男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

47 / 52
47話 7月に入っちまったな

 林間学校から戻り、数日が経った。

 

 教室には、すっかり普段の空気が戻っている。

 

 窓の外には、梅雨らしい灰色の雲が広がっていた。雨こそ降っていないものの、朝から蒸し暑く、開けた窓から入ってくる風も生ぬるい。

 

「7月に入っちまったな……」

 

 前の席から振り返った大輔が、机に頬杖をつきながら呟いた。

 

「入ったな」

 

「もう期末だぞ。中間が終わったと思ったら林間学校で、帰ってきたらすぐ期末って、早すぎないか?」

 

 大輔はそう言うと、黒板脇に掛けられたカレンダーへ目を向けた。

 

 期末考査までは、あと4日。

 

 試験範囲はすでに発表されており、教室でも朝から教科書や問題集を開いている生徒が目立っている。

 

「林間学校が終わったら、そのまま夏休みでよかっただろ」

 

「さすがに早すぎないかな」

 

 右隣の水瀬が、苦笑を浮かべた。

 

「気持ちの上では、もう夏休みなんだよ」

 

「実際の夏休みまでは、まだ3週間くらいあるけどね」

 

「数えなくていい。余計に遠く感じるだろ」

 

 大輔は大げさにため息を吐くと、改めて俺の方を向いた。

 

「叶多は前回8位だったからって、余裕ぶってない?」

 

「別に余裕ってわけじゃ……それに、大輔も17位だっただろ」

 

「だからだよ。またあれだけ勉強するのかと思うと、今から気が重いんだって」

 

「結局やるんだろ?」

 

「やるけどさ。やるからって、文句まで我慢する必要はないだろ」

 

 大輔は普段こそ軽い調子で話しているが、試験が近づけば、それなりに勉強時間を確保している。

 

 何もせずに学年17位へ入れるほど、器用なタイプではない。

 

「大輔君は、文句を言いながらも最後までちゃんとやるからね」

 

 水瀬がそう言うと、大輔は少しだけ満足そうに眉を上げた。

 

「それだよ。そういう評価が欲しかったんだよ」

 

「まあ、文句を言いながらでも、ちゃんとやってるのは偉いと思うぞ」

 

「だろ?」

 

「褒められた途端、元気になったね」

 

「やる気を維持するには、周りからの評価も必要なんだよ」

 

 大輔がもっともらしい顔で言う。

 

 先ほどまで気の重そうな顔をしていたのが嘘のようだった。

 

 教室の中では、期末考査について話している生徒が多い。

 

 試験範囲を確認する声や、放課後に一緒に勉強しようと誘う声が、あちこちから聞こえてくる。

 

 一方で、まだ林間学校の話をしている生徒もわずかに残っていた。

 

 吊り橋が怖かっただとか、飯ごう炊さんで米を焦がしただとか。

 

 数日前まで教室中で聞こえていた話も、今では休み時間に時折耳へ入る程度になっている。

 

 林間学校が終わり、期末考査が近づき、その先には夏休みが待っている。

 

 7月に入った途端、時間の流れが急に早くなったように感じられた。

 

 そうしているうちに、教室前方の扉が開いた。

 

 担任が入ってきたのを見て、立ち歩いていた生徒たちが、それぞれの席へ戻っていく。

 

 水瀬も前へ向き直り、大輔も自分の席へ座り直した。

 

「ホームルームを始めるぞ」

 

 担任は教卓へ出席簿を置き、教室を見渡した。

 

「期末考査まであと4日だ。試験範囲はすでに伝えられていると思うが、変更や追加がないか、各教科でもう一度確認しておくように」

 

 教室のあちこちから、わずかにため息が漏れた。

 

 大輔も何か言いたそうにしていたが、黙ったまま筆箱からペンを取り出している。

 

 口ではあれだけ文句を言っていても、準備を怠るつもりはないらしい。

 

「それから、期末考査が終わったあとの予定についても連絡しておく」

 

 担任が手元のプリントを持ち上げる。

 

 前の席から順番に用紙が回されてきた。

 

 受け取った紙には、答案返却や短縮授業、終業式までの予定がまとめられている。

 

 さらに、その下には、水泳授業開始についての項目も記載されていた。

 

 期末考査が終わっても、すぐに夏休みというわけではないらしい。

 

「体育については、10日から水泳授業に入る。初回は2時間続きだ。水着や水泳帽など、必要なものは事前に確認しておけ」

 

 担任の言葉に、教室がわずかにざわついた。

 

 男子の反応は、素直に楽しみにしている者と、何となく落ち着かない様子の者に分かれている。

 

 女子たちは近くの席同士で顔を見合わせ、プリントの日付を確認していた。

 

「水泳授業は男女合同で行うが、更衣場所と着替えの時間は完全に分ける。プールサイドでの待機場所についても、教師の指示に従うこと」

 

 担任はそこで一度言葉を切り、教室を見渡した。

 

「それと、浮かれて余計な問題を起こさないように。本人だけでなく、クラス全体の授業にも影響が出るからな。節度を持って行動しろ」

 

 先ほどまでざわついていた男子たちが、そろって口を閉じた。

 

「ほかの予定は、プリントに書いてあるとおりだ。紛失しないように」

 

 担任が出席を取り始め、教室の空気も少しずつ落ち着いていった。

 

 右隣では、水瀬が配られた予定表を丁寧にファイルへしまっている。

 

 前を見ると、大輔は水泳授業の日付に丸をつけていた。

 

 期末考査の日程には、何も書き込んでいない。

 

 何に期待しているのかは、聞かなくても分かった。

 

 ☆

 

 昼休み。

 

 俺は弁当を持って、大輔たちと一緒に食堂へ向かった。

 

 昼休みになったばかりだというのに、食堂の中はすでに多くの生徒で賑わっている。

 

 大輔と水瀬が昼食を受け取りに行っている間に、俺は空いていたテーブルを確保した。

 

「期末が終わったら、いよいよ夏って感じだよな」

 

 トレーを手に戻ってきた大輔が、俺の向かいへ腰を下ろした。

 

 朝のうちは気が重そうだったが、昼になるころには、すっかり普段どおりに戻っている。

 

「まだ終業式までは少しあるけどね」

 

 水瀬も隣の席へ座りながら答えた。

 

「そこはもう誤差だろ。水泳が始まって、答案が返ってきたら、あとは夏休みを待つだけだ」

 

「期末が終われば、一気に夏休みが近く感じるだろうね」

 

 大輔は満足そうに頷き、定食の唐揚げを口へ運んだ。

 

「そういえば、お前らは夏休み、何か予定あるのか?」

 

 大輔が、俺と水瀬を順番に見る。

 

「僕は部活かな、大会もあるし」

 

「叶多は?」

 

「バイトがある。あとは、普通自動二輪の合宿免許に行くつもりだ」

 

「合宿免許?」

 

 大輔が箸を止めた。

 

「ああ。夏休みに入ったら、10日ほど泊まり込みで行く」

 

「バイクに乗るのか?」

 

「そのつもりだ」

 

「お前、もう免許を取れる歳だったっけ?」

 

「今はまだ15だ。7月12日が誕生日なんだよ」

 

「12日って……もうすぐじゃん」

 

「そうだな」

 

 大輔は、初めて聞いたと言わんばかりに目を丸くした。

 

「なんで今まで言わなかったんだよ」

 

「別に隠していたわけじゃない。話す機会がなかっただけだ。誕生日なんて、そんなに気になるものか?」

 

「あるでしょ」

 

 すぐ近くから声が聞こえ、そちらへ顔を向ける。

 

 昼食を受け取ってきた千夏と瑞葉が、トレーを手に立っていた。

 

「友達の誕生日なんだから、普通は気になるよ」

 

 千夏はそう言い切ると、空いていた席へトレーを置いた。

 

 瑞葉もその隣へ座る。

 

「瑞葉も知らなかったよね?」

 

「うん。叶多から誕生日の話を聞いたことはなかったかな」

 

「自分から言うことでもないと思ってたんだよ」

 

「そういうところ、叶多らしいけどさ」

 

「それで、夏休みに合宿免許へ行くの?」

 

「ああ。店長にも、その間は休ませてもらえるように話してある」

 

「10日って、結構長いんだね」

 

 瑞葉が驚いたように言う。

 

「合宿だからな。その分、通うより早く取れる」

 

「帰ってきたら、すぐバイクを買うのか?」

 

 大輔の問いに、俺は頷いた。

 

「免許が取れたら買うつもりだ。候補はもう決めてある」

 

「もう決めてるのかよ」

 

「前から調べてたからな」

 

「叶多って、こういうところは準備が早いよね」

 

 千夏が感心したように言う。

 

「でも、バイトに合宿免許って、それだけで夏休みが終わっちゃわない?」

 

「全部埋まってるわけじゃない」

 

「じゃあ、みんなでどこか遊びに行こうよ」

 

「海」

 

 大輔が間を置かずに答えた。

 

「大輔、早いって」

 

 瑞葉が小さく笑う。

 

「夏休みなら海だろ。ほかに何があるんだよ」

 

「夏祭りとか、花火とかもあるでしょ」

 

「それも行けばいいじゃん」

 

 千夏と大輔が、早くも夏休みの予定を並べ始める。

 

「叶多は、いつなら空いてる?」

 

「合宿の日程は決まってる。あとはバイトのシフト次第だな。早めに決めてくれれば、店長には相談できる」

 

「じゃあ、期末が終わったら、みんなにも聞いて決めよう」

 

 千夏がそう言うと、大輔もすぐに頷いた。

 

 まだ期末考査すら始まっていない。

 

 それでも、夏休みの予定について話している間だけは、試験まであと4日という現実を少し忘れられた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。