最終的にそれなりの人数が揃っていたこともあり、美術室の掃除は半日程度で終了した。
メンバ-は現地で解散し、各々思い思いに去っていったが、まだやることがあったシェリーは、一人ノアの自室まで歩みを進める。
(ノアさんいっぱい絵を描いてますからね~。これまでの作品も美術室に運んでおいてあげましょう!)
今朝彼女が迎えに行った時点で、ノアの部屋にはかなりの数のキャンバスが置かれていた。
それらは彼女がこれまでに作ってきた作品群であり、もともとは彼女の名前で借りられた倉庫に保管されていたものなのだが、術式を使って作った以上これらも立派な呪物である。これらは一般的な設備で保管しておくわけにもいかないので高専所有の蔵に移送することになっていたのだが、本人が自分の目の届かないところに保管するのを嫌がったことから、一時的に彼女の部屋へ送られており、結果内部を埋め尽くす形になっていた。
「部屋が埋まってたら居心地悪いですもんね!」
そういいながら彼女は平然と鍵を開ける。
男女混合の寮であることから高専の部屋はどこも鍵がついているのだが、朝起こしに来ている都合、シェリーはノアの部屋の合い鍵を保有していた。部屋の中は今朝見た時と何も変わっていない。大量のキャンバスが窓から離れた位置に積みあがっているのは、おそらくは日焼けを気にしてのことなのだろうとシェリーは考えた。
「そんなに重くはないですが、ちょっとかさばりますね~。 ……あれ~?」
数十枚のキャンバスを持ち上げたシェリーだったが、そこであることに気づく。
山のように積み上げられていたキャンバス。その背後に、一枚だけイーゼルに立てかけられたものがあったからだ。上から布をかけられているため絵自体は見えず、かさばるため今持っているキャンバスごと持っていくのも難しいだろう。
「ここに来てから描いたものでしょうか? 先に運んだほうがいいですかね~」
もしかしたら描きかけの作品かもしれない。
そう考えた彼女は、抱えていたキャンバスの山をゆっくり脇に置く。移動させようと布に手をかけ──
パシッ
「はえ?」
「ハァ……ハァ………」
──駆け込んできたノアに手を掴まれた。
ノアの力は標準的な少女よりもさらに弱いものであり、怪力を誇るシェリーであれば振り払うこともたやすい。
とはいえ、彼女がここで力を使うことはない。敵ならともかく相手は保護対象のノア。なにより、彼女の顔がこれまで見たこともないほどに焦っており、その焦燥はシェリーの脳内から下手なことをする選択を奪うのに充分であった。
「どうしたんですかノアさん。そんなに慌てて」
「シェ、シェリーちゃん、のあの部屋でなにしてるの……?」
「? 今朝来た時、ノアさんの絵がいっぱい届いてたので、美術室に運ぼうかな~と思いまして!」
「そ、そうなんだ……この絵、見た?」
「いえ、ノアさんに止められてしまいましたので、見てませんよ」
シェリーは正直にそう告げる。
好奇心旺盛な彼女は隠れたものが気になる性分ではあったものの、他者が嫌がる物を必要もないのに探るほどではない。ノアは少しの間怯えた目でシェリーを見ていたが、彼女の言葉に嘘が無いと判断したのか、掴んでいた手を放す。
「よかった……。えっと、ありがと、シェリーちゃん」
「いえいえ。この絵、見るとなにか起こるんですか?」
「うん。その絵を見た人はね……んー……」
言いよどむノアの顔を、琥珀色の瞳を輝かせたシェリーがのぞき込む。
数秒の逡巡のあと、少女は口を開いた。
「その絵を見ると、みんな死んじゃうんだ~」
「見たら死ぬ絵ですか!? 都市伝説みたいで高まります!ノアさんが作ったんですか!?」
「……そうだよ~。だからシェリーちゃんも、絶対見ちゃダメだからね」
「いや~そんなすごいものでしたら興味ありますけどね~。でも死んじゃうのは困りますね。わかりました!」
「うん。だからこれはノアが運ぶね。シェリーちゃんはこっちをお願い」
「お任せください!」
いうが早いか、先ほど横に置いた大量のキャンバスを軽々と持ち上げ、シェリーは慌ただしく部屋を飛び出した。
高専の廊下は木製で、人が歩くとぎしぎしと軋む音が聞こえる。その音が聞こえなくなり、シェリーが十分離れたのを確認した後、ノアは安心したように床へ転がった。横を向いた視線の先には、先ほどシェリーが触れかけた布のかかったキャンバスが置かれている。
「……なんで描けないのかな~」
ノアが手を向けると、近くのスプレー缶が破裂。
噴き出した黒いインクはまるで生き物のように蠢き、一瞬にしてキャンバスを塗りつぶす。すべてが覆い隠されたのを確認し、彼女は大きなため息を一つ吐く。その瞳は、スプレーの色よりもなお暗い色に染まっていた。