男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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32話 林間学校のしおり

 中間試験が終わり、生徒会活動もいつもの日常へ戻っていた。

 

 放課後。

 

 俺は鞄を肩に掛け、生徒会室へ向かう。

 

 廊下を歩いていると、試験が終わった解放感からか、部活動へ向かう生徒たちの声があちこちから聞こえてきた。

 

 その中を抜け、生徒会室の扉を軽くノックする。

 

「失礼します」

 

「入れ」

 

 中から聞こえてきたのは、聞き慣れた落ち着いた声だった。

 

 扉を開けると、天ヶ瀬先輩はすでに長机の一番奥へ座っている。

 

 副会長の如月先輩、書記の琴姫先輩、会計の桜庭先輩、庶務の真壁先輩も揃っていた。

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ」

 

 天ヶ瀬先輩は短く返事をする。

 

 俺も空いている席へ腰を下ろした。

 

 少し遅れて、一年生補助役員の鷹取と石倉も入ってくる。

 

「失礼します」

 

「揃ったな」

 

 全員が席へ着いたことを確認すると、天ヶ瀬先輩は手元の資料を机へ置いた。

 

「まずは中間試験、ご苦労だった」

 

 その一言で、生徒会室の空気が少しだけ和らぐ。

 

「中間試験の結果についてだが」

 

 天ヶ瀬先輩は全員を見渡した。

 

「試験期間中も、それぞれよく努力したようだな」

 

 そう言って、視線がこちらへ向く。

 

「槻山」

 

「はい」

 

「学年8位だったそうだな」

 

「……はい」

 

「よくやったな」

 

「ありがとうございます」

 

 天ヶ瀬先輩は、そこで少しだけ表情を和らげた。

 

「書記としての仕事ぶりも悪くない。これからも頼りにしている」

 

「……ありがとうございます」

 

 素直に嬉しかった。

 

 天ヶ瀬先輩に仕事ぶりを認められた。

 

 その一言だけで、これまで頑張ってきてよかったと思えた。

 

 天ヶ瀬先輩は小さく頷き、今度は鷹取へ視線を移す。

 

「鷹取」

 

「はい」

 

「学年29位だったな」

 

「ええ。正直、まだ満足はしていません」

 

 鷹取は迷いなく答えた。

 

「来年はA組へ上がるつもりです」

 

 一年生のクラス分けは、男子は成績順だ。

 

 A組へ入るには、さらに順位を上げる必要がある。

 

 天ヶ瀬先輩はその言葉を聞き、静かに頷いた。

 

「目標が高いのは結構なことだ」

 

 鷹取は真っ直ぐ天ヶ瀬先輩を見返す。

 

「結果で示します」

 

「期待している」

 

「はい」

 

 短いやり取りだったが、鷹取はどこか満足そうだった。

 

 続いて、天ヶ瀬先輩の視線は石倉へ向く。

 

「石倉」

 

「は、はい」

 

「中間試験はどうだった?」

 

「えっと……平均より少し上くらいでした」

 

「そうか」

 

 天ヶ瀬先輩は小さく頷いた。

 

「悪くない。だが、そこで満足せず上を目指していけ」

 

「はい!」

 

「庶務としての動きも評価している。その調子で続けてくれ」

 

「ありがとうございます」

 

「それでは、今日の議題だ」

 

 天ヶ瀬先輩はそう言って、机の上に重ねていた資料を手に取った。

 

 人数分に分けられた冊子が、順番に配られていく。

 

 俺の前にも、数枚の紙をまとめたしおりが置かれた。

 

 表紙には、

 

景星(けいせい)三十一年度 第一学年林間学校 しおり(案)』

 

 と印字されている。

 

「六月下旬に実施される、第一学年合同林間学校のしおりだ」

 

 俺は表紙をめくり、中身へ目を通す。

 

 二泊三日。

 

 行き先は、山間部にある青少年自然の家。

 

 初日はバスで施設へ向かい、開所式と昼食を終えたあと、班ごとにハイキングを行う。夜には天体観測も予定されていた。

 

 二日目はペアでのオリエンテーリング、水域調査、飯ごう炊さん、キャンプファイヤー。

 

 三日目は部屋の清掃や活動の振り返りを行い、閉所式を終えて学園へ戻る。

 

 思っていたよりも、かなり予定が詰まっている。

 

「日程やバスの時刻、宿泊施設、部屋割り、活動時間については、担当教員が作成している」

 

 天ヶ瀬先輩は自分の前に置いた資料へ手を添えた。

 

「安全管理、緊急連絡先、禁止事項についても、すでに教員側で確認されている」

 

「では、生徒会は何を担当するんでしょうか」

 

 石倉が尋ねる。

 

「提出された原稿を、生徒へ配布できる状態に仕上げる」

 

 天ヶ瀬先輩はそう答え、一枚ページをめくった。

 

「表紙、目次、ページの配置、文章の読みやすさ、誤字脱字、表記の統一。持ち物やレクリエーションの説明についても、生徒の目線から不足がないか確認する」

 

「先生方が骨組みを作って、私たちが仕上げるということね」

 

 如月先輩が、資料を眺めながら言った。

 

「内容が正しくても、必要な情報が見つけにくかったら困るからね」

 

「そうね。しおりは、ただ情報を詰め込めばよいものではないもの」

 

 琴姫先輩が続ける。

 

「読む側が迷わず理解できる形に整える必要があるわ」

 

「その通りだ」

 

 天ヶ瀬先輩は、役割分担の書かれた紙を机の中央へ置いた。

 

「担当を説明する」

 

 全員の視線が集まる。

 

「榊は文章全体を確認してくれ。意味の伝わりにくい表現や、説明の不足している箇所を洗い出してくれ」

 

「承知したわ」

 

 琴姫先輩は資料へ視線を落とした。

 

「槻山は、榊の補助として校正を担当してほしい。誤字脱字、送り仮名、句読点、表記の揺れを確認しろ」

 

「はい」

 

「叶多君」

 

 琴姫先輩が俺へ顔を向けた。

 

「簡単そうに聞こえるけれど、誤字を探すだけの仕事ではないわ。同じ意味の言葉が違う表現で書かれていないか、文章同士に矛盾がないか見る必要があるの」

 

「分かりました」

 

「ふふ、良い返事ね。期待しているわ」

 

 その笑みが本当に期待から来るものなのか、それとも俺の反応を見て楽しんでいるのかは分からない。

 

「桜庭は、費用と提出物の確認を頼む」

 

「はい。金額や提出期限に間違いがないか、確認しておきますねぇ」

 

 桜庭先輩が、いつものゆったりとした口調で答える。

 

「鷹取は、時間と数字だ。集合時刻、出発時刻、活動時間、部屋番号まで、すべて照合してくれ」

 

「分かりました」

 

 鷹取は返事をすると、すぐに日程表を開いた。

 

「石倉は持ち物と配布物を確認しろ。一年生として見たときに、分かりにくい部分や足りないものがないか挙げてほしい」

 

「はい!」

 

「真壁は、石倉の確認と備品関係を担当してくれ。施設から借りるものと、学園から持ち込むものが混在している」

 

「了解です、ボス」

 

 壁際の席に座っていた真壁先輩が、咥えていた棒付きキャンディをわずかに動かした。

 

 強面で体格がよく、黙って座っているだけでも妙な迫力がある。

 

「如月には、全体のバランスを任せる。文字の大きさや余白、ページの順番まで含めて確認してほしい」

 

「了解。表紙も私が考えていいのかな?」

 

「ああ。頼む」

 

 如月先輩は表紙を眺めながら、少し考えるように顎へ手を添えた。

 

「山と木だけだと地味だし、バスかキャンプファイヤーも入れてみようかな」

 

「表紙ばかり目立たせないでちょうだいね」

 

 琴姫先輩が、如月先輩へ意味ありげな笑みを向ける。

 

「如月さんなら、見栄えのする表紙にしてくれそうね」

 

「素直に褒めてくれてる?」

 

「もちろんよ。あなたは人の目を引くのが得意でしょう?」

 

「それ、褒めてるようで微妙だなあ」

 

 如月先輩は苦笑しながら、表紙へ視線を戻した。

 

 天ヶ瀬先輩も二人のやり取りを気にせず、全員へ視線を巡らせる。

 

「最終確認と承認は私が行う」

 

 それまで少しだけ和らいでいた室内の空気が、再び仕事へ戻った。

 

「このしおりは、第一学年の生徒全員が三日間使用する。集合時刻や活動場所に誤りがあれば、多くの生徒へ影響が出る。細かい作業だが、気を抜かずに進めてほしい」

 

「はい」

 

 全員の返事が揃う。

 

 俺は赤いペンを手に取り、しおりの最初のページを開いた。

 

「思っていたより予定が多いですね」

 

 石倉が日程表を見ながら呟いた。

 

「特に二日目だな」

 

 鷹取がすぐに応じる。

 

「午前も午後も外で活動して、そのまま飯ごう炊さんだ。昼に休めるとはいえ、かなり詰まってる」

 

「俺は、最後まで体力が持つか少し不安ですね」

 

 思わずそう口にすると、琴姫先輩がこちらへ視線を向けた。

 

「あら。叶多君は運動が苦手なの?」

 

「はい。昔からあまり得意ではないです」

 

「意外ね。何でもそつなくこなしそうに見えるのに」

 

「そんなことないですよ。走るのも遅いですし、体力にも自信はありません」

 

「そう。完璧すぎない方が、親しみやすくていいかもしれないわね」

 

 笑顔を崩さないまま、どこか意味ありげに言う。

 

「お嬢。そろそろ作業に戻りましょう」

 

 真壁先輩が、資料から目を上げることなく声をかけた。

 

「少しくらい後輩と話をしてもいいでしょう?」

 

「構いませんが、ほどほどにしてください」

 

「分かったわ」

 

 琴姫先輩は楽しそうに微笑むと、自分の資料へ視線を戻した。

 

「それでは、続けましょうか。叶多君」

 

「はい」

 

 俺も改めて文章の確認へ戻る。

 

 最初は誤字や表記の違いを見つけるだけだと思っていたが、実際に読み始めると、確認するべき箇所は思った以上に多かった。

 

 同じ内容でもページによって表現が違っていたり、説明が足りず分かりにくかったりする。

 

 俺は気になった箇所へ印をつけ、その都度、琴姫先輩へ確認を取りながら修正していった。

 

 向かい側では、鷹取が日程表の時刻や数字を照らし合わせている。

 

 石倉も真壁先輩の指導を受けながら、持ち物や配布物の一覧を確認していた。

 

 如月先輩と桜庭先輩も、それぞれ担当する箇所へ目を通している。

 

 時折、誰かが気づいた点を口にし、天ヶ瀬先輩が確認して方針を決める。

 

 そうして作業を続けるうちに、しおりの余白には少しずつ修正の印と付箋が増えていった。

 

 しばらくして、天ヶ瀬先輩が席を立つ。

 

 全員の進み具合を確かめながら長机の周りを歩き、俺の隣で足を止めた。

 

「進み具合はどうだ?」

 

「まだ途中ですが、誤字と表記の違いをいくつか見つけました」

 

「見せてくれ」

 

「はい」

 

 俺は冊子を天ヶ瀬先輩の方へ動かした。

 

 天ヶ瀬先輩は、俺が印をつけた箇所へ順番に目を通していく。

 

「修正が必要だと考えた理由も書いてあるな」

 

「あとで見直すとき、印だけでは分かりにくいと思ったので」

 

「正しい判断だ」

 

 天ヶ瀬先輩は小さく頷く。

 

「任せてよかった」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、迷った箇所を自分だけで判断するな。必ず榊へ確認を取れ」

 

「はい」

 

「その調子で続けてくれ」

 

「分かりました」

 

 天ヶ瀬先輩が席へ戻る。

 

 俺は赤いペンを握り直し、次のページを開いた。

 

 林間学校へ参加する側でありながら、その準備にも関わっている。

 

 少し不思議な感覚だったが、自分たちが仕上げたしおりを一年生全員が使うと思えば、適当な仕事はできない。

 

 俺は気持ちを切り替え、次の一文へ目を走らせた。

 

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