男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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36話 展望台でゲームの話

「……はぁ」

 

 最後の坂を上り切ったところで、俺はその場に立ち止まった。

 

「やっと着いた……」

 

 呼吸がなかなか整わない。

 

 施設を出発してから一時間ほど。途中で何度か休憩を挟んだとはいえ、慣れない山道を歩き続けたせいで、足にもかなり疲れが溜まっていた。

 

「叶多、大丈夫か?」

 

 少し先を歩いていた大輔が振り返る。

 

 額には汗を浮かべているものの、俺ほど息は乱れていない。

 

「大丈夫……少し休めば落ち着く」

 

「運動は本当に苦手なんだな」

 

「……ああ」

 

 何とか返事をしながら、近くのベンチへ腰を下ろした。

 

 水筒を取り出して一口飲む。

 

 冷たい水が喉を通り、ようやく呼吸が落ち着き始めた。

 

「まだ帰りもあるぞ」

 

 黒瀬君が淡々と言う。

 

「今は聞きたくなかったな……」

 

「事実だから」

 

「黒瀬、追い打ちかけるなよ」

 

 大輔が笑いながら俺の隣へ座った。

 

 木下君と本田さんも、少し遅れて展望広場へ入ってきた。

 

 本田さんは呼吸を整えるより先に、後ろを歩いている姫岡さんへ振り返る。

 

「姫岡さん、大丈夫?」

 

「……はぁ……だ、大丈夫。……もう少しだから」

 

 姫岡さんはそう答えたものの、足取りはかなり重い。

 

 運動が得意ではないらしく、額には汗が浮かび、呼吸も乱れていた。

 

「急がなくていいわよ。ここまで来れば、あとは少しだから」

 

「う、うん」

 

 本田さんは姫岡さんが追いつくまでその場で待ち、隣に並んでゆっくりと広場へ入ってきた。

 

「とりあえず座りましょう。飲み物もちゃんと飲んだ方がいいわ」

 

「ありがとう、本田さん」

 

「気にしなくていいのよ。帰りもあるんだから、今のうちに休んでおかないと」

 

 二人が近くのベンチへ向かう。

 

 姫岡さんはかなり疲れているようだったが、無理に平気なふりをせず、本田さんの言葉に素直に従っていた。

 

 俺はベンチに座ったまま、しばらく足を休めた。

 

 少し離れた場所では、木下君が広場の端に立てられた案内板を眺めている。

 

「ここ、山頂じゃないみたいだよ」

 

「これだけ登ったのに?」

 

 大輔が不満そうに顔を上げた。

 

「山頂はもう少し先にあるみたい。でも、ハイキングコースで一番高い場所はここだって」

 

「じゃあ、実質山頂みたいなものだな」

 

「違うと思う」

 

 黒瀬君が即座に否定する。

 

「細かいことはいいだろ。登り切った達成感が大事なんだよ」

 

「勝手に山頂にするなよ」

 

 話している間にも、乱れていた呼吸は少しずつ落ち着いてきた。

 

 俺は水筒の蓋を閉め、ゆっくりと立ち上がる。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「ああ。息が上がっただけだからな」

 

「足が震えてるぞ」

 

「見なかったことにしてくれ」

 

 大輔が笑いながら、俺の背中を軽く叩いた。

 

「景色くらい見ておかないともったいないぞ」

 

「そのつもりだよ」

 

 展望広場の端には、転落防止の木製の柵が設けられていた。

 

 その向こうには、緑に覆われた山々が幾重にも連なっている。

 

 厚い雲のせいで遠くの稜線は霞んでいるものの、眼下には俺たちが歩いてきた森が広がり、その向こうには宿泊施設らしき建物も小さく見えた。

 

「思ったより高いところまで登ったんだな」

 

「だから疲れたんだろ」

 

 大輔が得意げに答える。

 

「なんでお前が得意げなんだよ」

 

「俺が先頭で班を引っ張ったじゃないか」

 

「途中から黒瀬君の後ろを歩いてたよね」

 

 木下君に指摘され、大輔が視線を逸らした。

 

「あれは道を譲ったんだよ」

 

「急な坂で歩く速度が落ちたから抜かれただけだろ」

 

「叶多は息を整えることに集中してたくせに、よく見てるな」

 

「大輔が俺の前にいたから、嫌でも見えたんだよ」

 

 俺はスマホを取り出し、柵の向こうへ向けた。

 

 バスの中から撮った景色とは違い、今度は木々に遮られることなく山並みを見渡せる。

 

 手前の森が入るように角度を調整し、何枚か撮影した。

 

「写真か?」

 

「ああ。ここまで登った記念にはなるだろ」

 

「俺も撮ろう」

 

 大輔も隣に立ち、スマホを構える。

 

「今度はガードレールもないから、うまく撮れるはずだ」

 

「まだ気にしてたのか」

 

「帰ったあとで叶多の写真と比べるからな」

 

「勝負じゃないって言っただろ」

 

 大輔は聞いているのかいないのか、場所を変えながら何度もシャッターを切っていた。

 

 後ろを振り返ると、本田さんと姫岡さんもベンチから立ち上がっていた。

 

「もう平気なの?」

 

 本田さんが尋ねる。

 

「う、うん。だいぶ楽になった」

 

「それならよかった。でも、無理はしないでね」

 

「ありがとう」

 

 二人はゆっくりとこちらへ歩いてきた。

 

 姫岡さんは柵の前に立つと、遠くの山ではなく、眼下に広がる森をじっと見下ろした。

 

「姫岡さん、こういう景色が好きなの?」

 

 本田さんが尋ねる。

 

「好きというか……少し、ゲームみたいだなって」

 

「ゲーム?」

 

 俺が聞き返すと、姫岡さんは小さく頷いた。

 

「高い場所に登って、周りの地形を確認するゲームがあるから」

 

「そこから次に行く場所を探すのか?」

 

「うん。遠くに見える建物とか、森の切れ目とかを見つけて、実際にそこまで行けるの」

 

 先ほどまで途切れがちだった姫岡さんの言葉が、少しずつ滑らかになっていく。

 

「高い場所からじゃないと見つけられない道もあって、地図には何も書かれてないけど、木の生え方とか川の流れを見れば入口が分かるようになってるの。それに、時間帯や天気で見えるものが変わるから、一度登っただけじゃ全部は見つけられなくて……」

 

「ずいぶん詳しいんだな」

 

「そのゲーム、何周もしたから」

 

「何周も?」

 

「3周。選んだ仲間によって入れない場所があるし、2周目から追加される依頼もあるから、全部見るならそれくらい必要なの」

 

 姫岡さんはそこで言葉を止めた。

 

 俺たちが自分を見ていることに気づいたらしい。

 

 顔を伏せ、前髪の奥に隠れるように少しだけ背中を丸める。

 

「ご、ごめん。急にこんな話して」

 

「いや、面白そうじゃん。そのゲーム、何てタイトル?」

 

 大輔が興味を示すと、姫岡さんが少しだけ顔を上げた。

 

「『ユグドラシル・レプリカ』」

 

「ああ、聞いたことある。探索の自由度が高いって評判のやつだろ?」

 

「う、うん。地図に表示されない場所も多くて、自分で周りを見ながら探すの」

 

「地図に出てない場所まで探すのか?」

 

 俺が尋ねると、姫岡さんは小さく頷いた。

 

「最初から全部分かってたら、探索する意味がないから」

 

「目的地とは関係ない場所にも行くの?」

 

「行く。むしろ、そういう場所に珍しい道具やイベントが隠されてることが多いの」

 

「分かる。寄り道はゲームの醍醐味だからな」

 

 大輔が楽しそうに話へ加わる。

 

「目的地を無視して探索してる時間が、一番楽しかったりするんだよ」

 

「うん。気づいたら、本来の目的を忘れてたりする」

 

「それも含めて楽しいんだよな」

 

 これまでゲームをやったことのない俺には、二人の話を聞いても、まだ実感までは湧かなかった。

 

 それでも、楽しそうに話す二人を見ているうちに、少しずつ興味が湧いてくる。

 

「ゲームって、決められた道を進むだけじゃないんだな」

 

「作品によるけど、『ユグドラシル・レプリカ』はオープンワールドのゲームで、自分で行き先を決められるの。だから、同じゲームでも人によって進み方が全然違う」

 

「同じゲームなのに、人によって違う冒険になるのか。それは面白いな」

 

 俺がそう答えると、姫岡さんは前髪の奥でわずかに表情を緩めた。

 

「ゲームはやったことないけど、話を聞いてたら少しやってみたくなったな」

 

「……本当に?」

 

「ああ。何から始めればいいかは分からないけど」

 

「それなら、『ユグドラシル・レプリカ』は少し難しいかも。槻山君が最初にやるなら、もっと操作が分かりやすいゲームの方がいいと思う」

 

「初心者向けのゲームもあるのか?」

 

「うん。物語を追いながら操作を覚えられるものもあるし、失敗してもすぐやり直せるゲームもあるから」

 

「そういうゲームもあるなら、初心者でも始めやすそうだな。何かおすすめを教えてくれないか?」

 

「おすすめ?」

 

「ああ。どうせなら、自分の知らないゲームをやってみたい」

 

 姫岡さんは少し考えるように俯いた。

 

「じゃあ、RPGはどう?」

 

「RPG?」

 

「主人公を操作して、仲間と一緒に物語を進めるゲーム。戦ったり、街を調べたりしながら、少しずつできることが増えていくの」

 

「初めてでもできるのか?」

 

「作品によるけど、操作が難しくないものもあるよ。それなら、『アンビバレンス』がいいかも」

 

「どんなゲームなんだ?」

 

「現代の街が舞台のRPG。最近、鏡の前で人が消えるっていう噂が広がってて、主人公たちはその行方不明事件を追うことになるの」

 

「鏡の前で?」

 

「うん。適性を持った人だけが、鏡を通って現実と重なっている反転世界に入れるの。そこには、現実では隠されている感情や記憶が景色になって現れるの」

 

「じゃあ、その世界に消えた人たちがいるかもしれないってことか」

 

「そう。反転世界を探索して、異変の原因を探していくの。放っておくと、反転世界が現実を侵食していくから」

 

「街を調べながら物語を進めるのか」

 

「うん。反転世界の街を調べたり、そこに現れる敵と戦ったりしながら進める感じ。戦闘は順番に行動を選ぶ方式だから、操作もそこまで難しくないと思う」

 

「昔からあるゲームなの?」

 

「『アンビバレンス』シリーズの1作目は、かなり前に出たゲーム。でも、最近リメイク版が発売されたから、今からでも遊びやすいよ」

 

「古いゲームを、そのまま新しく作り直したのか?」

 

「うん。映像や操作も新しくなってるし、初めて遊ぶ人にも分かりやすく調整されてるの」

 

「シリーズ物なら、1作目から順番に遊んだ方がいいのか?」

 

「物語や主人公は作品ごとに違うから、どれから始めても大丈夫。でも、リメイク版は説明が丁寧だから、初めてなら向いてると思う」

 

「それなら始めやすそうだな。戦い方にも特徴があるのか?」

 

「敵と味方には、それぞれ表と裏の状態があるの。状態を切り替えると使える技や弱点が変わるから、相手に合わせて入れ替えながら戦う」

 

「少し考える必要はありそうだけど、面白そうだな」

 

「最初は使える技も少ないし、物語を進めながら少しずつ覚えられるから大丈夫」

 

「それなら、俺でもできそうだな」

 

 姫岡さんは、前髪の奥で頬を赤くしながら、意を決したように口を開く。

 

「か、()()……君なら、すぐ慣れると思う」

 

 名前で呼ぶ声は、少しだけ震えていた。

 

 もう少し詳しく聞いてみたかったが、広場の端から教師の声が響く。

 

「休憩時間はあと五分です。各班、下山の準備を始めてください」

 

 周囲にいた生徒たちが、水筒やタオルを鞄へ戻し始めた。

 

「もうそんな時間か」

 

 大輔がスマホで時刻を確認する。

 

「ゲームの話をしてたら、あっという間だったな」

 

「続きは戻ってからでもできるでしょう?」

 

 本田さんが姫岡さんへ微笑みかける。

 

「う、うん」

 

「その前に、せっかくだから六人で写真を撮らない?」

 

「いいですね。ここまで登った記念にもなるし」

 

 木下君が賛成し、周囲を見回した。

 

 少し離れた場所には、別の班の様子を見ていた真壁先輩が立っている。

 

「俺が頼んでくるよ」

 

 大輔が真壁先輩のもとへ向かい、すぐに戻ってきた。

 

「撮ってくれるって」

 

 俺たちは木製の柵を背にして並ぶ。

 

 本田さんが姫岡さんを隣へ招き、大輔と黒瀬君、木下君も空いている場所へ入った。

 

「撮るぞ」

 

 真壁先輩の声に合わせ、全員でカメラへ顔を向ける。

 

 数回シャッター音が鳴ったあと、スマホを返してもらった。

 

 画面には、曇り空と連なる山々を背景にした六人の姿が収まっている。

 

「黒瀬、もう少し笑えなかったのか?」

 

 写真を覗き込んだ大輔が言う。

 

「笑ってる」

 

「いつもと同じ顔だろ」

 

「普段より少しだけ笑ってる」

 

「分からないって」

 

 木下君と本田さんが笑う。

 

 姫岡さんも画面を覗き込み、前髪の奥でわずかに口元を緩めていた。

 

「叶多、その写真あとで俺にも送ってくれ」

 

「ああ」

 

「……私も、欲しい」

 

「もちろん。送るよ。連絡先、教えてもらってもいい?」

 

「う、うん」

 

 姫岡さんがスマホを取り出す横で、大輔が信じられないものを見るように俺を見た。

 

「叶多、お前……女子に連絡先を聞くとか、怖いもの知らずだな」

 

「写真を送るのに必要だろ」

 

「必要でも、普通はそんな簡単に聞けないんだよ」

 

 木下君も驚きを隠せない様子で頷く。

 

「それを何のためらいもなく言えるのは、すごいと思う」

 

「変に考えすぎるんだよ」

 

「だからって、そんな簡単に聞けるか?」

 

 大輔は呆れたように肩を落とした。

 

 姫岡さんと互いの連絡先を登録し、画面に表示された名前を確認する。

 

「これで送れるな」

 

「ありがとう」

 

 姫岡さんは追加された連絡先を見つめながら、小さく頷いた。

 

 もう一度教師から出発を促す声が聞こえ、俺たちは水筒やスマホを鞄へしまう。

 

「下りなら、行きよりは楽そうだな」

 

 大輔が軽い調子で言った。

 

「でも、下りの方が脚や膝には負担がかかるらしいよ。滑りやすい場所もあるみたいだし、気をつけた方がいいと思う」

 

 木下君が地図を見ながら答える。

 

「じゃあ、帰りも楽じゃないのか」

 

「山道なんだから当然だろ」

 

 黒瀬君が淡々と言った。

 

 本田さんは立ち上がった姫岡さんへ目を向ける。

 

「歩けそう?」

 

「うん。休んだから大丈夫」

 

「疲れたら、すぐに言ってね」

 

「分かった」

 

 俺も足首を軽く動かしてみる。

 

 呼吸はすっかり落ち着いていたが、脚にはまだ疲れが残っていた。

 

 俺は地図を広げ、帰りの道順を確認する。

 

「途中までは来た道を戻って、その先の分かれ道から沢沿いのコースに入るみたいだな」

 

「今度こそ叶多が先頭か?」

 

「地図を持ってるだけだ。全員で確認しながら進むぞ」

 

「分かってるって」

 

 六人が揃ったことを確認し、俺たちは展望広場をあとにした。

 

 先ほどまでゲームの世界について話していた姫岡さんも、今は足元へ視線を落とし、慎重に山道を歩いている。

 

 俺も滑りやすい土へ注意しながら、現実の山道を一歩ずつ下り始めた。

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