術ク呪ウ名探偵   作:けるべろん

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偽りの芸術家(アーティスト)

「ふむ、では職員さんご自身が確認したわけではないということですね」

「はい……私には靄がかかったようにしか見えず……呪霊だと思って相談したのですが……」

 

 職員はかなり怯えた様子で、シェリーの質問にもびくびくとしながら答えていた。

 通報があったのは本日の午前中である。放課後から電車を乗り継ぎ、水族館へ到着した頃には時刻は18:00を回っていた。時間が遅いこともあり周囲には民間人はおらず、現在残っている職員も説明のために待機していた数人だけである。

 

 呪霊や呪いは通常一般人には見えないが、霊感のある人間の視認や極限状況では目撃されることもある。

 おそらくはこの職員には軽い霊感があったのだろうとシェリーは分析していた。

 

「偶然休館日だったとのことですが、職員さんたちに被害はないですか?」

「ありません。ただ、生き物たちが心配で……」

 

 職員の面持ちは沈痛であり、本当に生き物を大切にしていることが伝わる。

 

 呪霊の行動原理は「人間を害すること」である。

 故に水族館の生き物たちが襲われる可能性は低いが、それも場合によりけり。目的がなくともその時の気分で攻撃を行う可能性がある以上、一般論の話をしても意味はない。それを分かっているシェリーは、いつものようにドンと胸を張る。

 

「わかりました! この名探偵におまかせください! 必ずや事件を解決して見せますとも!」

「め、名探偵…?」

「すみません。ちゃんと高専の術師です。任務は責任をもって果たします」

「は、はぁ……? とにかく、よろしくお願いいたします……」

 

 ナノカの言葉の方が信頼を得られたのか、職員はそそくさとバックへ戻っていった。

 それを見て、シェリーはどこか不満げに口を尖らせる。

 

「むす。あの人ナノカさんが話した途端納得してませんでしたか?」

「あなたはもう少し人の心の機微を学んだほうがいいわよ……」

「え~? 私結構気づかいの子ですよ~?」

「け、喧嘩しないで~!」

 

 二人の会話を仲違いだと思ったのか、間にミリアが割って入る。

 今回の任務はこの三名で担当することになっていた。とはいっても実際に戦闘するのはシェリーとナノカのみで、ミリアは後方で待機である。

 

「大丈夫ですよミリアさん。任務はしっかりやりますとも」

「それならいいんだけど……うう、自分の方が不安になってきちゃったよ」

「まあまあ、とりあえずやってみましょう! 私結構楽しみにしてたんですよ~」

 

 ミリアの役割は後方支援であるが、その中には他二名ではできないことも含まれている。

 シェリーに促されたミリアはいったん深呼吸をすると、その期待に応えるというようにすっくと立ち上がった。

 

「わ、わかった。よし、おじさん張り切っちゃうよ~!」

 

 ミリアは二人の視線を背に水族館へ向き直った。

 震えそうになる手を胸元で握りしめ、教わったばかりの術を使うために意識を集中させる。

 

「や、闇より出でて闇より深く。その穢れを禊ぎ祓え~!」

 

 ミリアが祝詞をあげると、水族館を覆うように上空から帳が降りてくる。

 日下部との入れ替え修行が多い都合、ついでのようにミリアも簡易領域を学んでいた。これ自体は非戦闘員のミリアにとっては護身術に過ぎないが、入れ替え修行には副次的に結界術の基礎を学べるという利点もある。同じく結界術である帳を彼女が使用できるようになるまで、差したる時間はかからなかった。

 

 もともとは民間人への呪いの秘匿目的で張る結界だったが、現在では呪霊を閉じ込める目的で張られることが多い。

 結界というだけあり外側への影響を指定するより内側に働きかける縛りの方が構築しやすく、これまでの視認を防ぐ目的のものよりも使用自体は容易になっていた。

 

「はぁ……はぁ……やった! 成功したよ!」

「おお~! すごいです! それではこの後もよろしくお願いしますね!」

「そうね。頼んだわ、佐伯ミリア」

「……ん?」

 

 結界を張るのに集中力を使いきっていたミリアは、二人の言葉の意味を理解するのに時間がかかる。

 帳を降ろすことは成功したはず。そう思って顔を上げる。確かに帳は下りているものの、その範囲は水族館の一部区画を覆うにとどまっていたのである。ミリアの力量ではこの範囲の帳を降ろすのが限界だからであるが、これでは呪霊を閉じ込めることができないため、あと何枚か帳を張る必要があるのは誰の目にも明らかであった。

 

「この範囲だとあと5回ぐらいですかね~。それじゃあ頑張りましょう!」

「(虚無でやり過ごすしかない)」

 

 死んだ目のミリアが帳を張り終える頃には、30分ほどの時間が経過していた。

 

 

「夜の水族館ってなんだか特別な感じがしますね~。高まります!」

「否定はしないけど静かにした方がいい。敵に気づかれる」

「は~い!」

 

 ナノカの注意を受けながらも、シェリーはいつも通りマイペースに進んでいく。

 ミリアを帳の外に残し、2人は夜の水族館へと足を踏み入れていた。本来人間であふれているはずの場所に誰もいないため、広く見える空間はどこか不安な感情を掻き立てる。昼間なら上から差し込むはずの日光は月明かりに変わり、聞こえてくるのは二人の足音と水の流れのみである。声のトーンを落としたシェリーがナノカに話しかける。

 

「ナノカさんが来てくれて助かりました。この雰囲気は一人だと心細かったでしょうから」

「意外ね。あなたはそういうの気にしないタイプだと思ってた」

「え~?シェリーちゃんにも嫌いなものや苦手なものぐらいありますよ~」

「例えば?」

「そうですね~、例えば──」

 

 ずんずんと進んでいたシェリーが、何を思ったのか立ち止まる。

 つられてナノカの方も歩みを止めた。月明かりが雲に遮られたのか、一時的に館内は暗闇に包まれた。見えるのは非常口に続く緑の光と、水槽に取り付けられた小さな照明のみである。

 

「──友達や先輩に嫌われるのは怖いですね」

「ないわよ、そんなこと……」

 

 雲はすぐに晴れる。気づけば二人は水族館自慢の巨大な水槽の前までやってきていた。

 内部には大小さまざまな魚が泳いでいるが、昼間に比べれば彼らの動きは鈍い。見ようによってはある種ロマンチックな情景でもあるのだが、シェリーは特にそういった趣を感じることもなく、館内を見渡す。

 

「いたるところに残穢がある。ずいぶん好きに動いているようね」

「こうなると逆に痕跡を追いにくいですね~。困りました」

 

 館内は壁や天井問わず、いたるところに呪力の痕が残っている。

 ここまで残穢が大量かつ高密度で残っている割に、水族館の外には痕跡がなかったことから、呪霊がここを根城にしているのは間違いないだろう。加えてこの散乱具合から犯人が素人に近いことも見て取れる。状況を見て、シェリーが顎に手を当てる。

 

「ふむ。どうして呪いはここに現れたんでしょうか」

「どうしてって……理由なんてないんじゃないの?」

「そんなことはありません。呪霊は非術師の負の感情が積念して生まれるものです。自殺の名所やお墓、学校などで呪霊の目撃が多いのはその影響ですし、東京に呪霊の発生を抑え込んでいるのも同じ原理を利用しています」

 

 病院や墓など死のイメージがある場所は呪霊の出没件数も多い。

 また夜になると呪霊の動きが活発になるのも多くの人間が闇を怖がる性質を持つからである。逆に言えば仄暗い感情がわかない場所に呪霊はほとんど現れないということになる。営業中のテーマパークなどはその典型だろう。

 

「なるほど……水族館はあまり負の感情が滞留するイメージはないわね。けれどそれも100%ではないはずよ。 ここは東京からも近いし、ありえない話じゃないと思うけど」

「一理ありますが、私の意見は違います。実はここの残穢なんですが、()()()()()()()()()()()()()()()んです」

「! それって──」

 

 ナノカが口を開きかけた、その時。

 

「ッ!」

「わわっ!? ナノカさん!?」

「しっ」

 

 シェリーの手を掴んだナノカはそのまま強引に彼女を物陰へと引きずり込んだ。

 膂力で言えばシェリーの方が圧倒的に上のはずだが、特に抵抗しなかったのはナノカに考えがあるのが伝わっていたからである。

 

「……なにか見つけたんですか?」

「天井」

 

 シェリーが相方の視線の先を追う。

 水族館の青く塗られた天井。そこから巨大な瞳がこちらを覗いていた。その大きさは目測で数10センチ。それがまるで天井を泳ぐようにして移動している。目玉以外に後方にはヒレのようなものも見え隠れしており、その正体が巨大な魚類や海洋哺乳類の姿であることが類推できた。

 

(2級クラスのサイズ……でも違和感があります)

 

 壁をすり抜けられるのは呪力の少ない3級以下の呪霊がほとんどだ。

 呪力はそこにあるだけで近くの物に影響を与えるため、強大な呪力を持つ呪霊は逆に周囲の存在に妨げられるようになるからである。仮に術式ですり抜けているのであれば1級案件ということになるが、この呪霊からはそこまでの危険性をシェリーは感じない。

 

 そうして違和感を推理している間に敵は水中に潜るようにとぷんと姿を消してしまう。

 時間にして数十秒。沈黙を貫いていた二人だったが、監視者が消えたのを確認すると一気に息を吐きだす。

 

「ッぷはー! すごい!大きい目玉でしたね!イカでしょうかクジラでしょうか!?」

「危機感がなさすぎないかしら……」

 

 とはいえそんな反応はいつも通りである。

 小さくため息をついたナノカはそれ以上追及することもなかったが、一方のシェリーはと言えば身を乗り出してナノカに詰め寄る。

 

「教えてくれてありがとうございました! よく気づきましたね」

「呪力がかなり不気味だったわ。まるであの3年の先輩みたいに……あなた気づかなかったの?」

「呪霊も呪力もわかんないんですよね~。呪具で視覚はなんとかなってますが、他はからっきしです!」

「……」

 

 呪力の察知は呪術師にとって第六感のようなものである。

 天与呪縛の格闘戦には呪力の流れがつかみにくいという術師同士の戦いにおける強みもあるが、呪力が見えない以上それはお互い様である。シェリーの場合呪具で補完はしているものの、奇襲への対処としては心もとない。友人の危険を回避するのに成功し、ナノカは胸をなでおろす。

 

「ところでさっきの話の続きなんですが、あれって呪霊なんですかね?」

「……さっきはピンとこなかったけれど、今のを見てあなたの言いたいことが分かった」

 

 クジラが消えた天井を見上げながら、少女を告げる。

 

「呪霊ではなく式神……そういうことでしょ」

「そうですね。名探偵シェリーちゃんとしても同意見です!」

 

 ルーペを取り出したシェリーは、自慢げにそれを掲げる。

 虎杖から渡されたこの呪具は呪いを見るのが基本機能ではあるが、シェリーにとってはもう一つの効果も意味あるものである。

 

「この呪具ですが、単純に呪いが見える以外に一度見た呪力をずっと視認できるようになる効果もあるんです。最初から残穢が見えたということは、私はこれと同質の呪力をどこかで見たことあるんだと思います」

「なるほど。でもそれなら誰の仕業かすぐに分からないの? 」

「うーんそうなんですが、ここ最近は任務でも街中でも使っているので候補が多すぎるんですよね~。あんまりちゃんと見分けられてないです」

 

 見覚えはあるんですが、とつぶやくシェリーは、うなりながら頭をひねっている。

 

「ただ、呪霊であれば祓っているはずです。式神は術師と同じ呪力を持つことを踏まえると、ここにいるのが術師で、あれが式神の可能性は高いと思います」

「水族館の職員や動物への被害が無い辺り、積極的に攻撃を仕掛けるタイプではないようね。滞在自体が目的か、あるいは単に迷い込んできただけ…?」

「呪霊と違って人間は行動が読めませんからね~。どちらもあり得ますが──」

 

 シェリーは天井を見上げる。

 先ほどまで式神が覗いていた場所だが特に変わった様子はなく、穴が開いているなどもない。

 

「この上は屋外エリアですね。追いましょう」

「ええ、そうね」

 

 二人はクジラの残穢が続く通路を抜け、屋外エリアへ向かう扉を開く。

 冷たい夜の空気が、二人を包み込んだ。

 

 

 初任務の廃ビルや領域と異なり、今回の舞台は水族館である。

 閉館時間は過ぎておりスタッフも帳の外に避難済みではあるが、シェリーたちが本気で暴れてしまえば館内の設備や動物に影響が出ることは想像に難くない。そのため事前に安全重視で動く旨の連絡を受けていたのだが、屋外であればそれも多少緩和される。二人はそう考えていたのだが──

 

「うわわっ!?」

 

 落下してきた巨大な水の塊が、直前までシェリーがいた場所のタイルを破壊する。

 上空を漂っているのは巨大なクジラ型の式神。全長10mほどのサイズでありながらそれは中空を漂っており、二人の頭上を悠然と泳いでいる。

 

 クジラは目の前に発生させた大きな水泡をそのまま投下・放出。

 その見た目はさながら巨大な雨粒である。たかが水ではあるものの、自由落下してくるそれは数十キロの質量そのものであり、直撃した際の衝撃は計り知れない。

 

「このッ!!」

 

 片方だけが狙われる現状を打破するため、ナノカは拳銃を発砲する。

 狙いは当然クジラ本体。距離は概ね30mほどあるが、呪力を込めた拳銃の威力はこの程度では全く落ちない。彼女の正確な射撃はしっかり敵を捉え、頭部へ直撃するが……

 

「全然効いてなさそうですね!」

「わかってるっ! どうすればいいのよこれ……」

 

 クジラの体へ飲み込まれた弾丸が勢いを失い小さく歯噛みする。

 この式神の最も凶悪な点は体が水で構成されていることであった。呪力があろうがなかろうが、全身が水で構成されているのならダメージの受けようがない。そもそも巨大なクジラにとって拳銃の弾丸など蚊に刺された程度の感覚であり、怯んだ様子はまったくなかった。

 

「なんで急に暴れだしたんでしょうね?」

「私たちを見つけたからじゃないの!?」

 

 クジラを追うため屋外エリアへと移動したのは数分前のことである。

 二人がやってきた段階で、クジラは大人しく上空を漂っていた。もちろん外に出た時点で二人の存在は認識されていたのだが、式神は帳にぶつからない距離で回遊しており、しばらくは何もされなかったのである。

 

 敵対的でないならミリアと合流し対応を考えよう。

 そんなことを話していた矢先、クジラは突如として攻撃を開始。偶然シェリーがクジラを見ていたため初撃を受けることはなかったものの、実質的には不意打ちである。

 

「でも最初は攻撃されませんでしたよ! あれが呪霊ではなく式神なら、何か条件を満たしたせいでアクティブになったと考えるべきです!」

 

 ナノカに反論しつつ、彼女は投下された水塊に正面からパンチをお見舞いした。

 巨大な衝撃を受けた水は爆発するように四方八方に飛び散り、周囲を大雨後のようにびしょ濡れにする。攻撃をしのいだシェリーは受けた方の手をひらひらと振る。

 

「いたた! 位置エネルギーが違いすぎますね。何回も貰ったら危ないかもです!」

「埒が明かないわ。一旦立て直しましょう! 帳の外へ──」

「シェリーちゃーん!」

 

 ナノカが交代を進言したその時、帳の向こうから聞きなれた声が響いた。

 ちらりと様子を伺うと、走り寄ってくるミリアの姿。後方支援のはずの彼女が現れたのには、さすがのシェリーも少し驚いてしまう。 

 

「ミリアさん!? 今は戦闘中ですよ! 危ないので離れてくださーい!!」

「そりゃおじさんも怖いけどっ!? 電話出てくれなかったから!! ってぎょえー!?」

 

 大声を出したからか、帳越しのミリアへ向け攻撃が炸裂する。

 ミリアの身体能力では本来水の砲撃を回避できるはずもないが、複数分割されたことで結界の強度は十分な水準に達しており、罅が入るようなこともなかった。シェリーの視線の先にしりもちをついて肩を上下させるミリアの姿が目に入る。

 

「おお! 単なる物理攻撃は無理なく防げますね!」

「死ぬ!! 死ぬかと思った!!!」

「あなた何しに来たのよ本当に!」

 

 言いながらナノカは再び発砲。当然ダメージにはならないが、目的は注意を引くことである。

 その目論見は成功し、クジラはナノカの方へと移動を開始。彼女の意図を察したシェリーは、急いでミリアの元へと近づいた。

 

「ナノカさんが時間を作ってくれました。何かあったんですか?」

「う、うん。二人が入ってしばらくした後、近くで女の子が見つかったんだ。呪力も持ってたから、なにか関係があるんじゃないかって思って──」

「あれ~? どうしたのかなぁ~」

 

 身振り手振りで大慌てするミリアの背後から、一人の少女が現れる。

 銀色の長い髪は絵具かなにかで汚れ、その毛先は色とりどりに染められており、赤と金のオッドアイは眠たげに半開きになっている。加えて小柄で人形のような姿ながらその表情はふわふわとつかみどころがなく、華やかながら少し奇妙な印象を見る者に抱かせる。だが、シェリーの目を引いたのはそこではなく、彼女の周囲に漂っていた──

 

「その蝶、まさか…!」

「あ! も~こんなところにいたんだ」

「え、ちょ、危ないよ!?」

 

 複数の蝶を侍らせたその少女は、ミリアの静止する声も聴かずに帳の中へと踏み入っていく。

 彼女の歩いて行った先では現在進行形でナノカが戦闘を行っており、落下してきた水泡が派手な音を立ててはじけ飛んでいた。少女が近づいてくるのを認識し、ナノカの表情が驚愕に歪む。

 

「!? 誰!?」

「勝手にいなくなっちゃだめなんだよ~?」

 

 そんな彼女には目もくれないまま、少女は中空へと手を伸ばした。

 少女の姿を視界に収めたクジラは、ナノカへの興味を失ったかのように追うのをやめ、代わりに少女の元へと加速する。あわや少女と接触するという直前に、クジラは突如霧のように消滅してしまった。周囲には大量の水滴が飛び散り、帳の中は一瞬にして霧に包まれてしまう。

 

「ミリアさん! 帳を解除してください!」

「あ、うん!」

 

 ミリアが唱える祝詞を聞き流しながら、シェリーはナノカの元へ駆け寄った。

 帳が解除されたことで周囲の湿度は下がり水煙も晴れる。お互いの無事を確認し、シェリーはひとまず胸を撫でおろしたのだが、対するナノカの方はと言えばその警戒は全く解かれておらず、晴れた霧の先にいた少女の方を鋭い目線で睨んでいた。いつでも銃を抜けるよう簡易領域まで発動したナノカを見て、少女は首をかしげる。

 

「? のあ、なにかしちゃったかな~」

「ナノカさん、大丈夫です」

「大丈夫って何を根拠に…! あの式神はその子の術式でしょ。危険だわ」

 

 ナノカのいうことは正しい。

 直前の状況を見れば明らかではあるが、クジラ型の式神が少女のものであることをシェリーはわかっていた。なぜなら呪具を使い二者の呪力が同質のものであることを把握していたからである。それでもシェリーが大丈夫と断ずる。

 

「戦意があるならわざわざ姿は見せませんよ。今も助けてくれたわけですし。そうですよね?」

「そうだよ~? クジラさん探してたんだ~。見つかってよかったな~」

「……」

 

 そのマイペース加減にどこか既視感を感じたのか、ナノカの戦意もまた弱まる。

 そうして周囲の空気が軟化したタイミングを見計らったかのように、シェリーはポンと手を叩いた。

 

「それよりも重要なことがあります。ええと、お名前教えてもらっても」

「のあはのあだよ~?」

「ノアさんですね。本題なのですが──」

 

 不思議そうにするノアの手を、勢いよくシェリーが取る。

 

「ノアさんってバルーンですよね!? サインもらっていいですか!?」

「……え?」

「いいよ~」

「え?」

 

困惑する二人を余所に、シェリーとノアは意気投合する。

 

──これがバルーンこと【城ケ崎(じょうがさき)ノア】と高専の最初の接点となるのだった。

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