男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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4話 一目惚れ

 クラスごとに列を作り、体育館へ向かう。

 廊下には他のクラスの新入生も並んでおり、想像していた以上に混雑していた。

 花城先生を先頭に、人の流れに合わせて歩いていく。

 

 体育館へ入ると、壇上の前に椅子が整然と並べられていた。

 正面には、円を斜めに横切る意匠が描かれた聖凰学園の校章。

 壁には入学を祝う紅白の幕が張られている。

 

 俺たちは案内された場所へ進み、出席番号順に腰を下ろした。

 俺は二列目の前から三番目。

 前方には、先ほど出席確認で目立っていた梅原大輔の姿が見えた。

 

 しばらくすると、体育館内がほとんど埋まった。

 周囲を見渡せば、当然ながら男子ばかりだ。

 それでも、ところどころに女子の姿が見える。

 

「なあ、生徒会長って、めちゃくちゃ美人らしいぞ」

 

 右斜め前から、押し殺した声が聞こえてきた。

 大輔だ。

 隣の男子へ身を寄せ、何やらこそこそと話している。

 

「見たことあるのか?」

 

「いや、ない。でも入学前に調べた。学園一の美女って噂だぜ」

 

「入学前からそんなこと調べてたのかよ」

 

「当然だろ。女子の情報は一通り押さえてある」

 

 ずいぶん入念に調べたらしい。

 だが、その気持ちは分からなくもない。

 俺だって彼女が欲しくて、この学園を選んだのだから。

 大輔の場合、少し情熱の向け方が露骨なだけだ。

 

 だが、学園一の美女という言葉には俺も興味を引かれた。

 女子そのものが少ないこの世界で、学園中に美人として知られている。

 それだけでも相当な存在だ。

 

 しかも生徒会長まで務めているらしい。

 いったい、どんな人なのだろう。

 

「私語は慎んでください」

 

 教師の声が飛び、大輔たちは慌てて口を閉じた。

 俺も何事もなかったように正面へ向き直る。

 やがて、開式を告げる声が体育館に響いた。

 新入生一同が立ち上がり、頭を下げる。

 

 こうして、聖凰学園高等部の入学式が始まった。

 

 校長の式辞。

 来賓からの祝辞。

 祝電の紹介。

 

 真面目に聞くつもりではいる。

 だが、長いものは長い。

 姿勢を崩さないようにしながらも、少しずつ集中力が薄れていく。

 

 そんなときだった。

 

「続いて、生徒会長より歓迎の言葉です」

 

 司会の声に、少し緩みかけていた意識が戻る。

 

 生徒会長。

 

 大輔が話していた、学園一の美女か。

 体育館にいる男子たちも同じことを考えたのだろう。

 壇上の袖へ向けられる視線が、明らかに増えた。

 やがて、一人の女子生徒が姿を現す。

 

 その瞬間。

 体育館の空気が変わった。

 

 艶のある黒髪を腰近くまで伸ばした、息を呑むほど整った顔立ちの少女。

 

 長い髪は後頭部で一部を編み込み、上品なハーフアップにまとめられている。重めの前髪は顔の片側へ流れ、右目をほとんど覆い隠していた。

 

 前髪の隙間から覗く瞳は、灰紫色を帯びた切れ長のアーモンドアイ。目尻が鋭く、静かに見つめられるだけで気圧されるような冷たさがある。

 

 白い肌に、すっと通った鼻筋。薄く色づいた唇は小さく引き結ばれ、表情から感情を読み取ることは難しい。

 

 背は高く、細くくびれた腰を中心に、全身の均整が美しく整っている。女性らしい柔らかな曲線を持ちながらも、姿勢の良さと隙のない立ち振る舞いのせいか、華美な印象は受けない。

 

 黒を基調とした制服も一分の乱れなく着こなし、翡翠色の縁取りとチェック柄のリボンやスカートが、冷たい美貌にわずかな彩りを添えていた。

 

 美しいだけではない。

 

 近寄ることさえためらわせるような、完成された気品と威圧感をまとった少女だった。

 

 背筋を伸ばし、迷いのない足取りで演台へ向かっていく。

 

 誰かが息を呑む音が聞こえた。

 前の列も、隣の列も、壇上から目を離せずにいる。

 振り返らなくても分かる。

 

 この場にいる男子のほとんどが、彼女に釘付けになっていた。

 

 俺も例外ではない。

 美人らしい、どころではなかった。

 絶世の美女。

 

 そんな大げさな言葉が、何の抵抗もなく頭に浮かぶ。

 

 これまでだって、綺麗な女性を見たことはある。

 それでも、ここまで強く目を奪われたことは一度もなかった。

 彼女が演台の前に立つ。

 

 広い体育館は、いつの間にか物音一つしないほど静まり返っていた。

 

「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。生徒会長の天ヶ瀬美紘(あまがせみひろ)です」

 

 凜とした声が、体育館の隅々まで響き渡る。

 声まで綺麗だった。

 だが、ただ耳触りがいいだけではない。

 力強く、聞く者の意識を自然と引きつける声だった。

 

「皆さんは本日、厳しい受験を乗り越え、この聖凰学園の門をくぐりました。今日まで重ねてきた努力に、心から敬意を表します」

 

 彼女は手元の原稿へほとんど目を落とさない。

 背筋を伸ばし、正面を見据えながら言葉を紡いでいく。

 

「しかし、合格は終着点ではありません。ここから始まるのは、これまで以上に厳しい、己との戦いです」

 

 容姿だけではない。

 立ち振る舞いにも、言葉にも、一切の迷いがなかった。

 

「『玉琢(たまみが)かざれば器を成さず』。どれほど優れた才能や素質を持っていようとも、努力を重ね、己を磨き続けなければ、立派な人間にはなれないという意味です」

 

 努力。

 その言葉が、不思議と胸に残った。

 俺は天才ではない。

 前世でも、今世でもそうだ。

 ただ、人より少し長く努力を続けてきただけだった。

 

「我が校のカリキュラムは厳格であり、生徒に求められる水準も極めて高いものです。合格したことで安心し、今日から努力を怠る者がいるならば、その才能はたちまち錆びついていくでしょう」

 

 厳しい言葉だ。

 入学を祝う場で告げるには、少し冷たくすら感じる。

 それでも、不快には思わなかった。

 彼女自身が、誰よりも努力を重ねてきたのだろう。

 そう思わせるだけの説得力があった。

 

「そして、この学園で得られるものは学問だけではありません。友人や先輩、教師との出会いも、皆さんを成長させる大切な糧となるでしょう。互いに高め合い、時には支え合いながら、自らの進む道を見つけてください」

 

 ほんのわずかに、声が柔らかくなった気がした。

 

「皆さんが厳しい環境から逃げることなく、己を磨き続ける覚悟を持っているのならば、私たち生徒会はその努力を尊重し、皆さんの学園生活を支えるために全力を尽くすことを誓います」

 

 天ヶ瀬先輩は一度言葉を切る。

 

 静まり返った体育館を見渡し、最後にはっきりと告げた。

 

「皆さんがこの聖凰学園で、自らを誇れる真の『器』へと成長することを期待しています」

 

 一礼。

 

 直後、体育館を揺らすような拍手が巻き起こった。

 俺も無意識に手を叩いていた。

 

 綺麗だから目を奪われた。

 それは間違いない。

 だが、今はそれだけではなかった。

 堂々とした立ち姿。

 努力を重んじる考え方。

 これだけの人数を前にしても揺らがない自信。

 

 もっと知りたい。

 一度、話してみたい。

 そんな気持ちが、胸の奥から湧き上がってくる。

 

 これが一目惚れなのだろうか。

 前世を含めても、こんな感覚は初めてだった。

 

 天ヶ瀬美紘。

 

 その名前を、俺は心の中で繰り返す。

 生徒会長なら、普段は生徒会室にいるはずだ。

 だが、普通に学校生活を送っているだけで、関わる機会があるとは思えない。

 ならば、こちらから近づくしかない。

 生徒会に入ろう。

 

 その瞬間、俺の高校生活に新しい目標が生まれた。

 

 入学式が終わり、俺たちは再び教室へ戻った。

 

 席へ着いても、先ほど目にした生徒会長の姿が頭から離れない。

 

「噂以上だったな……」

 

 右の方から大輔の呟きが聞こえた。

 どうやら、衝撃を受けたのは俺だけではないらしい。

 むしろ会場にいた男子の大半が、似たような状態だったのだろう。

 

「はい、お疲れさまでしたー」

 

 花城先生の子供っぽい声が教室に響く。

 教卓の上には、入学式前にはなかった大量の書類が積まれていた。

 

「今からいくつか配ります。後ろへ回してください」

 

 花城先生が前列の生徒へ書類の束を渡していく。

 

 学校生活の案内。

 年間予定表。

 時間割。

 生徒手帳。

 部活動の紹介冊子。

 緊急連絡先や健康状態を記入するための用紙。

 

 次々と回ってくる紙を受け取り、種類ごとに机の上へ重ねていく。

 

「記入が必要な書類は、今週中に提出してください。保護者の署名が必要なものもあるので、忘れないように」

 

 保護者の署名か。

 一人暮らしを始めたとはいえ、こういうところではまだ高校生らしい。

 あとで父さんたちに送る必要がありそうだ。

 

「それから、明日は校内案内と自己紹介を行います。通常授業が始まるのは明後日からです」

 

 教室のあちこちから、小さな声が上がる。

 自己紹介。

 何を話すか、今のうちに考えておいた方がいいかもしれない。

 

「座席は一週間、今のままです。私が皆さんの名前と顔を覚えた頃に、改めて席替えをします」

 

 花城先生はそう言いながら名簿を閉じた。

 

「連絡は以上です。今日は慣れないことばかりで疲れたでしょうし、これで終わります」

 

 ずいぶんあっさりしている。

 長々と話を聞かされるよりはありがたいが、本当に必要最低限しか説明しない先生らしい。

 

「配ったものをなくすと、再発行する私が面倒なので気をつけてください」

 

 自分の都合だった。

 

 教室の何人かが笑う。

 

「それでは、今日は解散。寄り道はほどほどに。明日も遅刻しないように」

 

 花城先生が教室を出ていくと、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。

 椅子を引く音。

 鞄へ書類を詰める音。

 友人同士で話す声。

 

 入学初日の教室が、再び騒がしくなる。

 

「じゃあ、また明日ね」

 

 千夏が鞄を肩へ掛けながら言った。

 

「ああ。また明日」

 

 軽く手を振ると、千夏は教室の前方へ向かっていく。

 

 その先にはもう一人のギャル、七瀬ここあの姿があった。

 どうやら、二人は知り合いらしい。

 

 俺も配布物を鞄へ入れ、席を立った。

 

 新しい教室。

 個性の強いクラスメイトたち。

 そして、壇上で目を奪われた生徒会長。

 

 入学式だけだというのに、ずいぶん濃い一日だった。

 だが、高校生活はまだ始まったばかりだ。

 明日から、少しずつこの学園での日常が始まっていく。

 そんなことを考えながら、俺は教室を後にした。

 

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