男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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26話 初めての仕事

 放課後。

 

 授業を終えた俺は、生徒会室へ向かった。

 

 扉をノックし、中から返事があるのを待ってから入室する。

 

「失礼します」

 

 生徒会室には、すでに二年生の先輩たちがそろっていた。

 

 天ヶ瀬先輩は長机の正面で書類へ目を通し、如月先輩は隣で行事予定表を確認している。

 

 桜庭先輩は電卓を片手に帳簿を開き、真壁先輩は窓際で備品一覧を整理していた。

 

 榊先輩は自分の席へ座り、何枚かの書類を揃えている。

 

「来たわね、叶多君」

 

 俺に気づくと、榊先輩はゆっくりと微笑んだ。

 

「今日は書記の仕事を教えるわ。こちらへいらっしゃい」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 榊先輩の隣に用意されていた椅子へ腰を下ろす。

 

 ほどなくして鷹取君と石倉君も入室し、決められた席へ着いた。

 

 全員がそろったところで、天ヶ瀬先輩が資料を手に立ち上がる。

 

「一年生には、まず生徒会の基本的な活動について説明する」

 

 配られた資料には、活動日や書類の保管場所、職員室へ提出する際の手順などがまとめられていた。

 

 生徒会の活動は、原則として平日の放課後に行われる。

 

 ただし、仕事の進み具合や部活動、アルバイトなどの事情がある場合は、担当の先輩へ相談した上で早退や欠席も認められていた。

 

 試験一週間前からは活動を縮小し、緊急性のない仕事は行わない。

 

「生徒会活動を理由に、学業を疎かにすることは認めない」

 

 天ヶ瀬先輩が俺たち三人を見渡した。

 

「自分の予定と抱えている仕事は、各自で管理しろ。難しいと判断した場合は、早めに相談するように」

 

「はい」

 

 三人で返事をする。

 

「欠席や早退の連絡は、前日までに担当者へ伝えること。ただし、体調不良などの場合はその限りではない」

 

 説明は簡潔だったが、必要なことはきちんとまとめられていた。

 

 天ヶ瀬先輩らしい進め方だと思う。

 

「基本的な説明は以上だ。ここからは、担当ごとに仕事を教えてもらえ」

 

 鷹取君は桜庭先輩の隣へ移動し、会計資料を受け取った。

 

「今日はぁ、帳簿の付け方から確認しましょうかぁ」

 

「分かりました。すぐに覚えます」

 

「頼もしいですねぇ。でもぉ、急がなくても大丈夫ですよぉ」

 

「急いでいるわけではありません。覚えるのに時間はかからないと思っただけです」

 

「自信があるんですねぇ」

 

「根拠のない自信ではありません」

 

 桜庭先輩は、楽しそうに目を細めた。

 

 反対側では、石倉君が真壁先輩から備品一覧を受け取っている。

 

「まずは、一覧と実際の数が合っているか確認する」

 

「分かりました」

 

「足りない物や壊れている物があれば、勝手に補充せず俺に伝えろ。それと、気になる物があっても、今の仕事を途中で放り出すな」

 

「はい」

 

 強面の見た目に反して、真壁先輩の説明は丁寧だった。

 

 石倉君の性格を把握した上で、注意する順番まで考えているように見える。

 

「叶多君」

 

 榊先輩に呼ばれ、そちらへ向き直る。

 

「こちらが、前回の生徒会会議で使われた記録よ」

 

 机の上へ二種類の書類が並べられた。

 

 一方には、会議中に交わされた発言や意見が細かく書き残されている。

 

 もう一方は、それを整理して作られた議事録だった。

 

「書記の仕事は、話されたことをすべて書き写すことではないわ」

 

 榊先輩が議事録の上へ指先を置く。

 

「何が決まったのか。何が保留になったのか。誰が、いつまでに、何をするのか。それを誰が読んでも分かるようにまとめるの」

 

「発言の順番ではなく、内容ごとに整理するんですね」

 

「ええ。余計な部分を削っても、必要な情報まで落としてはいけないわ」

 

 榊先輩の説明は分かりやすく、口調も真剣だった。

 

「こちらが会議中の記録で、こっちが完成した議事録よ。まずは見比べてみてちょうだい」

 

「分かりました」

 

 二つの書類へ目を通す。

 

 会議中の記録には、同じ内容の意見が何度も書かれていた。

 

 完成した議事録では、それらが一つにまとめられ、決定事項や担当者が見つけやすいように整理されている。

 

「文章を短くすることより、必要な情報を見つけやすくすることが大事なんですね」

 

「その通りよ」

 

 榊先輩が満足そうに頷いた。

 

「飲み込みが早いのね」

 

「見本が分かりやすかったので」

 

「それでも、最初からそこまで理解できる子は多くないわ」

 

「ありがとうございます」

 

「それだけ分かっているなら、実際に一つ作ってみましょうか」

 

 渡されたのは、来月行われる校内清掃活動についての会議記録だった。

 

 実施日。

 

 学年ごとの担当区域。

 

 必要な道具。

 

 各委員会への連絡期限。

 

 会議中の発言を読みながら、項目ごとに内容を整理していく。

 

 誰が発言したかより、何が決まったかを優先する。

 

 曖昧な部分は無理にまとめず、保留事項として分けた。

 

 しばらくして、一通り書き終える。

 

「できました」

 

「見せてちょうだい」

 

 榊先輩へ用紙を渡す。

 

 整った文字を目で追いながら、時折小さく頷いていた。

 

「本当に綺麗な字を書くのね」

 

「ありがとうございます」

 

「応募用紙の字も綺麗だったと聞いていたけれど、これなら書記に選ばれるのも納得だわ」

 

 選考を担当した誰かから聞いたのだろう。

 

 榊先輩は内容を最後まで確認し、用紙を机へ戻した。

 

「初めてにしては悪くないわ。ただ、ここは少し長いわね」

 

 一つの項目を指先で示す。

 

「この二文は、一つにまとめられるでしょう?」

 

「確かにそうですね」

 

「それから、担当者の名前は先に書いた方が見つけやすいわ」

 

「直します」

 

「素直なのね」

 

「直した方が良くなるなら、意地を張る必要はありませんから」

 

「そういうところ、嫌いじゃないわよ」

 

 榊先輩が楽しそうに目を細める。

 

 指摘された部分を書き直そうと、用紙へ視線を落とした。

 

「ほら、ここよ」

 

 榊先輩が俺の肩へ手を置き、そのまますぐ隣から用紙を覗き込んでくる。

 

 近い。

 

 俺は何も言わず、用紙が見やすいようにするふりをして、椅子をわずかに横へずらした。

 

 肩に置かれていた手が離れる。

 

「この言葉を先に持ってくれば、もっと短くできるわ」

 

「分かりました」

 

 榊先輩は説明を続けながらも、一瞬だけ俺の顔を見た。

 

 今の動きに気づいたらしい。

 

 けれど、何も言わずに微笑んでいる。

 

 その笑みが先ほどより楽しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

 

「では、直してみてちょうだい」

 

「はい」

 

 担当者の名前を先に置き、二つに分かれていた文章を一文へまとめる。

 

 内容を削りすぎないよう注意しながら、ほかの項目も読み直した。

 

「できました」

 

「見せて」

 

 用紙を渡すと、榊先輩は最初から順番に目を通した。

 

「さっきより、ずっと読みやすくなったわ。指摘した部分以外も直したのね」

 

「同じように長くなっているところがあったので」

 

「一つ教えれば、ほかにも応用できるのね」

 

 榊先輩は用紙を机へ置いた。

 

「これなら、次はもう少し長い会議記録を使ってもよさそうね」

 

 近くから電卓を叩く音が聞こえた。

 

「ここはぁ、支出した金額だけではなくてぇ、確認した日付も記入してくださいねぇ」

 

「入力履歴に残るのでは?」

 

「残りますよぉ。でもぉ、紙の帳簿だけを見る先生もいますからねぇ」

 

 鷹取君は資料と帳簿を見比べ、少し考えてから頷いた。

 

「なるほど。確かに必要ですね。修正します」

 

「素直で助かりますぅ」

 

「まあ、間違いを認められない方が、よほど愚かでしょう」

 

「ふふ。頼もしいですねぇ」

 

 鷹取君は平静を装っているようだったが、わずかに口元が緩んでいた。

 

 桜庭先輩に褒められたことが、思った以上に嬉しかったらしい。

 

 反対側では、石倉君が棚の上に置かれた段ボールへ手を伸ばそうとしていた。

 

「真壁先輩、あれも片づけておきましょうか?」

 

「今はいい。先に一覧の確認を終わらせろ」

 

「でも、少し邪魔になっているような……」

 

「目についた物へ次々手を出していたら、どれも終わらなくなる」

 

「……分かりました」

 

「気づけるのは長所だ。順番を間違えなければな」

 

「はい」

 

 真壁先輩は、石倉君の長所を否定せずに仕事の進め方を教えている。

 

 見た目は近寄りがたいが、随分と面倒見のいい人らしい。

 

「槻山」

 

 名前を呼ばれ、顔を上げた。

 

 天ヶ瀬先輩が、俺の作った議事録を手に取っている。

 

「これは君がまとめたものか?」

 

「はい。榊先輩に教わりながら作りました」

 

 天ヶ瀬先輩は用紙へ視線を走らせ、最後まで確認してから顔を上げた。

 

「よくまとまっている。初めて作ったものとは思えないな」

 

「ありがとうございます」

 

「決定事項と保留事項が分けられ、担当者や期限も見つけやすい。このままで問題ない」

 

「はい」

 

「書記の仕事には向いているようだな。これからも頼りにしている」

 

「ありがとうございます。頑張ります」

 

 返された用紙を受け取る。

 

 入学式で姿を見て以来、ずっと気になっていた人から、仕事を評価された。

 

 自然と頬が緩みそうになる。

 

「……何だ」

 

 見つめすぎていたのか、天ヶ瀬先輩が怪訝そうに眉を寄せた。

 

「いえ。天ヶ瀬先輩に褒めていただけて、嬉しかっただけです」

 

「そうか」

 

 天ヶ瀬先輩は短く答えた。

 

 それから何かを言おうとしたように唇を開く。

 

「それと……」

 

「はい」

 

「……いや、何でもない」

 

 天ヶ瀬先輩は視線を外し、手元の書類へ戻した。

 

 仕事については迷いなく話せるのに、それ以外のことになると、少し言葉に詰まるらしい。

 

「がっせー」

 

 隣に座っていた如月先輩が、楽しそうに声をかける。

 

「何だ」

 

「せっかくなんだから、もう少し話せばいいのに」

 

「必要なことは話した」

 

「仕事の話しかしてないだろ?」

 

「今は生徒会活動中だ」

 

「そういうところだよ」

 

 如月先輩は苦笑している。

 

 天ヶ瀬先輩は反論せず、書類を一枚めくった。

 

 表情は普段と変わらない。

 

 ただ、耳がほんの少し赤くなっているように見えた。

 

「叶多君」

 

 隣から声をかけられ、榊先輩へ顔を向ける。

 

 榊先輩は頬杖をつきながら、こちらを見ていた。

 

「美紘に褒められたのが、そんなに嬉しかったの?」

 

「正直、かなり嬉しいです」

 

 変に取り繕うより、その気持ちは正直に伝えた方がいいだろう。

 

「あら。随分素直なのね」

 

「尊敬している先輩に評価されたら、普通は嬉しいと思います」

 

「尊敬、ね」

 

 榊先輩はゆっくりと天ヶ瀬先輩へ視線を移した。

 

「相変わらず、何もしなくても人から好かれるのね」

 

 先ほどまでの柔らかな声に、わずかな冷たさが混じる。

 

 天ヶ瀬先輩が顔を上げた。

 

「榊。指導が終わったなら、次の作業に移れ」

 

「あら。何も言い返さないの?」

 

「今は生徒会活動中だ」

 

 天ヶ瀬先輩はそれだけ答えると、再び手元の書類へ視線を戻した。

 

「お嬢」

 

 真壁先輩が備品一覧から目を上げる。

 

「その辺にしておいてください」

 

「……分かったわよ」

 

 榊先輩は不満そうに答えたものの、それ以上何かを言うことはなかった。

 

 天ヶ瀬先輩も何事もなかったように、書類へ視線を戻している。

 

 二人とも声を荒らげてはいない。

 

 それでも、単なる意見の食い違いではないことだけは分かった。

 

「叶多君」

 

 榊先輩が俺の作った議事録を指先で軽く叩く。

 

「会長のお墨付きももらえたことだし、今日はここまででいいわ。残りの時間は、過去の議事録に目を通しておいてちょうだい」

 

「分かりました」

 

 榊先輩から受け取ったファイルを開く。

 

 行事ごとに議事録が整理され、見出しや書式も統一されていた。

 

 作成者の欄には、榊先輩の名前が並んでいる。

 

 同じ書式を使っていても、議題によって項目の順番やまとめ方は少しずつ異なっていた。

 

「何か分からないところはある?」

 

 視線に気づいた榊先輩が尋ねる。

 

「行事によって、項目の並べ方が違うんですね」

 

「ええ。決まった書式に当てはめるだけでは、かえって分かりにくくなることもあるわ」

 

「読む人が確認しやすい順番に変えているんですか?」

 

「その通りよ。決定事項を先に置く場合もあれば、日程や担当者を先に示した方がいい場合もあるの」

 

「内容に合わせて変える必要があるんですね」

 

「最初から完璧に判断する必要はないわ。迷ったら、過去の似た議事録を探して参考にしなさい」

 

「分かりました」

 

 俺は再びファイルへ視線を戻した。

 

 同じ内容でも、書き方一つで読みやすさは大きく変わる。

 

 文章を短くするだけではなく、項目の順番や見出しの付け方も重要らしい。

 

 その後は目立った問題もなく、それぞれの作業を続けた。

 

 窓の外が夕方の色へ変わった頃、天ヶ瀬先輩が顔を上げる。

 

「今日はここまでにする」

 

 全員が手を止めた。

 

「一年生は初日だからな。使用した資料を元の場所へ戻したら、帰って構わない」

 

「はい」

 

 ファイルを棚へ戻し、机の上を片づける。

 

 初めての仕事だったが、書記の役割そのものは自分に向いているように思えた。

 

 榊先輩の教え方も分かりやすい。

 

 少し接しづらいところを除けば、指導役として不満はなかった。

 

「お疲れさまでした」

 

 鞄を手に取り、先輩たちへ頭を下げる。

 

「お疲れさま、叶多君」

 

 榊先輩が柔らかな笑みを浮かべた。

 

「明日も、今日と同じ席へ来てちょうだい」

 

「分かりました」

 

「次はもう少し、私と仲良くしてくれると嬉しいわ」

 

「仕事に支障が出ない範囲なら」

 

 榊先輩は一瞬だけ黙り、それから楽しそうに目を細めた。

 

「本当に、可愛げがないのね」

 

 そう言いながらも、榊先輩はどこか楽しそうだった。

 

 本気で不満なのか、こちらの反応を面白がっているだけなのか、やはり判断しづらい人だ。

 

 俺は小さく息を吐き、生徒会室をあとにした。

 

 初めての生徒会活動は、思っていた以上に順調だった。

 

 ただ、俺の指導役とは、仕事以外の部分で少し苦労することになりそうだった。

 

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