シェリーたちと別れたあと、虎杖たちは高専内の資料室まで出向いていた。伏黒がここ数ヶ月追っていた、「少女連続変死事件」について詳しい話を聞くためである。
「これが窓からの報告書だ」
「被害者が全員女の子ってのは聞いてたけど、これは……」
資料を読み、顔を歪める虎杖。その反応に同意するように伏黒が小さく頷く。
伏黒の追う変死事件とは、ここ数カ月の間に起こっている連続呪殺事件のことである。被害者は全員10代の少女のみ。数週間行方不明になった後、遺体となって発見される、という流れが続いているという。虎杖も総監部からの連絡で事件のことは知っていたが、監督官やその他の任務にあたっている関係で詳しいところまでは把握していなかった。
彼は資料の記載を読み進めていくが、ふとある箇所を見てその目が止まる。
「死因は鬱血や脳圧の上昇……?」
「……ああ。これを見ろ」
伏黒が指差した書類には、処理が施された現場写真や、検死報告書が並べられている。
虎杖が顔色を変えるのも無理はない。写っている遺体は腕が増えていたり、顔がひび割れたように変形していたりと明らかな異形と化している。これらの状況を見て、二人の脳裏にはある1つの可能性がよぎっていた。
「この遺体の状況、真人の改造人間と似ていないか?」
「…ああ。確かに」
「お前には悪いが……あの呪霊のことを知っている人間として、虎杖、お前の見解を聞きたい」
かつて渋谷にて虎杖が祓った呪霊、真人。
彼は他者の魂を自由に変成し、改造人間に変化させて操る能力を持っていた。今回の変死事件の被害者にはそれとの共通点があった故、造詣のある虎杖に話が回ってきた形である。
「似てるとこはあるけど……仮にアイツだとしたら腑に落ちないとこのが多いかな」
が、虎杖はその予想に対して首を横に振る。
「まず目立ちすぎだろ。アイツ性格悪いし、仮に復活でもしたんならもっと狡猾に目立たないようにすると思う。それに被害者が女の子だけってのも気になるな。ターゲット選ぶようなタイプじゃないと思うけど」
「なるほど。となるとやはり呪詛師による犯行の線が強いか」
「女の子ってこと以外に共通点とかないの?」
「それなんだが、実は──」
伏黒が続けようとした、その時だった。
「バンッ!」と勢いよくドアが開け放たれる。
「ユージさん! メグミさん! 事件の解決に向けて、高専のデータベースをお借りしたいのですが!」
「……橘。それに、黒部も」
堂々と乗り込んできたシェリーの背後から、ナノカが静かについてくる。しかし現れたのは2人のみで、あの白髪の少女の姿はない。虎杖の頭に疑問符が浮かぶ。
「あれ、桜羽はどうした?」
「エマさんは途中でノバラさんに捕まってどこかに連れて行かれました!」
「アイツ女子の後輩欲しがってたからな。しばらく帰ってこないぞ」
「そういえばミリアさんもいっしょでしたね〜。まあそれはさておき……」
シェリーがビシッとポーズを取る。
「ナノカさんから、お姉さんの捜索依頼を受けました!事件のデータ見せてくださーい!」
「え、黒部の姉ちゃん行方不明なの?」
「ええ。数日前からスマホの既読も付かない。普段なら遅くとも数分以内に付くから、何かの事件に巻き込まれたのかもしれない」
(随分過保護なんだな……)
ナノカが見せた画面を覗き込む虎杖。
壁紙には白髪の優しげな顔の少女が映っている。髪留めのように付けているリボンが印象的で、率直に言えば、あまり似ていない姉妹だなと虎杖は感じた。ただ、写真を見せるナノカの表情もまたどことなくやわらかいように見え、彼女が姉を大事に思っていることは十分に伝わってくる。
「てかやべーじゃんそれなら早く探さないと!」
「焦るな。既に窓の情報網で捜索はしている」
伏黒が影の中からクリップボードを取り出す。数枚の資料が挟まったそれには複数の写真と地図が同封されていた。
「その件の資料だ。防犯カメラの映像と残穢を見る限り、そこに記されたポイントで消息を絶ったのは間違いない。」
「感謝するわ」
資料を受け取ったナノカは素直に頭を下げた。
姉の手がかりとなる情報を得て、ナノカはその場で資料に目を通し始める。だが、その隙にシェリーは彼女の持つ資料をチラリと覗き込んでいた。そして、何を思ったのかその視線はすぐにホワイトボードに張られた資料……伏黒の担当事件の元へと移る。
「メグミさん。これって最近噂になってる連続変死事件ですよね?メグミさんが担当なんですか?」
「そうだ。なにか気になることでもあったか?」
「いえ、ただ話題性の高い事件ですから、名探偵シェリーちゃんも是非協力したいなーと思いまして!」
「残念だが、この事件はほぼ確実に一級案件だ。新入生に任せられる難易度じゃない」
「え~!」
不満そうにするシェリーの態度を見て、伏黒は同期に対し目を向ける。
その視線には明らかに「なんとかしろ」という意図が入っており、メッセージを受け取った虎杖は苦笑しながら話題の方向修正を試みるのだった。
「まあまあ。まずは黒部の姉ちゃん探しだろ? そっちに集中しようぜ」
「むう。ユージさんがそう言うなら仕方ありませんね」
大げさに肩を落とすシェリー。
そんな彼女を余所に、ナノカは資料に落とした視線を動かし続けていた。伏黒の渡した資料には監視カメラに映った最後の姿や、聞き込みで得られた通行人の証言などが簡潔にまとめられている。ナノカ自身もここ数日聞き込みを続けていたが、さすがに窓の人員を動員しただけあり資料の情報はより詳細である。そうして確認する最後の行を見た時、彼女の眉がわずかに動く。
「……こっちの工場地帯はまだ調査が終わっていないの?」
「ああ。民間人が近づく場所じゃないし、構造も入り組んでいるからな。少し時間がかかっている」
「なら、次に見に行く場所はそこね」
即断する彼女の言葉に、伏黒が小さく頷く。
「もともとその予定だ。だがお前一人で急いても探せる範囲はたかが知れてるだろ。最低でも誰か一人は同行させる」
「私には術式がある。場所さえわかるなら使えばすぐに──」
「使えれば、だ。お前はまだ術式を扱いきれていないだろ」
ナノカが唇を引き結ぶ。
反論の言葉はすぐには出てこなかった。理屈としては伏黒が正しい。だが、正しさだけで納得できるほど、彼女にとって姉は軽い存在ではないのだろう。そうして少女がナイーブになった瞬間だった。
「はいはーい!」
重くなりかけた空気を、シェリーの明るい声が割る。
「ナノカさんと一人、同行するんですよね?依頼を受けた以上、この名探偵シェリーちゃんがお供しますとも!」
「……あなた、さっきまで別の事件に首を突っ込もうとしていたじゃない」
「あれ?聞こえてましたか。ですがそれはそれ、これはこれです! 事件はいくつあっても困りませんからね!」
「いやそれは無い方がいいと思うよ?」
虎杖のツッコミにも、シェリーは胸を張るばかりだった。
そのあまりにもマイペースな様子に、ナノカは呆れたように目を細める。しかし、虎杖には彼女の張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けたようにも見えた。
「伏黒。橘はやる気みたいだし、一緒に行かせてやってくれないか?俺も協力するからさ」
「断る理由はないが……いいのか?お前も結構忙しいだろ」
「最近監督官休んでたからな。ちょうどいろいろ片づけ終わったとこ」
虎杖がナノカへと向き直る。
「そういうわけだから。俺も手伝うよ」
「……感謝するわ」
その短いやり取りを横目に、伏黒はクリップボードから地図を一枚抜き取り、机の上に広げる。
都外れの旧市街。再開発の計画が立ち消え、取り壊しを待つ建物が歯抜けのように残された一角である。加えて工業地帯として指定されているため夜になれば一般人が近寄る理由はほとんどない。目撃証言が得にくいのも仕方がない立地といえる。
「行くなら早い方がいいだろう。どんな痕跡も時間が経つほど薄くなる。窓の情報を参考に、手分けして各ポイントの調査をするぞ」
「了解!」
「……わかった」
虎杖が頷き、ナノカも渋々ながら了承する。
シェリーはというと、いつの間にかルーペを取り出し、光に透かすようにして覗き込んでいた。
「ふふふ。いよいよ本格的な現場調査ですね。腕が鳴ります!」
「んじゃ、とりあえず向かうか。伏黒はどうする?」
「気になることがある。少し調べてから向かう」
「わかった。そんじゃ後でな」
虎杖がシェリーとナノカを連れていくのを確認し、伏黒は再び資料に目を通した。
それは無論彼の担当する変死事件のものだが、同時にもう一つの事件──ナノカの姉の失踪の案件も並んでいる。彼はしばらくの間二つの資料を見比べていたが、ふと何かに気付くそぶりを見せると、資料を影の中に格納し、三人を追うのだった。