってみたい」
そう言うとニコニコしていた父の顔が眉尻が少しだけ下がり申し訳なさそうな顔になる。
「……ごめんな。父さんは魔術使えないんだ」
「えっそうなの?」
「あぁ、悪いが父さんじゃ力になれない」
これはノヴァにとって想定外のことだった。魔術の話をしてくれた父は当然使えると思っていたが当てが外れてしまった。周りで唯一頼りになる大人である父が使えないとなるともう当てはない。
自分はもう魔術を覚える事はできないかもしれない。そう思い少し落ち込んでいると、父がぽんっと頭に手を乗せてくる。
「そう落ち込むな。大丈夫、父さんは魔術使えないけど魔術使える人なら知ってるぞ」
「え、ホントに‼︎」
「あぁ、じいちゃんが使える」
「え、ホントに?」
父が言うじいちゃんとは、ノヴァの祖父である。
祖父はノヴァの家から少し離れたところに住んでおり、よく顔を合わせている。
祖父は豪快な性格をしており、細かいことは気にしない野生児みたいな人だ。
そんな人が魔術なんていう繊細で高度なものを使えるとは全然想像がつかなくて、思わず父を疑ってしまう。
「あんな豪快が服を着たような人が魔術を使えるとは思えないんだけど」
「確かに普段の様子からは想像できないと思うけど、あの人昔はA級冒険者だったんだよ」
(ますます怪しくなってきた)
冒険者にはE~Sまでの階級があり、その中でもA級は上から3番目の階級でなれるものは少ない上位階級である。祖父がそんなすごい階級の冒険者とは思えずノヴァの疑いはさらに深まる。
「とにかくいってみるといい。実際に見たほうが早いよ」
「わかった。ありがとう父さん」
夕飯前には帰ってくるんだよー、という父の声を聞きながら家を出る。
見慣れた道を歩くと近所のおばさんやおにさんが声をかけてくれる。それに対応しながら歩くこと3分、街の中心から少し離れた小さな一軒家の祖父の家についた。
コン コン コン
ドアを3回ノックすると家の中から物音がする。それから少したつとガチャッという音とともにドアが開かれる
「誰だ、俺の昼寝を邪魔するやつは」
「俺だよ、じいちゃん」
「ん?なんだノヴァか」
不機嫌そうにドアの中から出てきたのは、長い髭をしたガタイのいい老人。腕には無数の傷がありただものではないことを物語っている。
この老人こそノヴァの祖父【レヌウス・レイヴン】である。
「お前から会いに来るのは珍しいな。なんか用があるのか?」
「うん。魔術を教えてほしくて」
「ん?なんだお前、魔術に興味あんのか。いいぞ、ほら入れ」
そう言って家の中に入るレヌウスに続きノヴァも入る。
家の中は物が散乱して散らかっており、床には歩くスペースがほとんどなくこの家に住んでいる人の清潔感がまったくないことがわかる。
「じいちゃん…さすがに散らかりすぎじゃない?」
「そうか?俺は全然気にしたことねーけど」
そう言いながら道なき道を進む祖父についていくと、ひとつの部屋に入る。
その部屋には小さな机と椅子があり、壁には本棚たてられていた。しかも他の部屋とは違い、床にものが散らかっておらず本が棚にきれいに収納されていた。ただ部屋が少し埃っぽく、ここが長い間使われていないことがわかった。
「えぇ~っと…どこ置いたっけなーアレ…」
そう呟きながら本棚を凝視して何かを探し始める祖父を待つ間に本棚にある本を少し見る。
火系統魔術書、水系統魔術書、風系統魔術書、土系統魔術書、いろいろな魔術書が本棚に所狭しと並んでいる。こんな大量の魔術書をどうやって集めたのか気になり、魔術書を探す祖父に聞いてみる。
「なぁじいちゃん、こんな量の魔術書どうやって集めたの?」
「そうだぞ、昔冒険者だったときに集めたやつだ」
(冒険者だったの、ほんとなんだ)
まだ冒険者であることを信じ切れていなかったがさすがにこの量の魔術書を見て信じることにした。
「お、あったコレコレ」
そんなことを考えていると祖父が一冊の本を渡してくる。
少し埃をかっぶたその本の表紙には《魔術の基礎》と書かれていた。
「とりあえずその本を読め、その本を読めば魔術の基礎はわかる」
「ん、わかった。」
「じゃあ俺はもう一度寝てくる」
そう言ってさっさと部屋から出て行ってしまった祖父の背中を見ながら(教えはしないのか……)と考えるが、あんな人だったなと思い考えるのをやめる。
部屋にあった椅子に座り祖父から受けとった本を机に置く。
表紙をめくると”第一章・魔術について”と書かれたページがでてくる。
そこから一枚一枚丁寧に本を読んでいく。
◆◆◆◆
3時間後……
「ふわぁ~~……よく寝た」
一階で寝ていたレヌウスが目覚める。
窓から見える太陽はすでにオレンジ色になっており、一日の終わりを知らせていた。
ベットからおり伸びをする。
「そいうやノヴァのやつはどこまでいったかな」
すっかり忘れていた孫の存在を思い出して、2階に向かう。
魔術を学びたいといっていたが、簡単に学べるものではない。
魔術師として大切なのものは家柄・才能・努力である。これは魔術の祖、ウィリアム・ボルドーの言葉。
文字通り魔術師として大事なものはこの3つ。しかし、ここでいう努力とは大前提。
つまり魔術師として重視されるのは家柄と才能ということ。
そんなものを貴族でもない5歳の少年がすぐ覚えることなどほぼ不可能。才能が全くないなんてことも少なくない。
だから最初ノヴァが魔術を知りたいと言ってたとき、教えたくなかった。孫が悲しむ顔をみたくなかったから。しかし万が一才能があるかもしれないので仕方なく魔術書を渡した。
ノヴァに渡した本は魔術の初歩的な《火球》などが載っているもの。これを理解できないのなら魔術の才能はないといっていいだろう。
(ま、3割くらい読めてればいいほうか)
そう考えながらノヴァのいる部屋を開ける。
「おーい、どんな調子だ…………」
部屋を開けたレヌウスは文字通り絶句した。
なぜなら目の前に詠唱をしながら掌に火球をつくる孫がいたから。
「お~できた。意外と簡単にできたな」
そんなことを言いながら火球を見つめる孫にレヌウスは驚きを隠せない。
確かに世の中には少し学んだだけで魔術を覚えてしまう天才はいる。
しかしそれは、血筋に恵まれている貴族がほとんどだ。
つまりノヴァは血筋を凌駕するほどの才能を持っている。
「あ、じいちゃん見て見て火球つくれるようになったんだー」
「………じいちゃん?」
こちらに気が付いたノヴァが話しかけてくるが内容がまったく頭に入ってこない。
「………なぁノヴァ。おまえ俺が渡した本どのくらい読んだ」
「え、全部読んだけど」
それが何か?という顔をしながら見てくる孫が恐ろしく思う。
あの本は下級魔術しか載ってない簡単な本。だとしても魔術書である。
何も知らない人からすれば内容はほぼ理解不能なものだ。
(それを5歳のガキがたったの3時間で読み終えただと⁉まちがいねぇ、ノヴァは……天才だ)
しかもただの天才ではない、貴族を超えるほどの才能を持ち合わせた天才。
まさしく魔術の申し子。100年に一度の天才。
その事実に呆然としているとノヴァが一つの黒い本をもって聞いてくる。
「ねぇじいちゃん。この《空間系統魔術》って何?」
「おまえそれは……」
空間系統魔術
文字通り空間に干渉してあらゆる現象を起こす魔術。
しかし長い魔術の歴史上でも使い手が非常に少ない超難解魔術でもある。
今でも数多くの魔術師がこの研究を行っているが進展はとても少ない。
まさしく魔術のブラックボックス。
「へぇ~、そんな難しい魔術書がなんでじいちゃんの部屋にあるの?」
「昔、面白半分で買ったけど内容が全然わかんなくて読むのをやめたんだよ」
「………」
こいつまじか、みたいな目でレヌウスを見るノヴァ。
ただでさえ高い魔術書をほとんど読まないのはどうなんだ。
しかし言い換えれば、元A級冒険者でも1割も理解できない魔術。それほどに空間系統魔術は難しいものなのだ。
ノヴァは本をジッと見つめて考える。
(これを理解できればもしかしたら
「じいちゃんこの本もらってもいい?あと他にもいろいろ」
いくつかの魔術書を持ちながらレヌウスにそう尋ねる。
「別にいいぞ。もう使わないからな。」
「ありがとう。じゃあ俺もう帰るから」
あんまり遅いと母さんがうるさいから、といいながら部屋から出ていくノヴァについていくレヌウス。玄関まで見送る”じゃあねー”とこちら振り返り手を振るノヴァに手を振り返す。
そして孫の魔術の才能を思い出す。たった3時間で魔術の基礎を理解して火球をつくれるようになるほどの天才。そんなノヴァがいったいどんなふうになるのか、今から孫の将来が楽しみで思わず微笑んでしまうレヌウスだった。
ノヴァが魔術を早く覚えたのには理由があります
それについてはまた次回で書こうと思います