術ク呪ウ名探偵   作:けるべろん

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過去からの狙撃手(スナイパー) -伍-

「橘シェリー!!」

 

ナノカの声が構内に響き渡るよりも早く、怪物の大鎌が振り下ろされた。

その刃先がシェリーの首へまっすぐに迫る。天与呪縛のフィジカルギフテットといえど、銃弾を食らえばダメージを受けるし、刃物への耐性があるわけではない。刃渡り数十センチの巨大な金属の重みは彼女の首を容易に切断してしまうだろう。

 

「やぁッ!」

 

あわやスプラッタ、というタイミングで、ガキンッ!という金属がぶつかり合う音が響く。

大鎌はシェリーの装備していた籠手によって受け止められていた。しかし咄嗟の判断であったことから防御態勢は取れておらず、彼女はすぐに押し込まれていってしまう。

 

「くっ!」

「や、やめて!!」

 

 ナノカが反射的に拳銃を発砲するが、それは全く狙いが定まっていなかった。

 呪霊を撃つ訓練こそある程度積んでいるが、そもそも彼女も数ヶ月前まではただの少女だったのだ。銃の扱いに慣れているはずもなく、ましてや相手は最愛の姉。狙いがぶれるのも仕方のないことといえる。

 

 しかし、唐突な発砲音は怪物の注意を引く結果をもたらした。

 一瞬の隙を見て、シェリーは敵対者に強烈なキックを打ち込んだ。同時にその反動で迫り合いからの脱出に成功する。彼女のフィジカルで蹴りが直撃すれば並の人間は骨折では済まないはずなのだが、恐るべきことに怪物は多少よろける程度でほとんどダメージを受けているようには見えない。

 

「凄いですね〜!結構強めにいったんですが」

「ハァ……ハァ……」

 

 感心するシェリーの耳に、背後に控えるナノカの荒い息が届く。

 閉鎖空間でのこの状況、姉に対しての発砲など、少女の精神はかなり少女の精神がかなりすり減っているのは確実。シェリーは珍しくまじめな顔つきで思考する。

 

(うーんかなりまずいですね)

 

 前方には凶悪な怪物、背後には追い詰められた仲間。

 怪物の戦闘力はまだ未知数だが、攻撃がまともに効いているようには見えない。加えて効果は付与されていないとはいえ、巨大な生得領域を展開しながら追ってきているのならば呪力も相応に持っているはず。最低でも一級以上の案件であることは間違いない。

 

「よし!逃げますよ!ナノカさん!」

「え、でもっ!」

「よいしょっと!!」

「うッ!?」

 

 よってシェリーは早々に勝負を諦めた。

 漲るパワーで一瞬にしてナノカを担いだシェリーは、全速力でその場の離脱を図る。急襲の速度からして逃げ切るというのも容易ではないが、戦闘で勝ち目がない以上これ以外の手段は無い。そう思いながらちらりと背後に確認するシェリーだったが──

 

「あれ?」

「……」

 

 怪物は追ってはこなかった。

 仮面は二人を向いたままなので認識していないわけではないはずだが、まるでじっと様子を伺うかのように漫然と待機をしている。その視線は一見すると虚空を見つめているようで、考えを窺い知ることはできない。

 

(好都合ですけど、なんだか不気味ですね〜)

 

 いつでも狩れるからか、はたまた何らかの理由があるのか。

 いずれにせよ戦闘を避けられるならそれに越したことはない。警戒を維持したまま、シェリーは構内を駆ける。

 

 

 虎杖たちからの連絡はまだ届いていない。

 シェリーの体感では気絶した時間を除き領域に囚われてから既に30分程度が経過している。定例確認は10分ごとに行うことになっているので本来であればとっくに確認連絡が来ているはずなのだが、相も変わらずスマホは圏外。

 

 窓が使用する帳には電波を遮断する機能はないが、これはそういう縛りを設けているが故でもある。多くの結界は外界と隔絶した空間を作るため、あらゆるものを遮断するように設定されているのが普通であり、この生得領域も例には漏れない。

 

 あるいは時間の流れが違う可能性もあるが、実のところシェリーはこの可能性は無いと勝手に結論付けていた。救援が期待できない場合どっちにしろ助かるすべがないため、考えるだけ無駄だと判断したためである。

 

「何とかしてユージさんに場所を伝えるか、あるいは来てくれるまで持ちこたえなきゃですね……」

「……降ろして」

「わわっ!?すみません!」

 

 考えに没頭するあまり、背中にナノカを背負っていることを忘れていたシェリーは慌てて彼女を地面に降ろす。それと同時に、ナノカの様子に明らかな異変が発生しているのにも気づいた。

 

 ナノカの体から、力が抜けている。

 おそらくは幻視で見た光景が原因なのだろう。俯いた彼女はシェリーの言葉に対しても強い反応を見せず、その姿はまるで抜け殻のように虚ろだった。しかし、良くも悪くもシェリーがそういった点で他人に構うことはない。デリカシーのない彼女は今日もまた人の心を持たずに口を開く。

 

「いやーしかし驚きました。まさかナノカさんのお姉さんが怪物になっているなんて」

「ッ!」

 

 キッとシェリーを睨みつけたナノカの瞳には、大きな怒りが映っている。

 自身の姉を怪物と表現されたのだからそれは仕方ないことだろう。しかしそれでもナノカは言い返すことはできなかった。なぜなら、それを断言したのはほかならぬ自分自身なのだから。

 

「正直信じられませんね」

「私は確かに、お姉ちゃんの体が化け物になっていくのを見た。人を襲ってるところも……。だから、もう、いい……」

 

 その場に座り込んだナノカは、まるで他者からの干渉を拒絶するかのように膝を折る。

 彼女が見た光景は最愛の姉が徐々に怪物に変化していき、その過程で他者を攻撃するという極めて残酷な内容であった。幻視の中の姉の姿は先ほどシェリーを襲った存在と姉のちょうど中間といった風貌で、あれが自身の姉であるという事実を否が応でも理解させられる。

 

「だめですよナノカさん!ここにいてもなにも解決しません」

「お姉ちゃんが危ない目にあってるなら私が助けたかった!大好きだから、絶対なんとかしたかったの!でも違った。手遅れだった……私はなんにもできなかったの…!あんな姿になってても、私は銃を向けるのだって嫌……」

 

 ナノカの目から大粒の涙が溢れ出る。

 それは彼女の本心だった。彼女の顔には強い後悔や自責の念が浮かびあがっていて、その心が限界を迎えているのは誰の目にも明らかである。

 

「……貴方を巻き込んでしまった責任はとるわ。私が囮になるから、貴方はできるだけ隠れてやり過ごして。先輩達はきっと見つけてくれる」

 

 故に、まるで自殺のような提案を平気で行ってしまうのだろう。

 しかし、シェリーはそれをあっさりと却下する。

 

「それは無理ですね。とりあえず私の推理を披露しましょう!」

「は、え?」

 

 困惑するナノカをよそに、シェリーが胸を張る。

 

「現状分かっていることはあの怪物がナノカさんのお姉さんであることと、ここがその生得領域であることです。ナノカさんの術式が発動していることから、術師が別にいる可能性は低いでしょう」

「そう、救援を待たないといけない。だから私が時間を稼がなきゃ──」

「しかしその提案には問題があります!」

 

 シェリーがビシッと指を突き出す。

 

「おそらくお姉さんが攻撃してこない、という点です」

「…何を言っているの」

 

 自信ありげなシェリーの態度に対して、ナノカの視線は冷ややかなものだった。ただでさえ余裕のない彼女である。この状況で他者に寛容になるのは難しい。

 

「ついさっき攻撃されてたじゃない」

「いえ、攻撃されないのは私ではなくナノカさんです。なので、ナノカさんでは時間稼ぎになりません」

「……それはどういうことかしら」

「先ほど打ち合った際、私を助けるためにナノカさんは発砲してくれましたね。おかげですぐに撤退できましたが、あの時追撃されなかったのは明らかに不自然です」

 

 数分前、撤退を選択した2人を姉が追撃することはなかった。それは領域内の人間を無差別に襲うのだとすればつじつまが合わない挙動である。

 

「確かに違和感はあるけれど、単純に銃が警戒されたからという可能性もあるわ」

「私のキックを受けてダメージがないわけですからね。銃弾を警戒する理由はないと思います。背中を向けても追わないのは変ではないですか?」

 

 本気を出したシェリーのキックはコンクリートの床をぶち抜くぐらいは造作もない。そんな威力をもろに受けたにもかかわらずよろける程度だったことから、ナノカの姉の耐久力は極めて高いと推定できた。「それに」とシェリーは続ける。

 

「攻撃が止まったのはナノカさんを認識したタイミングです。つまり、攻撃する相手を選んでいる可能性があります」

「それって」

「少なくとも、相手を認識できる程度の認知能力はあると考えられますよね」

「!」

 

 一瞬、ナノカの瞳に光が戻る。

 姉がまだ怪物にはなり切っていない可能性。

 

「もしお姉さんがナノカさんを認識できるなら、親族であるナノカさんでは囮としての機能は発揮できない可能性があります。それでは時間を稼ぐことも私を逃がすこともできません。囮役をナノカさんがやるのは確実性に欠けます」

 

 シェリーの言葉はナノカの元気づけるための物ではない。

 彼女は単純に状況を整理しようとしているだけであり、ナノカの提案に欠点があることを指摘しているに過ぎなかった。しかし、それゆえに彼女が嘘をついていないことも伝わる。

 

 そもそも、姉にまだ意思がある、というのは希望的観測であり、裏付ける根拠は薄い。

 野生動物のように発砲音を警戒しただけかもしれないし、シェリーの攻撃が見た目より効いていただけかもしれない。ただ、そんな微かな希望でも今のナノカにとっては大きな救いになる。

 

 故に、泣き腫らした目を擦りながらも、ナノカは再び立ち上がることができたのだ。

 

「……お姉ちゃんは、元に戻ると思う?」

「わかりません。ただ、世の中には呪いの影響を消去する呪具や術式もあるそうです。可能性はゼロではないと思いますよ」

 

 なんでもないようにシェリーはそれを告げる。

 そんな彼女の普段通りの反応を見て、ナノカの口元は少しだけ緩んだ。

 

「わかった。でも、だとしたらどうやって時間を稼ぐの」

「うまくいけば、という手なら一つあります」

「…?」

「そのためにも、まず確認したいことがあります!まずはあそこに一緒に行きましょう」

 

 シェリーはそう言って、構内の奥を指差した。

 彼女の指す通路の向こうには、ホームへと延びる長い階段が続いていた。

 

---

 

 ズルズルズル……

 

 事前準備を済ませた少女たちは、列車の停止するホームにて待機していた。しばらくの後、なにかを引きずる音が階下から聞こえてきたのを確認し立ち上がる。

 次いで二人の元へ白い面をつけた怪物がゆっくりと姿を現した。黒い外套の隙間からは複数の腕が蠢いており、そのうちの何本かは巨大な鎌を支えている。自身の姉の異形の姿を目の当たりにし、ナノカは再び息をのむ。

 

「お姉ちゃん…」

「ナノカさん、手はず通りにお願いします」

「……ええ」

 

 短い返答の後、ナノカはシェリーを置いて引く。

 無論これは作戦通りの動きであるが、去っていくナノカの目には強い心配の念が浮かんでいた。それに対しシェリーは親指を立てて応答する。

 

「大丈夫です!この名探偵にお任せください!」

 

 しかし、相手の言葉が終わるまで待ってくれるほど、怪物は甘くはなかった。

 それは2m近い巨体からは想像もできない速度で距離を詰め大鎌を振り下ろす。十分に引き付けたのを確認してから、シェリーは勢いよく背後へ飛びのいた。鋭利な鎌は呪力の影響もあるのか簡単にタイルへ突き刺さり、金属質な音が辺り一帯へ反響する。

 

「っとっと!」

 

 間髪入れずに鎌を引き抜きながら、伸ばした腕がシェリーに迫る。

 大鎌を振り回せるほどのフィジカルを備えている腕。二者の実力差を加味すれば掴まれれば致命的だったが、それをわかっていたシェリーは逆に敵の懐まで一足で潜り込んだ。巨大な鎌も伸ばした腕も、超至近距離では逆に取り回しの悪さとなる。自身のレンジへと入り込んだシェリーは、先ほどのお返しとばかりに胴体へストレートを叩き込んだ。

 

「やぁッ!!」

 

 肉を殴ったとは思えない轟音が弾け、怪物の体がよろける。

 その隙を見逃さず、連撃として入れた足払いもクリーンヒットする。虎杖が使う格闘術は元が喧嘩殺法であることから呪霊より人間に対して有効なものだったが、この点は重心が人間に近い相手であれば応用が可能であり、今回それは有効に働いていた。

 

(よかったです!ちゃんと戦えてます!)

 

 しばらく寝込んでいたシェリーではあったが、もともとの要領の良さとフィジカルギフテッドによる肉体強度により、その戦闘力は既に2級術師と比較して遜色ないレベルまで到達している。これは術師全体で見てもかなりの上澄みである。

 倒れた隙を見逃さず大鎌を蹴り飛ばすことで武装解除したシェリーは、そのまま怪物の脚部を掴むと遠心力を利用しぐるぐるとプロレス技のように回転させる。

 

「ぐ、ぬぬ……!」

「──!」

「いッ!?」

 

 無論相手も黙ってやられてくれるはずもない。

 伸ばされた怪物の細い腕は、シェリーの肩をがっちりと掴んだ。腕の先は鋭利な爪のように変化しており、シェリーの肌を制服の上からもたやすく切り裂く。反撃を受けたシェリーの顔は一瞬だけ歪んだものの、負けじと回転を速くする。

 

「とりゃぁ!」

 

 数秒の攻防の後、狙いを付け終えたシェリーがその手を離した。怪物の体は遠心力に引かれ一直線に投げ飛ばされていく。

 勢いそのまま障害物に突き当たるまで飛ばされた姉だったが、それでもほとんどダメージは無い。まるでなんでもないように立ち上がったそれは、再び襲い掛かろうと姿勢を低くするが──

 

「今です!」

『扉が閉まります』

 

 シェリーが声をかけると同時、聞きなれた声と共に二人の間にあった扉が閉まった。

 少女の視線の先には、怪物が突き飛ばされた場所──電車の車内、その操縦室にいるナノカが映る。車両は怪物を乗せたまま出発し、操縦室から飛び降りたナノカは警戒を解かないままシェリーと合流する。

 

「橘シェリー!ケガは!?」

「えへへ…大丈夫です。軽傷ですよ」

「血が出てるわ。手当てするから見せなさい」

 

 何でもない風に笑うシェリーの肩の血は既に止まっていた。

 どうやら見た目よりは傷は深くなかったらしい。手当てを終えたナノカが一息つくころには、姉を乗せた電車は見えなくなっていた。

 

「ナノカさんの幻視があって助かりました!」

「偶然よ……以前車掌さんに触れたことがあったから。でもここまでうまくいくとは思ってなかったわ」

「いや~私もです。正直もっとダメージ受けるの覚悟してたので」

 

 シェリーの立てた作戦は簡単で、姉を電車に閉じ込めてしまおうというものである。

 無論相手は領域の主、即座に脱出される可能性もあった。

 とはいえ、道順をわざわざ守っていたり、壁をすり抜けてこないことは確認していたため、地形やギミックは有効活用できるという判断はしていた。それでも電車の操作方法など本来はわからないのが普通だが、そこはナノカの術式により解決した形である。

 

「電車に乗って逃げてもよかったですが、乗り込まれたり待ち伏せされる危険がありますからね。可能ならあちらを閉じ込めた方が安全です。ナノカさんが攻撃されないなら操縦室も安全に操作できますしね」

「それでも、あなたはかなり危険だったはずよ。実際ケガもしているし」

「なにもしなければ殺されるんですから、手段は選んでられません!」

 

 あまりにも当然という風に胸を張るシェリーに、ナノカは返す言葉を失う。ナノカ自身先ほど囮になろうとした手前、あまり他人にとやかく言うことはできないのだが、責任感由来で提案したナノカと異なりシェリーのそれは単に自分の意思を勘定しているように見えなかったからだ。

 

「……あなたは──」

 

 彼女の危険な思考をナノカが指摘しようとした、その時。

 

 カンカンカンカン

 

「これは?」

 

 2人がそろって顔を上げる。

 聞き慣れた踏切の音は近くまで電車が来ていることを意味するサインだ。無論、先ほどまで停車していた電車は二人の策により発車しているが──

 

『まもなく、電車が参ります』

 

 機械的なアナウンスの音質は悪い。

 踏切の規則的な音が駅構内にまで反響を始め、電光掲示板が明滅を繰り返す。表示されていた行き先は文字化けし、いくつもの黒い線に塗り潰されていく。

 

「引きましょう」

 

 明らかに不穏な空気に、先に口を開いたのはシェリーだった。

 特に否定する素振りもなく、ナノカもそれに同意する。そのまま二人はホームから逃げるため、階段の方へと向かうが──

 

「……道間違えましたかね?」

 

 さきほど上がってきた階段の位置が、まるで最初からそうだったかのように壁に代わっていた。物は試しとシェリーが拳を振るうが、その障壁はびくともしない。事前確認の際階段は複数あったのだが、ナノカが反対側も確認すると、やはり同じように壁に変化している。

 

「だめね、あっち側も塞がれてる」

「一つ分かったことがあります」

「……?」

「この壁は……硬い!」

「言ってる場合じゃないわよ」

 

 そうこうしているうちに、踏切の音は耳が痛いほどに大きくなっていく。

 その音が不意になくなった時、ホームには一両の列車が停車する。内部はまるで遮光カーテンが引かれたかのように真っ暗で、外から内部を確認することもできなかった。

 

「……」

 

 そして、扉が開く。

 

『ご乗車ください』

 

 不気味な放送と同時に、車内から無数の腕が溢れ出す。

 もともと一桁本数だったはずの腕は、今や車両の窓を突き破り視界を埋め尽くすほどとなっていた。

 

「ッ!!」

 

 迫りくる攻撃をシェリーは横へ跳躍することで回避。

 時間差でやってきた腕は追いすがってきたが、それは腕にはめた籠手で弾くことができた。本数が増えた分その動きは精彩を欠いており、一本一本の威力も心なしか下がっているように見える。だが──

 

「とッ!?」

 

 シェリーの足元から伸びてきた腕が、彼女の足首を掴もうとする。

 同時に他の腕も彼女を四方八方から攻撃しており、既に一人で対処できる限界は超えている。

 

「あ、」

「させない!」

 

 ナノカの銃撃がシェリーの足元、そこにいた一本の腕に着弾する。

 突如衝撃を受けたからか、腕は引きずられるようにして車内へと戻っていった。

 

「ナノカさん!撃って大丈夫なんですか!」

「お姉ちゃんには後で謝ればいい!今は貴方の方が危険でしょ!」

 

 叫びながらナノカは何度も銃を発砲する。

 彼女の射撃経験はかなり少ないはず。にも拘わらず、その攻撃はしっかりと的を捉えており、シェリーへ向かってくる攻撃は目に見えて勢いを失っている。これは腕の数が多くどこへ撃っても当たるというのもあるが、ナノカ自身の才能によるものもあるだろうとシェリーは分析していた。

 

「ありがとうございます!ではこの調子で──」

 

 だが、そうして振り向いた時に彼女は気付く。

 ナノカの背後に、あの大鎌が振りかぶられていることに。

 

「ナノカさん、後ろ!」

「え?」

 

 振り下ろされた鎌は、ナノカに届くことはなかった。

 それは彼女の体が直前で突き飛ばされたからである。倒れ込んだナノカの体には、しがみつくようにしてシェリーが組み付いていた。状況からして彼女がナノカを突き飛ばしたことは明白。

 

「橘シェリー、感謝する──」

 

そうしてシェリーを起こそうとしたときに気づく。

自身の手が、彼女の鮮血で真っ赤に染まっていることに。

 

「なっ!?」

「あ、ナノカさん。だい、じょうぶでしたか……? すみません。ちょっと、失敗しちゃったかもです」

 

 少女の背中には、巨大な裂傷が刻まれていた。

 ナノカを突き飛ばしはしたものの、彼女自身は回避しきれなかったのだろう。傷口からはとめどなく赤血が流れだしており、それが彼女の制服に染み込んでいく。

 

「あ、ああ……」

「すみません、ナノカさんは攻撃されないと思っていたんですが、読み違えましたね」

「そんな、それどころじゃ…!」

「お姉さんが来てます。私は無理そうなので、ナノカさんだけでも……」

 

 高専で習った圧迫止血を思い出し、傷口に布を当てながら懸命に押さえる。

 開いた扉からは、彼女の変わり果てた姉が降りてくる。

 それはゆっくりと少女たちに近づいてくるが、今のナノカにそちらを気にするほどの余裕はないし、シェリーのことを放る気もない。

 

 自身を庇い大けがを負った少女。

 それを見捨てることは彼女の禁忌に他ならないからだ。

 

「ナノカさん…!」

「嫌!絶対見捨てない!」

 

 二人の少女の元までたどり着いた怪物は、はじめと同じようにその巨大な鎌をもたげる。振り下ろされたそれが二人を引き裂こうとした、その瞬間──

 

ガシュッ!

 

「…え?」

「二人とも、大丈夫……って感じじゃねえか」

 

 巨大な鎌を片腕で受け止めた青年が、体に宿った呪力を一気に放出する。

 放出された呪力の奔流に耐え切れず、怪物は後方へと吹き飛ばされた。数瞬前に深々と鎌が突き刺さっていた腕からは煙が立ち、それが晴れたころにはまるで何事もなかったかのように元に戻っている。

 

「虎杖……悠仁」

「助けに来た」

 

 ──現代最強の術師の一人。虎杖悠仁が現着する。

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