期末考査最終日。
終了を知らせるチャイムが鳴ると、教室のあちこちから安堵の息が漏れた。
「そこまで。筆記用具を置いて、後ろから答案用紙を回収してくれ」
試験監督をしていた教師の指示に従い、答案用紙が前へ送られていく。
俺も手元から離れていく答案を見送り、小さく息を吐いた。
大きな失敗をした感覚はない。
細かい部分まで正解しているかは、答案が返ってこなければ分からないが、前回から大きく順位を落とすような出来ではないと思う。
教師は集められた答案用紙の枚数を確認すると、教室を出ていった。
扉が閉まった直後、前の席に座っていた大輔が、力尽きたように机へ突っ伏した。
「終わったぁ……」
教室内でも、似たような声が上がっている。
試験期間中ずっと張り詰めていた空気が、一気に緩んだようだった。
「大輔君、お疲れさま」
右隣の水瀬が声をかける。
「ああ……しばらく何も考えたくない」
「手応えはどうだった?」
「悪くはないと思う。数学の最後だけ、ちょっと怪しいけど」
大輔は机に顔を伏せたまま答えた。
何も考えたくないと言いながら、試験の内容はしっかり覚えているらしい。
しばらくそのまま動かなかったが、不意に何かを思い出したように顔を上げた。
「よし。明日は水泳だな」
「期末考査が終わって、最初に出てくるのがそれなんだね」
水瀬が苦笑を浮かべる。
「終わった試験のことを考えても仕方ないだろ。これからの楽しみを考えた方がいい」
「切り替えが早いね」
「引きずったって点数は変わらないからな」
大輔はもっともらしく頷いた。
試験が終わったばかりだというのに、本人の意識はすでに明日の水泳授業へ向いているようだった。
「叶多は泳げるのか?」
「授業で困らない程度には」
「普通ってことか」
「そうだな」
泳ぐこと自体は嫌いではない。
ただ、特別に速いわけでも、得意な泳法があるわけでもなかった。
「直樹は?」
「僕も一通りは泳げるよ」
「なんか直樹は速そうなんだよな」
「そう言われても困るけどね」
水瀬はそう答えながら、机の上に出していた筆記用具を筆箱へ戻していく。
教室では、明日の水泳授業について話し始める生徒も増えていた。
水着を忘れないようにしろ。
水泳帽をどこへしまったか分からない。
久しぶりだから、きちんと泳げるか不安だ。
話の内容はそれぞれだったが、期末考査が終わった直後ということもあって、どの声もどこか浮ついている。
「初回は2時間続きだったよな」
「ああ」
「泳力確認だけで終わるのかな」
「最初に説明もあると思うよ」
水瀬が答える。
男女合同で行われる水泳授業には、更衣室や待機場所をはじめ、いくつかの決まりが設けられている。
初回は実際に泳ぐ時間より、注意事項の説明や確認に使う時間の方が長くなるかもしれない。
「まあ、試験よりは何でもいい」
大輔はそう言うと、晴れやかな顔で大きく伸びをした。
期末考査が終わったという実感は、明日になってから本格的に湧いてくるのかもしれない。
☆
翌日。
空には、久しぶりに青空が広がっていた。
梅雨が明けたわけではないらしいが、朝から日差しが強く、教室の窓から見える校庭も明るく照らされている。
「絶好のプール日和だな」
前の席から振り返った大輔が、上機嫌で言った。
「昨日まで試験だったとは思えないな」
「試験はもう終わった。今日は水泳。それだけ考えればいい」
大輔の中では、期末考査はすでに過去の出来事になっているらしい。
右隣では、水瀬が時間割を確認していた。
「1時間目と2時間目だから、ホームルームが終わったらすぐに移動だね」
「朝から泳ぐのか」
「午後よりは涼しくていいんじゃないかな」
教室内には、水着の入った袋を机の横へ掛けている生徒が多い。
女子たちも近くの席同士で、忘れ物がないか確認していた。
やがて花城先生が教室へ入り、出席確認と簡単な連絡を済ませた。
「はいはい、1時間目と2時間目は水泳なー。体育委員を先頭に移動しろ」
花城先生は教卓の上へ出席簿を置き、気だるそうに教室を見渡す。
「男子と女子で更衣室が違うから、間違えるなよー。間違えましたじゃ済まないからなー。ほら、さっさと行け」
花城先生に追い立てられ、教室内の生徒たちが一斉に動き始める。
俺も水着の入った袋を手に取り、大輔と水瀬に続いて教室を出た。
男子更衣室は、校舎から渡り廊下を進んだ先にあるプール棟の1階だった。
中へ入ると、すでに何人もの男子が着替えを始めている。
「やっぱり水泳が始まると、夏って感じがするな」
大輔が制服の上着を脱ぎながら言った。
「確かに、昨日までとは雰囲気が違うね」
水瀬がそう答えながら、手早く着替えを進めていく。
俺も制服を畳み、学校指定の水着へ着替えた。
男子用の水着は、紺色を基調としたシンプルなデザインだった。
「忘れ物はないよね?」
先に着替えを終えた水瀬が、水泳帽とタオルを確認しながら尋ねた。
「大丈夫だって。水着も帽子もちゃんと持ってきた」
大輔も自分の荷物を確認し、水泳帽を手に取った。
着替えを終えた生徒から、順番に更衣室を出ていく。
「早く着替えて行けー。遅れるぞー」
更衣室の外から、花城先生の声が聞こえてきた。
「今行きます」
大輔が返事をし、俺たちも更衣室を出た。