男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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45話 雨音と帰りのバス

 翌朝。

 

 窓の外では、細かい雨が降っていた。

 

 屋根を叩く雨音を聞きながら体を起こす。昨日まで何とか持っていた空は、最後の日になって崩れたらしい。

 

「……雨か」

 

 隣の布団から、大輔が寝ぼけた声を漏らした。

 

「起きろ。朝の集いに遅れるぞ」

 

「雨なら中止でよくないか……?」

 

「ホールでやるんだろ」

 

「林間学校、最後まできっちりしてるな……」

 

 大輔はぼやきながら布団から起き上がった。

 

 木下君はすでにしおりを開いて予定を確認している。黒瀬君も無言で身支度を始めていた。

 

「今日の予定って何だっけ」

 

 大輔が目をこすりながら尋ねる。

 

「朝の集い、朝食、部屋の清掃、班別振り返り、閉所式。そのあとバスで学校に戻る予定だよ。昼食は車内で配られるみたい」

 

「昼はバスか」

 

「雨だから、早めに戻るみたい」

 

「それは助かる」

 

 昨日は水辺の調査に飯ごう炊さん、キャンプファイヤーまであった。

 

 体力がある方ではない俺も、正直まだ疲れが残っている。

 

 それでも、今日で林間学校は終わりだと思うと、少しだけ寂しい気もした。

 

「槻山君、昨日遅くなかった?」

 

 木下君がふとこちらを見る。

 

「トイレに起きただけだよ」

 

「そうなんだ」

 

 木下君はそれ以上深く聞いてこなかった。

 

 俺たちは身支度を済ませ、朝の集いが行われる多目的ホールへ向かった。

 

 廊下の窓には、細かい雨粒がついている。

 

 外に出なくていい分、昨日よりは楽かもしれない。

 

 多目的ホールには、すでに他の班も集まっていた。

 

 七瀬さんは千夏に軽く背中を押されながら歩いている。

 

「ここあ、あと少しだから頑張って」

 

「起きてる」

 

「目、ほぼ閉じてるけど」

 

「省エネモード」

 

「はいはい。転ばないでね」

 

「うーい」

 

 朝からいつも通りのやり取りだった。

 

 少し離れたところでは、本田さんと姫岡さんが並んでいる。

 

 姫岡さんは前髪の奥で小さく頷きながら、本田さんの話を聞いていた。初日よりも、少しだけ自然に輪の中へ入れているように見える。

 

「はい、並べー」

 

 花城先生の気だるげな声が響いた。

 

 いつも通りのジャージ姿だが、今朝は少しだけ声に力がない。

 

「おはよー……三日目だぞー。雨だから朝の集いはホールでやるぞ。家に帰るまでが林間学校だからなー……」

 

「先生、声が死んでる」

 

 大輔が小声で呟いた。

 

 けれど、花城先生には聞こえていたらしい。

 

「梅原君。今の、先生の心に刺さったぞー」

 

「すみません!」

 

「あとで反省文なー」

 

「理不尽!」

 

 ホールに軽い笑いが広がる。

 

 花城先生は気にした様子もなく、出席確認と今日の予定を手早く済ませた。

 

 朝の集いが終わり、朝食へ向かおうとしたところで、花城先生がこちらへ手を上げる。

 

「槻山君」

 

「はい」

 

 呼ばれて足を止めると、花城先生は眠そうな目のまま近づいてきた。

 

「昨日はありがとなー」

 

「いえ。大丈夫でしたか?」

 

「大丈夫大丈夫。先生、復活したから」

 

 そう言いながらも、声にはまだ少し疲れが残っている。

 

「無理はしないでくださいね」

 

「生徒に心配される教師、だいぶ情けないなー」

 

「昨日の状態を見たら、心配くらいしますよ」

 

「それもそうだ」

 

 花城先生はあっさり頷いた。

 

 すると、隣にいた大輔が首を傾げる。

 

「叶多、昨日何かあったのか?」

 

「少しな」

 

「少しって何だよ」

 

「花城先生が困っていたから、手伝っただけだ」

 

「へえ?」

 

 大輔がさらに聞きたそうにすると、花城先生がひらひらと手を振った。

 

「大したことじゃないぞ。先生がちょっと大人の事情で弱ってただけだ」

 

「大人の事情?」

 

「梅原君はまだ知らなくていい世界だ」

 

「なんか気になる言い方やめてくださいよ」

 

「気にするな。ほら、朝食行けー」

 

 花城先生に追い払われ、大輔は納得していない顔のまま歩き出した。

 

 朝食は施設の食堂で取った。

 

 ご飯、味噌汁、焼き魚、卵焼き、小鉢。

 

 特別豪華というわけではないが、雨音を聞きながら食べる朝食は、昨日までのにぎやかさとは違って落ち着いていた。

 

「キャンプファイヤー、思ったより疲れたな」

 

 大輔が味噌汁を飲みながら言う。

 

「でも、楽しそうだったよ」

 

 木下君が笑う。

 

「まあな。ああいうのは勢いが大事だから」

 

「黒瀬も、最後の方はちゃんと動いてただろ」

 

 大輔がそう言うと、黒瀬君は少しだけ箸を止めた。

 

「……合わせただけだ」

 

「それができるなら十分だろ」

 

「梅原君が前で間違えたから、逆に分かりやすかった」

 

「俺のミスを目印にするなよ」

 

 木下君がこらえきれずに笑った。

 

 黒瀬君の言葉は相変わらず短い。

 

 けれど、最初に同じ班になった時よりは、少しだけ会話に混ざるようになっていた。

 

 朝食を終えると、宿泊室へ戻って荷物整理と清掃に入った。

 

 布団を畳み、シーツをまとめ、棚や床を確認する。

 

「大輔、棚の下に靴下が落ちてるぞ」

 

「俺のじゃない」

 

「名前書いてあるけど」

 

「俺のだった」

 

 大輔はあっさり前言を撤回し、棚の下から靴下を回収した。

 

「なんでそんなところに入るんだよ」

 

「自分の靴下だろ」

 

「靴下にも旅がしたい日があるんだよ」

 

「なんだそれ」

 

 黒瀬君が即座に突っ込む。

 

「黒瀬、たまに容赦ないな」

 

「今のは黒瀬君が正しいと思うよ」

 

 木下君が苦笑しながら言った。

 

 俺も思わず口元が緩む。

 

 清掃を終え、職員の確認を受ける。

 

 大きな問題はなく、俺たちは荷物を持って多目的ホールへ向かった。

 

 班別振り返りは、思っていたよりも簡単なものだった。

 

 三日間の活動で良かったことや大変だったことを、班ごとに短く話し合って用紙へまとめる。

 

「火起こしは俺が頑張った」

 

 大輔が真っ先に言う。

 

「何度か薪を入れすぎそうになってたけどね」

 

 木下君が苦笑しながら付け加えた。

 

「そこは反省してる」

 

「反省が早い」

 

 黒瀬君が短く言う。

 

「黒瀬、ちょっと俺に厳しくないか?」

 

「慣れた」

 

「慣れた結果がそれかよ」

 

 本田さんがそのやり取りを聞いて、少し笑った。

 

「でも、梅原君が火を見てくれていたのは助かったわよ。私はご飯の方を見られたし」

 

「ほらな。ちゃんと役に立ってる」

 

「調子に乗らない」

 

「はい」

 

 大輔はすぐに背筋を伸ばした。

 

 そんなやり取りを挟みながら、俺たちは振り返り用紙を埋めていく。

 

 水辺の調査では、姫岡さんが資料を見ながら魚を確認してくれた。

 

 飯ごう炊さんでは、本田さんが米を研ぎ、木下君が手順や道具を確認してくれた。

 

 黒瀬君は口数こそ少ないが、火の扱いや片づけでは必要なことをきちんと押さえていた。

 

 大輔は騒がしいが、班の空気を明るくしてくれた。

 

 こうして書き出してみると、俺たちはちゃんと班として動けていたのだと思う。

 

「姫岡さんは、何か書きたいことある?」

 

 俺が尋ねると、姫岡さんは少しだけ考えてから、用紙へ視線を落とした。

 

「……楽しかった、です」

 

 小さな声だった。

 

 けれど、その一言だけで十分な気がした。

 

「じゃあ、それも書いておこう」

 

「……うん」

 

 姫岡さんは小さく頷いた。

 

 班別振り返りが終わると、そのまま閉所式へ移った。

 

 施設の職員から短い挨拶があり、代表の生徒が礼を述べる。

 

 花城先生は最後にマイクを持ち、いつもの気だるげな声で締めた。

 

「はい、これで林間学校の活動はほぼ終わりだぞー。あとはバスに乗って帰るだけだ。昼食の弁当は、時間になったら車内で配るからなー。家に帰るまでが林間学校だからなー。寄り道するなよー」

 

 昨日よりは少しだけ声が戻っている。

 

 それを聞いて、俺は少し安心した。

 

 閉所式が終わると、生徒たちは順番にバスへ向かった。

 

 外はまだ雨が降っている。

 

 傘を差して移動し、荷物を預けてから座席へ向かう。

 

 帰りのバスは、行きよりもずっと静かだった。

 

 雨で濡れた荷物を預け終えた生徒たちは、疲れた様子でそれぞれ空いている席へ座っていく。

 

 俺は窓際の席に座り、外を流れる雨粒を眺めた。

 

 大輔は後ろの方で、木下君や黒瀬君と何か話している。

 

 しばらく窓の外を眺めていると、通路側で小さな足音が止まった。

 

「……か、叶多君」

 

 顔を上げると、姫岡さんがしおりを胸元に抱えたまま立っていた。

 

「ここ、空いてる?」

 

「ああ。空いてるよ」

 

「……座っても、いい?」

 

「もちろん」

 

 姫岡さんは小さく頷き、俺の隣へ静かに腰を下ろした。

 

 バスがゆっくりと動き出す。

 

 窓の外では、雨に濡れた山の景色が流れていった。

 

 行きのバスとは違って、車内はずいぶん静かだった。

 

 疲れているのか、窓の外を眺めている生徒も多い。

 

 後ろの方では大輔たちが小声で何か話していたが、それもすぐに雨音とエンジン音に紛れていった。

 

「そういえば」

 

 俺が口を開くと、隣の姫岡さんがわずかにこちらを見る。

 

「紫電のレガリア、少し見たよ」

 

「……え」

 

 姫岡さんの肩が小さく跳ねた。

 

「この前、姫岡さんが話してたやつ。まだ途中だけど」

 

「ほ、本当に、見たの?」

 

「ああ。リオン・ハーシェルが、カイ・レーヴェと相対するところまでは見た」

 

「……そこまで見たんだ」

 

 前髪で表情は見えにくい。

 

 けれど、膝の上でしおりを握る指に、少しだけ力が入っている。

 

「最初は完全に敵だと思ったけど、ただの悪役って感じじゃなかったな。リオンを止めようとしてるのに、妙に――」

 

「……そう」

 

 姫岡さんは小さく頷いた。

 

「そこは、もう少し見たら分かると思う」

 

「分かった。楽しみにしておく」

 

「うん」

 

 姫岡さんはそれだけ言うと、少しだけ窓の外へ視線を戻した。

 

 雨でぼやけた景色を見つめる横顔は、行きのバスで見た時よりも柔らかく見えた。

 

 その後も、姫岡さんは紫電のレガリアについて話してくれた。

 

 普段の姫岡さんは、必要なことを短く話すことが多い。

 

 けれど、自分の好きなものの話になると、言葉が少しずつ増えていく。

 

 話しているうちに、姫岡さんの声はいつもより少しだけ弾んでいた。

 

「そこ、次に見る時は覚えておくよ」

 

「うん」

 

 姫岡さんは小さく頷く。

 

 しばらくそんな話をしているうちに、バスは山道を抜け、少しずつ街へ近づいていった。

 

 時計を見ると、もう昼が近い。

 

 前方から先生たちが通路を歩き、弁当と紙パックのお茶を配り始める。

 

 俺のところにも、簡単な弁当が入った紙袋が渡された。

 

「弁当、来たな」

 

「うん」

 

 紙袋を開けると、中には唐揚げ弁当が入っていた。

 

 俵型のおにぎりが二つに、唐揚げが四つ。端には卵焼きと小さなポテトサラダ、漬物が添えられている。

 

 豪華というほどではないが、疲れた体には十分ありがたい内容だった。

 

「お! 唐揚げ弁当じゃん!」

 

 少し後ろの席から、大輔の声が聞こえた。

 

「声大きいぞ」

 

「悪い。でも、これは言いたくなるだろ」

 

 大輔はそう言って、さっそくおにぎりを食べ始めている。

 

 俺もおにぎりを一つ取り、口へ運んだ。

 

 雨音とエンジン音が混ざる車内で食べる弁当は、特別なものではないのに妙に落ち着く。

 

 姫岡さんも両手でおにぎりを持ち、小さく口をつけていた。

 

「食べづらくない?」

 

「へ、平気」

 

「ならよかった」

 

「……こういうの、少し好き」

 

「バスの弁当?」

 

「うん。ちょっと特別な感じがするから」

 

「ああ、分かる気がする」

 

 行事の終わりに、バスの中で食べる弁当。

 

 少し眠くて、少し疲れていて、でもまだ完全には日常へ戻っていない。

 

 そういう中途半端な時間だからこそ、記憶に残るのかもしれない。

 

 弁当を食べ終える頃には、車内の話し声も少しずつ小さくなっていた。

 

 大輔も、さっきまで騒いでいたのが嘘みたいに静かになっている。

 

 俺は紙袋を畳み、膝の上に置いた。

 

「疲れた?」

 

 隣に声をかけると、姫岡さんは少し遅れて頷いた。

 

「……少し」

 

「三日間、結構動いたからな」

 

「うん。でも……楽しかった」

 

「それならよかった」

 

 姫岡さんは小さく頷いた。

 

 そのまま窓の外へ視線を向ける。

 

 雨にぼやけた街並みが、ゆっくり後ろへ流れていく。

 

「同じ班で……よかった」

 

 小さな声だった。

 

 けれど、ちゃんと聞こえた。

 

「俺もそう思うよ。姫岡さんには何度も助けられたし」

 

「……そんなに、何かした?」

 

「オリエンテーリングでも、川の調査でも、飯ごう炊さんでも助かったよ」

 

「……そっか」

 

 姫岡さんはそれだけ言うと、少しだけ肩の力を抜いた。

 

 バスは雨の道を進んでいく。

 

 揺れは小さく、雨音も静かで、眠気を誘う。

 

 しばらくすると、隣から小さな寝息が聞こえた。

 

 見ると、姫岡さんは目を閉じていた。

 

 膝の上に置いたしおりが、少しだけずれかけている。

 

 俺は落ちそうになったしおりを、そっと押さえた。

 

 その時、バスがゆるくカーブする。

 

 姫岡さんの身体が少し傾き、そのまま俺の肩へ、こつんと頭が触れた。

 

「……」

 

 よほど疲れていたのだろう。

 

 姫岡さんは、目を覚ます気配がなかった。

 

 俺は肩を動かさないように、少しだけ姿勢を整える。

 

 せっかく眠れたのなら、起こさない方がいい。

 

 窓の外では、雨粒が細く流れている。

 

 林間学校の疲れが、バスの静けさの中でゆっくりほどけていくようだった。

 

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