合同捜査
「っ!」
目覚めたシェリーの視界に映ったのは、見慣れた天井だった。
廃ビルでの負傷によりしばらく療養していたことから、彼女にとってこの保健室は第二の寮と化している。最初は少し苦手だったアルコールのにおいも、何日も過ごしているとすっかり慣れ切ってしまっていた。加えて、見慣れているものはもう一点。
「ようやく目が覚めたか」
「あ、家入先生! って、いてて……」
「まだ完治していないよ。無理に起き上がらないことだね」
「はーい……」
シェリーを諭すのは高専教員の家入硝子である。
ダウナーな雰囲気を漂わせ、煙草を愛する彼女は呪術界でも貴重な反転術式の使い手である。中でも他者の治癒ができる人間は日本中を探しても数えるほどしかおらず、高専にとってはなくてはならない人材と言えるだろう。廃ビルの一件以後、療養期間を経てシェリーとはすっかり顔見知りになっており、現状彼女にとっては最も親しい大人といっても過言ではない。
「虎杖が運び込んできたときはどうしたもんかと思ったけど、元気そうで何よりだよ」
「おかげさまですね。治療ありがとうございました!」
「それが仕事だからね。まあ仕事はしたくないもんだけど」
家入が大きな気苦労とともにため息をつく。
「あ!シェリーちゃん!目が覚めたんだね!」
「エマさん!おはようございまーす!」
タイミングよく開いたドアから、シェリーの同級生ことエマが顔を出す。
数瞬前まで不安げだった表情は一変、彼女の無事を確認するとともに満開の花のような笑顔が浮かんだ。
「安心したよ〜!シェリーちゃん5日も眠ってたんだから」
「5日!?何だかおなかが空いたなぁと思ったらそんなに経ってたんですね~!」
「むしろこの日数で済んだのが驚異的さね。流石は天与呪縛のフィジカルギフテッドといったところか」
シェリーの怪我は単純な裂傷であり、反転術式での治癒はしやすい部類に入る。
しかし大量出血によって発生した一時的な低血圧は、全身の臓器に大きなダメージを与える。これは虎杖の止血や反転術式では対処しにくく、自然治癒に任せるしかない領域である。シェリーは生来の肉体強度によりこれを乗り越えたため現在も目立った障害なく会話が可能となっており、これが通常よりもかなり良い結果であることは言うまでもない。
「そんなことより、ナノカさんのお姉さんはどうなりましたか!?ユージさんが来てからの記憶が全然ないんですよ~」
「そんなこと、ではないと思うんだけど……ボクも聞いてるから、よければ説明するよ」
「わーい!エマさんお願いします!」
シェリーに促され、エマはここ数日の出来事を話し始めるのだった。
◆
「黒部の姉……黒部ホノカの容体は回復に向かっている」
高専会議室。複数の術師が任務やミーティングをするために使うこの場所に数名の高専関係者が集まっている。
代表は伏黒恵。今回の一件は虎杖が解決したことになっているが、事前調査に始まり早期解決にこぎ着けられたのは彼の活躍があってこそである。領域内に入る際は虎杖と反対方向から入ったため、戦闘では貢献できなかったものの、その後の迅速な救護や連絡は彼の功績と言っていいだろう。
「発見時は心身ともに極限まで衰弱。病院についた時点で生死はほぼ五分だったが、妹の懸命な声掛けが功を奏したなんとか一命を取り留めたそうだ。そこから3日で意識も戻り、ついさっき話を聞いてきた」
「はぁ~?それちょっと酷くない?ナノカが可哀想でしょ」
「勿論黒部の面会が先だ。俺が話すのもアイツから許可をもらってる」
「ふーん。ならいいけど……」
彼の報告に反抗していたのは伏黒・虎杖の同期である術師、釘崎野薔薇である。
眼帯を身に着け、より姉御肌になった彼女は、後輩の少女たちには日常的に親身で、今回のシェリー・ナノカ両名の負傷について本人以上に虎杖たちを責めていた。もっとも、当時のシェリーは意識がなかったので反論どころではなかったのだが。
「本題だが、彼女には今回の事件について詳しい経緯を聞いている。曰く、あの場所に向かうよう匿名の手紙で指示があったらしい。指示に従わなければ妹に危害を加えるというメッセージ付きでな」
「手紙自体も提供していただきましたが、残穢は検出されていません。これ自体に細工がされていた可能性は低いかと」
伏黒の言葉に補足を加えたのは呪術高専の補助監督である伊地知清高。
術師としての実力はお世辞にも高いとは言えないが、サポーターとしての優秀さは窓の中でも頭一つ抜けている。以前はほとんど五条悟の専任だったが、現在はもっぱら高専二年組となった虎杖たちの支援を行っており、その知識や能力は彼らからも頼りにされている。
「そんでそのまま一人で?」
「ああ。本人曰く術式で変身して近づいたらしいが、途中で気づかれたらしい。首謀者と思われる呪詛師に呪物を埋め込まれた結果、あの半呪霊のような状態になったと推測できる」
「黒部ホノカさんの目撃証言から、呪詛師は身長150cmほどの小柄な少女だったとのことです。髪は白髪、年齢も中学生~高校生程度、服装は修道服のように見えたと」
「ガキって言っても呪物持ってんなら十中八九受肉型の泳者でしょ? 年齢はあてになんないわね」
「見た目がほんとなら完全に受肉してる可能性低そうだけどな。とりあえず特徴一致する子の行方不明記録とか当たってみるか?」
受肉型の泳者には2種類いる。
受肉後に生前の姿を完全に再現したタイプと、それをしていないタイプである。多くの者は身長や体格が変わることによるデメリットを嫌い受肉後すぐ完全な受肉を行うが、宿儺や万のように意図があってそうしない者も少なからず存在する。現代よりずっと混沌だった時代に少女の姿のまま呪物になった者がいることは想定しにくく、虎杖は呪詛師がまだ完全な受肉を行っていないタイプだろうと推測した。と、そこまで考えて虎杖の脳裏にひらめきが起こる。
「あ、てか黒部の術式使って手紙書いたやつ特定できたりしない?」
虎杖が名案とばかりに手を叩く。
ナノカの術式である幻視は触れたものを起点にその過去を読み取ることができる。送られてきた手紙が術式対象ならばこれを利用して居場所まで割り出せるかも、というのが虎杖の意見である。しかし、それを聞いた伏黒は残念そうに首を横に振る。
「実は黒部にはその件を頼んだんだ。結果、投函したやつまでは追えたんだが、そいつはただのバイトだったよ。SNSで知り合った相手から印刷と投函だけ頼まれて、金も暗号通貨で受け取ったらしい。もう少し探ってもいいが、あまり期待はできそうにないな」
「そっかー。残念」
「でもホノカから呪物は取り出せたんでしょ?そっちはどうなのよ」
「黒部の術式は任意で発動できない上、直接触れる必要がある。未封印の特級呪物を3級術師に持ち歩かせるわけにはいかない」
「そっかー。残念」
「真似すんなよ……」
今回の一件において、ナノカの術式は明確に強化されていた。
しかしそれは一時的なものだったようで、現在は元の「突然発動する」形に戻っている。術式の精度や効率は本人の精神の影響を大きく受けるため、このような事例は珍しいものではない。とはいえ使用頻度は上昇しており、ここは今後の訓練次第だろうと伏黒は考えていた。
「この事件は俺が追っていた変死事件と同一犯の可能性が高い。だが犯行はかなり広範でかつ一級案件。他の術師何人かにも声をかけているが、俺だけじゃ正直手が足りない。今回集まってもらったのはお前らに協力を仰ぎたいからだ」
「俺はもう関わってっからな。全然オッケーよ」
「そいつ後輩に手出そうとしたんでしょ?絶対ぶっ飛ばしてやるわ」
「恩に着る。伊地知さん」
「はい」
伏黒に促され、伊地知は複数のファイルを取り出した。
それぞれのファイルには地名や日時が記されており、これらが何らかの事件に関する資料であることが見て取れる。
「東日本で発生している10代少女の行方不明届を洗い出しました。お二人にはこれらを調査していただきたいです」
「合点承知」
「任せときなさい」
二人の好意的な反応に、伏黒の口元が少しだけ緩む
──こうして高専2年組の合同捜査が決定するのだった。
◆
「というわけで、しばらくボクたちの監督はお休みなんだって」
「え~。ナノカさん達が無事でよかったですけど、私も調査やりたかったです~!」
「あはは……」
やる気に満ち溢れたシェリーの言動を見て、エマは顔を引きつらせる。
現2・3年生はその多くが1級術師であり、呪術界においては最高戦力と言っていい人材たちである。監督官の仕事は一旦休止され、事件解決まで彼らは捜査の方にリソースを割くことになった結果、シェリー達は呪術師の卵として学業に励むという本来の姿に戻った形となる。不完全燃焼と言わんばかりのシェリーの反応に、家入がため息をついた。
「ちょうどよかったじゃないか。あんたはもう数日安静にしなきゃいけないんだし」
「まだ寝なきゃダメなんですか!?」
「当たり前だろう。さっきも痛がってたじゃないか」
「うぅ……ちょっと確認したいことがあったんですけどね~」
「確認したいこと…?」
「なんでもいいが、あまり仕事を増やさないでくれよ。それじゃあ私は休憩行ってくるから」
2人の会話内容に興味がないのか、家入は手を振って保健室を後にする。
手にライターを持っていたことから、おそらく休憩は休憩でもたばこ休憩だろう。と、そんな教師と入れ替わるように、新たな少女が部屋へと入ってくる。
「家入先生お疲れ様です……と、お、お邪魔しま~す……」
「あ、ミリアさん!」
「シェリーちゃん!目が覚めたんだ。安心したよ~……」
やってきたのはシェリー達の同期である佐伯ミリア。
活発な印象を抱かせる派手な金髪に反し、その態度はどこかおどおどと不自然で、周囲の目を気にしているようにシェリーには見えている。彼女はナノカと違い術式を十分に制御できているうえ、その能力がとても有用なことから上級生の手伝いとしてよく駆り出されていたのだが、監督官である釘崎が合同調査に参加したためエマたちと同じく現在はフリーとなっていた。彼女の手にはリンゴの入ったバスケットが握られており、その目的がエマと同じくお見舞いであることが見て取れる。
「今日は無駄にならなそうでよかった。おじさんが剝いたげるね」
「いえいえ!御心配には及びません!リンゴぐらいならこうやって……」
「ああ!ダメダメシェリーちゃん!!」
エマの静止も空しく、すっとリンゴを手に取ったシェリーは、次の瞬間その丸々とした果実を粉々に砕いてしまった。
天与呪縛のフィジカルギフテッド。呪霊以外なら大体なんでも壊せるその膂力なら、くだもの程度は容易に破壊可能である。飛び散った破片は保健室に散乱し、溢れた果汁はミリアの顔面を直撃する。
「目がァ!目がアァ!!」
「あれ?すみません。加減したつもりだったんですけどね?」
「(家入先生に怒られちゃう…!)」
──その後三人は協力して片づけを行うのだが、ベッドについた染みを消すことはできず、休憩から戻ってきた家入に結局怒られることとなるのだった。