募集締め切り日の放課後。
生徒会室の長机には、一年生から提出された応募書類が、希望する役職ごとに分けて並べられていた。
天ヶ瀬美紘は手元の一覧表と応募用紙の枚数を見比べ、記入漏れがないか確認している。
「どう? 全体で何人集まった?」
向かい側に座っていた如月佳乃が尋ねた。
「十六人だ。書記が五人、会計が四人、庶務が七人」
「思っていたより集まったね」
「各役職一名ずつの募集だからな。選考には十分な人数だ」
美紘の右隣には、生徒会会計を務める二年生の
黒髪を低い位置で横へ結び、肩の前へ流している。やわらかな紫がかった瞳と、目尻の下がった穏やかなたれ目が印象的な少女だった。
「会計希望も四人いるんですねぇ」
文香はおっとりとした声で言いながら、四人分の応募書類を自分の前へ寄せた。
「会計は
「もちろんですぅ。後輩になる子ですからぁ、しっかり確認しますねぇ」
「では、私は書記を見る。
「了解。終わったら、それぞれの候補を出して話し合おうか」
「ああ」
三人は担当する役職の応募書類を手に取った。
応募用紙には志望理由や得意分野が記され、入学試験の成績、入学後の出欠状況、担任所見をまとめた書類が添えられている。
選考は書類のみで行われる。
面接を実施しない以上、限られた情報から役職への適性を見極めなければならなかった。
美紘は書記希望者の一枚目へ目を通した。
中学時代に委員会活動を経験し、文章を書くことも得意だと記されている。
志望理由からも意欲は伝わるが、入学試験の成績は平均を下回っていた。
生徒会活動によって学業へ支障が出る可能性は無視できない。
二枚目の応募者は、文章力に問題はない。
しかし、担任所見には、課題の提出期限を忘れることがあると書かれていた。
書類を扱う書記としては不安が残る。
「この子、なかなか面白いね」
庶務希望者の書類を読んでいた佳乃が声を上げた。
「何がだ?」
「一年D組の
佳乃は添付されていた担任所見へ視線を戻した。
「周囲の様子によく気づき、困っている生徒がいれば自分から声をかけられる。日直や係の仕事にも責任を持って取り組み、ほかの生徒が忘れた仕事まで手伝っている、だって」
「庶務には向いていそうだな」
「頼まれたら断れないタイプにも見えるけどね」
「本人が苦にならないのであれば問題ない」
「庶務に入ったら、さらに頼まれ事が増えそうだけどなあ」
佳乃は苦笑しながら、航平の応募書類を候補者の側へ置いた。
「少なくとも、今のところは一番よさそう。ほかの応募者も確認してみるよ」
「ああ」
美紘は三人目の書記希望者へ移る。
中学時代に生徒会書記を経験しており、即戦力として期待できそうな生徒だった。
ただし、志望理由の大半は中学時代の実績について書かれている。
聖凰学園の生徒会で何をしたいのかは、最後まで読んでも伝わってこなかった。
「この
今度は文香が口を開いた。
「会計希望者か?」
「はいぃ。一年B組の男子生徒ですぅ。中学では三年間、学級会計も担当していたそうですよぉ」
文香は応募用紙へ添えられた書類を一枚ずつ確認していく。
「計算や記録は正確でぇ、提出期限を破ったこともないみたいですねぇ。志望理由にも、予算と支出を誰が見ても分かるように管理したいと書かれていますぅ」
「経験も能力も問題なさそうだね」
佳乃が横から言う。
「担任所見はどうだ?」
美紘が尋ねると、文香は別の用紙へ視線を移した。
「自信が強くてぇ、言い方が少し率直すぎることがあるそうですぅ」
「それは少し気になるね」
「でもぉ、任された仕事は最後までやり遂げてぇ、間違いを指摘されたときは素直に認められるとも書いてありますよぉ」
「協調性がないわけではないのか」
「そうみたいですねぇ。少し自信家なだけでぇ、仕事を放り出したり、人の意見を聞かなかったりするわけではなさそうですぅ」
文香は慧吾の応募書類をもう一度確認した。
「会計としての適性はぁ、今のところ一番高いと思いますぅ」
「性格面の欠点を把握した上での判断か?」
「はいぃ。数字を扱う能力と責任感は十分ですしぃ、自分の間違いを認められるなら問題ないと思いますよぉ」
「なら、候補に残しておけ」
「分かりましたぁ」
文香は慧吾の書類を候補者の側へ移した。
美紘は四人目の書記希望者を確認する。
成績や出欠状況に問題はなく、担任からの評価も悪くない。
学園行事へ関わりたいという意欲も十分に感じられた。
しかし、書記を希望した理由についてはほとんど触れられていない。
内容だけなら、庶務やほかの委員会への応募でも成立するものだった。
美紘は書類を置き、机に残された最後の一枚へ手を伸ばした。
「書記希望の書類は、あと一枚?」
「ああ」
美紘は机に残っていた最後の応募書類を手に取った。
一年A組。
槻山叶多。
志望役職は書記。
用紙へ視線を落とした瞬間、まず文字の整い方が目に入った。
一文字ずつ丁寧に書かれているが、必要以上に形を飾ってはいない。
文字の大きさや間隔も揃っており、長い文章でも読みやすかった。
「随分、綺麗な字だな」
美紘が呟くと、佳乃と文香が顔を上げた。
「そんなに?」
「ああ」
美紘は応募用紙を二人から見える位置へ置いた。
佳乃が身を乗り出し、用紙を覗き込む。
「本当だ。かなり読みやすいね」
「綺麗ですねぇ。手書きのお手本みたいですぅ」
「書記としては明確な長所になる」
美紘は志望理由へ視線を移した。
学園行事を支える仕事に携わりたいこと。
文書作成や情報整理といった得意分野を、書記の仕事へ生かしたいこと。
派手な内容ではない。
だが、自分が何を得意とし、書記としてどのように役立てたいのかは簡潔にまとめられている。
入学試験の成績は学年上位。
入学後の遅刻、欠席は一度もない。
担任所見には、授業や課題へ真面目に取り組み、任された仕事を最後まで丁寧にこなす生徒だと記されていた。
「成績も高いね」
佳乃が添付された資料へ目を通す。
「出欠にも問題はない。担任からの評価も高い」
「字が綺麗なだけじゃなくてぇ、ほかの部分も安定していますねぇ」
「ああ」
美紘は先に確認した四人の応募書類へ、もう一度視線を向けた。
中学時代の経験。
文章力。
行事へ参加する意欲。
それぞれに評価できる点はある。
しかし、学業成績、出欠状況、担任所見、書記としての適性を総合的に見れば、最も不安が少ないのは槻山叶多だった。
「書記は決まった?」
「ああ」
美紘は叶多の応募用紙を、候補者の書類を置く場所へ移した。
「一年A組、槻山叶多を採用しよう」
「最後に一番よさそうな子が来たね」
「書類の順番に意味はない」
「そういう意味で言ったんじゃないよ」
佳乃が苦笑する。
「私も異議はありませんよぉ。書記として一番向いていると思いますぅ」
「なら、書記は槻山で決定だ」
美紘は続いて、佳乃の前にある書類へ目を向けた。
「庶務はどうだ?」
「石倉航平君でいいと思う」
佳乃は候補として残した航平の応募用紙を差し出した。
「ほかにも成績の高い子はいたけど、庶務に一番必要なのは周囲を見て動けることだからね。担任所見を見ても、この子が一番合ってる」
美紘は航平の書類を確認する。
成績は中位。
遅刻や欠席はなく、提出物にも問題はない。
志望理由には、行事の準備や裏方の仕事が好きで、自分から動いて役に立ちたいと記されている。
「問題ない。石倉航平を庶務として採用する」
「決まりだね」
「会計はどうだ、桜庭」
「鷹取慧吾君を推薦しますぅ」
文香は慧吾の応募書類を、美紘の前へ置いた。
「少し自信の強いところはありますけどぉ、会計として必要な能力と経験は一番ですぅ。期限を守れてぇ、間違いも認められるなら、仕事を教える上でも問題ないと思いますよぉ」
「君が指導を担当することになるが、それでも構わないか?」
「もちろんですぅ。自信がある子に仕事を教えるのもぉ、面白そうですからねぇ」
文香は穏やかな笑顔を浮かべている。
「なら、鷹取慧吾を会計として採用する」
これで、新たに加わる一年生役員三人が決まった。
書記、槻山叶多。
会計、鷹取慧吾。
庶務、石倉航平。
「今年の一年生は全員男子になったね」
佳乃が三人の応募書類を見比べながら言った。
「選考の結果だ。性別を理由に選んだわけではない」
「分かってるよ。三人とも違うタイプだから、面白そうだと思っただけ」
「叶多君は真面目な書記でぇ、慧吾君は自信家の会計ですぅ。航平君はぁ、少し苦労しそうな庶務ですねぇ」
「応募書類だけで、そこまで決めつけるものじゃない」
「担任所見を読んだ感想ですよぉ」
文香は変わらず穏やかに笑っていた。
美紘は三人分の採用通知を用意し、必要な項目を順番に記入していく。
氏名。
採用された役職。
初回の集合日時。
放課後、生徒会室へ来るようにとの指示。
「どんな三人なんだろうね」
「書類に書かれている以上のことは、会ってみなければ分からない」
「仕事ができる子たちだといいですねぇ」
「ああ」
美紘は書き終えた採用通知を、それぞれの封筒へ入れた。
槻山叶多。
鷹取慧吾。
石倉航平。
今の時点で分かっているのは、書類に記された情報だけだ。
採用された三人がその結果を知らされるのは、翌日のことだった。