術ク呪ウ名探偵   作:けるべろん

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破壊探偵(クラッシャー) -参-

「わ~!!ここに呪霊が出るんですね~!」

「もうちょい緊張感持ってほしいんだけど……」

 

相変わらずマイペースな、悪く言えば呑気なシェリーの態度に、虎杖は深いため息をつく。

 

高専から電車を乗り継ぎ、2人がやってきたのは神奈川県に位置するとある廃ビル。

渋谷事変以後、全国にあふれた呪霊はそのほとんどが東京中心部──渋谷や新宿に集まるようになっているが、呪霊の中にはその途中の通り道に居ついてしまうものも少なくない。そういった個体はいわゆる地縛霊のように振る舞い、後からやってくる蠅頭達を吸収し成長してしまうため、可能な限り早い段階での討伐が推奨されていた。

 

「今回の依頼は近くの住民さんからで、夜な夜なこのビルに影が見えるんだってさ」

「なるほど~。単に影というなら浮浪者の線もありますよね?呪霊とは限らないのでは?」

「それが一つや二つじゃないらしい。まあそのあたりも含めての調査だったんだけど──」

 

虎杖はビルを見上げた。

不意にその目を細める。

 

「ここは黒。低級呪霊が何体かいる」

「なるほど。つまり、ビルを縄張りにした呪霊を探し出してやっつければいいんですね!」

「そ。渡した呪具は持ってきてる?」

「はい!バッチリです!」

 

 シェリーがルーペに加えてもう一つ……籠手のようなものを掲げる。

 

 視界確保用の虫眼鏡と異なり、こちらは完全に戦闘用の呪具となる。特に術式が宿っているわけではないが、フィジカルギフテッドである彼女が使えば十分すぎるほどの威力が期待できるだろう。これはかつて先輩である乙骨から虎杖が借りたものだったが、新宿での決戦の際破損したことを理由にそのまま譲り受けたものだった。

 

「ごめんねお古で。サイズ大丈夫?」

「問題ないです。むしろぴったりすぎてびっくりしました」

「あ~呪具だからかな。そういえば俺にもぴったりだったわ」

 

 初めての遠足にでも来たかのようにはしゃぐシェリーに、虎杖は苦笑する。

 が、そんな空気を引き締めるように彼の顔はこわばった。

 

「……伝えた通り、今回の実地研修、俺は外で待機する」

「はい。ユージさんが入ったらビルの呪霊が全部逃げちゃいますもんね」

「橘は飲み込み早いし、正直戦闘力だけならもう二級ぐらいあると思う。けど万が一ってこともあるし、もし危なくなったらすぐに呼んで」

「もちろんです!名探偵の初仕事、一人で完璧に解決してみせます!」

 

 そんなことを話しながら、ビルまで近づいた虎杖が手印を結ぶ。

 

「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 彼が詠唱を行うと、上空から黒い幕が溢れだす。

 それはまるでカーテンのように、瞬く間にビルとその周囲を覆い隠していく。虫眼鏡越しにそれをみたシェリーは、再び目を輝かせた。

 

「人払い用の結界術ですね!座学で習いました!」

「そそ。討祓中に民間の人が近づかないようにね」

「結界術は難しいと聞いていますが、ユージさんはできるんですね。すごいです!」

「俺の場合ちょっとズルしてるけどね」

 

 帷は基礎的とはいえ結界術。

 本来は誰でもできるという類のものではないが、虎杖は新宿決戦前の入れ替え修行により結界術の使い方は学んでいた。領域展開を扱えるほどの術師となった彼にとって、帷を下ろすのはさほど難しいことではない。

 

「それでは名探偵シェリーちゃん、出発します!!」

「おう、期待してる」

 

 ルーペを片手に、意気揚々と薄暗いビルの中へ消えていくシェリー。

 虎杖はその背中を見送りながら、壁に寄りかかった。

 

(2級レベルの実力ってのは嘘じゃない。このビルの呪霊ぐらいなら問題ないだろ)

 

かつて自分が釘崎野薔薇と共に挑んだ、六本木の廃ビル任務。その時の恩師の立ち位置をなぞりながら、虎杖はひっそりと彼女の無事を祈った。

 

 ◆

 

「薄暗いですね~!それに、変な匂い」

 

 廃ビルの内部は、カビと鉄錆、そして微かな腐臭が満ちている。

 内部には当然人間はいないが、デスクをはじめ昔使われていたであろう備品はほとんど置かれたままになっていた。一般的にはかなり不気味な光景だろうが、そんな中でもシェリーは特に何かを気にする様子もなく進んでいく。

 

(む、あの辺り……)

 

 部屋の一角、明らかに荒らされているエリアを発見。レンズ越し覗いてみると、そこにはドロドロとした暗紫色の染みが広がっている。床から壁へと点々と続くそれは、呪力の痕跡——いわゆる『残穢』と呼ばれるもので間違いないだろう。

 

「ふっふっふ。見つけましたよ~犯人の痕跡!」

 

 探偵が泥の足跡を追うように、シェリーは残穢を辿って階段を上る。

 一つ上の階のテナント跡地。かつてはオフィスだったらしいその大部屋の天井に、『それ』は張り付いていた。

 

「ギチッ……!」

 

 人間の顔と芋虫の胴体を繋ぎ合わせたような、醜悪な低級呪霊。

 侵入者であるシェリーを視認した呪霊が、粘液を垂らしながら天井から落下してくる。

 

「そこですねっ!!」

 

 普通の人間なら足がすくむであろうこの状況に、しかしシェリーは恐怖するどころか、一目散に飛び込む。グラウンドの地面を抉ったのと同じ踏み込みで呪霊の正面へと跳躍し、横薙ぎに腕を振るった。着地直後ということもあり、呪霊は特に回避行動をとるということもしない。

 

「ヂギッァ!?」

 

 天与の膂力による裏拳が呪霊の胴体にクリーンヒット。

 ゴム毬のように弾け飛んだ呪霊は、壁をぶち破って隣の部屋へと転がっていった。慌てて追いかけると、既に呪霊の体は半分以上黒い塵になっており、近づくころには完全に消滅してしまった。虎杖の骨にヒビを入れる威力のパンチ。当然、低級呪霊が耐えられるはずもない。

 

「ふぅ~、一匹目終了ですね!」

 

一仕事終えたという風に息をつくシェリー。

その足元から長い鎌のような攻撃が飛び出してくる。

 

「わわわ!危ないですね急に!」

 

 だが、シェリーはその攻撃を軽々回避する。

 それもそのはず、部屋に入る前の段階で、彼女はルーペによる残穢の確認は終えていた。一度マーキングした呪力がその後見え続ける……そんな呪具の特性を活用した形になる。全身を現した呪霊の姿は、カマキリの鎌を複数縫い合わせたタコのような異形。ブルブルと震える胴体には複数の目玉がついており、その姿は見る者にかなりの嫌悪感を与える。

 

「さぁ、観念してください!」

 

 が、そんなことを彼女が気にするはずもない。シェリーが追撃しようと踏み込んだ、その時。

 逃走を図った呪霊が、迎撃のために自身の体液を無数に撒き散らした。体液は床に触れた瞬間、鋭利な刃物のように硬化し、通路を埋め尽くす凶悪なトラップと化す。

 

「え~まきびしですか~?面倒ですね」

 

 普通の人間なら——いや、呪術師であっても、足の踏み場もないその罠を前にすれば、歩みを止めるか、迂回するかを迫られる。

 その効果を分かっているのだろう。にやにやと馬鹿にするような笑みを浮かべる呪霊はそのままのそのそと逃げようとし──

 

「どこに行くんですか〜?」

「ヂ、ギ……?」

 

 呪霊は自身の体が動かないことに気付いた。

 その理由は単純明快。まきびしの向こうにいたはずのシェリーに、その頭部を掴まれているからだ。数秒後、それはまるで万力にかけられたリンゴのように粉々に砕け散る。バシュっという消失の音と共に、呪霊の姿が黒い塵となって掻き消えた。

 

「事件、解決です!」

 

祓うと同時に消えていく呪霊の返り血をぬぐうこともせず、彼女は虎杖の元へと戻るのだった。

 

 ◆

 

「おっ、終わったか」

 

 外で待機していた虎杖は、ビル内の呪霊の気配が完全に消滅したのを感じ取る。

 万が一とは言っていたものの、シェリーの実力は新入生としてはかなり高い。呪力が練れないとはいえ呪具ももたせているし、問題なくこなせるだろうとは踏んでいた。シェリーが戻ってくる前にと、一番最初に降ろした帳を上げる。そんなこんなで数分待つと、ビルの入り口に少女の人影が現れた。

 

「ユージ先輩! 犯人をやっつけてきましたよ! 名探偵、初仕事完遂です!」

「お疲れ。早いじゃん。初めてにしては上出来……」

 

 笑顔で迎え入れようとした虎杖の言葉が、途中でピタリと止まった。

 

 廃ビルから現れたシェリーの姿が、「無事に初陣を終えた新人」のものではなかったからだ。

 制服には無数の刺傷と切り傷が確認でき、ローファーは血で赤黒く染まり、歩くたびに赤い足跡が背後に続いていく。

 

「お前……! どうしたんだその傷!?」

「あ、呪霊が逃げようとした時に罠をばらまいたんです。その時の怪我ですね。結構痛いので治療の方いただけると助かります」

「避けなかったのか!?」

「?逃げられたら困るな〜と思いましたので」

 

 あっけらかんと、さも当然のことのようにシェリーは言う。

 彼女はまきびしを避けず、そのまま呪霊に突っ込んでいた。無論、罠はその本来の仕事を遺憾なく発揮し、彼女の足に無数の傷を刻み込む。にもかかわらずシェリーの表情は、任務に向かう前と何一つ変わらない。ただ純粋に「事件を解決しました!」という達成感だけが、そのオレンジ色の瞳に輝いている。

 

「呪力は一般人には毒になる。橘は特に呪力が少ないから、その影響も受けやすいと思う。これからはできるだけ攻撃は避けろ」

「そうなんですね。了解です!」

 

 シェリーはびしっと敬礼をする。

 

「とにかく、手当てするから一端そこのベンチに座ってくれ……」

「はーい!」 

 

 シェリーの反応を見て、虎杖は彼女の持つ異常性に思いを馳せる。

 

 一般家庭出身で、探偵に憧れる少女。

 しかしその内側には並の術師以上に深く、歪な暗闇がぽっかりと口を開けている。シェリーの持つ禁忌一端を垣間見て、虎杖は内心冷や汗をかくのだった。

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