男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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37話 山歩きのあとの夜

 施設へ戻った頃には、空が少しずつ暗くなり始めていた。

 

 帰りは上りほど息が苦しくなることはなかったが、疲れの溜まった脚で坂道を下り続けるのは思っていた以上にきつかった。

 

 途中で足を滑らせないよう気をつけていたこともあり、施設の建物が見えたときには心から安心した。

 

「やっと戻ってきた……」

 

 大輔が大きく息を吐く。

 

「木下の言うとおりだったな。下りの方が脚にくる」

 

「だから気をつけた方がいいって言ったんだよ」

 

 木下君が苦笑しながら答えた。

 

 俺たちは広場に設けられた受付へ向かい、六人揃って戻ったことを報告した。

 

 担当教師が名簿へ印をつけ、体調に問題がないか一人ずつ確認する。

 

 全員が無事に戻ったことを伝えると、そのまま宿泊棟へ移動するよう指示された。

 

 朝に預けていた旅行鞄を受け取り、男子用の部屋へ向かう。

 

 部屋は畳敷きで、壁際には人数分の布団が重ねられていた。

 

 俺が鞄を置くと、大輔はその場に座り込む。

 

「もう動きたくない」

 

「俺もだ」

 

 俺も畳へ腰を下ろし、疲れた脚を伸ばした。

 

 少し休んでから旅行鞄を開き、着替えや洗面道具を使う順番に取り出していく。

 

 隣では、直樹がタオルと着替えをまとめていた。

 

「叶多君、ハイキングは大丈夫だった?」

 

「何とか戻ってこられたよ。上りではかなり息が切れたけどな」

 

「あの坂は結構きつかったからね」

 

「直樹は平気だったのか?」

 

「疲れたけど、部活でスタミナをつけるトレーニングもしているからね」

 

「同じ一年とは思えないな」

 

「叶多君には料理の技術があるだろう?」

 

「そう言ってもらえるとありがたいよ」

 

 俺たちが話している横で、大輔が旅行鞄を開いた。

 

 中から着替えやタオルと一緒に、漫画や携帯ゲーム機のケースが次々と出てくる。

 

「改めて見ると、本当に遊ぶ物ばかりだな」

 

「持ってきたからには使わないともったいないだろ」

 

「まずは荷物を片づけた方がいいんじゃない?」

 

 木下君が言った直後、大輔の手から漫画が一冊滑り落ちた。

 

「あとで片づける」

 

「その言葉、信用できないな」

 

 黒瀬君は必要な物だけを取り出し、すでに鞄を閉じていた。

 

 俺も着替えの準備を終えたところで、スマホを取り出す。

 

 展望広場で撮った班の写真を確認し、大輔たちへ送信した。

 

 続けて、今日撮影した山の写真を、雛森さんたちと使っているグループへ送る。

 

 すぐに雛森さんから反応が返ってきた。

 

『写真、綺麗に撮れてるね』

 

『ありがとう。上るのはかなり疲れたけどな』

 

『私もくたくただよ』

 

 最後には、笑っている顔の絵文字が添えられている。

 

 雛森さんもバスの中から撮った田畑や山の写真を送ってくれていた。

 

 窓越しに撮影したとは思えないほど、遠くの景色が綺麗に収まっている。

 

『雛森さんの写真も綺麗に撮れてるな』

 

『ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい』

 

 短く返事をしてから、今度は姫岡さんとの画面を開いた。

 

 先ほど交換したばかりなので、履歴には何も表示されていない。

 

 班の写真を添付し、簡単な文章を送る。

 

『さっきの写真、送っておくよ』

 

 少しして、既読の表示がついた。

 

『ありがとう』

 

 それだけかと思ったが、すぐにもう一通届く。

 

『ちゃんと全員写ってて、よかった』

 

『真壁先輩が上手く撮ってくれたからな』

 

『うん。大事にする』

 

 記念写真を気に入ってくれたらしい。

 

『それなら撮ってよかったよ』

 

 返事を送り、スマホを置いたところで、廊下から夕食の時間を知らせる放送が流れた。

 

「飯だ!」

 

 畳に寝転んでいた大輔が、勢いよく起き上がる。

 

「急に元気になったな」

 

「疲れてても腹は減るだろ」

 

「それはそうだな」

 

 俺も立ち上がると、直樹たちと一緒に部屋を出た。

 

 ☆

 

 夕食は、昼食と同じ施設の食堂で用意されていた。

 

 献立は鶏肉と野菜の煮込み、焼き物、サラダ、味噌汁と白いご飯。

 

 昼ほど土地の特色が強い内容ではなかったが、長い距離を歩いたあとだからか、普段よりも食欲があった。

 

「動いたあとの飯はうまいな」

 

 大輔がご飯を口へ運びながら言う。

 

「初日から結構疲れたな」

 

 俺も味噌汁を一口飲みながら答えた。

 

「明日は今日ほど歩かないんだろ?」

 

「午前中はレクリエーション形式のオリエンテーリングみたいだよ。今日みたいに、長い山道を歩く活動ではないらしい」

 

 木下君が言うと、大輔は安心したように肩の力を抜いた。

 

「それなら何とかなりそうだな」

 

「今日は出発した直後も同じようなことを言ってなかったか?」

 

 黒瀬君が淡々と指摘する。

 

「あのときは、あんな坂があるなんて知らなかったんだよ」

 

「地図には高低差も書いてあった」

 

「細かいところまで見てなかった」

 

「しおりも最初のページしか読んでなかったものね」

 

 本田さんが笑いながら言う。

 

「その話、まだ覚えてたんですか?」

 

「今日の朝の話でしょう?」

 

「林間学校では一日が長く感じるんですよ」

 

「バスで寝てたから、朝のことが遠く感じるだけだろ」

 

「少し寝ただけだって」

 

 大輔は反論しながら、鶏肉の煮込みを口へ運んだ。

 

 向かい側では、姫岡さんがゆっくりと箸を動かしている。

 

「姫岡さん、脚は大丈夫?」

 

 本田さんが尋ねる。

 

「少し疲れてるけど、大丈夫」

 

「明日も歩くんだから、お風呂でよく温まった方がいいわね」

 

「うん。本田さんも」

 

「私は平気よ。でも、今日は早めに休んだ方がよさそうね」

 

 二人の会話を聞きながら、俺も明日の予定を思い出す。

 

 二日目はペアでのオリエンテーリングと、水辺での調査が予定されている。

 

 今日より歩く距離は短いらしいが、疲れが残ったままでは楽とは言えないだろう。

 

「明日は黒瀬と一緒に回るんだよな」

 

 大輔が向かい側に座る黒瀬君を見る。

 

「ああ」

 

「もう少し楽しそうにしろよ。せっかく俺と組むんだぞ」

 

「楽しみにしてる」

 

「全然そう見えないぞ」

 

「顔に出ないだけだ」

 

「それじゃ伝わらないって」

 

 大輔が困ったように肩を落とす。

 

 俺も向かい側に座る姫岡さんへ声をかけた。

 

「姫岡さん、明日はよろしく」

 

「う、うん。よろしく……叶多君」

 

 姫岡さんは少し恥ずかしそうにしながらも、今度は言い直さずに俺を名前で呼んだ。

 

 食事を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 

 窓の向こうには山の輪郭がわずかに見えるだけで、昼間とはまるで違う景色になっている。

 

 俺たちは全員が食べ終わるのを待ち、食器を返却口へ運んだ。

 

 ☆

 

 入浴はクラスごとに時間が決められていた。

 

 男子浴室へ入ると、広い湯船から白い湯気が立ち上っている。

 

 体を洗ってから湯船へ入ると、温かさが疲れた脚にじんわりと広がった。

 

「生き返るな……」

 

 大輔が肩まで湯に浸かり、大きく息を吐く。

 

「夕食のときも元気だっただろ」

 

「あれは飯を食って元気が戻っただけだ。今は体の疲れが取れていく感じがする」

 

「まだ入ったばかりだぞ」

 

「気分の問題だよ」

 

 俺も湯船の縁へ背中を預け、脚を伸ばした。

 

 上り坂で張っていたふくらはぎが、少しずつほぐれていく。

 

「叶多君、脚はどう?」

 

 近くにいた直樹が尋ねる。

 

「だいぶ楽になったよ。ただ、明日の朝は筋肉痛になってそうだな」

 

「風呂から上がったあと、軽く伸ばしておくといいよ」

 

「やり方を教えてくれるか?」

 

「もちろん」

 

「俺にも頼む、直樹」

 

 大輔がすぐに会話へ入ってきた。

 

「大輔君も脚にきてるの?」

 

「少しだけな。明日に響いたら困るだろ」

 

「じゃあ、部屋に戻ってから一緒にやろうか」

 

「助かる」

 

 普段より素直な大輔に、直樹が小さく笑った。

 

「黒瀬君は平気?」

 

 木下君が尋ねる。

 

「疲れてる」

 

「顔に出ないね」

 

「そういう質だから」

 

「便利なのか不便なのか分からないな」

 

 大輔が首を傾げた。

 

「でも、明日の朝になったら黒瀬も動けなくなってるかもしれないぞ」

 

「そのときは大輔に運んでもらう」

 

「俺に任せるのかよ」

 

「体力があるんだろ」

 

「そうだけど、人を担いで歩くほどじゃないからな?」

 

 湯気の中に笑い声が広がる。

 

 しばらく湯船で体を休めたあと、俺たちは浴室を出た。

 

 天体観測の集合までは、まだ少し時間がある。

 

 部屋へ戻ると、大輔は待っていたとばかりに旅行鞄を開き、携帯ゲーム機を取り出した。

 

「自由時間だ。誰か対戦しようぜ」

 

「風呂上がりにすぐゲームなのか?」

 

「そのために持ってきたんだよ」

 

 大輔は本体を畳の上に立てると、両側のコントローラーを取り外し、片方を黒瀬君へ差し出した。

 

「黒瀬、やろう」

 

「操作が分からない」

 

「簡単だ。走って、曲がって、相手を邪魔するだけ」

 

「最後が余計」

 

「対戦なんだから必要だろ」

 

 黒瀬君は少し考えたあと、差し出されたコントローラーを受け取った。

 

 木下君と直樹も、二人の後ろから画面を覗き込む。

 

 大輔と黒瀬君がゲームを始める横で、俺は直樹に教えてもらいながら、畳の上で脚を伸ばした。

 

 一通りやり方を覚えたところで、枕元に置いていたスマホが短く震える。

 

 画面を見ると、姫岡さんからメッセージが届いていた。

 

『さっき話したゲーム、これ』

 

 続けて送られてきたのは、『アンビバレンス』リメイク版のパッケージ画像だった。

 

 白と濃紺に二分された街を背景に、大きな鏡の前へ黒髪の少年が立っている。鏡の向こうには、上下が反転した建物が浮かぶ異様な街並みが広がっていた。

 

 明るい現実と暗い反転世界が一枚の絵の中で対照的に描かれていて、先ほど姫岡さんが話していたゲームの雰囲気がひと目で伝わってくる。

 

『わざわざありがとう。帰ったら調べてみるよ』

 

『分からないことがあったら、聞いて』

 

『そのときは頼む』

 

 少しして、短い返事が届く。

 

『うん』

 

 俺がスマホを置いた直後、画面を見ていた大輔が声を上げた。

 

「黒瀬、お前いきなり俺だけ狙うなよ!」

 

「相手を邪魔しろって言ったのは大輔だろ」

 

「言ったけど、俺だけ狙えとは言ってない!」

 

「一番近くにいたから」

 

「絶対わざとだろ!」

 

「勝つためには必要なんだろ」

 

 黒瀬君は真顔のまま、画面の中で大輔の車をコースの外へ押し出した。

 

 木下君と直樹が笑い、俺も思わず口元を緩める。

 

 そのとき、廊下から天体観測の集合を知らせる放送が流れた。

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