朝のホームルーム。
花城先生は教卓へ出席簿を置くと、重ねていたプリントを前列の生徒へ渡した。
「今日は午前中に身体測定があります」
教室のあちこちから、小さな声が上がる。
「測定するのは身長、体重、視力、聴力です。男子と女子では回る順番と場所が違うので、配られた予定表を確認してください」
前から回ってきたプリントを一枚取り、残りを後ろへ渡す。
男子は体育館で身長と体重を測ったあと、視力検査と聴力検査のために特別教室を回るらしい。
「測定中は騒がないこと。すべて終わった人から教室へ戻ってください」
花城先生は教室を見回した。
「あと、他人の結果を無理に聞いたり、からかったりしないように」
「はーい」
教室のあちこちから返事が上がる。
「では、男子は男子更衣室、女子は第一更衣室へ移動してください」
ホームルームが終わり、生徒たちが一斉に立ち上がった。
俺も体操着の入った袋を手に取り、大輔や直樹と一緒に教室を出る。
「身体測定かあ」
廊下へ出るなり、大輔が両手を頭の後ろで組んだ。
「去年から身長伸びてるといいんだけどな」
「成長期だし、少しくらいは伸びてるんじゃない?」
「少しくらいじゃ困るんだよ。最低でも5センチは欲しい」
「1年で5センチかい?」
直樹が尋ねる。
「願うだけなら自由だろ」
「それはそうだね」
直樹は穏やかに笑った。
そのまま男子更衣室へ入り、俺たちはそれぞれ体操着へ着替え始める。
制服姿では、直樹はすらりとした印象の方が強かった。
だが、半袖の体操着に着替えると、肩や腕にしっかり筋肉がついていることが分かる。
「直樹って、確か中学ではバスケットボール部だったんだっけ?」
大輔が感心したように尋ねた。
「ああ。3年間やっていたよ」
「やっぱりな。全身引き締まってるし、普通に格好いいじゃん」
「ありがとう」
「顔がよくて、背も高くて、身体まで鍛えてるとか反則だろ」
大輔の言いたいことは分かる。
整った顔立ちに高い身長。体つきまで鍛えられていて、性格もいい。
同性の俺から見ても、直樹は文句なしに格好よかった。
女子から人気が出るのも当然だろう。
恋愛では、できれば競いたくない相手だ。
「そこまで言われると、さすがに少し照れるな」
「大輔は、身だしなみをもう少しきちんとした方がいいと思うな」
俺が言うと、大輔が脱いだ制服へ目を向ける。
「俺、そんなにだらしなく見えるか?」
「ネクタイは緩いし、シャツの裾も出てる。そのうえ、胸元まで結構開いてるだろ」
「これは着崩してるって言うんだよ」
「似合ってはいるけど、少し軽そうには見えるかな」
「モテたいなら、第一印象も大事だと思うよ」
直樹も穏やかに付け加えた。
大輔は少し考えたあと、肩をすくめる。
「でも、やっぱり堅苦しいのは苦手だな。多少は気をつけるけど、全部きっちりするのは俺らしくねえよ」
「まあ、大輔がそれでいいならいいんじゃないか」
「だろ?」
大輔は満足そうに笑った。
着替えを終えた俺たちは、更衣室を出て体育館へ向かう。
体育館の入口付近には、別の更衣室から移動してきた女子たちの姿もあった。
白を基調とした半袖シャツには、襟や袖口、脇へ翡翠色の切り替えが入っている。
同じ翡翠色のショートパンツと組み合わせた、制服とはまた違う爽やかなデザインだった。
大輔の視線が、分かりやすく女子たちへ向く。
「おお……女子の体操着って、やっぱり新鮮だな」
「じろじろ見るなよ」
俺が小声で注意する。
「見てるだけだって」
「失礼だと思うな」
直樹も穏やかな声で続けた。
大輔は名残惜しそうにしながらも、すぐに前へ向き直る。
「分かったよ。2人して注意しなくてもいいだろ」
「がっつきすぎるとモテないぞ」
「マジでっ?」
大輔が勢いよくこちらを振り向いた。
「今さら驚くことか?」
「分かってはいたけど、改めて言われると刺さるな……」
「少なくとも、見られている側はいい気はしないと思うよ」
直樹が静かに言う。
「分かった。今日から紳士になる」
「宣言した時点で少し怪しいけどな」
「信用しろよ!」
そう言いながらも、大輔はそれ以上女子の方を見なかった。
体育館へ入ると、すでに同学年の生徒たちが集まり始めていた。
測定場所は男女で分けられており、女子は体育館の反対側へ案内されている。
大輔はそちらをちらりと見てから、声を潜めた。
「女子の測定結果って、どうにか見れないかなぁ」
「それは感心しないな」
直樹がすぐに口を挟んだ。
声を荒らげたわけではない。
だが、穏やかな口調の中には、はっきりとした否定が込められていた。
「本人が話していないことを勝手に詮索するのは、あまり褒められたことじゃない」
「冗談だって」
「冗談でも、本人たちに聞かれたら印象はよくないと思うよ」
「……それは困るな」
大輔は素直に引き下がった。
「女子と仲良くなりたいなら、嫌われそうなことはしない方がいいと思う」
「お前ら2人、正論で挟むのやめろよ」
「大輔が正論を言われるようなことを言うからだろ」
「ちょっと気になっただけじゃねえか」
「気になっても、口に出さない方がいいことはあるよ」
直樹にそう言われ、大輔は肩を落とした。
「イケメンなやつは、言うことが違うな」
「それは褒め言葉として受け取っていいのかい?」
「褒めてるよ。ちょっと羨ましいだけだ」
「それなら、素直に受け取っておくよ」
「そうやってさらっと返すところが、また格好いいんだよなあ」
大輔は呆れたように笑った。
「まずは身長と体重を測定します。クラスごとに2列で並んでください」
担当教師の声に従い、俺たちは1年A組の列へ並んだ。