術ク呪ウ名探偵   作:けるべろん

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過去からの狙撃手(スナイパー) -参-

 都外れの旧市街地は、昼間だというのにどこか薄暗かった。

 再開発の計画が頓挫したことにより、アーケードは半ばシャッター街の様相を呈している。ひび割れたアスファルトの隙間からは雑草が伸び、商店の軒先には色褪せたチラシが貼り付いたままになっている。人の少なくなったその街は、風が吹くたびに錆びた骨組みを軋ませていた。

 

 そんな人気のない通りを、二人の少女が並んで歩いている。

 

「ふむふむ。ここまでのところは新情報はありませんね~残念です」

「……遊びじゃないのよ」

「もちろんです! 私はいつだって真剣ですよ!」

 

 胸を張るシェリーの隣で、ナノカは小さく息を吐く。

 彼女たちは伏黒の指示通り、姉の足取りが途絶えた地点を中心に聞き込みを行っていた。虎杖と伏黒は別ルートから周辺の安全確認と資料の照合を進めている。しかし当初のポイントは窓の人員によりおおむね調査が終了しており、二人の聞き込みした範囲では新しい情報を得ることができなかった。そのため少し遠くの方……具体的には市街地の外れである工業地帯の付近に場所を移しているのだが、二人の性格があまり合わないこともあり、周囲の空気は少し悪い。

 

「最終目撃地点からは距離がありますが、市街地から工業地帯に行くのであればこの辺りを通っているはずです。次はあちらのお店から聞き込みしましょう!」

「閉まってるけれど」

「はい。でも裏に人の気配がします!」

「……本当に?」

 

 半信半疑でナノカが視線を向ける。

 シェリーが指差したのは、古い煙草屋だった。表のシャッターは半分ほど下りており、とても営業しているようには見えない。しかし、裏手に回ると確かに小さな生活音がする。シェリーはインターホンを押すと、遠慮なく大きな声をかけた。

 

「こんにちはー! 少しお話を伺ってもよろしいでしょうか!」

「ちょ、声が大きいんじゃ……」

「聞き込みですので!」

 

 インターホンからは反応がなかったが、しばらくすると玄関先から老婆が顔を出す。彼女ははじめ不審そうにしていたものの、高専の関係者であること、行方不明者を探していることを伏せられる範囲で説明すると、二人の示した写真を確認してくれるのだった。

 

「ああ、この子ねえ。見たよ。何日か前だったかね」

「本当!?」

 

 思わず身を乗り出したナノカの声が、少しだけ上ずる。

 老婆は驚いたように瞬きをしたあと、ゆっくり頷いた。

 

「きれいな子だったから覚えてるよ。夜だったけどね、この先の方へ歩いてった」

「一人でしたか?」

「見た限りではねぇ。けど……」

「けど…?」

 

 ナノカが促す。

 老婆は少しだけ言い淀み、それから声を潜めるように続けた。

 

「なんだか、具合が悪そうだったよ。ふらふらしててね。呼び止めようかと思ったんだけど、すぐ角を曲がっちまったんだ」

「どっちの角ですか?」

 

 シェリーがすかさず地図を広げる。

 老婆は震える指で、商店街の奥へ続く細い道を示した。その先にあるのは、古い住宅地を抜けたさらに向こう。伏黒の資料にも記されていた、未調査の工場地帯のみである。

 

「他に、何か見ませんでしたか? 誰かと話していたとか、追われていたとか!」

「いやあ、そこまではねえ。ただ、最近あっちの方は変な声がするんだよ。若い女の子みたいな声が、夜中にね」

 

 その言葉に、ナノカの表情がわずかに強張る。

 シェリーもまた、普段の笑みを崩さないまま、老婆の顔をじっと見つめた。

 

「女の子の声、ですか」

「あの辺りは前にも若い子がいなくなったって話があったんだ。気味も悪いし、嬢ちゃん達も近づかない方がいいよ」

 

 礼を言って煙草屋を離れたあと、二人は老婆の示した路地へ向かう。

 アーケードを抜けると、周囲の空気はさらに冷えたように感じられた。道幅は狭く、左右の建物は窓を板で塞がれている。人の気配はほとんどない。代わりに、湿った土と錆の匂いが鼻をついた。

 

「早くも重要情報ですね!」

「ええ。やっぱりお姉ちゃんはこの先に向かったんだわ」

「そうですね。ただ──」

 

 そこでシェリーが足を止める。

 

「お姉さんは一体なぜここに来たんでしょうか?それも夜中に一人で」

「……」

 

 ナノカはその言葉に答えなかった。いや、答えられなかったというのが正しい。

 最愛の姉が自分になにも言わずに消えた理由。ナノカは意図的にそれを考えないようにしていたが、こういう事態になったからにはどうしてもナイーブな考えが頭に浮かんできてしまう。つまり、自身に愛想をつかして出て行ってしまった可能性である。

 

「……知らないわ。そんなこと」

「あ、待ってくださいよナノカさん!」

 

 それを思考させられたことで、ナノカは一人フラストレーションを抱えることになった。シェリーの言葉にも返答せず、歩幅を大きくして進んでいく。対するシェリーはその態度自体は特に気にした様子はない。しばらくすると質問のことは忘れたかのように、道端の壁や地面を興味深そうに観察し始める。

 

 そうして無言のまましばらく歩いていた時だった。

 

「おや?あれは……」

 

 路地を抜けると、少し古くなったフェンスが二人の行く手を阻んでいた。

 管理が行き届かないまま劣化したのか、その一部は人一人通れるほどの隙間ができている。ただ、シェリーが注目したのはその穴ではなくそこに引っ掛かっていたリボンの方である。風に揺れるそれを見た瞬間、ナノカの目が見開かれた。

 

「これっ!?」

「ふむふむ。それは私にも見覚えがありますよ。ナノカさんも同じものを持っていましたね」

 

 シェリーの声を他所に、フェンスへ駆け寄ったナノカがそれを手に取る。

 

 ──異変が起きたのは、彼女の指が触れた直後だった。

 

「ナノカさん?」

 

 そんなシェリーの呼びかけは、ナノカには届いていなかった。

 まるでここではないどこかを見るように、彼女の視線が虚空へと向けられる。

 

「っ、は……!」

 

 数秒後、ナノカはフェンスに手をつき荒く息を吐いた。

 その額には汗が滲んでおり、明らかになにか異常が発生したのが見て取れた。俯いた彼女に向けシェリーは手を伸ばすが、ナノカはそれを振り払う。驚いたシェリーが目を丸くしている間に、黒髪の少女はそのまま無言でフェンスの向こうを見やり、その隙間から猫のように侵入していってしまう。

 

「あ!ちょっとナノカさん!ダメですよ不法侵入です!」

「お姉ちゃんが……」

「え?」

 

 一瞬振り返った彼女は目に大粒の涙をためていた。

 

「お姉ちゃんがいるかもしれない!」

 

 それだけ言って、ナノカは走り出した。

 彼女の向かう先にあるのは、ずっと昔に閉鎖された廃工場のみである。

 

「あ、ちょっ……! ナノカさん!」

 

 言いながら、シェリーはポケットからスマホを取り出す。

 無論、なにかトラブルがあれば虎杖達へ連絡を入れる手はずになっているからだ。しかし──

 

「むむ……これは……」

 

 彼女の持つスマホには圏外の二文字が表示されている。

 渋谷事変、死滅回游を経て、都内の電力供給事情はかなりシビアになっており、場所によっては電波が通じない場所も発生しているが、この辺りはいまだに人間の生存圏。先ほどのタバコ屋しかり、電力や通信機器も問題なく使用できるはずのエリアである。

 

 しかし何らかの原因でそれが機能していないのが現実。足で先輩たちを呼んでくるか、はたまたナノカを追うか。シェリーに重要な二択が突きつけられるが──

 

「……これは、あとで怒られるやつですね」

 

 そう呟きながら、シェリーはポケットに端末を押し込む。

 行く手を阻む金属フェンスを綿あめのように引きちぎりながら、彼女はナノカの背中を追って駆け出すのだった。

 

 ◆

 

 同じ頃、虎杖と伏黒は市街地の別区画にある古いマンションを訪れていた。

 築四十年の建物の廊下には雨染みが浮いており、手すりの塗装も所々剥がれている。二人は、三階の一室の前で足を止めた。

 

「ここか?」

「ああ。記録の被害者の家だ」

 

 伏黒が持っていた資料には、ひとつの記録が含まれている。

 数日前の深夜、この旧市街で塾帰りの少女が何者かに襲われたというもので、偶然見回り中だった巡査が座り込んでいた少女を保護したという内容なのだが、本人の希望で被害届は出されていなかった、というものである。

 

「なんでもファーストコンタクトで『怪物に襲われた』と言われたらしい。呪霊被害の可能性が高い以上、俺達で対応する必要がある」

「しかも現場から強い残穢が検出、ね。女の子狙いだし、確かに黒部の姉が同じやつに襲われてるかもしれんね」

「……そうかもな」

 

 含みのある返答。虎杖がその違和感に問いかける前に、伏黒がインターホンを押してしまったのでタイミングを逃してしまう。

 少し間を置き、玄関から顔を出したのは、十代後半ほどの眼鏡の少女だった。何かにおびえているのか、ドアチェーンはかけたままじっと二人の様子をうかがっている。伏黒が身分と用件を告げると、少女の顔からわずかに血の気が引いたように見えた。

 

「……こ、この前のことですか」

「はい。高専の方で対応できるかもしれません。辛いかもしれませんが、できるだけ詳しく聞かせて頂けると助かります」

 

 少女はすぐには答えなかった。

 逃げ場を確かめるように部屋の奥へ一度目を向け、それから小さく頷く。明らかに恐怖を隠しているその姿に、虎杖は内心罪悪感を覚えた。

 

「塾から帰る途中でした…。その日は補習を受けてたから、いつもより遅くなっちゃったんです。後ろに誰かいるのは気づいたんですけど、最初は全然警戒とかしてませんでした」

「それは、なんで?」

「女の子だと思ったからです。振り返った時制服でしたし、たぶん、私とそんなに歳も変わらなそうで、この子も塾帰りなのかなって思いました」

「女の子…?」

 

 伏黒が何か言いたげに眉間にしわを寄せる。

 ただそれよりも速く、少女の指が扉の縁を強く掴むのが見て取れた。

 

「でも、よく見たら歩いてるのに全然揺れてないし、歩幅も異常に広いし……なんだか怖くなって、走って帰ろうとした時でした」

 

 少女は自分の肩を抱くようにして、小さく身を縮めた。

 

「いきなり飛びかかってきて首を掴まれたんです!腕がいっぱいあって、息もできなくて……!!」

「落ち着いてください。大丈夫です」

 

その時のことを思い出したのか、荒く息をする少女に対して伏黒が言葉をかける。

少しの間少女は息を落ち着かせていたが、やがて静かになったタイミングで再び口を開いた。

 

「すみません。取り乱しました……。その時は殺されるって思ったんですけど、意識が無くなるって思った直前に、急に力を抜かれたんです」

「それは……」

「私はその場で投げられて、でも気がついたらいなくなってて……その後たまたま近くにいた警察の人に家まで送ってもらいました」

 

 少女の話がそこで一段落する。

 真人に作り変えられた改造人間は、基本的に彼の意思に絶対的に服従する。意思こそあるが自由はなく、途中で行動を変えるというのはあまり考えられないことである。無論その場に術者がいた可能性も考えられるが、そうであるなら一度襲った相手を見逃す理由がない。

 

(やっぱ犯人は改造人間ってわけじゃなさそうだな……)

 

 虎杖がそんなことを考えていると、仕事の早い伏黒がタブレットを取り出していた。

 

「辛いことを思い出させてしまって申し訳ありません。最後に一点確認させてほしいのですが、よろしいでしょうか」

「え、はい……」

 

 一旦考えを整理しようと思い、相方の手元を見る虎杖。だがその顔は次の瞬間驚愕に歪むこととなる。

 

「この顔に見覚えはありますか」

「……!多分、この人です!襲ってきた人!」

「なッ!?」

 

 彼には確信があったわけではない。

 伏黒がその写真を提示したのは、彼女の目撃記録がこの付近だったかというのが大きかった。ただ、事前に持っていた情報からその可能性を考えていなかったといえば嘘になる。

 

──伏黒の持つ端末。少女が犯人だと言ったその画面には、ナノカの姉が映し出されていた。

 

 

 

 都市郊外のとある廃工場。ナノカはそこへ一足早くたどり着いていた。

 既に廃墟と化したその入り口は立ち入り禁止のテープによってふさがれていたが、彼女はそれを無視して侵入。向かった先にあったのは錆びついた鉄骨と剥がれたコンクリートが剥き出しになった荒廃した景色である。電灯が無いことで昼間だというのに内部は薄暗く、壊れた天井から差し込む光が、唯一の光源となっていた。

 

「……」

 

不気味な景色は怖がりな彼女の足を竦ませる。

しかし、それで足を止めているわけにもいかない。焦燥にかられた彼女は、グローブ越しにリボンを握り込む。そうして、勇気をもって一歩踏み出そうとした、その時だった。

 

「待ってくださーい!!」

「っ!」

「わわわ!!?」

 

 背後から声をかけられ、驚いた彼女がとっさに振り向くと、既に彼女の目の前には青色の髪の少女が迫っていた。

 その予想以上の速度にナノカは対応できなかったが、シェリーもまたナノカが避けないとは思わず、結果的に二人はもみくちゃになって倒れ込んでしまう。掃除されてない環境ということもあり、二人が転んだ場所からは大量の土煙が舞い上がっていた。

 

「ケホッ!ケホッ!……ナノカさん!大丈夫でしたか!?」

「……あなたのせいで大丈夫じゃなくなったわ」

 

 現れた少女──シェリーに対する冷たい視線は正当なものである。

 覆いかぶさるかたちになっていた彼女を追いやり、ナノカは埃を掃った。

 

「なにしに来たの」

「ナノカさんを追って来たんですよ~!ほんとはユージさん達に連絡すべきだったんですが、電波が遮断されていたのでナノカさんを見失わないことを優先しました」

 

 悪びれた様子のない言い方は、そこに含まれている心配が本心であることを示している。

 ナノカにもそれは伝わっていたが、それを素直に受け入れられるほど彼女は大人にはなれていなかった。

 

「……放っておいてくれてよかったのに」

「そうはいきません。ナノカさんは私の依頼主なんですから!」

 

ドンと胸を張るシェリーには自信が満ち溢れているようだった。

彼女のその態度に、ナノカは呆れて溜め息をつく。

 

「それよりも、急に走りだすなんて危ないですよ!何かあったならちゃんと報告してください~!」

 

 ナノカに起こった異変。

 リボンの片割れを見つけたことによる変化を見逃すほどシェリーは甘くない。ふわふわとした態度の裏にある確かな確信を垣間見て、ナノカは観念したようにつぶやく。

 

「……橘シェリー。貴方は私の術式のことは把握している?」

「いえ、正確には知りません。ただ、メグミさんの対応からするとおそらく探し物をするのに有効なものなのではないかと推理しています」

「そう……」

 

 表情を見られたくないのか、ナノカがシェリーから顔を背ける。

 

「私の術式は、幻視。物や場所に触れることでその周囲の過去の情景を読み取ることができるわ」

「なるほど、サイコメトリーですね!探偵として羨ましい限りです!」

 

 彼女の術式『幻視』は物や場所に触れることでそこに残された過去の光景を垣間見る力である。

 姉が残していった品に触れた瞬間、彼女の脳内には存在しない記憶──リボンに宿った想いとその周囲の光景が溢れだしていた。

 

「つまり、それでお姉さんに繋がるなにかを得た、ということでしょうか?」

「ええ、お姉ちゃんがここに向かうのが見えた。この場所にきっと、お姉ちゃんの居場所のヒントが──」

 

『見つけた』

 

「ッ!?ナノカさんッ!!」

 

シェリーが声を上げるが、間に合わない。

まるで何かに見初められたかのように、工場の奥から黒い影が伸びる。それはシェリーの前に立っていたナノカだけではなく、ありとあらゆる周囲のものすべてを飲み込んでいく。ナノカの目が驚きに見開かれるが、それは何らかの攻撃を受けたからではなく──

 

「橘シェリー!?どうして!?」

「さっきも言ったじゃないですか!」

 

黒い世界に吸い込まれていくさなか、シェリーがその手を伸ばし、ナノカに追いすがったからだ。

 

「ナノカさんは、大切な依頼人ですから!」

 

 そう言い切ったシェリーの笑顔は、数瞬後黒に覆われる。

 二人の視界は埋め尽くされ、廃工場内部には巨大な領域が展開された。

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