身体測定から数日後。
午後の授業を終えた俺たちは、花城先生の引率で体育館へ向かっていた。
今日は、生徒会主催の新入生歓迎会が行われる。
部活動紹介も兼ねているらしく、体育館の入口には各部の名前が書かれた案内板が並んでいた。
「ずいぶん気合い入ってるな」
隣を歩く大輔が、辺りを見回しながら言う。
「新入生全員が集まる行事だからね」
「部活紹介もあるんだろ? 女子が多い部活、ちゃんと確認しとかねえと」
「まだそれを基準に選ぶつもりなのか?」
「重要な判断材料の一つだ」
大輔は真顔で言い切った。
「部活動は、女子と知り合うためだけに入るものじゃないと思うよ」
直樹が穏やかに言う。
「分かってるって。ちゃんと活動内容も見るよ。その上で女子が多ければ最高だろ?」
「都合がいいな」
「高校生活は効率が大事なんだよ」
体育館へ入ると、すでに多くの新入生が集まっていた。
前方には簡易的な舞台が設けられ、その背後には大きく『新入生歓迎会』と書かれた横断幕が掲げられている。
舞台脇では、生徒会役員らしき生徒たちが慌ただしく動いていた。
マイクの確認をする者。
進行表を見ながら何かを話し合う者。
部活動の代表者へ指示を出している者。
その中心に、よく見覚えのある人物がいた。
艶やかな黒髪を上品なハーフアップにまとめた少女。
入学式の日と同じく、制服には一分の乱れもない。
舞台袖で役員へ短く指示を出す姿には迷いがなく、周囲の生徒たちも当然のように彼女の言葉へ従っていた。
「やっぱり生徒会長、すげえな」
大輔も美紘を見つけたらしい。
「あれだけ人がいるのに、完全に中心にいる」
「会長だからな」
「いや、役職だけじゃねえって。立ってるだけで空気違うだろ」
それには同意する。
入学式では、その美しさに目を奪われた。
だが、こうして生徒会を率いる姿を見ると、美紘の魅力は容姿だけではないことが分かる。
自分が何をするべきか理解し、周囲を動かす力がある。
簡単に真似できるものではない。
「叶多、見すぎじゃない?」
直樹に言われ、俺は視線を戻した。
「そう見えた?」
「少しね」
「まあ、気になる相手ではあるから」
「お?」
大輔がすぐに反応した。
「それって、もしかして――」
「静かにしてください」
前方から教師の声が飛び、大輔は口を閉じた。
「続きはあとで聞くからな」
小声でそう言い残し、前へ向き直る。
余計なことを口にしたかもしれない。
やがて照明が少し落とされ、体育館のざわめきが収まっていく。
舞台中央へ、美紘が歩み出た。
マイクの前に立つだけで、新入生たちの視線が一斉に集まる。
「新入生の皆さん、本日は新入生歓迎会へ参加していただき、ありがとうございます」
よく通る、落ち着いた声が体育館へ響いた。
「この会は、皆さんに聖凰学園での生活と、校内で行われている活動をより深く知ってもらうために、生徒会と各部活動が協力して準備したものです」
美紘は新入生たちをゆっくりと見渡した。
「これから紹介される活動の中に、少しでも興味を引かれるものがあれば、ぜひ自分の目で確かめてください。見学することも、実際に挑戦することも、皆さんの自由です」
入学式のときほど厳しい口調ではない。
それでも、一つひとつの言葉には力があった。
「高校生活は、与えられるものを待つだけでは充実しません。自ら足を運び、選び、行動してください」
最後に短く頭を下げる。
「それでは、聖凰学園新入生歓迎会を始めます」
体育館へ大きな拍手が響いた。
俺も手を叩きながら、舞台上の美紘を見つめる。
やはり、生徒会へ入りたい。
美紘へ近づきたいという気持ちがあるのは否定しない。
だが、それだけではなかった。
彼女が立つ場所から、この学園がどのように見えているのか。
少しだけ、知ってみたいと思った。
拍手が収まると、美紘は舞台脇へ視線を向けた。
「続いて、生徒会役員を紹介する」
呼ばれて舞台へ上がってきたのは、すらりとした長身の女子生徒だった。
艶のある黒髪は、耳元で軽やかに揺れるショートボブ。
長めの前髪を片側へ流し、涼しげな青い瞳を覗かせている。
整った顔立ちは美少女というよりも、麗人と呼ぶ方が似合っていた。
「副会長の
美紘からマイクを受け取ると、佳乃はそれを片手に持ち替え、自然な動作で口元へ寄せた。
ただそれだけの何気ない仕草なのに、不思議と目を引く。
女子生徒の座る方から、小さな歓声が上がる。
「新入生の皆さん、入学おめでとう」
柔らかな声とともに、佳乃が微笑む。
「まだ慣れないことも多いだろうけれど、困ったことがあれば遠慮なく生徒会室を訪ねてほしい。私でよければ、いつでも相談に乗るよ」
言葉だけを聞けば、ごく普通の挨拶だ。
それなのに、佳乃が言うと自分一人へ語りかけられているように聞こえる。
女子からの人気が高そうなのも納得だった。
「会長は少し近寄りがたく見えるかもしれないけれど、相談されたことを放っておくような人ではないから安心してほしい」
体育館のあちこちから、小さな笑いが起こった。
美紘は表情を変えず、佳乃へ目を向ける。
「余計なことを言うな」
「新入生を安心させるのも、副会長の役目だろう?」
佳乃は楽しそうに笑った。
「それに、がっせーが優しいことくらい、みんなに知ってもらった方がいい」
「勝手なことを言うな」
「事実だよ」
佳乃はさらりと答えると、再び新入生たちへ向き直った。
「私からは以上です。皆さんと一緒に活動できる日を楽しみにしています」
最後に、前列に座る女子生徒へ向けて片目を閉じる。
たったそれだけで、先ほどよりも大きな歓声が上がった。
「すげえ人気だな……」
大輔が感心したように呟く。
「女子からも人気があるみたいだね」
直樹も舞台を見ながら答えた。
王子様系の容姿と自然体のまま人目を引く振る舞い。
女子から人気があるのも納得だった。
もっとも、本人は周囲の反応にも慣れているように見える。
佳乃が舞台脇へ戻る際、美紘の肩へ軽く手を添える。
美紘はそれを気にする様子もなく、次の役員を紹介した。
あの二人は、ただの会長と副会長というだけではないらしい。
気兼ねなく軽口を交わせる、親しい友人なのだろう。