男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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40話 水辺調査

 調査場所は、施設から少し歩いたところにある浅い川だった。

 

 川幅はそれほど広くなく、水の底にある石まで見えるほど澄んでいる。

 

 職員から網と透明な観察ケース、測定器具、記録用紙を受け取り、班ごとに決められた範囲を調べる。

 

 記録するのは、水温、透明度、川底の様子、そして見つけた魚や小さな生き物の種類だった。

 

「まずは水温と透明度だね」

 

 木下君が手順を確認しながら言う。

 

「俺が水温を測る」

 

 黒瀬君が温度計を受け取った。

 

 川の水に温度計を沈め、しばらく待つ。

 

「……冷たいな」

 

 黒瀬君が短くつぶやいた。

 

「そんなに?」

 

 木下君が覗き込む。

 

「手を入れると分かる」

 

 俺も川の水に指先をつけてみた。

 

 澄んでいるだけあって、見た目以上に冷たい。六月の空気に慣れた身体には、山の水の冷たさがはっきり伝わってくる。

 

「水温、何度?」

 

「十五度」

 

 黒瀬君が目盛りを確認して答える。

 

 木下君が記録用紙へ数値を書き込んだ。

 

「じゃあ、俺は魚を探すか」

 

 大輔は浅瀬へ視線を向ける。

 

「滑りやすいから、気をつけてよ」

 

 本田さんが注意する。

 

「分かってますって」

 

 大輔は慎重に川辺へしゃがみ込み、流れの緩い場所へ網を入れた。

 

 俺は木下君の記録を手伝いながら、黒瀬君が読み上げる数値を書き込んでいく。

 

 姫岡さんと本田さんは、見つかった魚や生き物を資料と見比べる担当になった。

 

「何か入ったぞ」

 

 大輔が水を切りながら、網を持ち上げる。

 

 透明な観察ケースへ移すと、中には小さな魚が一匹入っていた。

 

 銀色の体が、ケースの中で素早く向きを変える。

 

「これ、資料のどれだ?」

 

「見せて」

 

 姫岡さんが資料を開き、観察ケースの中と何度も見比べる。

 

「多分、カワムツ……だと思う」

 

「本当か?」

 

「体の横に線があるし、形も似てるから。でも、魚は詳しくない」

 

「それだけ分かれば十分だよ」

 

 木下君も資料を確認し、該当する魚の名前を記録用紙へ書き込んだ。

 

「よく分かったな」

 

 俺が言うと、姫岡さんは観察ケースから少しだけ距離を取り、資料へ視線を落とした。

 

「資料に特徴が書いてあったから」

 

「それでも、すぐ見つけられるのはすごいと思う」

 

「……絵と説明を見比べるだけなら、できる」

 

「今日の活動に向いてるな」

 

 姫岡さんは少しだけ肩を揺らし、それから小さく頷いた。

 

「……こういうのは、少し楽しいかも」

 

 理由は分からなかったが、朝よりも楽しそうにしているようには見えた。

 

 その後も、大輔が網を入れ、黒瀬君が流れの様子を測り、木下君が記録をまとめていった。

 

 本田さんは観察ケースの中を確認しながら、見つかった魚が弱らないように日陰へ移している。

 

「大輔君、あまり何度も追い回さない方がいいわよ」

 

「分かってるって。捕まえたらすぐ戻すんだろ?」

 

「ならいいけど」

 

「次はもっと大きいのを狙うか」

 

「調査だからね。釣り大会じゃないよ」

 

 木下君が苦笑する。

 

「分かってる。分かってるけど、見えると捕まえたくなるんだよ」

 

「子供みたいね」

 

 本田さんが呆れたように言う。

 

 大輔は言い返そうとしたが、流れの中を泳ぐ小さな魚を見つけると、すぐにそちらへ意識を向けた。

 

「いた」

 

「大輔、足元に気をつけろよ」

 

「ああ」

 

 大輔は川岸の石に手をつき、サンダルのまま浅瀬へ片足を入れた。

 

「つめたっ」

 

 反射的に足を引きかけた大輔が、慌てて体勢を戻す。

 

「さっき水温を測っただろ」

 

「数字で見るのと、足で感じるのは違うんだよ」

 

「それは分かるけど、そこで跳ねるな。危ない」

 

「分かってるって」

 

 大輔は少し肩を震わせながら、網をそっと水に沈めた。

 

 水深は足首にも届かない程度だったが、石の表面は濡れていて滑りやすい。流れも見た目より速く、油断すれば簡単に足を取られそうだった。

 

 次の瞬間、足元の石がわずかに動いた。

 

「おっと」

 

 大輔の身体が少し傾く。

 

「言ったそばから!」

 

 本田さんが声を上げた。

 

 俺は反射的に手を伸ばしかけたが、大輔はどうにか体勢を立て直した。

 

 水しぶきが少しだけ跳ね、膝下が濡れる。

 

「……セーフ」

 

「アウト寄りのセーフだろ」

 

「転んでないからセーフだ」

 

「サンダル、流されなかった?」

 

 木下君が心配そうに尋ねる。

 

「そこは無事」

 

「ならよかったけど、足元は本当に気をつけた方がいいよ」

 

「水が綺麗だったから、つい」

 

「理由になってないわよ」

 

 本田さんはそう言いながらも、完全に怒っているわけではなさそうだった。

 

 姫岡さんも資料を抱えたまま、大輔の濡れた足元を見ている。

 

「……転ばなくてよかった」

 

「姫岡さん、優しいな」

 

「……怪我したら、大変だから」

 

 姫岡さんはそれだけ言って、資料へ視線を戻した。

 

 黒瀬君が川岸を指差す。

 

「戻った方がいい」

 

「はい」

 

 珍しく素直に返事をして、大輔は慎重に浅瀬から戻ってきた。

 

 今度はさっきよりもずっとゆっくりと足を運んでいる。

 

「最初からその慎重さを出せばよかったのに」

 

「失敗から学ぶ男だからな」

 

「失敗する前に学べよ」

 

 俺が返すと、木下君が記録用紙を抱えたまま笑った。

 

「でも、怪我がなくてよかったよ」

 

「それは本当にそうね」

 

 本田さんも頷く。

 

 調査で観察した魚は、職員の指示に従って元の川へ戻した。

 

 姫岡さんはその様子を、最後までじっと見ていた。

 

「名残惜しいのか?」

 

「少し」

 

「楽しかった?」

 

「……うん」

 

 姫岡さんは小さく頷いた。

 

 前髪で表情はよく見えない。

 

 それでも、その声は朝より少しだけ柔らかかった。

 

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