男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

2 / 10
2話 1年A組

 制服に腕を通す。

 

 黒を基調としたブレザー。

 襟やポケットには翡翠色のラインが入っている。

 

 派手ではない。

 だが、不思議と目を引くデザインだった。

 

 鏡の前に立ち、襟を整えた。

 ネクタイを締める。

 皺はない。

 問題なし。

 

 ついでに鏡へ映る自分の顔を見る。

 父さん似らしい。

 前世の俺が見たら驚くだろう。

 少なくとも前世の俺よりは恵まれている。

 

 俺は視線を外し、鞄を手に取った。

 時計を見る。

 まだ余裕はある。

 

 玄関で靴を履き、鍵を閉める。

 春の空気が肌を撫でた。

 空はよく晴れている。

 入学式日和と言っていいだろう。

 

 聖凰学園までは徒歩十五分ほど。

 自転車でも良かったが、今日は歩くことにした。

 せっかくの入学式だ。

 少しくらい景色を楽しんでもいい。

 

 マンションを出て数分。

 通学路沿いの桜並木が見えてきた。

 淡い桃色が道の両脇を彩っている。

 思わず足を緩めた。

 

 綺麗だな。

 

 前世では忙しくて、こういう景色をゆっくり眺めることなんてほとんどなかった。

 花びらが風に乗って舞う。

 

 ポケットからスマートフォンを取り出した。

 

 カシャリ。

 

 桜並木を一枚撮る。

 画面の中に奇麗な景色が残る

 

 俺は再び歩き始める。

 しばらくすると、同じ制服を着た生徒たちの姿が見え始めた。

 

 男子。

 男子。

 男子。

 

 そして女子。

 

 ……女子だ。

 

 思わず視線が向いてしまう。

 いや、別に珍しい生き物を見るような感覚じゃない。

 ただ、この世界で育った男なら仕方ないと思う。

 

 女子が一人いるだけで周囲の視線を集める。

 それが当たり前なのだから。

 

 その点、聖凰学園は凄い。

 少し歩いただけで何人もの女子生徒を見かける。

 日本一女子生徒比率が高い学校。

 その看板は伊達ではないらしい。

 

 そんなことを考えているうちに、人の流れが少しずつ増えていく。

 皆、目的地は同じだ。

 

 前方に大きな門が見えてきた。

 思わず足を止める。

 

「……でかいな」

 

 パンフレットで見ていたはずなのに、実物は想像以上だった。

 重厚な校門。

 広大な敷地。

 その奥にそびえる校舎。

 

 いかにも名門校といった風格がある。

 

 聖凰学園。

 今日から俺が通う学校だ。

 自然と背筋が伸びた。

 

 そして人の流れに合わせるように、俺は校門をくぐった。

 案内看板に従いながら歩いていく。

 

 右手には中等部校舎。

 左手にはグラウンド。

 その奥には高等部校舎が見える。

 

 高等部だけでも十分な規模だというのに、中等部まで併設されているのだ。

 周囲を見れば、同じように辺りを見回している新入生が少なくない。

 おそらく外部進学組だ。

 

 逆に迷いなく歩いている生徒もいる。

 内部進学組だろう。

 少し羨ましい。

 

 俺は入学案内を確認しながら歩みを進めた。

 昇降口へ入る。

 

 真新しい上履きへ履き替え、掲示板の前で足を止める。

 そこにはクラス分けが張り出されていた。

 思った以上に人が集まっている。

 俺も人混みの隙間から自分の名前を探した。

 

「一年A組……あった」

 

 槻山叶多(つきやまかなた)

 間違いない。

 小さく息を吐く。

 

 A組。

 

 男子の間では少し特別な意味を持つクラスだ。

 聖凰学園では男子生徒は成績順でクラス分けされる。

 つまりA組は学年上位二十八人が集まるクラスということになる。

 

 受験勉強を頑張った甲斐はあったらしい。

 

 もっとも、女子は別だ。

 

 女子は学力よりも、面接や活動実績、人柄などを重視した総合評価で振り分けられると聞いている。

 詳しい基準までは知らない。

 だがA組の女子は優秀だという話だった。

 

 掲示板から離れ、教室へ向かう。

 一年A組。

 その札が掛けられた教室の前で足を止めた。

 

 ここが俺の教室か。

 少しだけ緊張する。

 だが、いつまでも立っていても仕方ない。

 

 意を決して引き戸を開いた。

 

 教室の中にはすでに十人ほどの生徒がいた。

 友人同士らしく話している者。

 一人でスマートフォンを見ている者。

 緊張した様子で座っている者。

 

 反応は様々だ。

 

 俺は黒板に貼られた座席表へ視線を向ける。

 自分の名前を探す。

 

 五十音順で十八番目。

 右から三列目の一番後ろだ。

 

 俺は指定された席へ向かい、鞄を置いた。

 椅子に腰を下ろす。

 

 入学式前だからか、教室全体がどこか落ち着かない。

 男子たちは互いに様子を窺い、内部進学組らしい何人かはすでに小さな輪を作っていた。

 

 俺はもちろん外部組だ。

 知り合いはまだいない。

 

 さて、どうしたものか。

 そんなことを考えていると、教室の扉が開いた。

 

 入ってきたのは女子生徒だった。

 

 その瞬間、教室の空気がわずかに変わった。

 男子たちの視線が、一斉にそちらへ向く。

 無理もない。

 

 明るい金髪。

 ぱっちりとした目にはピンクゴールドのカラコンが入っている。

 耳元には小さなアクセサリー。

 シャツの襟元はゆるく開けられ、リボンもきっちり結ばれてはいない。

 いかにも着崩した制服姿。

 

 聖凰学園は、身だしなみに関して比較的寛容な校風らしい。

 個性を尊重する。

 そういう建前のもと、校則はかなり緩い。

 

 ただ、それでも彼女は目立っていた。

 

 だらしないわけではない。

 むしろ慣れたおしゃれとして完成されている。

 

 いわゆるギャル。

 

 そう表現するのが一番近いだろう。

 しかも、ただ派手なだけじゃない。

 笑顔に人懐っこさがあって、教室に入ってきただけで場の空気を明るくするような女子だった。

 

 何人かの男子が小さくざわつく。

 内部進学組らしい男子たちの反応を見る限り、どうやら中等部から有名な生徒らしい。

 

 なるほど。

 人気があるのも分かる。

 

 女子生徒は黒板の座席表を確認すると、こちらへ歩いてきた。

 そして俺の左隣の席で足を止める。

 

「ここか。隣だね」

 

 彼女は俺を見ると、にっと笑った。

 

火野千夏(ひのちなつ)。よろしく」

 

 距離感が近い。

 だが嫌な感じはしなかった。

 むしろ明るくて話しやすそうだ。

 

槻山叶多(つきやまかなた)。よろしくね、火野さん」

 

「うん、よろしく」

 

 千夏は軽く笑うと、俺の左隣の席へ腰を下ろした。

 それだけで、周囲の男子の視線がこちらへ集まる。

 

 分かりやすい反応だ。

 少し居心地が悪い。

 普通に話すだけでも目立つ。

 相手が中等部から有名らしい女子なら、なおさらだろう。

 

 千夏はそんな視線に慣れているのか、特に気にした様子もなかった。

 

「叶多くん、制服ちゃんと着てるね」

 

「初日だからな。というか、崩して着るのがあまり得意じゃない」

 

 前世の癖もあるのだろう。

 ホテルの厨房では、身だしなみも仕事の一部だった。

 だから制服の類はきちんと着ないと落ち着かない。

 

「へえ、真面目」

 

「否定はしない」

 

 俺がそう言うと、千夏は自分のリボンを指で軽く直した。

 きっちり結ぶというより、形だけ整えるような仕草だった。

 

「私はこのくらいが楽で好きかな」

 

「似合ってると思うよ」

 

「お、さらっと褒めるじゃん」

 

「制服の着方とか。崩してるのに、だらしなく見えないからね」

 

「お、分かってるね」

 

 千夏は少しだけ楽しそうに笑った。

 

 見た目は派手だが、ただ目立ちたいだけのタイプではないのだろう。

 

「まあ、入学式だし。可愛くしておきたいじゃん」

 

「確かにね」

 

 そこで会話は一度途切れる。

 

 教室の中には、次々と新入生が入ってきていた。

 座席表を確認する者。

 知り合いを見つけて声を上げる者。

 緊張した様子で席に着く者。

 

 反応は様々だ。

 

 その中で、俺は改めて教室を見回した。

 今日からここが俺の教室になる。

 隣には、有名らしいギャル。

 周囲には、まだ名前も知らないクラスメイトたち。

 

 そしてこれから、入学式が始まる。

 

 思っていたよりも騒がしい。

 思っていたよりも落ち着かない。

 それでも、不思議と悪い気分ではなかった。

 

 やがて、予鈴が鳴る。

 

 教室のざわめきが少しずつ小さくなっていく。

 

 千夏も前を向き、俺も姿勢を正した。

 

 春。

 

 聖凰学園。

 

 俺の高校生活は、どうやら静かには始まってくれないらしい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。