ゴールデンウィーク明けの朝。
「終わった……」
教室へ入るなり、大輔が自分の席へ突っ伏した。
「何が終わったんだ?」
「ゴールデンウィークだよ。昨日まであんなに輝いてたのに、気づいたら終わってた」
大輔は机へ頬をつけたまま、深いため息をつく。
連休中に一度、俺の部屋で勉強会をしたものの、それ以外の日は友人と遊びに出かけるか、家でだらだら過ごしていたらしい。
「宿題は終わったのかい?」
隣の席に鞄を置いた直樹が尋ねる。
「昨日の夜に終わらせた」
「それなら、問題ないんじゃないかな」
「問題は宿題じゃない。休みが終わったことなんだよ」
「それだけ話せるなら元気そうだな」
「どこを見たらそう思えるんだ?」
そう言い返せるだけの元気は、十分に残っているようだった。
やがて予鈴が鳴り、教室の前扉が開く。
「はーい。みんな、席についてねー」
気の抜けた声とともに、担任の花城いろはが入ってきた。
いつものジャージ姿だ。
片手には出席簿、もう一方の手には数枚のプリントを持っている。
「連休明けで眠いと思うけど、ホームルームくらいは起きててねー」
「授業中もですよね?」
誰かが指摘すると、いろは先生は眠そうな目を細めた。
「もちろん授業中もだよ。先生を困らせないでね」
教室から小さな笑い声が上がる。
「それじゃあ、出席取るよー」
名前が順番に呼ばれていく。
全員の出席を確認すると、いろは先生は持っていたプリントを一番前の生徒へ渡した。
「今日は連絡がいくつかあるから、後ろまで回してね」
前から回ってきたプリントを受け取り、書かれている内容へ目を通す。
一学期中間考査の日程。
五月下旬に予定されている一年生の林間合宿。
そして、生徒会役員の募集について。
「まず、中間考査が二週間後にあるからね。まだ連休気分が抜けてない人は、そろそろ切り替えておいて」
前の席から、大輔が小さくうめき声を漏らした。
連休中に勉強会を開いておいて正解だったかもしれない。
「試験が終わった翌週には、二泊三日の林間合宿もあります。詳しい日程や班分けは、また後で説明するからね」
教室内が少しざわつく。
試験よりも、林間合宿の方へ興味を持った生徒が多いらしい。
大輔も勢いよく顔を上げた。
「先生、班は男女混合ですか?」
「梅原君は、そこが一番気になるんだね」
「重要なことなので」
「基本的には男女混合だよ。でも、詳しいことは後で説明するから、今日はそれで我慢してね」
大輔は満足そうに前を向いた。
どうやら、連休が終わった悲しみは少し薄れたようだ。
「それから、生徒会役員の募集が今日から始まります」
いろは先生の言葉に、俺はプリントへ視線を戻す。
「対象は高等部一年生。募集する役職や応募条件は、生徒会の掲示板に貼ってあるから、興味がある人は確認してね」
募集期間は一週間。
選考方法は、応募書類による審査のみ。
応募用紙には、志望する役職や理由を記入する必要があるらしい。
「書類は先生に提出してください。先生が所見を書いてから、生徒会へ渡します。今回は面接なしで書類だけで決めるそうだから、書く内容はちゃんと考えること」
必要な説明を終えると、いろは先生は出席簿を閉じた。
「連絡は以上。今日からまた授業だから、みんな頑張ってねー」
気の抜けた声ではあったが、教室の空気は少しずつ連休前のものへ戻り始めていた。
☆
放課後。
俺は大輔と直樹とともに、高等部校舎の昇降口へ続く廊下へ向かった。
以前、生徒会役員募集の予告が貼られていた掲示板には、新しい用紙が掲示されている。
『生徒会役員募集』
大きく書かれた見出しの下には、募集内容が並んでいた。
対象は高等部一年生。
募集役職は、書記一名、会計一名、庶務一名。
選考は、応募書類、入学試験の成績、入学後の出欠状況、担任所見をもとに行われる。
締め切りは一週間後の月曜日。
掲示板の脇には、役職ごとの応募用紙が入った箱と、記入用の机が置かれていた。
「いよいよだな」
隣で募集要項を読んでいた大輔が言う。
「何がだよ」
「高嶺の花への第一歩」
「生徒会へ応募するだけだよ」
「一番の目的は天ヶ瀬先輩なんだろ?」
「そうだけど、入ったら仕事は真面目にやるよ」
「まあ、お前ならそうだろうな」
大輔は苦笑しながら頷いた。
「それで、どの役職へ応募するんだい?」
直樹に聞かれ、もう一度募集役職を確認する。
会計は、予算や支出の管理が中心になる。
庶務は、行事の準備や備品管理など、仕事内容が幅広い。
どちらも必要な仕事ではあるが、自分に一番向いているのは書記だろう。
「書記にするよ」
「叶多君には合っていそうだね」
「字も綺麗だしな」
大輔が応募用紙の箱へ視線を向ける。
「会議中に寝なければ完璧だ」
「寝ないよ」
「俺なら眠くなる自信がある」
「胸を張ることじゃないだろ」
書記用の応募用紙を一枚取り、記入用の机へ向かう。
「ここで書くのか?」
「ああ。志望理由は前から考えてたからな」
「本当の志望理由なら、一行で終わるだろ」
「天ヶ瀬先輩に近づきたいから、なんて書けるわけないだろ」
「むしろ、正直さを評価してもらえるかもしれないぞ」
「書類審査で落ちるよ」
応募用紙を机へ広げる。
上部には、氏名、学年、クラス。
その下に、志望役職、志望理由、自分の長所や得意分野を書く欄が設けられていた。
氏名とクラスを書き、志望役職の欄へ書記と記入する。
入学式や新入生歓迎会では、大勢の生徒や教員が予定された進行に沿って動いていた。
当日は何事もなく進んでいたが、その裏では資料の作成や会場の準備、時間の調整といった多くの仕事が行われていたはずだ。
表からは目立たなくても、誰かが引き受けなければ行事は成り立たない。
俺は、そうした仕事を面倒だとは思わない。
必要な情報を整理し、読みやすい形へまとめることも得意だった。
書記としてなら、自分の得意なことを生かせるだろう。
事前に考えていた文章を思い出しながら、ペンを動かす。
学園行事を支える仕事に携わりたいこと。
文書作成や情報整理といった自分の得意分野を、書記の仕事に生かしたいこと。
書き終えた文章を最初から読み返す。
少し堅い気もするが、内容に嘘はない。
長所と得意分野の欄には、文書の作成や整理が得意であることに加え、一度引き受けた仕事は最後まで責任を持って取り組むよう心がけていると記入した。
最後に、誤字や記入漏れがないか確認する。
「もう書き終わったのか?」
「ああ」
「早いな」
「考えてあったからな」
応募用紙をクリアファイルへ挟む。
「今から提出するのかい?」
「ああ。先生がまだ教室にいるうちに渡してくるよ」
三人で教室へ戻ると、いろは先生は教卓の上で提出物を整理していた。
「先生、少しいいですか?」
「ん? どうしたの、槻山君」
「生徒会役員の応募用紙です」
「あ、もう書いたんだ。早いね」
「はい」
クリアファイルから応募用紙を取り出し、いろは先生へ渡す。
先生は受け取ると、書かれている内容へ軽く目を通した。
「書記を希望するんだね」
「はい」
いろは先生は応募用紙を教卓の上へ置いた。
「先生の方で所見を書いて、生徒会に渡しておくね」
「よろしくお願いします」
「結果が出たら呼ぶから、それまでは待っててね」
「分かりました」
頭を下げ、いろは先生の前を離れる。
応募は終わった。
あとは、結果を待つしかない。