術ク呪ウ名探偵   作:けるべろん

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過去からの狙撃手(スナイパー)

 シェリーの初任務から二週間が経過した。

 廃ビルでの彼女の負傷は見た目よりも深く、家入からの治療後もしばらくは安静にすることを求められていた。反転術式は血液の補填もできるが、呪力の少ないシェリーは呪いへの耐性が低く、ダメージを受けた場合の被害も大きい。

 

 そういうわけでここ数日はほとんど座学だったのだが、ようやく外運動が解禁されたため、二人は久しぶりに組み手の訓練を行っていた。

 

「やー!!」

「っと」

 

 ギリギリまでパンチを引き付けて回避。虎杖の前髪が風圧でたなびく。

 シェリーは普段天与呪縛のパワーをかなり制御しており、日常生活ではかなりのセーブを行っていたらしい。そのため自分のパワーの最大値というものをあまり理解しておらず、また全力で力をふるうこともこれまでの人生でなかったことから攻撃の威力は本人でも予測できないのだとか。

 

 そのため同級生との組み手は積極的ではなく、相手をするのはもっぱら虎杖の役目となっていた。

 

「はい。一本」

「うわ~!また負けちゃいました。ユージさん強すぎませんか」

 

 

 虎杖とシェリーでは術師としての経験値が段違いである。

 だがシェリーはかなり呑み込みが早く、短期間でもある程度形にできる程度には格闘の技術も向上している。

 

(橘は筋がいい。この調子なら2年までに準一級の推薦も受けれるかもだけど……)

 

 廃ビルでの一件は、虎杖に大きな衝撃を与えた。

 呪術師として生きていれば、肉を切らせて骨を断つ判断が必要な場面は無数にある。しかし、シェリーの場合はもっと根本的な部分で……なにか大事なものの勘定を間違えているような危うさがあった。

 

端的に言えば、虎杖はシェリーへの態度を測りかねていた。

 

「……橘もその内これぐらいできるようになるよ。ほんじゃいい時間だし休憩しよか」

「はい!」

 

 

「昨日見かけて気になってたんです!ワサビコーラ!」

「んじゃ俺はあのおしるこコーラの方買おうかな」

 

 高専内の自動販売機へとやってきた二人。

 疲れを癒そうと謎の飲み物を買おうとしたところで、彼らは不機嫌そうな見知った顔と出くわす。

 

「お、伏黒じゃん。そっちも休憩?」

「……虎杖、と、橘か」

「なんですかその反応は!失礼しちゃいます!」

 

 伏黒のため息混じりの返答に、シェリーがぷくーっと頬を膨らませる。

 どうやら伏黒はシェリーのことが苦手らしい。というのも、伏黒の術式を知って以来、シェリーは彼の術式が大層気になってしまったらしく、ここ二週間会うたびにどんな式神を出せるのか、どんな風に合体できるのかなどを聞き続けていたんだとか。

 結果伏黒は明らかにシェリーのことを避けており、そんな二人を見て虎杖は苦笑を隠せない。と、そんな伏黒の背後から、小柄な白髪の少女がひょっこりと顔を出した。

 

「あーっ! ユージ先輩とシェリーちゃんだ!」

「エマさん!こんにちはー!!」

「おう、桜羽(さくらば)も一緒か」

 

 桜羽エマ。シェリーたちとほぼ同時期に入学した新入生。

 非術師の家庭出身の彼女はあまり呪力操作が得意ではなく、術式も発現していないのだが、持っている呪力量が民間人よりもはるかに多く、呪霊に襲われる危険が高いため伏黒監督の下で高専に保護されている。天真爛漫で元気なその性格はどちらかというと虎杖のそれと近いものがあり、ある意味では高専の生徒としては異質だった。

 

「どうしたんですか?こんなところで」

「実はナノカちゃんの探し物を手伝ってるんだ。大事な『リボン』を落としちゃったみたいで……」

「ナノカ……ってあのクールな子か。最近見ないけど」

「別件があって最近来ていなかったからな。今日はその報告に来ていたんだが」

 

 黒部ナノカもまた高専の新入生である。

 他人を突き放すような空気を纏う一匹狼の少女。エマとは対照的に、虎杖やシェリーともあまり馴れ合おうとしておらず、話した経験もないため虎杖からの印象は薄い。彼女もまた伏黒が監督官を行っており、東京校には狗巻、釘崎がそれぞれ担当している少女も含め計五人もの新入生が編入してきていた。

 

「というかリボン? 伏黒が玉犬出しゃ匂いですぐじゃね」

「いつ落としたのかもわからないんじゃ探す範囲が広すぎる。それに、桜羽と違って黒部には術式があるからな。こういう機会に鍛えておいた方がいい」

「あはは……がんばります……」

 

 伏黒の言葉に、エマが頬をかく。

 呪力を扱えるとはいえ、実のところ、彼女はまだ自身の術式がどういったものなのかすらわかっていなかった。そのせいで足手まといになっているのではと気にしているらしく、せめて格闘術だけでもと虎杖の元へ指南を仰ぎに来ることもある。

 

 そうして伏黒の話を聞いていると、隣にいたシェリーのオレンジ色の瞳がキラリと鋭く光った。

 

「探し物……! つまり、事件ですね!」

「事件ってほどでもなくねぇ?」

「いえいえユージさん!失せ物探しもまた、探偵の重要な仕事の一つなのです! この私にお任せください!」

「あ、おい橘!」

 

 言うが早いか、シェリーはあっという間に駆け出していった。

 

「も、もう! シェリーちゃん待ってよー! 一人だと絶対迷子になるってば!」

 

 慌てて泥だらけの靴でその後を追いかけていく。虎杖はその背中を見送ったが、彼女が角を曲がったところで案の定派手にすっ転んでいる音が聞こえた。

 

「エマさん!?」

「だ、大丈夫!」

 

 二人の少女が嵐のように去っていき、その場には虎杖と伏黒だけが残される。シェリーが去り、一息ついたところで伏黒が口を開いた。

 

「……相変わらず騒がしいな。アイツ普段からああなのか?」

「うーん……まあ、一応」

 

 自販機で特異な飲み物を買いながら、虎杖は少しだけ目を伏せる。

 

「どうした?」

「……いや。この前橘と任務行った時のこと思い出して」

 

 虎杖の脳裏に、両脚をズタズタにしながらケロッと帰ってきた彼女の姿が蘇る。

 

「正直、橘のことがよくわかんねぇや。痛みとか恐怖とか、そういう部分がスッポリ抜け落ちて見えるっていうか……。桜羽たちと比べるとやっぱどうしても異質に感じる」

「……」

「それ自体が怖いとかじゃないんだ。ただ、俺自身がそういう人間とちゃんと付き合っていけんのかなって、アイツから拒絶されないかってちょっと自信がないって感じ」

 

 その言葉に、伏黒は大きな反応を返さない。

 持っていた缶コーヒーを開け中身を一口飲むと、何かを整理するように口を開いた。

 

「……宿儺のこと、まだ気にしてるのか」

「……ごめん」

 

 新宿での決戦の最後、宿儺に情けをかけた虎杖はしかし、その手を払われている。

それはかの呪いの王にとっては自らの矜持を守る意味があったが、全ての命に価値を見いだしていた虎杖にとっては、彼もまた救えなかった命の1つとして胸に刻まれる結果となった。

 

「俺が言うのもおかしな話だが」

 

 伏黒は自販機に背を預け、どこか遠くを見るように視線を外す。

 

「お前の抱いてる悩みはよくわからん。悪人でも助けようとする考えは俺にはあまりない」

「……伏黒らしいや」

「橘の状態は聞いてる。そもそもお前はアイツの異常性を宿儺と重ねているのかもしれないが、橘はお前を拒絶しそうなのか?俺にストーカーしてくるやつだぞ」

「(それは確かに)」

 

 的確すぎるツッコミに虎杖が苦笑する。

 空き缶をゴミ箱に放り投げ、伏黒は至極真っ当な事実を口にした。

 

「……全ての他者と完璧に理解し合う必要なんてない。だが、異質だろうがなんだろうが、橘ももう呪術師だ。アイツがなにか危険なことをやりそうだっていうなら、そうしないようにお前が導いてやれ」

「導く……そっか、そうだよな。サンキュ、伏黒。なんかモヤモヤが晴れた気がする」

 

 虎杖の顔から憑き物が落ちたのを確認し、伏黒はわずかに表情を緩める。

 

「それより、お前に会ったら話そうと思っていたんだ」

「?」

 

だが、すぐに元の険しい顔つきに戻り、言葉を続けた。

 

「例の変死事件について、お前の見解が聞きたい」

 

 ◆

 

 一方、高専グラウンドの近郊。

 訓練施設の一角にある備品の倉庫へ、二人の少女は訪れていた。虎杖達と別れた後、シェリーは真っ先にここにやってきたのだった。

 

「見つけました!多分これですよね!」

 

 と、宣言するシェリーの手には、少しだけ汚れた黒基調のリボンが握られている。

 一方で、全速力で走る彼女を追いかけてきたエマは息を切らし、肩を上下させているのだった。

 

「はぁ、はぁ……さすがシェリーちゃん! でもなんでここって分かったの?」

「簡単な推理です!ナノカさんは普段髪リボンを身に着けていませんからね。何かに引っかかったのではなく、物を取り出した際に巻き込まれて落とした可能性が高いと思ったんです。通り道よりはこういった施設に落ちてるんじゃないかなぁと」

「な、なるほど……」

「全て憶測ですけどね~」

 

 えへへ~と頭を掻くシェリー。

 そんな二人の背後より、冷たい声が響く。

 

「……何をしているの」

 

 二人が振り向くと、そこにいたのは長いウェーブがかった黒髪を揺らす、無表情気味な少女だった。その視線はどういうわけか攻撃的で、特にシェリーに対しての眼光は鋭い。

 彼女もまた、シェリーと同じく呪術高専に入学した生徒の一人である。実年齢が他の少女達より高いことから、エマには少しだけ彼女の纏う雰囲気が大人びて見えていた。

 

「あ、ナノカちゃん!」

「桜羽エマ。道中では見つけられなかったわ。次は部屋を探しに──」

 

 そう口にしようとしたナノカの視線が、シェリーの手に握られたリボンに気づき、ピタリと止まる。

 

「橘シェリー。それはあなたが?」

「はい!思いのほか簡単でしたね」

「返して」

「え?あ、はい」

 

 ナノカは、まるで奪い取るようにシェリーからリボンを取り上げる。

 手に握ったそれを見て彼女は一瞬ホッとしたような顔を浮かべるが、すぐにそれを隠し、少しだけ目を伏せて言い放つ。

 

「どうして盗ったの」

「え~違いますよ~。見つけただけです~」

「そうだよナノカちゃん!ボクが伝えたんだ、ナノカちゃんがリボンを探してるって!シェリーちゃんは一緒に探してくれたんだよ!」

「そ、そうなの?」

「そうですそうです!失礼しちゃいます!」

 

 ぷんぷんと不満げにするシェリー。

 ナノカはエマの言葉は信用しているようで、事態を把握すると少し頬を赤くして俯く。

 

「……ごめんなさい。勘違いしたわ」

「分かってくれてよかったです!」

「(安心した……)」

 

 一触即発の雰囲気に内心焦っていたエマは安堵する。

 しかし、そのうえでナノカの纏う陰りは消えない。感謝を告げ早々に立ち去ろうとする彼女の背中へ、エマは小さく手を伸ばす。

 

「待って!ナノカちゃん、もしかして何か悩み事とかある…?」

「……それはどうしてかしら」

「最近高専に来てないみたいだし、それにメグミ先輩もナノカちゃんのことなにか隠してるみたいだし‥‥…。ボクにも手伝えることとかないかな!」

 

 エマの言葉につなげるように、シェリーもまた手を挙げる。

 

「はいはーい!もしナノカさんが事件に巻き込まれているのでしたら、私も一緒に解決をお手伝いしますよ。なんていっても、私、名探偵ですから!」

「……」

 

 シェリーの発言は明らかに空気を読めていないものだったが、ナノカはそれを止めるようなことはしない。彼女は少しの間何も言わず、何かを考えるように二人を見ていたが、最終的にはその小さな口を開いた。

 

 

「……私は今、高専に一つの依頼をしているの。伏黒恵にはその解決に協力してもらっているわ」

「ほう!依頼ですか!ちなみにその内容は?」

 

 

 シェリーのニコニコとした態度にナノカは少しだけ躊躇っていたようだったが、対してエマの方はと言えば純粋で温かい目でナノカの言葉を待っている。感情の起伏を殺した冷たい声の奥に、ナノカは確かな熱を込めて言った。

 

「……私の『お姉ちゃん』を探してほしい」

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