男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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44話 夜の廊下で

 風呂場へ向かう廊下には、同じようにタオルと着替えを持った生徒たちが何人も歩いていた。

 

 キャンプファイヤーが終わった直後だからか、全体的にまだ少し声が浮ついている。

 

 ただ、その足取りには疲れも混ざっていた。

 

 朝からずっと動いて、飯ごう炊さんをして、最後にキャンプファイヤーまでやったのだから当然だろう。

 

「風呂、混んでそうだな」

 

 大輔が前の方を見ながら言った。

 

「この時間に全員まとめて入るなら、多少は混むだろうな」

 

「ゆっくり入りたいんだけどなー」

 

「長風呂したら寝る時間がなくなるぞ」

 

 黒瀬君が淡々と言う。

 

「分かってるって。今日はさすがにすぐ寝る」

 

「本当か?」

 

「本当だって。俺だって疲れてるんだからな」

 

 大輔はそう言いながら、肩を大きく回した。

 

 普段ならまだ騒いでいそうな時間だが、今日はさすがに限界が近いらしい。

 

 その時、廊下の先で女子の列が別方向へ分かれていくのが見えた。

 

 大輔の視線が、ほんの一瞬だけそちらへ動く。

 

「女子も風呂か……」

 

 大輔がぽつりと呟いた。

 

「大輔」

 

「分かってるって。覗いたりしないからな」

 

「誰もそこまでは言ってないぞ」

 

 俺がそう言うと、大輔は一瞬だけ固まった。

 

 その後ろから、穏やかな声が聞こえる。

 

「大輔君、それは自白に聞こえるよ」

 

 振り返ると、直樹がタオルを肩にかけて歩いてきていた。

 

「直樹」

 

「叶多君。そっちも今から風呂かい?」

 

「ああ」

 

 直樹は軽く頷いてから、大輔を見る。

 

「もちろん、大輔君が本気でそういうことをするとは思ってないけどね」

 

「だろ? 俺だってそこまで馬鹿じゃないって」

 

「うん。ただ、そういう話は冗談でも声に出さない方がいいと思うよ。聞いた人が嫌な気持ちになるかもしれないから」

 

「……それはそうだな。悪い」

 

 大輔は素直に頷いた。

 

「うん。分かってるなら大丈夫だよ」

 

 直樹はそう言って、いつものように柔らかく笑った。

 

 黒瀬君が前を見ながら短く言う。

 

「早く行かないと混む」

 

「それは困る」

 

 大輔は気を取り直したように、風呂場の方へ歩き出した。

 

 脱衣所に着くと、予想どおり中はそれなりに混んでいた。

 

 それでも先生たちが時間を区切って案内しているおかげで、動けないほどではない。

 

 俺たちは空いている棚を見つけ、着替えを置いた。

 

「叶多、今日のキャンプファイヤー、結構よかったよな」

 

 服を脱ぎながら、大輔がふと思い出したように言った。

 

「ああ。思っていたより印象に残った」

 

「だよな。火ってすごいな。見てるだけでそれっぽくなる」

 

「言い方は雑だけど、分かるよ」

 

 木下君は苦笑しながら頷いた。

 

 それから、ふと思い出したように続ける。

 

「明日で帰るって考えると、少し早い気もするね」

 

「朝から動きっぱなしだったのにな」

 

 俺はタオルを手に取りながら答えた。

 

 本当に、今日一日は長かったはずだ。

 

 それでも、終わってみるとあっという間だったようにも感じる。

 

 脱衣所の奥からは、風呂場の湯気が流れてきていた。

 

 その温かさに触れた瞬間、体の疲れが急に重くなる。

 

「早く入ろうぜ。立ってるだけで眠くなってきた」

 

 大輔の言葉に、俺たちは小さく頷いた。

 

 風呂場の中は、脱衣所よりもさらに声が反響していた。

 

 湯気で視界が白くなり、洗い場ではシャワーの音が絶えず響いている。

 

 俺たちは空いている洗い場を見つけ、手早く体を洗った。

 

 飯ごう炊さんの後片付けとキャンプファイヤーで思っていた以上に疲れていたのか、肩や腕が少し重い。

 

 体を洗い終えて湯船に入ると、温かさが一気に染みた。

 

 隣では、大輔が湯船の縁に腕を置き、すっかり力を抜いている。

 

 さっきまで廊下で軽口を叩いていたのが嘘のように、今は大人しかった。

 

 俺も肩まで湯に浸かる。

 

 湯に浸かると、張っていた足の力がゆっくり抜けていった。

 

 朝から動き続けていたせいで、体は正直だった。

 

 しばらく、誰も大きな声を出さなかった。

 

 湯気の向こうでは、他の生徒たちの話し声や水音がぼんやり響いている。

 

 俺たちも湯船の縁に腕を預けたまま、ただ温かさに体を任せていた。

 

 熱い湯気に包まれているうちに、さっきまでの賑やかさも少しずつ遠のいていく。

 

 何も考えずにいられる時間が、今はありがたかった。

 

 少しして、直樹が時計の方へ視線を向けた。

 

「このままだと、本当に眠くなりそうだね」

 

 直樹が苦笑しながら言った。

 

「だな」

 

 俺も小さく頷く。

 

 湯の温かさで体の力が抜けて、まぶたまで少し重くなってきていた。

 

「そろそろ出ようか。風呂で寝るわけにもいかないし」

 

「ああ」

 

 点呼の時間もある。

 

 長居しすぎるわけにもいかず、俺たちは湯船から上がった。

 

 湯船から出た途端、体が少し重く感じた。

 

 疲れが取れたというより、疲れていたことを改めて思い出したような感覚だった。

 

 脱衣所に戻ると、さっきよりも少し人が減っていた。

 

 俺たちは体を拭き、用意していた着替えに袖を通す。

 

 髪を拭きながら、大輔が大きくあくびをした。

 

「眠いな……」

 

「今日はさすがに疲れたな」

 

 俺もタオルで髪を拭きながら答える。

 

「戻ったらすぐ寝たい」

 

「点呼が先だろ」

 

 黒瀬君が淡々と言った。

 

「分かってるって。点呼までは起きてる」

 

「その言い方だと、点呼が終わった瞬間に寝そうだね」

 

 直樹が苦笑する。

 

「たぶん寝る」

 

 大輔はそう言って、また小さくあくびをした。

 

 風呂場を出ると、廊下の空気が少し涼しく感じた。

 

 火照った肌に夜の空気が触れて、ようやく頭がはっきりしてくる。

 

 ただ、それと同時に眠気も強くなってきた。

 

 宿泊棟の廊下には、風呂を終えた生徒たちの声がまだ残っている。

 

 けれど、キャンプファイヤーの直後ほどの勢いはもうなかった。

 

 みんな少しずつ、今日が終わる準備に入っているのだろう。

 

 部屋に戻ると、布団はすでに敷かれていた。

 

 それを見た瞬間、大輔が大きく息を吐く。

 

「もう寝たい……」

 

「点呼が先だろ」

 

 黒瀬君が淡々と言った。

 

「分かってる。点呼までは起きてる」

 

 大輔はそう言いながら、布団の横に腰を下ろした。

 

 木下君がしおりを確認する。

 

「もうすぐ先生が来る時間だね」

 

「点呼が終わったら即寝る」

 

「それは同意する」

 

 俺も自分の荷物を軽く整えながら頷いた。

 

 さすがに今日は、布団に入ればすぐに眠れる気がする。

 

 しばらくすると、廊下から先生の足音が聞こえてきた。

 

 部屋の扉が軽く叩かれる。

 

「点呼するよー。いるー?」

 

 気の抜けた声とともに扉が開き、花城先生が顔を出した。

 

 風呂上がりなのか、いつもより少し髪がしっとりしている。

 

 それでも表情は相変わらず眠そうだった。

 

「います」

 

 木下君が代表して答える。

 

 花城先生は部屋の中をざっと見回した。

 

「うん。4人いるね」

 

「先生、確認雑じゃないですか?」

 

 大輔が言うと、花城先生は半目でそちらを見た。

 

「顔見れば分かるし」

 

「そういうものですか」

 

「そういうものです。はい、消灯時間になったらちゃんと寝ること。夜中に騒がない。廊下を走らない。トイレ以外で部屋を出歩かない。以上」

 

「短いな」

 

「長く聞きたい?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 大輔が即座に首を振る。

 

 花城先生は小さく頷いた。

 

「よろしい。じゃ、おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 俺たちが返すと、花城先生は扉を閉めて次の部屋へ向かった。

 

 その足音が廊下の向こうへ遠ざかっていく。

 

 部屋の中に、少しだけ静けさが戻った。

 

「先生も疲れてそうだったな」

 

 木下君が呟く。

 

「今日一日、ずっと生徒見てたんだから当然だろ」

 

 黒瀬君が答える。

 

「先生って大変だな」

 

 大輔が布団に入りながら言った。

 

「まあ、今日は特に大変だっただろうな」

 

 俺がそう返すと、大輔は小さく頷いた。

 

 そんな会話をしながら、俺も自分の布団に入る。

 

 消灯時間になり、部屋の照明が落とされた。

 

 部屋の中は一気に暗くなる。

 

 窓の外から、かすかに虫の声が聞こえてくる。

 

 昼間の騒がしさが嘘のようだった。

 

 布団に入った途端、体の力が抜けた。

 

 今日は、もう何かを考える余裕もない。

 

 目を閉じると、俺の意識はすぐに眠りへ落ちていった。

 

 ☆

 

 目が覚めた時、部屋の中は真っ暗だった。

 

 枕元に置いていたスマホを手に取ると、画面には午前零時四十分と表示されていた。

 

 消灯してから、まだそれほど経っていないように感じていたが、思ったより時間が過ぎていたらしい。

 

 体はまだ重い。

 

 ただ、そのまま寝直すには少し落ち着かなかった。

 

 俺は隣を確認する。

 

 大輔は布団に半分埋もれるようにして、完全に寝入っていた。

 

 さっきまで点呼が終わったら即寝ると言っていたが、本当にその通りになったらしい。

 

 木下君も黒瀬君も、それぞれ静かな寝息を立てている。

 

 起こさないように気をつけながら、俺は布団から抜け出した。

 

 部屋の扉をそっと開ける。

 

 廊下には、消灯後の静けさが落ちていた。

 

 昼間や風呂上がりに聞こえていた生徒たちの声はもうない。

 

 足元灯だけがぼんやりと床を照らしていて、廊下の奥は薄暗い。

 

 俺は扉を静かに閉め、トイレへ向かった。

 

 夜の宿泊棟は、昼間とはまるで別の場所みたいだった。

 

 同じ廊下のはずなのに、音が少ないだけで空気まで変わって見える。

 

 自分の足音も、思っていたより響く。

 

 自然と歩幅が小さくなった。

 

 トイレを済ませて戻る頃には、少しだけ目が冴えていた。

 

 眠気は残っている。

 

 けれど、さっきまでの沈むような感覚は少し薄れていた。

 

 部屋へ戻ろうとして角を曲がったところで、前方に座り込んでいる人影が見えた。

 

 こんな時間に誰だろうと思い、俺は足を止める。

 

 足元灯の淡い明かりに照らされた姿を見て、すぐにそれが生徒ではないと分かった。

 

「……花城先生?」

 

 廊下の壁際に、花城先生が座り込んでいた。

 

 片手を壁につき、もう片方の手で膝のあたりを押さえている。

 

 昼間と同じジャージ姿だ。

 

 ただ、いつもの気だるげな雰囲気とは明らかに違っていた。

 

 顔を上げた先生は、俺を見ると、少し遅れて瞬きをした。

 

「あれ……槻山君……?」

 

 語尾が、いつもより少し伸びている。

 

 それだけで、何となく察してしまった。

 

「先生、大丈夫ですか?」

 

「だいじょーぶ……じゃないかも」

 

 近づくと、かすかに酒の匂いがした。

 

 先生たちの打ち合わせか、慰労のようなものがあったのかもしれない。

 

 だとしても、この状態で廊下に座り込んでいるのはよくない。

 

「先生、飲みました?」

 

「飲んだ……飲んだねえ」

 

「かなり飲んでませんか」

 

「そんなつもりは、なかったんだけど……」

 

 花城先生は壁に手をついたまま、ゆっくり息を吐いた。

 

 顔色が悪い。

 

 冗談で誤魔化せるような状態には見えなかった。

 

「先生、大丈夫ですか?」

 

「……ごめん。ちょっと、気持ち悪い」

 

 花城先生は口元を押さえ、うつむく。

 

 その様子を見て、俺はすぐにトイレの方へ視線を向けた。

 

「トイレまで行きましょう」

 

「ん……」

 

「立てますか?」

 

「立てる、と思う」

 

「分かりました。ゆっくりで大丈夫です」

 

 俺は花城先生の横にしゃがみ、無理に引っ張らないように手を差し出した。

 

「トイレ、すぐそこです。俺が支えますから」

 

「ごめんねぇ……槻山君」

 

「今は気にしなくていいです。まずは移動しましょう」

 

 花城先生は小さく頷き、壁に手をつきながらゆっくり立ち上がった。

 

 トイレまでは遠くない。

 

 それでも、今の花城先生にはその数メートルが長いらしい。

 

 足取りは頼りなく、何度か壁に手をつきながら進む。

 

 俺は先生の体を必要以上に支えすぎないようにしながら、倒れないよう横についた。

 

 ようやくトイレの前まで来ると、花城先生は小さく息を吸った。

 

「……ごめ、ちょっと」

 

「大丈夫です。ゆっくりでいいです」

 

 中へ入った直後、花城先生は個室の方へ向かい、その場に膝をついた。

 

 俺はすぐに横へ回り、視線を逸らしながら背中に手を添える。

 

「無理に我慢しなくていいです」

 

「……ん」

 

 花城先生は苦しそうに背中を丸めた。

 

 俺は何も言わず、呼吸に合わせるように背中をゆっくりさすった。

 

「大丈夫です。焦らなくていいですから」

 

 できるだけ落ち着いた声で言う。

 

 俺は強くさすりすぎないように気をつけながら、ただそばについていた。

 

 少しして、先生の呼吸がゆっくり落ち着いてくる。

 

「……ごめん」

 

「大丈夫です。少し落ち着きましたか?」

 

「うん……ちょっと、まし」

 

「水、飲めそうですか?」

 

「……あとで」

 

「分かりました」

 

 俺は背中に添えた手をそのままに、先生がもう少し落ち着くのを待った。

 

 普段の花城先生なら、こんな姿を見られたことを面倒くさがるかもしれない。

 

 けれど今は、そんな余裕もないらしい。

 

「槻山君……」

 

「はい」

 

「こういう時、ちゃんとしてるねぇ……」

 

「そうですか?」

 

「うん……面倒見いい」

 

 花城先生は力の抜けた声でそう言った。

 

「いい旦那さんになれるよ、たぶん」

 

「先生、酔ってますね」

 

「酔ってるけど……そこは、本音だよ」

 

「今は喋らなくていいです。もう少し落ち着いてからにしましょう」

 

「ん……」

 

 花城先生は小さく頷いた。

 

 俺は少し距離を取り、先生の様子を見守った。

 

 廊下の方は静かだった。

 

 誰かが起きてくる気配はない。

 

 夜中の宿泊棟で、俺はしばらくの間、花城先生が落ち着くのを待っていた。

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