母さんとの電話を終え、自分の部屋へ戻った。
ベッドへ腰を下ろしたところで、スマホに新しいメッセージが届く。
送り主は千夏だった。
『今日のお昼、みんなでご飯食べに行かない?』
時計を見ると、10時を少し過ぎたところだった。
『いいよ。どこに行くんだ?』
『それは集合してからのお楽しみ! 11時半に駅前ね』
『分かった』
それだけ返すと、千夏からすぐにスタンプが送られてきた。
みんなということは、いつものメンバーだろう。
昼食の予定もなかったため、俺は出かける準備を始めた。
☆
待ち合わせ時刻の10分ほど前に駅前へ着くと、時計台の下にはすでに見慣れた顔が集まっていた。
「叶多、こっち!」
俺を見つけた千夏が、大きく手を振る。
隣には瑞葉と七瀬さん、神崎さんが並び、少し離れたところでは大輔と直樹が話していた。
どうやら予想どおり、いつもの昼食メンバーらしい。
「全員そろってるのか」
「おう。あとは叶多だけだったぞ」
「まだ集合時間前だろ」
「早く着く分にはいいだろ?」
大輔が笑って答える。
俺がみんなの前まで来ると、千夏が一歩前へ出た。
「それじゃあ、改めて――叶多、誕生日おめでとう」
千夏に続いて、みんなから順番に祝いの言葉をかけられる。
今日が俺の誕生日だと知っている千夏から昼食に誘われた時点で、多少は予想していた。
それでも、こうしてそろって祝われると、少し照れくさい。
「ありがとう。みんなで集まってくれたのか」
「うん。せっかくだから、みんなでお祝いしようって話してたの」
千夏が笑って答える。
「急に呼び出してごめんね。本当はもう少し早く連絡するつもりだったんだけど」
「昼の予定はなかったから大丈夫だよ」
「よかった。じゃあ、今日はみんなで楽しもう」
「ああ」
「それで、今日はどこへ行くんだ?」
「お寿司」
七瀬さんが即答した。
「ここあ、私が言おうと思ってたのに」
「もう集まったからいいでしょぉ」
「まあ、そうだけど」
千夏は苦笑しながら、駅の向こう側を指さした。
「向こうにある回転寿司。駅から近いし、値段も手頃だから、みんなで行くにはちょうどいいかなって」
「あそこか。休日は混んでるんじゃないか?」
「ちゃんと予約してあるよ」
神崎さんがスマホの画面を見せてくる。
正午から7人で予約が入っていた。
「昨日のうちに取っておいたの」
「昨日から決めてたのか」
「そりゃ、当日に7人で入れる店を探すのは大変だからね」
千夏は当然のように答えた。
朝になって急に思いついたのではなく、前もって全員の予定を確認してくれていたらしい。
「それと、今日は叶多の分は俺たちが出すからな」
大輔が口を挟む。
「自分の分くらい払うよ」
「駄目。誕生日祝いなんだから」
千夏がすぐに却下した。
「6人で分ければ、大した金額にはならないよ」
直樹も穏やかに続ける。
「でも、高校生同士で奢ってもらうのも悪いだろ」
「そう言うと思ったから、もうみんなで決めてあるの」
瑞葉が笑いながら言った。
「今日は遠慮しないで食べていいんだよ」
「高いお皿も食べていい」
七瀬さんが付け加える。
「七瀬さんがそれを言うと、自分が高い皿を食べたいだけに聞こえるんだけど」
「私は自分のお金で食べるからぁ」
「それはそうだけどさ」
千夏が笑い、周りからも笑い声が上がる。
ここまで全員に言われて断り続けるのも、それはそれで失礼だろう。
「分かった。今日はごちそうになるよ」
「最初からそう言えばいいんだよ」
大輔が満足そうに頷いた。
「そろそろ行きましょ。予約の時間に遅れるわよ」
神崎さんに促され、俺たちは駅の反対側へ向かって歩き始める。
休日の駅前は人が多く、自然と何人かずつに分かれて歩く形になった。
先頭を歩く大輔と直樹の後ろを、七瀬さんと神崎さんが続く。
俺の隣には千夏がいて、その反対側を瑞葉が歩いていた。
「叶多君は、寿司だと何が好き?」
瑞葉に尋ねられ、少し考える。
「マグロとサーモンかな」
「意外と王道なんだね」
千夏が少し驚いたように言う。
「まあ、嫌いなネタはほとんどないけどね」
「じゃあ、今日はいろいろ食べられるね」
「ああ、楽しみだ」
「誘った甲斐があった」
千夏が満足そうに笑った。
駅から数分ほど歩いたところで、目的の回転寿司店が見えてくる。
入口の前には何組もの客が待っていた。
「予約しておいて正解だったね」
「私に感謝してもいいわよ」
神崎さんが冗談めかして胸を張る。
「ありがとう、神崎さん」
「素直に言われると、ちょっと困るのだけれど」
受付を済ませると、ほとんど待たずに番号が呼ばれた。
「7名様ですね。こちらへどうぞ」
店員に案内され、俺たちは店の奥へ進んでいく。
通されたのは、向かい合わせになった広めのボックス席だった。
一番奥に座ると、隣に千夏が座り、七瀬さん、大輔が続く。
向かい側には、瑞葉、直樹、神崎さんの順に座った。
「ちょっと狭いけど、全員座れたね」
千夏が隣との間隔を確かめるように座り直す。
「このくらいなら問題ないよ」
「叶多は奥だから、出るときが大変そうだけど」
「途中で席を立つこともないだろ」
「そう? まあ、出たくなったら言ってね」
「ああ、分かった」
「まずはお茶を用意しましょう。食事を始める前に、それくらいは済ませておくものよ」
向かい側から神崎さんが湯呑みへ手を伸ばす。
「里穂、私も手伝うよ」
瑞葉が人数分の湯呑みを並べ、直樹が粉末茶を入れていく。
「叶多君もお茶でいい?」
「ああ。ありがとう」
「はい」
瑞葉から渡された湯呑みを受け取っている間に、大輔は注文用のタブレットを手に取っていた。
「お茶もできたし、もう頼んでいいよな?」
「ええ。待たせたわね」
「叶多から決めるか。何にする?」
大輔がタブレットをこちらへ回そうとしたが、間にいる七瀬さんと千夏を越えるには少し遠い。
「私が聞くよ」
千夏がタブレットを受け取り、こちらへ画面を傾けた。
「叶多は何にする?」
「じゃあ、サーモンかな」
画面を見ようと少し顔を寄せると、千夏も確認するようにこちらを向いた。
近い距離で目が合った途端、千夏が小さく息を止める。
「どうした?」
「な、何でもない。サーモンだね」
「ああ」
千夏はすぐに画面へ視線を戻し、注文を追加した。
「次、ここあね」
「エビと甘エビ」
「どっちもエビじゃん」
「違う味だからぁ」
「それはそうだけど」
千夏は笑いながら、七瀬さんの分も注文へ加えていく。
「大輔君は?」
「ハマチとマグロ。それから、エビフライの巻いてあるやつ」
「最初から結構いくね」
「朝から何も食ってないからな」
「楽しみにしすぎじゃない?」
「寿司なんて、なかなか食べに行かないからな」
「お腹を空かせすぎると、かえって食べられなくなるよ」
直樹に言われ、大輔がわずかに顔をしかめた。
「それ、もっと早く言ってくれよ」
「今初めて聞いたからね」
「瑞葉は?」
「私は甘エビとイカにしようかな」
「直樹は?」
「僕は鯛と鉄火巻きで」
千夏が順番に注文を入れ、最後に神崎さんへ尋ねる。
「里穂は?」
「穴子と茶碗蒸しをお願い」
「茶碗蒸しも最初に頼むんだ」
「冷めるまで時間がかかるもの。先に頼んでおく方がいいでしょう」
「そういえば、里穂は猫舌だったね」
「熱いものを無理に食べる趣味はないわ」
神崎さんは当然のように言い切った。
「千夏は何を頼むんだ?」
「私はサーモンとエビ。あとは食べながら決めるよ」
「千夏もエビなんだぁ」
七瀬さんが嬉しそうに反応する。
「うん。ここあほどエビばかり食べないけどね」
「おいしいから、何皿でも食べられるよぉ」
「ほかのネタもちゃんと食べなよ」
全員分を入力し終え、千夏が注文を確定する。
ほどなくして、タブレットから注文品の到着を知らせる音声が流れた。
『ご注文の商品が到着します』
音声とともに、注文した皿が専用のレーンに乗って運ばれてくる。
「来たぁ」
七瀬さんがすぐに身を乗り出した。
「ここあ、袖が醤油につきそうだよ」
瑞葉に注意され、七瀬さんは慌てて腕を引く。
「危なかったぁ」
レーンに近い席から皿が取られ、注文した相手へ順番に回されていく。
「叶多、サーモン」
「ありがとう」
千夏から皿を受け取り、手元に置く。
全員の注文がそろったところで箸を手に取ろうとすると、千夏がこちらを止めた。
「ちょっと待って」
「まだ何かあるのか?」
「せっかくだから、食べる前に乾杯しようよ」
「お茶で?」
「高校生なんだから、お茶でいいでしょ」
千夏が湯呑みを持ち上げると、みんなもそれに続いた。
「それじゃあ、叶多の16歳の誕生日を祝って――乾杯!」
「乾杯」
俺も湯呑みを持ち、隣にいる千夏のものと軽く触れ合わせる。
「ありがとう」
改めて全員に礼を伝えてから、サーモンを一貫口へ運んだ。
脂の甘みと酢飯の酸味がよく合っている。素直にうまい。
「どう?」
千夏がエビを箸でつまんだまま、こちらの反応をうかがっている。
「うまいよ」
「よかった。店を選んだ甲斐があった」
「予約した甲斐もあったわね」
向かい側から神崎さんが付け加える。
「ああ。みんな、ありがとう」
「それならいいの」
神崎さんは満足そうに頷くと、届いたばかりの茶碗蒸しの蓋を開けた。
立ち上った湯気を見て、すぐに蓋を戻す。
「まだ熱そうだね」
「だから先に頼んだのよ」
「食べられるようになる頃には、みんな2皿目にいってそうだな」
大輔が鉄火巻きを口へ入れながら言う。
「別に競争をしているわけではないでしょう」
「分かってるって」
大輔は気にした様子もなく、ハマチへ手を伸ばした。
「もう次を見てるじゃん」
千夏が大輔の持つタブレットをのぞき込む。
「せっかく来たんだから、食べたいものは全部食べないとな」
「ずいぶん気合い入ってるね」
「たまには贅沢しないとな。今日はそのつもりで5000円持ってきた」
「準備いいじゃん」
「寿司なんて、そう何度も食べに来ないからな」
大輔は次に食べるものを迷いながら、楽しそうにタブレットを操作していた。
「叶多君、次はマグロにする?」
向かい側の瑞葉が尋ねてくる。
「そうしようかな」
「私もマグロを頼みたいから、一緒に入れておくね」
「ああ、頼むよ」
瑞葉がタブレットを操作している横で、直樹は鯛をゆっくりと味わっている。
「直樹は鯛が好きなのか?」
「うん。淡泊で食べやすいからね。叶多君は白身も食べる?」
「ああ。あとで何か頼もうかな」
「叶多、食べたいものがあったら遠慮しないでね」
隣から千夏が声をかけてくる。
「分かってるよ。今日は素直にごちそうになるって決めたからな」
「ならよかった」
千夏はそれ以上口を出さず、自分のエビを口へ運んだ。
「おいしい」
千夏は満足そうに頬を緩めた。
俺の誕生日祝いのはずだが、千夏たちも普段どおり楽しんでいるようだった。
祝われることにはまだ少し慣れない。
けれど、こうしていつものメンバーと食事をしていると、変に意識せずに済む。
『ご注文の商品が到着します』
再び音声が流れ、マグロの皿が運ばれてきた。
「叶多君の分、来たよ」
瑞葉から回ってきた皿を受け取る。
「ありがとう」
「私も同じのを頼んだんだ」
「瑞葉もマグロが好きなのか?」
「うん。お寿司に来たら必ず頼むよ」
瑞葉も自分の皿を手元へ置き、さっそく箸を伸ばした。
俺もマグロを一貫口へ運ぶ。
「どう?」
隣にいた千夏が尋ねてくる。
「おいしいよ」
「そっか」
千夏はそれだけ答えると、自分が次に食べるネタを探すようにタブレットへ目を向けた。
「千夏は次、何にするんだ?」
「どうしようかな。炙りサーモンも食べたいし、ホタテも気になる」
「楽しそうだな」
「そりゃ楽しいよ。みんなでお寿司を食べてるんだから」
千夏はそう答えたあと、こちらを見上げる。
「それに、今日は叶多のお祝いだしね」
「ありがとう、千夏」
「……うん」
近い距離で目が合うと、千夏の動きが一瞬だけ止まった。
けれど、すぐに七瀬さんの方へ顔を向ける。
「ここあ、もう次を頼むの?」
「今度は生エビとエビ天巻き」
「またエビじゃん」
「違うエビだからぁ」
「さっきも同じこと言ってたよね」
千夏はいつもの調子で笑いながら、七瀬さんからタブレットを受け取った。
「そういえば、前に話してた海の予定、そろそろ決めないか?」
大輔が思い出したように言った。
「期末が終わったら決めようって話してたもんね」
千夏がタブレットを元の位置へ戻し、代わりにスマホを取り出す。
「叶多は、合宿免許の日程もう決まってるんだよね?」
「ああ。7月20日から29日までの10日間だよ」
「夏休みに入って、ほとんどすぐじゃん」
「早めに取っておきたいからな。帰ってきたあとは、免許の交付を受けに行く予定もある」
「生徒会の活動もあるんだよね?」
瑞葉に尋ねられ、頷く。
「8月3日と4日は学校へ行くよ。学校説明会の準備と当日の手伝いがあるんだ」
「2日間だけ?」
「正式な活動はな。5日は予定に入ってなかったんだけど、会長が、生徒会室に集まって宿題も進めないかって提案してくれたんだ」
「学校まで行って宿題するのか?」
大輔が不思議そうに聞いてくる。
「家でやるより、分からないところを聞き合えるからな。俺も合宿中はあまり進められないだろうし、ちょうどいいよ」
「叶多君なら、合宿へ行く前にも進めていそうだけどね」
「できるところまではやっておくつもりだよ」
「やっぱり」
直樹が納得したように笑った。
「直樹は大会、いつなの?」
千夏が尋ねる。
「7月25日と26日だよ。勝ち進んだら、そのあとも試合があるけどね」
「直樹、試合には出るのか?」
「うん。スタメンで出る予定だよ」
「1年なのにスタメンなのかよ」
大輔が驚いたように声を上げる。
「春から何度か練習試合には出てるからね。でも、先輩たちについていくので精いっぱいだよ」
「それでも十分すごいだろ」
「日程と会場、あとで送ってよ。近かったら応援に行きたい」
瑞葉がそう言うと、直樹が少し驚いたように目を瞬いた。
「うん。決まったら送るよ」
「里穂の旅行は?」
「8月12日から15日までよ。それ以外なら、今のところ空いているわ」
「私は11日から13日まで、家族と出かけるかも」
瑞葉も自分の予定を確認しながら答える。
「ここあは?」
「だいたい空いてるぅ」
「カラオケの予定は?」
「誘われたら行く」
「それは予定が空いてるってことだね」
「うん」
「大輔はバイトだよね?」
「早めに日が決まれば休みを取れるぞ。土曜日は厳しいけどな」
「俺も土曜日は一日バイトだから、できればそれ以外がいい」
「じゃあ、海は8月10日ならどう?」
千夏が全員の予定を見比べながら提案した。
「俺は空いてる」
「僕も大丈夫だよ」
「私も」
「空いてるぅ」
「旅行の前だから、私も問題ないわ」
神崎さんも頷く。
「大輔は?」
「店長に休みを頼んでみる。まだ1か月近く先なら大丈夫だろ」
「じゃあ、海は8月10日で決まりだね」
千夏が嬉しそうにグループへ日程を書き込んだ。
「夏祭りはどうする?」
瑞葉が続けて尋ねる。
「白鴉神社の夏祭り、8月16日みたいだよ」
「俺は行けるぞ」
「僕もその日は部活がないね」
「私も旅行から帰ってきているわ」
「じゃあ、夏祭りもみんなで行けそうだね」
千夏がもう一つ予定を追加する。
「海に夏祭りか。夏休みらしくなってきたな」
大輔が満足そうに頷いた。
「ほかにも、予定が合えばどこか行きたいね」
「全部今決めなくてもいいだろ。空いてる日が合ったら、そのとき考えればいい」
「それもそうだね」
千夏はスマホを置くと、届いたばかりの炙りサーモンへ箸を伸ばした。
「これで、夏休みの楽しみが2つできた」
「俺は叶多のバイクも楽しみだけどな」
大輔が当然のように言う。
「それは私も見たい」
千夏もすぐに同意した。
「まだ免許も取ってないんだけどな」
「先に楽しみにしておくくらいいいでしょ」
「ああ。納車されたら見せるよ」
「約束ね」
千夏は満足そうに笑い、炙りサーモンを口へ運んだ。
その後も寿司を追加しながら、海で何をするか、夏祭りには何時に集まるかと話は尽きなかった。
食事を終えて会計へ向かうと、俺の分は宣言どおり6人が少しずつ出してくれた。
「今日は本当にありがとう。ごちそうさま」
「どういたしまして」
千夏が代表するように答える。
「次は海だからね。忘れないでよ」
「分かってる。俺も楽しみにしてるよ」
「ならよし」
店を出ると、昼を過ぎた夏の日差しが駅前を明るく照らしていた。
朝までは、普段と変わらない誕生日になると思っていた。
けれど、みんなに祝ってもらい、夏休みの約束まで増えた。
16歳の最初の日としては、十分すぎるほど楽しい一日だった。