男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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39話 二人で回るオリエンテーリング

 翌朝。

 

 起床を知らせる放送が流れ、俺はゆっくりと上体を起こした。

 

「……痛いな」

 

 布団から立ち上がろうとした瞬間、ふくらはぎに鈍い痛みが走る。

 

 昨日のハイキングで使った脚に、予想どおり筋肉痛が残っていた。

 

「叶多もか?」

 

 隣の布団では、大輔が顔をしかめながら膝を曲げている。

 

「ああ。歩けないほどじゃないけどな」

 

「俺も同じだ。昨日の風呂では治った気がしてたのに」

 

「気分の問題だって自分で言ってただろ」

 

「そうだった」

 

 大輔は諦めたように息を吐き、布団から立ち上がった。

 

 直樹はすでに着替えを済ませ、軽く脚を伸ばしている。

 

「二人とも、少し体を動かした方が楽になると思うよ」

 

「朝から元気だな」

 

「僕も多少は張ってるよ。部活の練習のあとほどではないけどね」

 

 同じ道を歩いたとは思えない余裕だった。

 

 俺も昨日教わった動きを思い出しながら、固くなった脚をゆっくりと伸ばす。

 

 最初は痛みがあったものの、しばらくすると少しずつ動きやすくなってきた。

 

 洗面と着替えを済ませ、布団を整えてから食堂へ向かう。

 

 朝食は焼き魚、卵焼き、味噌汁と白いご飯だった。

 

 窓の外は昨日に続いて曇っていたが、今のところ雨が降る気配はない。

 

「今日は最初にオリエンテーリングだったよな」

 

 大輔が味噌汁を飲みながら確認する。

 

「そのあとが水辺の調査だよ」

 

 木下君がしおりを開いて答えた。

 

「昨日みたいな山登りじゃないなら大丈夫だ」

 

「油断して道を間違えないようにな」

 

 黒瀬君が言う。

 

「今日はお前と一緒なんだから、そこは任せる」

 

「最初から全部任せるつもりなのか?」

 

「地図を見るのは二人でやるって」

 

 二人の会話を聞きながら、俺も今日の予定を確認する。

 

 午前中は、決められたペアで施設周辺の地点を回るオリエンテーリングだ。

 

 俺の相手は姫岡さん。

 

 昨日のハイキングではかなり疲れていたようだが、朝食を食べている様子を見る限り、体調に問題はなさそうだった。

 

 食事を終えたあと、一度部屋へ戻って必要な物を準備する。

 

 集合時間が近づくと、俺たちは広場へ向かった。

 

 ☆

 

 広場には、すでに決められた相手と並んで待っている生徒が集まっていた。

 

 姫岡さんは少し離れた場所に一人で立っている。

 

 俺に気づくと、前髪の奥で視線を揺らし、髪へ軽く手を触れた。

 

「おはよう、姫岡さん」

 

「お、おはよう……叶多君」

 

「脚は大丈夫か?」

 

「うん。少し痛いけど、歩ける」

 

「俺も同じだ。今日は昨日ほど長く歩かないらしいから、無理をしなければ大丈夫だと思う」

 

「うん」

 

「今日はよろしく」

 

「よ、よろしく」

 

 姫岡さんは小さく頷き、俺の隣へ並んだ。

 

 昨日よりも返事がぎこちない気がする。

 

「緊張してるのか?」

 

「少しだけ」

 

「競争があるわけじゃないみたいだし、気楽に回ればいいと思う」

 

「……うん」

 

 姫岡さんはもう一度頷いたが、なぜか顔を少し伏せた。

 

 やがて施設の職員が前へ立ち、オリエンテーリングの説明を始める。

 

 各ペアには施設周辺の地図と記録用紙が渡され、地図に示された地点を自由な順番で回る。

 

 それぞれの地点には問題や目印が用意されており、答えを記録用紙へ書き込んでいくらしい。

 

 制限時間内に広場へ戻ればよく、すべての地点を回る必要はない。

 

 走ることや、地図に示された道から外れることは禁止されていた。

 

 俺たちも地図と記録用紙を受け取る。

 

「最初はどこへ行く?」

 

 地図を姫岡さんにも見えるように広げた。

 

「ここが近いと思う」

 

 姫岡さんが、現在地の近くにある印を指差す。

 

「じゃあ、そこから回ろう」

 

 開始の合図とともに、ペアごとに広場から出発した。

 

 昨日は六人で歩いていた道を、今日は姫岡さんと二人で進んでいく。

 

 周囲にはほかのペアもいたが、それぞれ選んだ地点が違うため、少し進むと人の数は減っていった。

 

 姫岡さんは俺の半歩ほど後ろを歩いている。

 

 歩幅が俺より小さいことに気づき、少しだけ速度を落とした。

 

 しばらくすると、姫岡さんが隣へ並ぶ。

 

「……ありがとう」

 

「何が?」

 

「ううん。何でもない」

 

 姫岡さんは顔を伏せたまま、俺の隣を歩き続けた。

 

 しばらくして、こちらを見上げるように顔を動かした。

 

「叶多君は……こういうの、平気なんだね」

 

「こういうの?」

 

 姫岡さんは少しだけ言いよどんだ。

 

「女の子と二人で歩くこと」

 

「少しは緊張するよ。でも、姫岡さんと一緒なら安心する」

 

「……安心?」

 

「ああ。昨日も一緒に話したし、姫岡さんとは落ち着いて話せるから」

 

 姫岡さんは少し俯いた。

 

 前髪の隙間から見える頬が、ゆっくりと赤くなっていく。

 

「私も……叶多君と一緒なら、安心する」

 

「そうか。それならよかった」

 

「うん」

 

 姫岡さんは顔を伏せたまま、小さく頷いた。

 

 それからは、先ほどよりも少し近い位置で俺の隣を歩いていた。

 

 最初の地点は、林の入口に立てられた案内板の近くにあった。

 

 問題用紙には、この周辺で見られる鳥の名前を答えるよう書かれている。

 

「くちばしが細くて、尾が長い鳥……か」

 

 案内板には何種類もの鳥が描かれていたが、似たような色の鳥も多く、すぐには判断できなかった。

 

「候補は、この二つだと思う」

 

 姫岡さんが案内板の一部を指差す。

 

「もう分かったのか?」

 

「まだ。でも、問題文に『目の横に白い線』って書いてあるから……こっち」

 

 姫岡さんは、片方の鳥の絵を指先で示した。

 

 言われて見れば、確かに目の横へ細い白い模様が入っている。

 

「本当だ。俺はくちばしと尾しか見てなかった」

 

「全部の特徴を一つずつ消していけば、分かりやすいから」

 

「なるほど。こういう探し方をするのか」

 

「ゲームでも、似たアイテムの違いを見つけることがあるから」

 

 姫岡さんは少しだけ恥ずかしそうに言った。

 

「今のはかなり助かったよ」

 

「……うん」

 

 記録用紙へ答えを書き込み、次の地点へ向かう。

 

 二つ目の地点は、いくつかに分かれた道の先にあるらしい。

 

 地図を確認しながら進んだが、途中の分岐で足を止めた。

 

「右だと思うんだけど、こっちの道は地図より細いな」

 

「左かも」

 

 姫岡さんが地図を覗き込む。

 

 肩が触れそうなほど近くまで寄ってきた直後、何かに気づいたように一歩離れた。

 

「どうした?」

 

「な、何でもない」

 

「そうか。それで、左だと思う理由は?」

 

「地図に小さな三角の印があるでしょう?」

 

「ああ」

 

「あの木についてる札にも、同じ印があるから」

 

 姫岡さんが指した先を見る。

 

 木の幹につけられた小さな札に、確かに地図と同じ形の印が描かれていた。

 

「本当だ。よく気づいたな」

 

「ゲームでも、目印を探しながら進むことが多いから」

 

「そういうところまで見るんだな」

 

「地図だけ見てると、見落とすこともあるから」

 

「助かるよ。俺だけなら普通に通り過ぎてた」

 

 姫岡さんはしばらく黙ったあと、小さく頷いた。

 

「私も、役に立ててる?」

 

「ああ。俺一人だったら、今の分かれ道で右へ進んでたと思う」

 

「……よかった」

 

 前髪に隠れて表情はよく見えなかったが、声は少し嬉しそうだった。

 

 二つ目の地点では、周辺に設置された写真と同じ場所を探す課題が出された。

 

 姫岡さんが写真に写る特徴的な岩を見つけ、俺が記録用紙へ場所を書き込む。

 

 その後も二人で相談しながら、順番に地点を回っていった。

 

 四つ目の地点へ向かう途中、前方から木下君と本田さんが歩いてきた。

 

「あら、二人とも順調そうね」

 

 本田さんが俺たちを見て微笑む。

 

「今のところは、道を間違えずに回れてます」

 

「姫岡さん、脚は大丈夫?」

 

「うん。大丈夫」

 

 姫岡さんは、本田さんの方を見て答えた。

 

「叶多君が、ゆっくり歩いてくれてるから」

 

「そう。それなら安心したわ」

 

「本田さんたちは、どこまで回ったんですか?」

 

「私たちは三か所よ。次は向こうの広場へ行くところ」

 

 木下君が地図をこちらへ見せる。

 

「残り時間を考えると、あと二か所くらい回れそうだね」

 

「俺たちも同じくらいです」

 

「じゃあ、戻る時間には気をつけよう」

 

「ああ」

 

 木下君たちと別れ、俺たちは次の地点へ向かった。

 

 しばらく歩くと、今度は少し離れた道から大輔の声が聞こえてくる。

 

「だから、こっちで合ってるって!」

 

「地図では反対方向だ」

 

「でも、あっちに人が歩いてるぞ」

 

「同じ地点へ向かってるとは限らないだろ」

 

 大輔と黒瀬君が、地図を挟んで立ち止まっていた。

 

「順調か?」

 

 声をかけると、大輔がこちらを見る。

 

「順調だ。今、次に行く道を確認してた」

 

「大輔が人についていこうとしてただけ」

 

「確認してただろ?」

 

「地図は見てなかった」

 

「今から見るところだったんだよ」

 

 二人の様子を見る限り、問題なく回れているらしい。

 

「姫岡さんたちは、何か所回ったんだ?」

 

「今から四つ目だ」

 

「俺たちも同じくらいだな。負けないぞ」

 

「順位を競う活動じゃないだろ」

 

 黒瀬君が淡々と言う。

 

「分かってるけど、少しくらい張り合った方が楽しいだろ」

 

 大輔はそう言い残し、黒瀬君と一緒に反対方向へ歩いていった。

 

 俺たちも四つ目の地点を終え、残り時間を確認する。

 

「あと二十分くらいだな」

 

 広場へ戻る時間を考えると、もう一か所なら余裕を持って回れそうだった。

 

 地図の端には、少し離れた場所にも地点が示されている。

 

「どうする? 近い方へ行って戻るか、少し遠い方まで行くか」

 

 姫岡さんは地図へ視線を落とした。

 

「遠い方に行ったら、間に合わない?」

 

「普通に歩けば間に合うと思う。ただ、あまり余裕はないな」

 

「……行きたい」

 

「分かった。ただし、走らずに行こう」

 

「うん」

 

 少しだけ歩く速度を上げ、その地点へ向かう。

 

 姫岡さんも遅れずについてきていたが、無理をしていないか何度か様子を確認した。

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫。まだ歩ける」

 

「きつくなったらすぐ言ってくれ」

 

「うん」

 

 その地点に用意されていたのは、数種類の葉から指定された木のものを選ぶ問題だった。

 

 俺はどれも同じように見えたが、姫岡さんは案内板と葉の形を何度か見比べ、一つを選んだ。

 

「これだと思う」

 

「葉の端が説明と同じだな」

 

 二人で確認し、答えを記入する。

 

「これで五か所目だ」

 

「あとは戻るだけ?」

 

「ああ。時間にも間に合いそうだ」

 

 姫岡さんは記録用紙を見つめたまま、少しだけ黙った。

 

「……もう終わりなんだ」

 

「思っていたより早く回れたな」

 

「うん」

 

「疲れたか?」

 

「違う」

 

 姫岡さんは小さく首を横へ振る。

 

「楽しかったから……少しだけ、早いと思っただけ」

 

「そうか。俺も楽しかったよ」

 

「本当?」

 

「ああ。姫岡さんが目印を見つけてくれなかったら、何度か道を間違えてたと思う」

 

「……私と一緒でも、楽しかった?」

 

 姫岡さんは不安そうに、こちらを見上げた。

 

「もちろん。姫岡さんと相談しながら回れたから楽しかったんだと思う」

 

「……そっか」

 

 姫岡さんは小さく呟き、少しだけ俯いた。

 

 前髪の隙間から見える頬が、ほんのり赤くなっている。

 

「どうした?」

 

「な、何でもない」

 

「そうか。そろそろ戻らないと時間がなくなるぞ」

 

「うん」

 

 姫岡さんは俺の隣へ並び、来た道を戻り始めた。

 

 先ほどよりも少しだけ、歩く距離が近くなっている気がした。

 

 広場へ到着したのは、制限時間の数分前だった。

 

 職員へ記録用紙を渡すと、五か所すべての答えが合っていることを教えられる。

 

「全部正解だったな」

 

「うん」

 

「姫岡さんのおかげだよ」

 

「叶多君も、一緒に考えてくれたから」

 

 姫岡さんは記録用紙を見ながら、小さく答えた。

 

 周囲には、先に戻っていた生徒たちが集まっている。

 

 木下君と本田さんの姿もあり、少し遅れて大輔と黒瀬君も広場へ戻ってきた。

 

「間に合った!」

 

 大輔が安心したように息を吐く。

 

「最後に道を間違えそうになったからだろ」

 

「間違える前に気づいたんだから問題ない」

 

「気づいたのは俺だ」

 

 二人は言い合いながらも、無事に活動を終えたようだった。

 

 全員が戻ったところで、職員から簡単な結果発表が行われる。

 

 俺たちのペアが特別上位というわけではなかったが、五か所すべてを正解できたことには十分満足していた。

 

 短い休憩を挟んだあと、今度は昨日と同じ六人の班に分かれ、水辺での調査へ向かうことになった。

 

 水辺で使うタオルや筆記用具を準備するため、俺たちは一度宿泊棟へ戻る。

 

 部屋で鞄を開いていると、隣で大輔が旅行鞄からなぜか水着を取り出した。

 

「水辺ってことは、着替えた方がいいのか?」

 

「……それ、持ってきてたのか?」

 

「水辺の調査って書いてあったから、一応な」

 

「泳ぐ活動ではないと思うけど」

 

 木下君がしおりを確認しながら言う。

 

「濡れてもいい服装とは書いてあるけど、水着とは書いてないよ」

 

「え、使わないのか?」

 

「少なくとも、水着に着替えろとは書いてないな」

 

 黒瀬君が淡々と答える。

 

 大輔は手にした水着を見下ろし、少しだけ考え込んだ。

 

「いや、でも水辺の調査だろ? 濡れてもいい格好の方がいいよな」

 

「それはそうだけど、水着で行く必要はないと思うよ」

 

 木下君が苦笑する。

 

「上はジャージ着るから大丈夫だって。下だけ水着にしておく」

 

「本当にその格好で行くのか?」

 

「ああ。濡れても平気だし、動きやすいし、完璧だろ」

 

「完璧かどうかは分からないけど、理屈は通ってるね」

 

 直樹が少し困ったように笑う。

 

 大輔は妙に自信ありげな顔で、水着とジャージを持って洗面所の方へ向かった。

 

「……あいつだけ、活動への備え方が違うな」

 

「方向性は間違ってる気がする」

 

 黒瀬君がそう言うと、木下君も否定しなかった。

 

 水辺の調査へ向かう前から、すでに少し不安になってきた。

 

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