入学してから、一週間が経った。
俺も千夏とはすっかり気軽に話せるようになり、昼食も何度か一緒に取っていた。
そんな日の朝。
花城先生は教室へ入ってくると、出席簿を教卓へ置いた。
「おはようございます」
「おはようございます」
挨拶を交わしたあと、花城先生は教室を見回すと、満足そうに一度頷いた。
「皆さんの名前と顔も、だいたい覚えました」
その言葉を聞いた瞬間、教室のあちこちがざわついた。
何の話が始まるのか、すぐに察したらしい。
「なので、予告していたとおり、今日は席替えをします」
男子たちの表情が一斉に変わった。
誰の隣になるか。
このクラスでは、それが単なる席の移動以上の意味を持っている。
女子の隣になる可能性があるのだから、無理もない。
「女子の席はこちらで決めています」
花城先生がそう告げると、教室のあちこちから小さな声が上がった。
「教室の中で偏らないように配置しました。男子は残っている席をくじで決めてください」
完全なくじ引きではないらしい。
女子が8人しかいない以上、固まらないようにするためだろう。
「やっぱり男子だけくじだったね」
千夏が小声で言った。
「女子同士が固まったら、席替えの意味が薄いからな」
「私は別に誰の隣でもいいけどね」
「そういうもの?」
「隣になった人と普通に話せばいいじゃん」
「俺も同じ意見だよ」
「叶多は本当にそうしそう」
千夏は軽く笑うと、黒板へ視線を戻した。
花城先生は教卓の上へ、小さく折り畳まれた紙の入った箱を置く。
「前から順番に引いてください。引いた番号は座席表と照らし合わせて、すぐに移動するように」
男子たちが一斉に箱を見つめた。
女子の隣を引ける席は限られている。
中には、祈るように両手を合わせている男子までいた。
さすがに大げさだと思う。
だが、一般的な学校なら、女子と隣の席になる機会そのものがほとんどない。
聖凰学園だからこそ期待できる幸運なのだろう。
前の席から順に、男子たちがくじを引いていく。
「うわ、廊下側の一番前かよ」
「俺、女子の隣だ!」
「誰だよ?」
「神崎さん!」
「マジか、当たりじゃん!」
結果が出るたびに、喜びや落胆の声が上がった。
花城先生は特に注意することもなく、淡々と次の男子を呼んでいる。
やがて俺の番が来た。
箱の中へ手を入れ、指先に触れた紙を一枚取る。
席に戻ってから折り目を開いた。
書かれていた番号を、黒板に張られた新しい座席表と見比べる。
左から二列目の後ろから2番目。
周囲の名前を確認する。
左隣は、
右隣は、イケメン君こと水瀬直樹。
そして俺の前には、チャラそうな梅原大輔の名前があった。
ずいぶん賑やかな席になりそうだ。
「叶多、どこだった?」
隣から千夏が尋ねてくる。
「あそこ。後ろから2番目」
新しい席を指で示す。
「雛森さんの隣じゃん。よかったね」
「何が?」
「女子の隣を引けたんだから、男子的には当たりでしょ」
「まあ、そうなるのかな」
「私は結構遠くなったなあ」
千夏は自分の席を確認しながら言った。
「でも、同じ教室なんだから別に話せるだろ」
「それはそうだね」
特に残念がる様子もなく、千夏は立ち上がった。
「じゃあ、移動しよっか」
「うん」
机の中から教科書を取り出し、鞄と一緒に抱える。
こうして、一週間だけ続いた千夏との隣席は終わった。
新しい席へ移動し、机の中へ教科書をしまう。
大輔は荷物を置くなり、すぐにこちらを振り返った。
「ちょっと待て。この席、嫌がらせだろ」
「何が?」
「後ろにお前、その隣に水瀬だぞ。イケメンが近すぎる」
大輔は俺と直樹を交互に見ながら、わざとらしく顔をしかめた。
「俺の存在が薄くなるじゃねえか」
「自分で言うほど薄くないと思うけど」
「そういう問題じゃねえんだよ。比較対象が悪すぎる」
直樹が困ったように笑う。
「俺まで巻き込まないでくれ」
「巻き込むに決まってるだろ。お前ら二人が近くにいたら、女子の視線が全部そっちに流れるじゃねえか」
「席だけでそんなに変わるかな」
「変わる。少なくとも俺の気分は大きく変わった」
大輔は深いため息をついたあと、急に表情を明るくした。
「まあいいや。どうせ近くなったんだし、仲良くしようぜ」
「切り替えが早いな」
「いつまでも落ち込んでても仕方ないだろ」
そう言って、大輔は右手を差し出してきた。
「改めてよろしくな、叶多」
「よろしく、大輔」
手を握り返す。
「俺もよろしく」
直樹も会話へ加わった。
「おう。水瀬もな」
「直樹でいいよ」
「じゃあ俺も大輔でいいからな」
「分かった」
新しい席になって、まだ数分。
それなのに、すでに前と右から賑やかな声が飛んできている。
これから退屈することはなさそうだった。
そのまま左へ顔を向けると、瑞葉と目が合った。
「これからよろしくね、槻山くん」
「こちらこそ。雛森さん」
瑞葉は穏やかに笑った。
「隣の席になったし、分からないことがあったらお互いに聞けるといいね」
「そうだな。俺で分かることなら、いつでも聞いてよ」
「ありがとう。私も、何かあったら言ってね」
短いやり取りだったが、不思議と話しやすかった。
千夏とは明るくテンポよく会話が続く。
それに対して瑞葉とは、落ち着いた空気の中で言葉を交わせそうだ。
同じ隣の席でも、ずいぶん雰囲気が違う。
「瑞葉でいいよ」
「いいの?」
「うん。同じクラスだし、これから隣の席なんだから」
「分かった。じゃあ、瑞葉。俺も叶多でいいよ」
「うん。よろしく、叶多くん」
名前で呼ばれる。
それだけのことなのに、少しだけ距離が近づいたような気がした。