入学式の翌日。
教室へ入ると、昨日よりも少しだけ騒がしくなっていた。
まだ知り合って一日も経っていないはずなのに、すでにいくつかの集まりができている。
内部進学組が中心なのだろう。
「おはよ、叶多くん」
「おはよう、火野さん」
席へ向かうと、先に来ていた千夏から声をかけられた。
「千夏でいいよ」
「分かった。千夏」
そう呼ぶと、千夏が少しだけ目を丸くした。
「本当にすぐ呼ぶんだ」
「そう呼んでほしいって言ったのは千夏だろ?」
「そうだけど、普通はもうちょっとためらうじゃん」
「呼び方くらいで大げさだな」
「あはは。やっぱり叶多くん、ほかの男子とはちょっと違うね」
「そうかな?」
「うん。変に緊張しないし、普通に話すし」
千夏はどこか面白そうに俺を見る。
俺としては、同じクラスの相手と普通に話しているだけなのだが。
だが、考えてみれば、この世界の男子は女子と接する機会そのものが少ない。
女子を前にすれば必要以上に緊張し、嫌われないように気を遣いすぎる。
そのせいで、かえって距離の取り方が分からなくなっているのかもしれない。
前世では男女が同じくらいいた。
職場にも女性はいたし、仕事で話す機会も珍しくなかった。
その経験がある分、俺はこの世界の男子より女子との接し方に慣れているのだろう。
思っていた以上に、大きな違いなのかもしれない。
「何か考えてる?」
「いや、なんでもない」
「そう?」
「ああ」
千夏は少し不思議そうに俺を見たが、それ以上は聞いてこなかった。
「でも、話しやすいのは本当だよ。変に緊張してないし」
「それならよかった」
「やっぱり、ほかの男子とはちょっと違うね」
千夏はどこか面白そうに笑った。
この世界では普通に話すだけでも珍しいらしい
そこで予鈴が鳴った。
千夏は前へ向き、俺も鞄を机の横へ掛ける。
ほどなくして教室の扉が開き、花城先生が入ってきた。
「おはようございまーす」
子供っぽい高い声が教室に響く。
「おはようございます」
揃っているような、いないような挨拶が返った。
花城先生は特に気にした様子もなく、教卓へ名簿を置く。
「まずは出席を取ります。昨日と同じ順番なので、呼ばれたら返事してください」
出席確認は昨日よりも早く進んだ。
全員が揃っていることを確かめると、花城先生は黒板へ向き直る。
白いチョークで、大きく文字を書いた。
『自己紹介』
「今日は予定どおり、皆さんに自己紹介をしてもらいます」
教室のあちこちから、小さな声が上がる。
楽しみにしていた者もいれば、露骨に嫌そうな顔をする者もいた。
「話す内容は、名前、趣味や特技。それから、高校でやってみたいことでも話してください」
花城先生は教室を見回した。
「時間は一人1分くらい。せっかく同じクラスになったんですから、顔と名前くらいは覚えて帰りましょう」
教室のあちこちから、小さな声が上がる。
特に男子たちの表情は真剣だった。
女子へ自分を知ってもらえる、数少ない機会なのだ。
「では、出席番号順で。朝倉くんからどうぞ」
最前列の男子が席を立ち、教卓の横へ向かった。
自己紹介が始まる。
緊張して早口になる者。
無難にまとめる者。
部活動での実績を並べる者。
中には女子へ自分を売り込もうと、得意なことをいくつも話す男子もいた。
女子が少ないこの世界では、こういう場も貴重なアピールの機会なのだろう。
何人かの自己紹介が終わったところで、見覚えのあるウルフカットの男子が立ち上がった。
「
昨日と同じ、軽い調子だった。
「趣味は動画を見ることと、ネットで面白そうなものを探すこと。特技は情報収集です」
情報収集。
入学前から生徒会長の噂を掴んでいたことを考えると、嘘ではないらしい。
「高校では友達をたくさん作って、楽しい学園生活にしたいと思ってます。あと、彼女も募集中なんでよろしくお願いしまーす」
最後だけ女子たちへ笑顔を向ける。
教室に小さな笑いが起こった。
好意的な反応が返ってきたわけではないが、先ほどまでの緊張した空気は少し和らいでいる。
大輔は満足そうに席へ戻っていった。
軽薄そうという第一印象は、今のところ間違っていない。
ただ、場を明るくするのは上手いらしい。
その後、何人かの男子が続く。
「次、神崎さん」
「はい」
教卓の横に立つと、大勢の視線が集まる。
それでも緊張した様子はなく、落ち着いた表情で教室を見渡した。
「神崎里穂です。趣味はショッピングです。休日は服やコスメを見に行くことが多いです」
言葉遣いは丁寧だが、堅苦しさはない。
「高校では勉強にも力を入れながら、充実した時間を過ごしたいと思っています。よろしくお願いします」
軽く頭を下げる。
教室から、ひときわ大きな拍手が起こった。
男子たちの反応は分かりやすい。
整った容姿に、堂々とした立ち振る舞い。
注目を集めることにも慣れているようだった。
再び男子の自己紹介が続き、やがて白石の番になる。
「次、白石さん」
「は、はい……」
教卓の横へ向かう間も、視線は床へ落ちたままだ。
前に立つと、胸の前で両手を強く握りしめる。
「し、白石玲です。趣味は……読書です」
消え入りそうな声だった。
教室の大半を占める男子たちの視線を浴び、表情が明らかに強張っている。
「高校では、その……勉強を頑張って……友達も、できたらいいなと思っています」
一つひとつの言葉を、どうにか絞り出しているようだった。
「よ、よろしくお願いします……」
深く頭を下げると、逃げるように自分の席へ戻っていく。
容姿だけなら、神崎に負けないほど整っている。
だが、注目されることにはまるで慣れていないらしい。
自己紹介は続く。