ジュウゥゥ――。
フライパンの上でパンチェッタが香ばしい音を立てる。
溶け出した脂がきらりと光り、食欲を誘う香りがキッチンに広がった。
俺は鍋の中のパスタを軽くかき混ぜる。
ボウルへ卵黄を落とし、パルミジャーノ・レッジャーノとペコリーノ・ロマーノを削り入れる。
タイマーが鳴ったのを確認した後、パスタを湯切りし、そのままフライパンへ投入した。
火を止め、用意していた卵液を流し込む。
ヘラで混ぜ、手首を何度か返し麺とソースを混ぜ合わせていく。
黄金色のソースが均一に絡みついていく。
皿に盛り付け、仕上げにチーズを削る。
最後に黒胡椒をひと振り。
「よし」
艶のあるカルボナーラへと仕上がった。
椅子に腰を下ろし、フォークを手に取る。
一口。
悪くない。
窓の外へ視線を向ける。
桜が舞っていた。
春だ。
そして俺――
昨日から始まった一人暮らしにも少しずつ慣れてきた。
段ボールは片付けた。
掃除も終わっている。
冷蔵庫の中も整理済み。
特に困ることはない。
家事は昔から得意だった。
特に料理だ。
もっとも、それには理由がある。
俺には前世の記憶がある。
前世の俺は料理人だった。
大手ホテル内のイタリアンレストランで働き、最終的には副料理長まで務めた。
天才ではなかった。
ただ、人より少し努力を続けられただけだ。
そして事故で死んだ。
気付けば赤ん坊になっていた。
最初は混乱したものだが、今では慣れた。
料理も家事も身体が覚えている。
だから一人暮らしにも不安はなかった。
不安があるとすれば別のことだ。
俺が進学するのは
日本一女子生徒比率が高い名門校だ。
理由は単純。
彼女が欲しかった。
勉強して、身だしなみにも気を使って、気配りを意識したり、テーブルマナーもばっちりとモテるための努力はできうる限りでやってきたつもりだ。
それでも、この世界は厳しい。
男女比が約100対1。
どう考えても終わっている。
「どうせ生まれるなら女性が多い世界が良かった……」
思わず本音が漏れた。
叶わぬ願いだ。
だが嘆いていても仕方ない。
だから俺は行動した。
そして選んだ。
日本一女子が多い学校を。
もちろん誰でもいいわけじゃない。
優しくて。
他人を尊重できて。
一緒にいたいと思える女性がいい。
そんな人と出会えたらいいと思う。
優しい女性がいないわけではない。
むしろ逆だ。
多くの女性は普通に優しい。
ただ、生まれた時から特別扱いされるのが当たり前だっただけ。
女性専用施設。
女性向けの優遇制度。
出産支援金や各種補助。
この国では女性を大切にする仕組みが数え切れないほど存在する。
別に悪いことではない。
男女比を考えれば当然とも言える。
俺だって制度そのものに文句があるわけではなかった。
問題はその結果だ。
女性が少なすぎる。
圧倒的に少なすぎる。
男子校でもないのに女子が数人しかいない学校なんて珍しくない。
高校三年間で女子とほとんど話さず卒業する男子だって普通にいる。
だからこそ
全校生徒約七百二十人。
そのうち女子は百六十人弱。
前世の感覚なら少ない。
だが、この世界では異常なほど多い。
女子が多いという理由だけで全国から受験生が集まるほどだ。
もちろん俺もその一人だった。
勉強は頑張った。
かなり頑張った。
不合格になれば全てが終わると思っていたくらいだ。
そして無事合格。
晴れて
……まあ、だからといって彼女ができる保証はどこにもないんだけど。
現実は甘くない。
女子が多い学校に入っただけで恋人ができるなら、世の中苦労しない。
それでも少し期待してしまう。
今まで出会えなかっただけで、もしかしたらいるかもしれない。
俺が理想とする女性が。
俺は最後の一口を口に運び、空になった皿を見つめた。
明後日はいよいよ入学式だ。
新しい学校。
新しい生活。
新しい出会い。
期待と不安が半分ずつ。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
俺は立ち上がり、食器を流しへ運ぶ。
「さて」
机に向かいノートを取り出す。
入学できても勉強ができなかったら恋愛どころではない。
頭がいいのは最低条件だと思うし。
高校生活は、まだ始まっていないのだから。
当然、生徒のレベルも高い。
受験が終わったからといって油断するつもりはなかった。
この世界で女性と付き合うのは簡単じゃない。
俺は天才じゃない。だから努力を積み重ねるしかないのだ。
それが俺のやり方だった。
開けた窓から春風が吹き込む。
ひらり。
一枚の桜の花びらがノートを飾った。