予鈴が鳴る。
教室のざわめきが、少しずつ小さくなっていく。
千夏も前を向き、俺も姿勢を正した。
廊下の方から足音が近づいてくる。
担任だろうか。
そう思った直後、教室の引き戸が開いた。
入ってきたのは、ジャージ姿の中学生くらい少女だった。
首にはホイッスル。
紺色のジャージを羽織り、その下には少しだぼっとした白いTシャツを着ている。
襟元がずれてブラ紐が見えている。
髪は高い位置でまとめられていて、動きやすさを優先した格好だった。
たぶん、140センチぐらいかな。
その少女が教卓の前に立つ
「はい、注目」
短い一言。
それだけで、教室の空気が少し引き締まる。
高い声が良く通る。
「今日から1年A組の担任になります。
……先生だったのか。
俺だけではなく、教室のあちこちで同じような空気が流れた。
驚き。
戸惑い。
そして、少しのざわめき。
無理もない。
見た目だけなら、どう見ても上級生どころか中等部の生徒にも見える。
それでいて、本人は教卓の前に立って当然という顔をしていた。
「はいはい、ざわざわしない。驚くのは分かるけど、私はちゃんと教師です。早めに慣れてください」
さらりとそう言って、花城先生は名簿を開いた。
見た目について向けられる反応には、もう慣れているのだろう。
必要以上に気にした様子はない。
むしろ、生徒たちの戸惑いを受け流して、すぐに場を進める余裕があった。
「今日はこのあと入学式があります。細かい説明は式が終わってから。まずは出席を取るので、呼ばれたら返事をしてください」
小柄で童顔。
声まで子供っぽい。
けれど、仕切り方は完全に教師のそれだった。
花城先生は名簿に視線を落とし、テンポよく名前を呼び始めた。
出席番号順に名前が呼ばれていく。
出席番号順に名前が呼ばれていく。
これから同じ教室で過ごす男子たち。
彼女を作るという意味では、全員がライバルになり得る相手だ。
「
「うぃーっす」
気の抜けた返事が聞こえた。
思わずそちらを見る。
襟足を長めに残したウルフカット。
ネクタイは緩く、制服もかなり着崩している。
軽薄そうというか、かなりチャラい。
花城先生は返事の仕方を気にした様子もなく、そのまま次の名前を呼ぶ。
ずいぶんと適当な先生なのかもしれない。
そして入学初日から目立つやつだな。
少なくとも、名前と顔はすぐに覚えた。
「
「はい」
落ち着いた声が返った。
肩の下まで伸びた艶のある髪。
目鼻立ちの整った、誰が見ても美人と答えそうな女子だった。
姿勢もよく、制服の着こなしにも隙がない。
男子たちの視線が集まっているが、本人は気にした様子もなかった。
注目されることに慣れているのだろう。
「
「……はい」
消え入りそうな声だった。
艶のある黒髪は胸元まで伸び、頬の横だけが綺麗に切り揃えられている。
重めの前髪と姫カットが、端正な顔立ちによく似合っていた。
かなりの美少女だと思う。
ただ、本人は周囲の視線が怖いのか、胸元のリボンを握って小さく俯いている。
人前に出るのが苦手そうだ。
「
「はい!」
教室の後ろまで届く、はっきりした返事だった。
短く切り揃えられた髪に、健康的に日焼けした肌。
女子としては背が高く、制服越しでも分かるほど体が引き締まっている。
見るからに運動部といった雰囲気だ。
男子から視線を向けられても、特に気にせず正面を見ていた。
その後、俺の名前が呼ばれる。
「
「はい」
短く返事をする。
その直後、いくつかの視線がこちらへ向いた。
男子だけではない。
女子の何人かも、俺の顔を確かめるように見ている。
容姿に関しては、前世より恵まれている自覚がある。
これは多分大きな武器になるだろう。
今世の自分が恵まれていると、改めて実感した。
俺は気にしないふりをして前を向いた。
その後も名前が呼ばれていく。
花城先生は名簿に印をつけると、そのまま次へ進んだ。
「
「はぁーい」
間延びした返事とともに、気だるそうに手が上がった。
金髪を高い位置でまとめた、ツインテールハーフアップ。
メイクや制服の着こなしは華やかで、千夏と同じくギャルと呼ぶのが一番近そうだ。
ただ、明るく活発な千夏とは雰囲気が違う。
可愛らしい顔立ちをしているが、目元は眠たげで、どこか気の抜けた表情を浮かべている。
周囲から視線を向けられても特に気にせず、手を下ろすと小さく欠伸を噛み殺していた。
見た目に反して、かなりのんびりした性格らしい。
「
「はい」
柔らかな声だった。
艶のある黒髪を顎のあたりで切り揃えた、前髪のないボブヘア。
片側の髪を耳にかけた、落ち着いた髪型をしている。
派手な格好をしているわけではない。
制服も丁寧に着ているだけだ。
それでも、穏やかな目元と整った顔立ちには、自然と目を引かれるものがあった。
先ほどまでの女子たちとはまた違う、柔らかな雰囲気をまとっている。
「
「はーい」
隣から軽い返事が聞こえた。
「
「え、あ、はい」
一拍遅れて返事が聞こえた。
長い前髪が目元を完全に覆っている。
髪にも制服にも飾り気はなく、少し背中を丸めて座っていた。
話し始めに詰まる癖があるらしい。
だが、声が極端に小さいわけでもなく、返事自体はしっかりしている。
机の横から覗いている鞄には、アニメらしきキャラクターの小さなストラップがたくさんついていた。
「
「はい」
明るく柔らかな返事だった。
かなり大柄な女子だ。
横にも縦にも存在感があり、教室にいる女子の中でもひときわ目立っている。
ぽっちゃりというより、デ……いや失礼か。
かなり――いや、かなーりふくよかだ。
だが、丸みのある顔に浮かべた笑顔は親しみやすい。
近くに座っている男子と目が合うと、ゆりのはにこりと笑った。
相手の男子も、嬉しそうに笑い返している。
見た目だけなら好みが分かれそうだが、人当たりはかなり良さそうだ。
周囲の男子の反応を見る限り、意外にも人気があるらしい。
いや、あの笑顔を見れば、人気があるのも分からなくはない。
その後も出席確認は続く。
「
「はい」
爽やかな声が返った。
何気なくそちらへ視線を向ける。
柔らかな茶色の髪を、自然なセンターパートに分けている。
端正な顔立ち。
すらりとした長身。
制服もきちんと着こなしているが、堅苦しい印象はない。
口元には人当たりのよさそうな笑みが浮かんでいた。
間違いない。
こいつがこのクラスで一番のイケメンだ。
いや、もしかしたら学年で一番かもしれない。
教室にいる女子たちも、何人か直樹へ視線を向けている。
まずい。
非常にまずい。
ただでさえ女子が少ないというのに、同じクラスにこんな男がいるとは。
俺は入学初日から、静かに戦慄した。
彼女を作るという意味では、間違いなく最大のライバルになる。
もっとも、本人はそんな俺の警戒など知る由もなく、爽やかな顔で前を向いていた。
やがて最後の名前が呼ばれ、花城先生は名簿を閉じた。
「はい、全員いますね。1年A組は36人。男子28人、女子8人です」
女子8人。
数字として聞くと、改めて多さを実感する。
しかも、全員がそれぞれ違った意味で目を引く女子ばかりだった。
「それでは、これから入学式へ向かいます。出席番号順に廊下へ並んでください」
花城先生が名簿を閉じる。
その言葉を合図に、クラスメイトたちが一斉に立ち上がった。
椅子を引く音と話し声で、教室が再び騒がしくなる。
「いよいよ入学式だね」
隣で千夏が立ち上がりながら言った。
「そうだな。ようやく高校生になった実感が湧きそうだ」
「もう入学してるけどね」
「式が終わるまでは、まだ仮ということで」
「あはは、何それ」
千夏は楽しそうに笑い、そのまま列へ加わっていく。
俺も席を立った。
個性的な女子たち。
明らかに目立つ男子たち。
それに、見た目も声も子供のような担任教師。
どうやら1年A組は、退屈とは無縁のクラスになりそうだ。
これから始まる高校生活に、少しだけ胸が高鳴る。
俺はクラスメイトたちに続き、教室を後にした。