翌日の昼休み。
「今日、みんなで食堂に行かない?」
千夏が弁当箱を持って、俺たちの席へやってきた。
その後ろには、瑞葉とここあもいる。
「もちろん!」
大輔が迷うことなく答えた。
「僕も構わないよ」
直樹も穏やかに頷く。
「俺もいいよ」
「じゃあ、席が埋まる前に行こう」
千夏に促され、俺たちはそれぞれ昼食を持って教室を出た。
昼休みが始まったばかりだというのに、食堂へ向かう廊下には多くの生徒が歩いている。
聖凰学園の食堂は中等部と高等部で分かれており、高等部だけでもかなり広い。
入口の上には、本日の日替わりメニューが表示されていた。
「今日は生姜焼き定食か」
大輔が足を止め、メニュー表を見上げる。
「購買でパンを買うって言ってなかったか?」
「生姜焼きを見たら気が変わった」
「随分簡単に変わるんだな」
「昼飯は直感で決めるものだろ」
「僕はうどんにしようかな」
直樹も券売機の列へ向かう。
俺と女子三人は昼食を持参していたため、先に空いている席を探すことにした。
食堂の奥に、六人で座れそうな長机が残っている。
「あそこにしよう」
千夏が席を確保し、俺たちも順番に腰を下ろした。
少しして、大輔と直樹が料理を載せた盆を手に戻ってくる。
大輔は生姜焼き定食、直樹は温かいうどんだった。
「やっぱり昼は米だな」
大輔が満足そうに言う。
「五分前までパンを食べるつもりだっただろ」
「それは過去の俺だ」
「随分遠い過去みたいに言うね」
直樹が苦笑しながら、うどんの器を置いた。
全員の昼食がそろったところで、手を合わせる。
「いただきます」
弁当箱の蓋を開けた。
今日のおかずは、豚肉のハニーマスタード焼き、ほうれん草とベーコンを入れたキッシュ風の卵焼き、紫キャベツのマリネ。
隙間には、ブロッコリーとミニトマトを添えている。
下ごしらえは昨夜のうちに済ませていたので、朝は豚肉と卵焼きに火を通して詰めるだけだった。
朝にしたのは、豚肉を焼き、卵液を流して火を通した程度だ。
「相変わらずおいしそう」
千夏が俺の弁当へ目を向けた。
「叶多君の作るおかず、本当においしいんだよね」
「千夏、食べたことあるの?」
ここあが尋ねる。
「前に少しだけね。見た目が綺麗なだけじゃなくて、味もちゃんとしてたよ」
「千夏がそこまで言うなら、本当においしいんだろうね」
ここあが興味深そうに弁当を覗き込む。
「私、おいしくないものを無理に褒めたりしないから」
「そこは信用できる」
「でしょ?」
千夏は得意そうに胸を張った。
瑞葉も俺の弁当箱へ目を向ける。
「今日は洋風なんだね」
「ああ。冷めても味が落ちにくいものを選んだ」
「ハニーマスタードって、お弁当にも合うの?」
「粒マスタードの酸味と蜂蜜の甘みがあるから、冷えても味がぼやけにくいんだ。豚肉も少し濃いめに味をつけてある」
「卵焼きも、普通のとは違うよね」
「中にほうれん草とベーコンを入れてる。具材は先に炒めて、水分を飛ばしてあるよ」
「そこまで考えて作ってるんだ」
瑞葉が感心したように言う。
「弁当は昼に食べるものだからな。朝においしくできても、食べる頃に崩れていたら意味がないだろ」
「やっぱり、料理になると細かいね」
「まあ、こだわりはあるよ」
料理に関してまで、何でもないふりをする必要はない。
手間をかけることと、無駄な手間を増やすことは違う。
豪華にする必要はなくても、雑に作る理由はなかった。
「盛りつけも綺麗だね」
ここあが言う。
「色まで考えてるの?」
「茶色いおかずばかりだと、蓋を開けたときに地味だからな。見た目も食欲に関わる」
「自分で食べるだけなのに?」
「自分で食べるからこそだよ。せっかく作るなら、おいしそうに見えた方がいいだろ」
「叶多君って、料理のことになると急に専門家っぽくなるよね」
瑞葉が楽しそうに笑う。
「普段は違うのか?」
「普段も真面目だけど、料理の話をしてるときは少し楽しそう」
「そうかな」
「うん」
自分ではあまり意識していなかった。
前世から長く続けてきたことだから、料理について考えるのは習慣になっている。
「一口くれないか?」
大輔が俺の弁当を見ながら尋ねる。
「自分の生姜焼きがあるだろ」
「それはそれ。これはこれだ」
「仕方ないな」
俺は豚肉を一切れ取り、大輔の皿へ載せた。
「お、ありがと」
大輔はさっそく口へ運び、何度か噛んでから大きく頷く。
「うまい。甘いだけじゃなくて、ちゃんと酸味もあるな」
「粒マスタードを使ってるからな」
「生姜焼きもいいけど、こっちも飯に合う」
「味見の割には、ずいぶんしっかり食べるね」
直樹が苦笑する。
「友人の料理はちゃんと評価しないとな」
「ただ食べたかっただけでしょ」
ここあが淡々と指摘した。
「結果的に評価もできたんだから問題ない」
「そういえば、叶多君」
千夏が弁当を食べながら、こちらを見る。
「生徒会に受かったんだって?」
「ああ。書記として採用されたよ」
「そうなんだ」
瑞葉が顔を上げる。
「おめでとう、叶多君」
「ありがとう」
「書記だったんだね」
「字も綺麗だし、真面目だから向いてそう」
千夏も頷く。
「今日から活動するの?」
「ああ。生徒会は原則、平日の放課後は毎日活動するらしい。今日は初めて仕事を教わることになってる」
「毎日なんだ」
瑞葉が少し驚いたように言う。
「アルバイトもやってるんでしょ?」
「勤務がある日は、仕事の進み具合を見て早めに上がっていいことになってるよ。学校の予定を優先してもらえることにもなってる」
「それならいいけど、無理しないでね」
「ああ。気をつけるよ」
瑞葉は安心したように、小さく頷いた。
「ほかに選ばれた一年生は誰だったの?」
ここあが尋ねる。
「会計が一年B組の鷹取慧吾君。庶務が一年D組の石倉航平君だよ」
「鷹取君なら知ってる」
千夏がすぐに反応した。
「中等部のとき、委員会で何度か一緒になったことがある」
「話したこともあるのか?」
「少しだけね。真面目な人だったと思う」
「鷹取君って、髪を後ろに流してる人だよね?」
ここあも心当たりがあるらしい。
「ああ」
「ちょっと目立つよね。姿勢もいいし」
「石倉君は?」
「昨日初めて会ったよ。まだほとんど話してない」
「先輩たちはどうだった?」
瑞葉が尋ねる。
「天ヶ瀬先輩と如月先輩以外は、昨日が初対面だったんだよね?」
「ああ」
「どんな人たちだったの?」
少し考える。
桜庭先輩は穏やかそうだった。
真壁先輩は強面だったが、話し方は落ち着いていて、石倉君へも丁寧に接していた。
そして、俺の指導役になる榊先輩は――。
「個性的な人たちだったよ」
「随分まとめたね」
ここあがすぐに突っ込む。
「一人ずつ説明すると長くなるからな」
「榊先輩はどうだった?」
千夏が意味ありげに笑いながら尋ねた。
「どうして榊先輩だけ聞くんだ?」
「叶多の指導役なんでしょ?」
「そうだけど」
「それで、実際どうだったの?」
千夏が改めて尋ねる。
「かなり綺麗な人だったよ」
「ほらな」
大輔が得意そうに言った。
「俺が言った通り、超絶美人だっただろ?」
「お前は美人らしいってことしか知らなかっただろ」
「一番大事な情報だ」
「仕事には何の役にも立たないと思うよ」
直樹が冷静に指摘した。
「美人って、それだけ?」
「昨日は自己紹介をしただけだからな」
「榊先輩って、男殺しらしいよ」
ここあが何でもないことのように言った。
「物騒な呼び方だな」
「本当に殺すわけじゃないって。話した男子が、みんな夢中になるって意味」
「そんなにすごいのか?」
大輔が真剣な表情になる。
「一度、話してみたいな」
「自分から話しかければいいじゃん」
「簡単に言うなよ。相手は二年の有名人だぞ?」
「さっきまで一番大事な情報だとか言ってたのに」
「それとこれとは別だ」
「榊先輩は、男子との距離が近いって有名だからね」
千夏が続ける。
「普通に話していても、顔を近づけたり、腕に触れたりするらしいよ」
「いい先輩じゃないか」
大輔が即答した。
「梅原君は単純すぎぃ」
ここあが呆れたように言う。
「男子なら嬉しいだろ」
「相手との関係によるんじゃないかな」
直樹が答える。
「ほら、直樹だって否定してない」
「喜ぶとは言っていないよ」
「槻山君は?」
ここあが突然こちらへ話を振った。
「綺麗な人だとは思うけど、少し距離感が近い人なのかなとは思った」
「苦手なの?」
「まだ一度会っただけだから分からないよ。ただ、親しくないうちから距離を詰められるのは、少し苦手かもしれない」
「へえ。榊先輩を苦手って言う男子、珍しいかも」
ここあは意外そうに目を丸くした。
「この学校の男子なら、女子に触られたら喜ぶ人の方が多いと思うよ」
千夏も言う。
「親しくもない相手から、意味もなく触られるのは苦手なんだ」
「榊先輩みたいな美人でも?」
「美人かどうかは関係ないだろ。まだ一度しか話してないんだから」
「真面目だね」
ここあは面白そうに笑った。
「叶多は少しずれてるからな」
大輔が得意げに言った。
「お前に言われたくないよ」
瑞葉は俺たちの会話を聞きながら、小さく笑った。
「叶多君らしいと思う」
「そうかな」
「うん。相手が女子だからって、何でも喜んだりしなさそうだから」
「僕は、そういうところに好感を持つけどね」
直樹が穏やかに言った。
「相手が女子だからといって、必要以上に態度を変えないところは信頼できると思うよ」
「直樹にそこまで言われると、照れるな」
「本当のことを言っただけだよ」
「俺も叶多のことは信頼してるぞ」
大輔も会話へ加わる。
「勉強を教えてくれるし、飯もうまいからな」
「理由が自分本位すぎるだろ」
「信頼の形は人それぞれだ」
「格好よくまとめようとしても無理っしょ」
ここあに切り捨てられ、大輔は不満そうに生姜焼きを口へ運んだ。
「それより、生徒会が毎日なら、本当に忙しくなるね」
瑞葉が話を戻す。
「ああ。でも、自分で希望して入ったんだからな」
「頑張ってね」
「ありがとう」
「今度、生徒会の話も聞かせて」
「話せることならな」
瑞葉は嬉しそうに頷いた。
その後は、食堂の新しいメニューや、次の試験範囲について話しながら昼食を続けた。
千夏が話題を振り、ここあが遠慮なく突っ込み、大輔が余計なことを言う。
直樹が穏やかにまとめ、瑞葉が楽しそうに笑っている。
これまでは男子三人で昼食を取ることが多かった。
女子三人を加えた六人で囲む食卓は、今までとは違う賑やかさがある。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「そろそろ戻ろうか」
千夏の言葉に、全員が食器や弁当箱を片づけ始める。
「また一緒に食べようね」
瑞葉が俺たちへ言った。
「ああ」
俺が頷くと、瑞葉は嬉しそうに笑った。
女子三人と一緒に昼食を取ることになるとは、入学した頃には想像もしていなかった。
彼女ができたわけではないが、こうして女子とも自然に話せる友人関係を築けたのは、素直にうれしい。
俺は空になった弁当箱を袋へ戻し、みんなと一緒に食堂を出た。