男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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30話 みはるとアニメトーク

「歌う」

 

 部屋に入って席に着くなり、七瀬さんはそう言ってリモコンへ手を伸ばした。

 

 ついさっきまで試験の疲れを引きずっていたはずなのに、そこだけは動きが早い。

 

「ここあ、早っ」

 

「カラオケだから」

 

 千夏の言葉に、七瀬さんは気だるげな口調のまま答える。

 

 大部屋の中央に置かれたテーブルを囲むように、俺たちはそれぞれソファへ腰を下ろしていた。

 

 男子三人に、女子八人。

 

 改めて見ると、なかなかすごい人数だ。

 

「一曲目、ここあでいいよね?」

 

「いいよー」

 

「七瀬さん、カラオケが好きなんだっけ」

 

 瑞葉がそう言うと、七瀬さんは小さく頷いた。

 

「うん。好きぃ」

 

 そう答えた時には、七瀬さんはもう曲を選び終えていた。

 

 前奏が流れ始める。

 

 普段の気だるげな雰囲気はそのままだが、マイクを持つ手つきだけは妙に慣れている。

 

「お、始まった」

 

「ここあ、頑張れー」

 

 千夏が軽く手を振る。

 

 七瀬さんは片手を少しだけ上げた。

 

「……いぇーい」

 

 声はいつも通り落ち着いている。

 

 けれど、その顔は少しだけ満足そうだった。

 

 歌が始まると、部屋の空気が一気に変わった。

 

 試験が終わったという解放感もあるのだろう。

 

 千夏は手拍子を入れ、大輔もそれに合わせる。

 

 瑞葉は楽しそうに画面を見ていて、明日香も自然にリズムを取っていた。

 

 神崎さんは落ち着いた様子で聞いている。

 

 本田さんは白石さんの隣に座り、時々何かを小声で話していた。

 

 姫岡さんは、少し離れた場所で前髪に隠れた顔を画面へ向けている。

 

 こうして見ると、同じクラスでも普段とは違う表情が見えてくる。

 

 七瀬さんの歌が終わると、自然と拍手が起きた。

 

「さっすが、歌うまい」

 

 千夏が得意げに笑う。

 

「まあ、趣味だから」

 

 七瀬さんは淡々と答えた。

 

 そのまま当然のように次の曲を入れようとするので、千夏が慌てて止めた。

 

「待って待って。さすがに順番回そ」

 

「……分かった」

 

 少しだけ残念そうだった。

 

「じゃあ次、千夏の番」

 

「え、私?」

 

「止めた責任、取れよー」

 

「何その理屈」

 

 千夏は笑いながらリモコンを受け取った。

 

 その間に、俺は空のグラスが置かれたテーブルへ目を向ける。

 

「飲み物、取ってくるけどいる人いる?」

 

「あ、俺も行くわ。人数多いし」

 

 大輔が立ち上がる。

 

「じゃあ僕も行くよ」

 

 続いて直樹も立った。

 

 すると、本田さんもゆっくり腰を上げる。

 

「じゃあ、私も行くね」

 

「白石さん、何飲む?」

 

「えっと……オレンジジュースで」

 

「うん」

 

 本田さんは柔らかく笑う。

 

 そのやり取りを見ていると、白石さんの表情が少しだけ緩んだ気がした。

 

 瑞葉と神崎さんはアイスティー、千夏と高瀬さんは烏龍茶、七瀬さんはメロンソーダ。

 

 最後に、少し離れた場所に座っている姫岡さんへ声をかける。

 

「姫岡さんは?」

 

「えっ……」

 

 姫岡さんは一瞬肩を揺らした。

 

「あ、えっと……メロンソーダ……」

 

「分かった」

 

「……ありがとう」

 

 小さな声だったが、ちゃんと聞こえた。

 

 俺たちはそれぞれ注文を覚えて、部屋を出た。

 

 廊下へ出ると、室内よりも少しだけ音が遠くなる。

 

 別の部屋からも歌声が漏れていて、試験明けの放課後らしい賑やかさがあった。

 

「いやー、すごいな」

 

 大輔がコップを取りながら言う。

 

「何が?」

 

「女子八人全員とカラオケって」

 

「まあ、普通はなかなかないよな」

 

 女子とどこかへ遊びに行く。

 

 この世界の男子にとって、それは十分すぎるほど大きな出来事だ。

 

「一か月前の俺に言っても絶対信じないぞ」

 

 大輔は本気で感慨深そうだった。

 

「しかも試験終わりだしな。最高だろ」

 

「浮かれすぎて変なこと言うなよ」

 

「分かってるって」

 

 そう言いながらも、大輔の顔はかなり緩んでいる。

 

 直樹は苦笑しながら、飲み物を注いでいた。

 

「でも、こういう機会は悪くないと思うよ。普段あまり話せない人とも話せるし」

 

「直樹らしいな」

 

「そうかな」

 

「そうだろ」

 

 本田さんはオレンジジュースを注ぎながら、穏やかに笑った。

 

「白石さんも、来てよかったって思えるといいな」

 

「本田さん、白石さんのことよく見てるよな」

 

「白石さん、少し緊張してるみたいだったから」

 

 周りをよく見ていて、気遣い方も自然だ。

 

 本田さんには、そういうところがある。

 

 飲み物を一通り用意して部屋へ戻ると、千夏はもう歌い始めていた。

 

 マイクを片手に、画面の歌詞を追いながら楽しそうに声を乗せている。

 

「あ、来た来た」

 

「飲み物置くぞ」

 

「ありがと、叶多君」

 

 瑞葉にアイスティーを渡す。

 

 大輔と直樹もそれぞれ飲み物を配っていく。

 

 本田さんは白石さんの隣へ戻り、オレンジジュースをそっと渡した。

 

「ありがとう……」

 

「どういたしまして」

 

 白石さんは両手でグラスを持ち、少しだけ安心したように息をついた。

 

 俺は最後に、姫岡さんの前へメロンソーダを置いた。

 

「姫岡さん、これ」

 

「あ……ありがとう」

 

「メロンソーダだったよな」

 

「う、うん……」

 

 そのまま空いていた隣の席へ腰を下ろす。

 

 千夏の歌が終わり、部屋に拍手が広がった。

 

「次、瑞葉じゃない?」

 

「あ、うん。じゃあ……これにしようかな」

 

 瑞葉が少し迷ってから曲を選ぶ。

 

 画面に表示されたのは、少し前に話題になったアニメ映画の主題歌だった。

 

 隣の姫岡さんが、ほんの少しだけ顔を上げる。

 

「姫岡さん、この映画見たことある?」

 

「えっ……う、うん……」

 

「俺も見たよ。映像が綺麗だったよな」

 

「そ、そう……。背景とか、すごく良かった……」

 

 そこまで言ってから、姫岡さんは少しだけ言葉を探す。

 

「アニメ……好きなの?」

 

「詳しい方じゃないけど、見ることはあるよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 そこで、自己紹介の時に聞いた作品名を思い出した。

 

「そういえば、姫岡さんって『紫電のレガリア』が好きだったよな」

 

「……え?」

 

 姫岡さんの声が、さっきよりもはっきり聞こえた。

 

「お、覚えてたの……?」

 

「自己紹介の時に言ってただろ」

 

「そ、そうだけど……」

 

 姫岡さんはグラスを持ったまま、少しだけ俯いた。

 

「覚えてる人、あんまりいないと思ってた……」

 

「そう?」

 

「うん……私、声も小さかったし……」

 

 確かに、自己紹介の時の姫岡さんはかなり緊張していた。

 

 けれど、好きな作品の名前だけは覚えていた。

 

 『紫電のレガリア』。

 

 長く続いているロボットアニメ『レガリア』シリーズの中では一番新しい作品だ。

 

 俺もシリーズ作品をいくつか見たことがある。

 

「俺もレガリアは少し見たよ。子供の頃、再放送もやってたし」

 

「ほ、本当?」

 

 姫岡さんの反応が明らかに変わった。

 

 前髪で目は見えない。

 

 それでも、こちらへ意識が向いたのは分かる。

 

「全部じゃないけど。初代の『機甲のレガリア』と比較的新しい、『黄昏のレガリア』、『星冠のレガリア』くらいかな」

 

「そ、そこまで見てるなら、十分だと思う……」

 

「そうなのか?」

 

「うん……」

 

 姫岡さんは小さく頷いた。

 

「レガリアシリーズって……長いから……」

 

「確かに長いな」

 

「全部見てる人の方が……少ないと思う……」

 

 言われてみれば、その通りかもしれない。

 

 三十年以上続いているシリーズだ。

 

 俺も再放送や配信で見た作品がほとんどだった。

 

「姫岡さんは、どの作品が一番好きなんだ?」

 

「えっ……」

 

 突然話を振られたのが意外だったのか、姫岡さんは少し固まった。

 

 だが、数秒迷ったあとで小さく口を開く。

 

「『紫電のレガリア』もいいけど……私は『機甲のレガリア』が好き」

 

「初代か」

 

「うん……」

 

 さっきまでよりも、少しだけ声がはっきりしていた。

 

「私は……主人公機のLF-52 Regalia Vanguard(レガリア・ヴァンガード)が好き……」

 

「あれ、かっこいいよな」

 

「うん……」

 

 姫岡さんは嬉しそうに頷く。

 

「後のレガリアの原型になった機体で、未完成なのに実戦投入されて……それでも最後まで戦い抜くところが好き……」

 

 好きな作品の話だからだろう。

 

 普段より言葉が続いている。

 

「本当に好きなんだな」

 

「うん……好き」

 

 少し照れたようにそう答えた。

 

「話を聞いてたら、またレガリアシリーズ見たくなってきたな」

 

「ほ、本当?」

 

「次に見るなら、何がおすすめ?」

 

「……紫電」

 

 姫岡さんは、さっきより少しだけ早く答えた。

 

「『紫電のレガリア』は、面白いと思う」

 

「紫電って、どんな作品?」

 

 姫岡さんは少し考えるように視線を落とした。

 

「量産機の戦いが多い作品かな」

 

「へえ」

 

「主人公機も試験量産機だし、特別な最強機体って感じじゃないの」

 

「初代のレガリアとは雰囲気が違いそうだな」

 

「うん。方向性は結構違うと思う」

 

 姫岡さんは頷く。

 

「主人公のオーバードも、初代の未来視みたいな能力じゃないし」

 

 オーバードというのは、いわゆる特殊能力のことだ。

 

 確か、長い正式名称の頭文字を取ってO.V.E.R.D.だったと思う。

 

「どんな能力なの?」

 

「神経加速型オーバード。通称はニューロアクセル」

 

 その名前を口にした時、姫岡さんの声が少しだけ弾んだ。

 

「神経伝達速度と反射速度を極限まで高める能力で、レガリアの神経接続システムとの相性がすごくいいの」

 

「なるほど」

 

「でも、負担も大きい。強い能力だけど万能じゃないし、使えば使うほど限界も近づく」

 

「ちゃんと弱点もあるんだな」

 

「うん」

 

 姫岡さんは小さく笑った。

 

「だから戦闘に緊張感があるし、主人公が無双するだけじゃないところが好き」

 

 ここまで来ると、最初のぎこちなさはかなり薄れていた。

 

 好きなものの話をしている時の姫岡さんは、思っていたよりずっと話しやすい。

 

「なるほどな」

 

「あと、人間関係もいいの」

 

 姫岡さんは続ける。

 

「仲間との関係とか、ライバルとの関係とか。ちゃんと時間をかけて変わっていくから――」

 

 そこまで話してから、姫岡さんははっとしたように口を閉じた。

 

「あ……ご、ごめん……」

 

 慌てたように視線を落とす。

 

「急に、話しすぎたよね……」

 

「いや、面白かったよ」

 

「……本当?」

 

「本当。姫岡さんが楽しそうに話してたから、聞いていて面白かったよ」

 

「……そ、そう。なら、よかった」

 

 姫岡さんは小さく息を吐いた。

 

 それから、少し迷うようにグラスへ視線を落とす。

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「また……こういう話、してもいい?」

 

 その声は小さかった。

 

 けれど、さっきまでよりも少しだけはっきりしていた。

 

「もちろん。気軽に話しかけてくれていいよ」

 

「……ありがとう」

 

 姫岡さんは小さく頷いた。

 

 前髪で表情は見えない。

 

 けれど、少しだけ嬉しそうに見えた。

 

 ☆

 

 白石玲は、自分のグラスを両手で持ちながら小さく息を吐いた。

 

 楽しくないわけではない。

 

 むしろ楽しい。

 

 カラオケなんて久しぶりだったし、みんなも優しい。

 

 けれど。

 

 人が多い場所は、まだ少し苦手だった。

 

 誰かと話しているだけで緊張する。

 

 ましてや男子も一緒となると、どうしても肩に力が入ってしまう。

 

 視線を上げる。

 

 千夏は明るく笑っている。

 

 ここあは次に歌う曲を探している。

 

 瑞葉も楽しそうだ。

 

 姫岡さんは珍しく誰かと話していた。

 

 槻山君だ。

 

 あんなに楽しそうに話している姫岡さんを見るのは初めてかもしれない。

 

 それを見ているうちに、少しだけ羨ましくなった。

 

 自分も、もっと自然に話せるようになれたらいいのに。

 

 そう思う。

 

 けれど、焦る必要はない。

 

 今日はここへ来られただけでも、少し頑張った方だ。

 

 玲はそう自分へ言い聞かせた。

 

 そして、ゆっくり立ち上がる。

 

「す、少し休憩してきます」

 

 声を掛けると、近くにいた本田ゆりのが顔を上げた。

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

 いつも通りの優しい声だった。

 

 玲は小さく会釈をすると、静かに部屋を出た。

 

 廊下へ出ると、カラオケ店特有の賑やかな音が少しだけ遠くなった。

 

 完全に静かというわけではない。

 

 それでも、部屋の中にいる時よりは落ち着く。

 

 玲は近くのベンチへ腰を下ろした。

 

 少しだけ肩の力が抜ける。

 

 大きく息を吐いた。

 

 さっきまでの部屋を思い出す。

 

 誰かが歌えば拍手が起きて、曲を選ぶだけでも笑い声が上がる。

 

 あの空気が嫌だったわけではない。

 

 ただ、ずっとその中にいるには、玲には少しだけ眩しかった。

 

 自分もあんなふうに自然に笑えたらいい。

 

 そう思うのに、いざ輪の中へ入ると、体が少し固くなる。

 

 特に男子が近くにいると、どうしても返事をする前に考えてしまう。

 

 怖いわけではない。

 

 ただ、慣れていないだけだ。

 

 そんなことを考えていると、部屋の扉が開く音がした。

 

 反射的に顔を上げる。

 

 出てきたのは直樹だった。

 

 手には空になったグラスを持っている。

 

「あ……白石さん」

 

「み、水瀬君……」

 

「ごめん。驚かせた?」

 

「い、いえ……」

 

 直樹は少し離れた位置に腰を下ろした。

 

 隣に詰めて座るわけでもなく、かといって遠すぎるわけでもない。

 

 無理に近づいてこない。

 

 それだけで、玲は少しだけ息をしやすくなった。

 

「休憩?」

 

「は、はい……少しだけ」

 

「そっか」

 

 直樹はそれ以上、理由を聞かなかった。

 

 ただ、穏やかな声で続ける。

 

「今日は人数も多いし、ずっと中にいると少し疲れるよね」

 

「……はい」

 

「休みたい時は休めばいいと思う。誰も気にしないよ」

 

「……はい」

 

 そこで会話は途切れた。

 

 けれど、沈黙は嫌なものではなかった。

 

 水瀬君は何かを聞き出そうとしない。

 

 ただ、同じ場所で静かに休ませてくれる。

 

 それが、玲にはありがたかった。

 

 この人は、優しい人だ。

 

 はっきりした理由があるわけではない。

 

 けれど、玲はそう思った。

 

 少なくとも、今は前よりも緊張していなかった。

 

 しばらくして、玲は小さく息を吐いた。

 

「……そろそろ戻ります」

 

「うん」

 

 直樹は短く頷いた。

 

 それ以上、何も言わない。

 

 その距離感が、玲にはありがたかった。

 

 部屋へ戻ると、本田さんが安心したように笑う。

 

「おかえり」

 

「……ただいま」

 

 玲は小さくそう返して、もう一度ソファへ腰を下ろした。

 

 来た時よりも、少しだけ肩の力が抜けていた。

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