術ク呪ウ名探偵   作:けるべろん

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破壊探偵(クラッシャー) -肆-

「ナノカさんのお見舞いに行きましょう!」

 

 そう言い出したのは、シェリーだった。

 

「ホノカさんも無事に一命を取り留めたそうですし、これはもう直接お祝いに行くしかありません!」

「お見舞い……お祝い?」

「シェリーちゃんもまだ全快じゃないでしょ?おじさん心配だよ……」

「大丈夫です!普通に歩くくらいなら問題ないですから!」

 

 廃工場での一件から、既に一週間が過ぎていた。

 通常呪いの被害を受けた人間は高専で治療を受けることが多いが、ナノカの姉は身体が衰弱していたため、一般医療で対処する方がいいと判断されたこと、ナノカ本人も同じ病院で療養するのを希望したことから、二人は市内の病院に搬送されている。シェリーがナノカに会うのは領域の中以来であり、彼女のモチベーションにはそういった面も含まれている。伏黒のいう通り姉妹は既に危機的な状態を脱しており、面会も特に拒絶されていない。

 

 ミリアはシェリー自身の容態を心配したが、実際のところ彼女の状態は既に安定している。戦闘に準ずるような激しい運動以外は許可が出ているため、見舞いに向かうこと自体に問題はなかった。そもそも好奇心旺盛な彼女が病室で大人しくしているはずもなく、街中に繰り出そうとするのは至極当然の流れといえる。

 

 そういうわけでシェリー達3人は街へと繰り出したのだが、ここで1点、ミリアに誤算が生じる。

 

「二人とも早く早く!」

「待ってよシェリーちゃーん!」

「はぁ……はぁ……ちょっと、おじさんわき腹が……」

 

 シェリーの後ろを、ミリアが息を切らしながらついていく。

 ナノカとホノカが入院している病院は、最寄りの駅から歩いて30分ほどの場所にある。それは一般的には駅から遠いと言われるであろう距離だ。現在では呪術は一般に公開されており、特別隠す必要はないのだが、渋谷事変以前はこれらも秘匿しておくのが一般的だった。そのため高専が提携している医療機関は限られていたし、提携先も敢えてアクセスが悪いところが選ばれている。少女達にとってはそこそこ大変な運動であろう。

 

「あれ? みなさん運動不足ですか?」

「シェリーちゃんが速すぎるよ~!」

「おじさん、もうちょっとペース落としてほしいかも……」

「仕方ないですね~」

 

 加えてメンバーの中では身体能力的にはシェリーが抜きんでており、これは全快していない現在でも埋まらない差である。

 特に術式の都合上、これまで非戦闘員として活動していたミリアは基礎強化も十分ではなく、自分の体力のなさを痛感していた。

 

 (うぅ……おじさんも基礎修行頑張らないとかぁ)

 

 そんなことを考えていた道中のこと。

 

「あれ? なんだか人が集まってますよ!」

 

 シェリーが前方を指差す。

 通りの角にある大きな建物。その側面に広がる白い壁の前に人だかりができていた。近くの歩道には簡易的な柵が設けられ、記者や動画配信者らしき人々がカメラを構えている。その視線が皆一様に同じ方向を見ているのを確認し、ミリアの顔がひと際強張った。彼女の変化を見て、エマが心配そうに声をかける。

 

「ミリアちゃん大丈夫?ちょっと顔色悪そうだけど……」

「あ!うん!大丈夫だよ!おじさんちょっと疲れちゃったカモ……」

「事件ですかね~高まります! お見舞いの前に解決していきましょうか!」

「あ、シェリーちゃん!?」

 

 エマの制止もむなしく、シェリーは人ごみの中へ潜り込んでいってしまった。

 先の見えない人だかりではあるが、なにか事件があったにしては人々の放つ雰囲気は明るい。珍しいものでも現れたのか、ミリアとエマは共にそんなことを考えていたが、その答えは人だかりからひょこッと顔を出したシェリーによりもたらされる。

 

「バルーンの作品です!」

「バルーン?」

「エマさんご存じないんですか!?世界的なストリートアーティストですよ!その正体は謎に包まれていて、予告なしに世界中の街へ作品を残していくことで有名なんです。いや~生で見られてラッキーです!」

 

 にへへと笑うシェリーは事件を追っている時と同じぐらい上機嫌。撮ってきた写真を二人に共有する。

 そこには、白い壁いっぱいに描かれた巨大な蝶が映っていた。色とりどりの羽が煌めくそれは写真越しにもかかわらず大迫力で、今にも壁から飛び立ちそうにすら見える。

 

「わ、わひゃ~!確かにきれいだね~! おじさんも名前は聞いたことあったけど、シェリーちゃんこういうの詳しいのかい?」

「詳しいというほどではありませんが、テレビで特集を見たことがあります。なにせ世界的に有名なアーティストですから!」

 

 ミリアの問いかけに、シェリーは自信ありげに胸を張った。

 短時間とはいえ休憩できたからか、ミリアの顔色も良くなっている。しかし、続くシェリーの言葉は他2人を驚愕させるには十分だった。

 

「それにしても驚きです。まさかバルーンが呪術師だったとは!」

「え?」

「いえ、先ほど壁画を見たときにユージさんからもらった呪具を使ったんですが、壁画全体に残穢が残っていました。バルーンはおそらく術式を使って絵を描いているんだと思います!」

「よく呪具使おうと思ったね……」

「最近はなんでもこれで見てるんですよ。案外呪いっていたるところにあるんですね!新しい発見がいっぱいで高まります!」

 

 言いながらシェリーはルーペを構える。

 通常、呪いは写真や動画には映らない。世にある心霊写真と呼ばれるものは、100%が合成や映り込みなど何かの間違いである。故にシェリーのとってきた写真に残穢が映ることもなく、2人がそれに気づかないのも無理はない。と、そこで何かに気づいたのか、エマがあっと声を上げる。

 

「あれ? でも人目に付く場所で呪術を使うのって呪術規定違反だよね? 大丈夫なのかな……?」

 

 呪術規定8条。一般人の目の前で呪術を使ってはいけない。

 呪術を扱う者全員に周知されているこのルールではあるが、渋谷事変にて呪霊の存在を公表した今ではほとんど意義を失っており、楽巌寺をはじめとする総監部では廃止の検討も行われていた。死滅回游サバイバーの中には呪術を用いて悪さをする人間も含まれているが、そういった呪詛師達を捕らえるのであれば1条があれば十分である。

 

 とはいえ規定は規定。

 8条自体は現在も運用中である以上、それから外れた者は呪術界に仇なすものと判定されてもおかしくはない。エマのその懸念を肯定するように、シェリーは語る。

 

「渋谷事変以降、呪術も呪霊も一般に公開されていますからね。神秘の秘匿は形骸化しています。ただ、もしバルーンに等級がなければ規定上は呪詛師扱いですね」

「ええ~!?」

「とはいえ、バルーンは誰かを攻撃しているわけではありません。これだけ有名なら高専も把握しているはずですし、脅威度が低いとみなされて半ば黙認されているのではないでしょうか」

「な、なるほど……」

 

 シェリーの唱える説には一定の説得力があった。

 万年人手不足の呪術界は全ての案件には手が回らない。当然全ての事案に対処することもできないのだ。それならそれで総監部からの通達があってもいいのでは、とエマは思ったが、正体不明で世界中で活躍しているというバルーンにたまたま遭遇する可能性は極めて低く、優先度が低いのも仕方のないことだろう。

 

「そっか~。でも一応おじさん報告しとくね」

「お願いします!もし捕まえるんでしたら私達でやりましょう!ついでにサインももらっちゃいましょう!」

「あ、あはは……伝えておくね……」

「(職権乱用してる!)」

 

 完全に自分の欲望優先のシェリーの言葉を聞き、他2名は苦笑するしかなかった。

 

 ◆

 

「ナノカさん、ホノカさん、お見舞いに来ましたよ~!」

 

 病室の扉を開けると、窓際にいたナノカが振り返った。

 その頬には大きなガーゼが貼られており、彼女もまた怪我人であるのが見て取れる。他のメンバーに比べ大けがこそしなかったものの、攻撃による擦り傷や打撲はそれなりにあった。反転術式であればすぐに治せる傷ではあるが、姉やシェリーの治療を優先するため彼女は家入の処置を断っていたのだ。

 

「……静かに」

「…!」

 

 ナノカの前のベッド。そこで白髪の少女が眠っている。

 ナノカの姉、ホノカである。シェリーは彼女が怪物化しているタイミングでしか見ていなかったため素顔を見るのはこれが初めてのことだった。髪色こそ異なっているが、その顔立ちはナノカによく似ており、姉妹というのも納得である。

 

 寝ている傷病人がいる中室内で話すわけにもいかず、ナノカに連れられ一行は廊下に出ることにした。

 待合室はがらんとしており、天井からつるされたテレビが小さな音量でニュースを流している。院内はシェリーにとって慣れ親しんだ救護室と似た匂いがしており、窓の外には都市郊外の街並みが広がっていた。

 

「いや~ナノカさんが無事でよかったです!私ユージさんが来てくれた辺りから記憶がないので」

「あなたの傷の方がよっぽど深かったはずよ……ごめんなさい」

 

 ナノカの視線がシェリーの肩へ向く。

 傷はすでに塞がっているものの、家入に注意されていた通り万全ではない。領域内での戦闘に参加していたナノカとしては、シェリーが元気に動き回っていることの方が驚きであった。罪悪感を思い出し、彼女は服の袖をつかむ。

 

「謝らないでください。全然気にしてませんから!」

「でもシェリーちゃん、前ボクに運動は厳禁みたいなこと言ってたよね?」

「大量出血で貧血気味らしいですからね。今も少しふわふわします!」

「わわわ!? それ全然大丈夫じゃないじゃないか!?」

 

 胸を張るシェリーをミリアが慌てて座らせる。

 近年は6月でも30度を超える日はあり、今日の日はまさしくそれである。貧血気味だと熱中症にもなりやすい。そんな周りの心配をよそに、シェリーはポンと手を叩いた。

 

「ナノカさん、お姉さん──ホノカさんは大丈夫でしたか?命に別状はないと聞いていたのですが」

「ええ。体が弱っていたから眠っている時間が長いけど、起きてるときは元気よ。元気すぎるぐらいにね」

 

 かみしめるようにナノカは告げる。

 

「お姉ちゃんが無事に戻ってきてくれたのはあなたのおかげよ。本当にありがとう」

「いえいえ、最終的にはナノカさんの力です。私がやったことなんてほんの一握りですから」

 

 親指を立てるシェリーの言葉に、謙遜のような雰囲気はない。

 これは本人としては実際戦闘中の記憶はかなり飛んでいたうえ、最終的には虎杖とナノカの力で解決したことになっているからだ。

 

「よかったねぇ……ずびっ……おじさんなんだか泣けてきたよ……」

「あはは……」

 

 何故か涙を拭うミリアを見て、エマが頬を引きつらせる。

 

「ふ~。しかしなんだか喉が渇きましたね。自販機探してきます!」

「私が案内するわ。倒れられたりしても困るから」

「え~大丈夫ですよ~!」

 

 病院内はクーラーが効いているものの、ここに来るまで長時間歩いていた一行はそれなりに消耗していた。エマとミリアを待合室に残し、ナノカはシェリーを連れて自販機を探しに向かうのだった。

 

 ◆

 

 自販機は病院の一階に鎮座していた。

 110円を払ってパックの飲み物を買うと、シェリーはそれを一気に飲み干す。当然ながら一瞬で中身がなくなったため、続けて彼女は同じ飲み物をもう一本購入した。

 

「麦茶でも買った方がよかったんじゃない?」

「なんだかワクワクしたい気分だったので」

「?」

 

 てへへ、とシェリーが頭をかく。

 彼女の不思議な挙動が少しだけ姉と重なり、小さな笑みを浮かべるナノカだったが、それはつかの間のこと。彼女の表情は真剣なものへと変わる。

 

「……橘シェリー」

「はい?」

「あなたに、聞きたいことがあるの」

「おお~!なんなりと答えましょう!ふふん!」

 

 ナノカは椅子に座ると、シェリーの方へ向き直った。

 彼女の放つ雰囲気は一気にシリアスなものに変化していたのだが、そんな空気は読まずにシェリーは楽しげに対面に座る。

 

「領域の中であなたに触れた時、私はあなたの過去を見た」

「そうだったんですね!いいなぁ~!私ももっと捜査に使える術式がよかったです。」

 

 シェリーが飲み終わったパックをぐしゃっと握りつぶす。

 手の中にあったはずのそれは開いたころには異常なまでに小さく圧縮されており、彼女はそれをポイッとゴミ箱に投げ入れた。しかしコントロールが悪かったのか、パックはゴミ箱に入ることなく床に落下してしまう。

 

「あ!すみません!床汚しちゃったかも!」

「大丈夫。中身はないんだから」

 

 立ち上がったナノカは床に落ちたパックを拾い上げると、そのままゴミ箱に投げ入れた。

 

「同じね……」

「はい?」

「私が見た過去のあなたも、同じように謝っていたわ」

 

 ナノカは視線が鋭さを増す。

 彼女の態度を怒っていると解釈したのか、シェリーはまるで弁解のように言葉を吐き始めた。

 

「あ~、面目ないです。術式のせいにしてしまいますが、昔からいろいろなものを壊したり汚したりしてしまいがちでして。そのたびにいろいろな人に怒られてきたので、ちょっと謝り慣れてるかもしれません」

「それは、人を殺した時も?」

「────なるほど」

 

 殺す、という強い言葉が聞こえたからだろうか。シェリーが反応するまでは少しの間があった。

 しかし、彼女の顔色が変わることはない。まるで昼下がりのコーヒーブレイクとなんら変わらないかのように、彼女は淡々と答える。

 

「ナノカさんが見たのはあの時の記憶でしたか。私が施設にいたころのものですね。懐かしいです」

「……否定はしないのね」

「なにぶん昔のことですから、ちゃんと覚えていないんですよね~。ご期待に沿えず申し訳ないです」

「そう……ならいいわ」

「はい! 気になるなら、いつでも聞いてくださいね!」

「……あまり遅くなると桜羽エマ達に悪いわ。戻りましょう」

「了解しました!」

 

 元気に返事をしたシェリーは、非常にセンシティブな話題を振られたとは思えないほど普段通りだった。

 前提として、呪術師にとって死や殺しは遠い存在ではない。多くの術師は呪詛師を殺しているし、そういう意味では呪術界におけるシェリーの倫理観はそこまでずれているものでもないだろう。重めの質問に対して怒るどころかいつでも聞いてくださいと答えるのは、本当に気にしていないからだろうとナノカは考える。

 

 だが、

 

(橘シェリーは嘘をついた)

 

 これまでの経験から、ナノカには自身の術式に関してある程度の知見があった。

 その中の一つとして、幻視で見える過去は本人とナノカ双方の想いに強く依存するというものがある。あの時ナノカはシェリーのことを心配してはいたが、シェリーの根源にまで触れるつもりはなかった。故に、ナノカの見た光景はどちらかといえばシェリーの想いによって想起された可能性が高い。そして、それはシェリーが件の事件のことを記憶していなければ起こり得ない事象なのだ。

 

 質問されたこと自体を気にしていないのは本当。

 しかし、「ちゃんと覚えていない」というのはシェリーの放った偽証だとナノカは判断する。

 

(けど……)

 

 故にナノカは迷う。

 ここでシェリーが嘘をつく理由は、これ以上自分の過去を探られたくないからではないか、と。もしそうなら、自身の感情は彼女にとって邪魔なのではないだろうか。そんな考えがナノカの脳裏をぐるぐると回る。

 

「橘シェリー」

「何でしょう!? さっきのお話の続きですか」

「ちが……くはないけど、そうではなくて……」

 

 それでもナノカは声をかける選択をした。

 何かが手遅れになる前に、伝えられることを伝えたかったからだ。歩き始めは一緒でも、歩幅の広いシェリーは既にナノカの数歩前にいる。話しかけられ振り向いた彼女は、ナノカの言葉に興味津々というように目を輝かせていた。

 

「改めてお礼を言わせてほしい。お姉ちゃんと、私を助けてくれたこと。本当に感謝しているわ」

「えへへ……なんだか照れますね~…」

「助けてくれた分、今度は私があなたを助けたい」

 

 何かに集中するように、ナノカは視線を伏せた。

 深呼吸のように深く息を吸い、そして吐いた後、覚悟を決めるようにその言葉を紡ぐ。

 

「わ、私と、友達になってほしい」

 

 俯き、表情を隠すようにしているナノカだが、その耳は心なしか少し赤くなっている。

 いつもクールぶっているナノカではあるが……基本的に普段の態度は人見知りによるものだ。信頼できる人間以外との距離を必要以上に取ってしまい、冷たい子と思われてしまうことも多い。姉や両親はそんな彼女に理解があり、だからこそ彼女にとって大事な存在になっているわけだが、そのかわり、それ以外の人間との距離はより離れてしまっている部分もあった。

 

「……」

 

 故に彼女が自ら同年代の他者へ関係性の進展を望むのは一世一代の覚悟が必要な大事件である。

 とはいえ、ナノカのそんな背景をシェリーは知る由もなく──

 

「私達って……これまで友達じゃなかったんですか!?」

「え、いや…!」

「友達だと思ってたの私だけだったんですか!? ちょっとショックです~!」

「そ、それはあなたが私のことを依頼人って呼んでたからっ……!」

 

 ──こうして自称名探偵と依頼人の間に、新たな関係性が加わるのだった。

 

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