男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

38 / 41
38話 雲の切れ間の星空

 天体観測の集合を知らせる放送が終わると、大輔は名残惜しそうにゲームを中断した。

 

「いいところだったのに」

 

「大輔がコースの外に押し出されたところだろ」

 

「まだ逆転できた」

 

 大輔は黒瀬君へ言い返しながら、携帯ゲーム機の電源を切った。

 

 俺たちは上着を羽織り、しおりと筆記用具を持って部屋を出る。

 

 廊下には同じように準備を終えた生徒たちが集まり、教師の指示に従って玄関へ向かっていた。

 

 外へ出た瞬間、冷たい空気が頬に触れる。

 

「寒いな」

 

 大輔が上着の前を閉じながら呟いた。

 

「昼間とは全然違うね」

 

 直樹の言うとおり、日が沈んだあとの山は想像していたよりも冷え込んでいた。

 

 宿泊棟の周囲には照明が設置されているが、少し離れれば、その先は暗闇に包まれている。

 

 クラスごとに人数を確認したあと、教師を先頭にして観察広場へ移動する。

 

 足元を照らすために使っていた懐中電灯も、広場へ到着すると消すよう指示された。

 

 広場には大きな望遠鏡が何台か並べられ、その近くでは施設の職員が準備を進めている。

 

 空を見上げたが、大部分が厚い雲に覆われていた。

 

「これ、本当に見えるのか?」

 

 隣にいた大輔が小声で尋ねる。

 

「雲が切れるまで待つんじゃないかな」

 

 木下君も空を見上げながら答えた。

 

 全員が広場へ揃うと、施設の職員が前へ立った。

 

「今夜は雲が多いため、予定どおり観察できるかは分かりません。しばらく外で説明を行い、雲が晴れなければ室内での活動へ切り替えます」

 

 続けて、観察中の注意事項が説明される。

 

 望遠鏡には勝手に触れないこと。広場の中では走らないこと。目が暗さに慣れるまでは、スマホや懐中電灯を使わないこと。

 

 俺たちは配られたシートの上へ、班ごとに腰を下ろした。

 

 照明が消されると、周囲は一気に暗くなった。

 

 最初は隣に座っている相手の顔さえ見えにくかったが、しばらくすると、少しずつ目が慣れてくる。

 

 空と山の境目が分かるようになり、近くに座る生徒たちの姿も薄く見え始めた。

 

「暗い場所に慣れると、最初より見えるようになるんだな」

 

「人の目は、暗い場所に合わせて変わるからね」

 

 木下君が小声で答える。

 

 施設の職員は星図を使いながら、方角の見分け方や、季節によって見える星が変わることを説明していた。

 

 俺も配られた観察用紙へ目を落とす。

 

 天候の欄には、迷うことなく曇りと記入した。

 

 今のところ、雲の向こうに星は一つも見えない。

 

「このまま何も見えなかったら、天体観測にはならないな」

 

「天気ばかりは仕方ないよ」

 

 直樹が穏やかに答えた。

 

 同じシートの端では、姫岡さんが一人で空を見上げていた。

 

 やがて施設の職員から、しばらく自由に空を観察するよう言われる。

 

 周囲から小さな話し声が聞こえ始める中、俺は少し場所を移し、姫岡さんの隣へ腰を下ろした。

 

「何か見えるか?」

 

「まだ、何も」

 

「やっぱり雲が多いな」

 

「うん」

 

 星は見えなかったが、街中とは違って周囲にほとんど明かりがないため、普段よりも空が広く感じられた。

 

「姫岡さんは、こういう場所で空を見たことあるのか?」

 

「ない。星空ならゲームで何度も見たけど、こんなに暗い場所で見るのは初めて」

 

「俺もだ。街にいると、ここまで暗くなることはないからな」

 

「うん。周りに明かりがほとんどないから、空しか見えない」

 

 姫岡さんは雲に覆われた空を見上げたまま、小さく呟いた。

 

「こうやって待つのも、嫌いじゃないかも」

 

「俺もだ。何も見えなくても、普段とは違う感じがするな」

 

 しばらくすると、広場の一角から声が上がる。

 

「あ、見えた!」

 

 何人もの生徒が同じ方向を見上げた。

 

 厚い雲の間に細い切れ目ができている。

 

 そこから小さな光が一つ見え、さらに雲が流れると、周囲にもいくつかの星が現れた。

 

 広場のあちこちから、控えめな歓声が上がる。

 

「見えてよかったな」

 

 姫岡さんへ声をかけると、彼女は空を見上げたまま頷いた。

 

「うん。待っててよかった」

 

 雲の切れ間は少しずつ大きくなり、やがて白い月も姿を見せた。

 

 施設の職員たちが望遠鏡を調整し、班ごとに並ぶよう指示を出す。

 

 順番を待つ間にも雲は動いていたが、月はまだはっきりと見えている。

 

 最初に望遠鏡を覗いた大輔が、驚いたように声を漏らした。

 

「本当に表面がでこぼこしてる」

 

「そんなにはっきり見えるのか?」

 

 黒瀬君が望遠鏡へ視線を向ける。

 

「ああ。写真で見るのとは全然違うぞ」

 

 大輔が場所を譲ると、今度は黒瀬君が望遠鏡を覗いた。

 

 しばらく月を眺めたあと、ゆっくりと顔を上げる。

 

「思っていたより細かく見えるな」

 

「だろ?」

 

「ああ。これは面白い」

 

 黒瀬君は短く感想を口にし、次の生徒へ場所を譲った。

 

 俺の順番が回ってきたので、教えられたとおりに接眼レンズを覗き込む。

 

 視界の中に、白く輝く月が大きく映った。

 

 肉眼では滑らかな円にしか見えなかった表面に、いくつもの凹凸と濃い影がある。

 

 写真で見たことはあったが、実際に望遠鏡を通して見ると、月が遠くにある巨大な物体なのだと改めて感じられた。

 

「見えた?」

 

 望遠鏡から離れると、直樹が尋ねてきた。

 

「ああ。思っていたよりはっきり見えたよ」

 

「雲が切れてくれてよかったね」

 

 俺たちの班が一度ずつ望遠鏡を覗き終えた頃には、再び雲が月へ近づいていた。

 

 観察用紙へ、見えた天体や望遠鏡で確認した特徴を書き込んでいく。

 

 やがて月が完全に隠れると、施設の職員が観察の終了を告げた。

 

 長い時間ではなかったが、雲の切れ間ができたおかげで、予定していた活動は一通り行えたらしい。

 

 帰り道では再び懐中電灯をつけ、足元に気をつけながら宿泊棟へ戻った。

 

 ☆

 

 部屋へ戻った俺たちは、壁際に積まれていた布団を敷いた。

 

 大輔は携帯ゲーム機へ視線を向けたものの、すぐに小さく欠伸をする。

 

「少しくらいなら、さっきの続きできるかな」

 

「もうすぐ消灯だよ」

 

 木下君が時計を見ながら答えた。

 

「明日でもできるだろ」

 

 黒瀬君は自分の布団を整えながら言う。

 

「仕方ない。続きは明日だな」

 

 大輔も素直に諦め、ゲーム機を旅行鞄へ戻した。

 

 歯磨きや明日の準備を終え、それぞれが布団へ入る。

 

 間もなく消灯を知らせる放送が流れ、部屋の照明が消された。

 

 暗くなった天井を見上げていると、今日一日の出来事が次々と思い浮かぶ。

 

 朝に学校を出発し、施設へ到着してからは、ほとんど休む間もなく山道を歩いた。

 

 かなり疲れたが、展望広場から見た景色も、雲の切れ間から現れた星空も、普段の学校生活では見ることのできないものだった。

 

 明日は姫岡さんと二人でオリエンテーリングを回ることになる。

 

 今日の様子を見る限り、急がずに進んだ方がよさそうだ。

 

 そんなことを考えているうちに、疲れの残った体へ眠気が広がっていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。