恋愛話で長引いた休憩を終え、俺たちは再び勉強へ戻った。
それから一時間ほど問題を解き進めたところで、時計の針が正午を回る。
「そろそろ昼にするか」
「待ってました!」
俺が声をかけると、大輔が勢いよく立ち上がった。
「今日一番の反応だな」
「うまいって噂の叶多の料理が食べられるんだぞ。今日の本番はここからだろ」
「勉強会だよ」
「俺にとっては、勉強と昼飯が同じくらい大事なんだ」
「勉強もそのくらい真剣にやってくれ」
大輔は聞こえなかったふりをして、期待するような目をこちらへ向けている。
「それで、二人は何が食べたい?」
「選んでいいのか?」
「家にある食材で作れるものならな」
俺が答えると、大輔は腕を組み、真剣な顔で考え始めた。
先ほどまで勉強を嫌がっていたときとは、まるで集中力が違う。
「肉だな」
「随分と大雑把だな」
「細かいことは叶多に任せる。とにかく肉が食べたい」
「直樹は?」
「僕は任せるよ。ただ、午後も勉強するなら、あまり重すぎないものがいいかな」
「肉が食べたい」と「あまり重くないもの」。
二人の希望を聞きながら、冷蔵庫の中身を思い浮かべる。
鶏むね肉に、トマト、葉物野菜。卵とチーズも残っていた。
それなら問題ない。
「分かった。鶏肉のミラノ風カツレツにしよう」
「カツ?」
「カツレツ。薄く伸ばした鶏肉に衣をつけて焼く料理だよ」
「揚げ物なら、重くないかい?」
直樹が尋ねる。
「油の中に沈めるわけじゃない。少量の油で焼くから、普通のカツよりは軽いよ。付け合わせも野菜中心にする」
「それなら楽しみだね」
「俺は肉なら何でもいいぞ」
「大輔君は本当に注文が大雑把だね」
俺は立ち上がり、キッチンへ向かった。
冷蔵庫から鶏むね肉と野菜を取り出す。
鶏肉の皮を外し、厚みのある部分へ包丁を入れて開く。ラップで挟み、肉叩きで全体の厚さを揃えていった。
「何してるんだ?」
いつの間にか、大輔がキッチンの近くまで来ていた。
「肉を薄くしてる」
「薄くしたら、食べ応えがなくならないか?」
「厚さを揃えれば火が均一に入るし、衣の香ばしさも楽しめる。三枚分あるから、量は十分だよ」
「ならいいか」
大輔はあっさり納得した。
「見ていても構わないけど、邪魔はするなよ」
「分かってるって」
塩と胡椒を振った鶏肉へ、薄く小麦粉をまぶす。
次に溶き卵へくぐらせ、細かくしたパン粉を押しつけた。パン粉には、あらかじめ粉チーズと乾燥ハーブを混ぜてある。
フライパンへ少し多めのオリーブオイルを入れ、火にかける。
温度が上がったところで、衣をつけた鶏肉を静かに置いた。
油の弾ける音とともに、香ばしい匂いが広がっていく。
「もううまそうだな」
「まだ焼き始めただけだよ」
焼き色を確認してから裏返す。
薄く伸ばしているため、火が入るのも早い。表面がきつね色になったところで取り出し、網の上へ置いて余分な油を落とした。
肉を休ませている間に、角切りにしたトマトへオリーブオイルと塩、少量のレモン汁を加える。
付け合わせの葉物野菜も手早く和えた。
三枚の皿へカツレツを盛り、その上へトマトを添える。
仕上げにチーズを削り、レモンを置けば完成だ。
「できたよ」
料理をローテーブルへ運び、皿の横へナイフとフォークを並べる。
それを見た大輔が、わずかに目を見開いた。
「ナイフとフォークで食べるのか?」
「カツレツなんだから、その方が食べやすいだろ」
「いや、そうなんだけどさ。友達の家で昼飯を食べるのに、ナイフとフォークが出てくるとは思わなかった」
「箸もあるけど、使う?」
「ここまでされたら、ナイフとフォークで食うよ」
大輔は慣れない手つきで持ち上げた。
「……これ、昼飯というより店のランチだよな」
「確かに、盛りつけまで綺麗だね」
直樹も感心したように皿を眺めている。
「冷める前に食べよう」
俺が腰を下ろすと、二人も手を合わせた。
「いただきます」
大輔はすぐにナイフを入れ、大きめに切ったカツレツを口へ運ぶ。
噛んだ瞬間、衣から軽い音がした。
「うまっ!」
「口に入れたまま話すなよ」
注意したものの、大輔は口元を押さえながら何度も頷いている。
直樹も一口食べ、驚いたように目を細めた。
「衣は香ばしいけれど、思っていたより重くないね。鶏肉も柔らかい」
「薄くしてあるから、長時間火を入れなくて済むんだ。トマトとレモンを一緒に食べれば、さらに軽くなるよ」
「見事だよ」
「ありがとう」
「せっかく料理が得意なんだから、天ヶ瀬先輩の胃袋を弁当で掴めよ」
「まだ一度も話したことがない相手に、いきなり弁当を渡すのか?」
「じゃあ、生徒会に入って仲良くなってからだな」
「……まあ、ある程度親しくなってからなら、悪くないかもな」
「だろ? 使える武器は使わないともったいないぞ」
「最初から弁当は重いだろうけど、差し入れくらいならありか」
料理には自信がある。
直樹が小さく笑い、付け合わせの野菜を口へ運ぶ。
「まぁ、まずは普通に話せるようになるところからだね」
「ああ。そのためにも、まずは生徒会に採用されないとな」
俺もカツレツへナイフを入れる。
衣の焼き色も、肉の火入れも悪くない。
午後の勉強を再開するには、少し時間がかかりそうだった。