「次は、部活動の予算に関する要望です」
真壁先輩は手元の束を取り上げると、そのまま桜庭先輩へ差し出した。
「番頭、お願いします」
「はい、分かりましたぁ」
桜庭先輩は意見書を受け取り、一枚ずつ内容を確かめていく。
「部員が増えて消耗品が足りない部やぁ、壊れた備品を買い替えたい部、大会や発表会への参加費が不足している部もあるみたいですねぇ」
「部活動予算を一律に増やしてほしい、という要望なのか?」
天ヶ瀬先輩が尋ねる。
「そういう意見もありますけどぉ、特定の部から出された要望の方が多いですぅ」
「学校から割り当てられる予算の総額が変わらない以上、すべての部を増額するのは不可能です」
鷹取君が、桜庭先輩の隣に置かれた予算資料へ目を向けた。
「どこかの部を増やせば、その分だけ別の部を減らすことになります」
「部員数だけで優先順位を決めるのも難しいわね」
榊先輩が意見書を覗き込みながら言う。
「少人数でも、高価な道具を使う部はあるもの」
「毎年同じ金額を配るだけでは、対応できない場合もありますねぇ」
桜庭先輩が困ったように眉を下げる。
「急に大会への出場が決まったりぃ、必要な備品が壊れたりすることもありますからぁ」
「なら、通常の予算とは別に申請させたらどうだ?」
真壁先輩が言った。
「必要な理由と使い道を提出させて、本当に必要な部へだけ追加で出す」
「臨時予算の枠を作るということか」
天ヶ瀬先輩が確認すると、真壁先輩が頷いた。
「はい、ボス。一律に増やすよりは現実的です」
「悪くないと思いますぅ」
桜庭先輩も同意する。
「ただぁ、申請されたものをすべて認めていたら、すぐに予算がなくなってしまいますねぇ」
「申請できる金額に上限を設け、必要性と緊急性を審査するべきです」
鷹取君が言う。
「大会への参加費と、単に新しい備品が欲しいという要望を、同じように扱うわけにはいきません」
「活動実績も判断材料に入れる?」
如月先輩が尋ねた。
「実績だけで決めるのは難しいですけどぉ、判断材料の一つにはなると思いますぅ」
桜庭先輩は予算資料へ目を落とす。
「新設されたばかりの部が不利になりすぎないように、基準はきちんと考える必要がありますねぇ」
「桜庭と鷹取を中心に、臨時予算の案をまとめてくれ」
天ヶ瀬先輩が二人へ視線を向ける。
「申請できる金額の上限と審査基準、それから部活動予算全体のうち、どの程度を臨時枠として確保できるかも確認してほしい」
「分かりましたぁ」
「承知しました」
二人がそれぞれ答える。
真壁先輩は意見書へ印を付け、桜庭先輩から受け取った。
「続いて、行事に関する意見です。石倉」
「はい。文化祭のクラス予算を増やしてほしい、という要望です」
まだ文化祭までは時間があるが、上級生の中には、すでに企画について話し始めているクラスもあるらしい。
「材料費が上がっていて、現在の予算ではできる企画が限られると書かれています」
「全クラスの予算を増やすとなるとぉ、かなりの金額になりますねぇ」
桜庭先輩が、机の上で指を動かしながら簡単に計算する。
「文化祭だけに追加の予算を使うのは、少し難しいと思いますぅ」
「そもそも、予算に合わせて企画を考えるべきではありませんか」
鷹取君が意見書へ視線を向けた。
「金額が足りないから増やしてほしいでは、際限がありません」
「言い方は厳しいけど、そのとおりかもね」
如月先輩が苦笑する。
「決められた金額の中で工夫してもらうしかないでしょう」
真壁先輩が言った。
「去年使った飾りを再利用したり、学校にある備品を借りたりすれば、費用を抑えられる企画もあるはずです」
「クラスによって使える金額に差をつけるわけにもいきませんからねぇ」
桜庭先輩が頷く。
「今回は増額を見送る」
天ヶ瀬先輩が結論を出した。
「各クラスには、決められた予算内で企画を考えてもらう。ただし、備品の貸し出しや材料の再利用については、文化祭実行委員会へ検討を依頼しよう」
「分かりました、ボス」
真壁先輩は意見書へ印を付けた。
「行事関係でもう一つあります。石倉、続きを頼む」
「はい。修学旅行の自由行動時間を増やしてほしい、という意見です」
「それは賛成」
内容を最後まで聞く前に、如月先輩が即答した。
「まだ全部読んでませんよ、姉御」
「自由時間が増えるなら賛成だよ」
「修学旅行は遊びだけが目的ではないぞ」
天ヶ瀬先輩が言う。
「分かってるって、がっせー」
「石倉、続けてくれ」
「はい。見学場所を一つ減らして、班ごとに行動できる時間を増やしてほしいそうです」
「今年度の日程は、すでに旅行会社や見学先との調整が済んでいる」
天ヶ瀬先輩は迷うことなく答えた。
「今から大きく変更するのは難しい」
「来年度以降の参考にはできるんじゃない?」
「同じ意見が多ければ、教員側へ伝える価値はある。ただ、今のところはこれ一枚だけだ」
「今年は増えないの?」
「今年は諦めてください、姉御」
真壁先輩が淡々と言う。
「まだ行ってもいないのに」
如月先輩は残念そうに肩を落とした。
真壁先輩は意見書へ印を付けると、読み終えた束を机の端へ移した。
「最後に、同じような内容の意見が九枚ありました」
そう言って、ほかのものより厚い束へ手を置く。
「女子生徒のクラス替えに関するものです」
生徒会室の空気が、わずかに変わった。
「読んでくれ」
「はい」
石倉君が一枚目の意見書を開いた。
「『女子生徒も、学年が上がる際にクラス替えをしてください』」
そこには、女子の人数は各クラスでほぼ同じなのに、女子だけは毎年ほとんど同じ組み合わせであること。
男子は進級時の成績によってクラスが変わる可能性があるのに、女子の配置がほとんど変わらないのは不公平に感じること。
女子本人たちの希望を確認したうえで現在の組み合わせを維持しているなら構わないが、学校側の判断だけで固定しているのであれば、来年度から見直してほしいと書かれていた。
「これは、かなり丁寧に書かれているね」
如月先輩が感心したように言う。
「ほかには、もっと単純な内容のものもあります」
石倉君が手元に残った意見書へ目を落とした。
「別の女子と同じクラスになりたい、というものが多いです」
「一番率直なものを読んでくれ」
真壁先輩に促され、石倉君は別の一枚を開いた。
「『来年度は女子生徒のクラスも入れ替えてください。それと、できればG組にも男子へ普通に接してくれる性格のいい女子を一人お願いします。上位クラスばかり話しやすい女子が多いのは不公平です。G組男子有志』」
石倉君が読み終えると、何とも言えない沈黙が落ちた。
「ずいぶん都合のいいお願いね」
榊先輩が薄く笑う。
「要するに、自分たちに優しくしてくれる女子が欲しいみたいね」
「書き方には問題がありますねぇ」
桜庭先輩が困ったように意見書を見つめる。
「女子生徒を、男子生徒の都合だけで配置することはできませんからぁ」
「ですが、気持ちは理解できます」
鷹取君が意見書へ目を落とした。
「男子なら、自分たちにも普通に接してくれる女子が同じクラスにいてほしいと思うのは当然でしょう」
「鷹取君も、そう思うんだ?」
如月先輩が尋ねる。
「当たり前です。冷たく接してくる相手より、普通に話せる相手と同じクラスになりたいと思うこと自体は、おかしくありません」
鷹取君はそう答えてから、意見書へ視線を戻した。
「ただし、上位クラスに話しやすい女子が多いことを、不公平と呼ぶのは違うと思います」
「どういうこと?」
「女子のクラス分けでは、性格や生活態度、周囲への接し方が重く見られています」
鷹取君が説明する。
「学力もまったく評価されないわけではありませんが、二の次です。上位クラスに男子へ普通に接する女子が多いのは、偶然ではありません」
「男子は成績、女子は性格や対人面を中心にした総合評価ってことだね」
「はい。対人評価の高い女子と同じクラスになりたいのであれば、男子は自分の成績を上げるのが一番確実でしょう」
「厳しいけど、正論だね」
如月先輩が苦笑した。
「学園が上位クラスを優遇していること自体は事実だ」
天ヶ瀬先輩が口を開く。
「成績上位の男子に、総合評価の高い女子と交流しやすい環境を用意する。それも学園の方針の一つだからな」
「健全な男女交際を推奨してるから?」
「ああ。努力して結果を出した男子が、女子と自然に交流し、良好な関係を築きやすい環境を整えることには意味がある」
つまり、上位クラスに話しやすい女子が多いことは、学校側も理解したうえで行っているらしい。
男子に勉強させるための、分かりやすい目標にもなっているのだろう。
「それなら、G組男子の要望は却下?」
如月先輩が尋ねる。
「要望どおり、総合評価の高い女子を一方的にG組へ割り当てることはできない」
天ヶ瀬先輩はそう答えたものの、意見書を脇へ移そうとはしなかった。
「だが、女子の組み合わせをほとんど固定していることについては、別に考える必要がある」
「一年のクラス分けでは、学校側にも女子の情報が少ないからね」
如月先輩が言う。
「外部から入学してくる子もいるし、入学前の資料だけじゃ性格までは分からないでしょ?」
「一年間過ごしたあとならぁ、普段の態度や周囲との関係も分かってきますからねぇ」
桜庭先輩がゆっくりと頷く。
「本格的に評価を反映できるのは、二年へ上がるときからだと思いますぅ」
「そのときにも、女子を同じ組み合わせのままにする必要があるのか」
真壁先輩が腕を組む。
「一年間の評価を反映するなら、入れ替えがあってもおかしくありません」
「女子の人数が少ないから、親しい女子同士をなるべく引き離さないようにしていると聞いている」
天ヶ瀬先輩が説明した。
「周囲の男子が毎年変わる中で、女子同士の関係まで変わる負担を減らすためだ」
「けれど、同じ組み合わせを維持することが、全員にとっていいとは限らないわ」
榊先輩が静かに言う。
「一度関係が悪くなった女子とも、卒業まで同じクラスになる可能性があるもの」
「今のクラスに残りたい子もいればぁ、別の環境へ移りたい子もいると思いますぅ」
桜庭先輩も同意する。
「女子本人に希望を聞くべきではありませんか」
石倉君が言った。
「今のクラスに残りたい女子はそのままにして、別のクラスへ移りたい女子だけを対象にすればいいと思います」
「ですが、上位クラスから下位クラスへ移りたい女子が、どれほどいるでしょう」
鷹取君が疑問を口にする。
「評価の高い女子にとっては、上位クラスに残る方が環境はいいはずです」
「何か利点を用意すればいいんじゃない?」
如月先輩が言う。
「下位クラスへ移って、そこで学級に貢献したら、その分を女子の総合評価へ加えるとか」
「学級貢献を評価へ反映するのか」
天ヶ瀬先輩が考えるように繰り返した。
「本人が希望して下位クラスへ移るのであれば、そうした評価の機会を用意することには賛成です」
鷹取君が言う。
「女子のクラス分けでは学力の比重が高くありません。成績に自信のない女子にとっては、総合評価を補う機会にもなるでしょう」
「ただぁ、移っただけで加点するわけにはいきませんねぇ」
桜庭先輩がやわらかく付け加える。
「そのあとの生活態度やぁ、クラスでどのような役割を果たしたかも確認する必要がありますぅ」
「下のクラスほど、求められる役割も大きくなりそうですね」
石倉君が言った。
「なら、下位クラスほど貢献に対する加点を高くするのはどうでしょう」
「F組やG組で実際に学級へ貢献した場合は、ほかのクラスより高く評価するということか」
「はい。その方が、希望する理由にもなると思います」
「それでは、加点を目的に下位クラスを希望する女子が増えすぎる可能性があります」
鷹取君が指摘する。
「対人評価の高い女子が下位クラスへ流れすぎれば、上位クラスを優遇する意味が薄れます」
「人数を制限すればいいんじゃない?」
如月先輩が言った。
「下のクラスほど評価される幅は大きくなる代わりに、受け入れる人数を少なくするの」
「加点が高いほど、枠は狭くするということか」
天ヶ瀬先輩が尋ねる。
「うん。G組なら一人だけとか」
「それなら、上位クラスの優遇を崩さず、下位クラスにも改善の余地を残せます」
真壁先輩が頷く。
「ただし、男子にとって最も確実なのは、自分の成績を上げることのままです」
「女子の人数はどうするの?」
如月先輩が続けて尋ねた。
「上位クラスから一人移れば、そのクラスの女子が一人減るよね」
「入れ替えにすればいいのではありませんか」
鷹取君が答える。
「下位クラスの女子にも希望を確認し、その中から現在の総合評価が高い女子を上位クラスへ移す。それなら、各クラスの女子の人数を変えずに済みます」
「下位クラスで評価を上げた女子にも、上へ行く機会が生まれるわね」
榊先輩が口元に笑みを浮かべる。
「ただ女子を下へ送るだけよりは、よほど公平ではなくて?」
「上位クラスの女子が本人の希望で下位クラスへ移り、入れ替わりで、上位クラスへの移動を望む女子が下位クラスから上がる……」
天ヶ瀬先輩は、机の上に並んだ意見書を見つめた。
「考え方としては悪くない」
「制度として複雑になりませんか?」
石倉君が尋ねる。
「簡単ではない。希望者の確認、学級貢献の評価基準、各クラスの受け入れ人数、入れ替え対象となる女子の選考も必要になる」
天ヶ瀬先輩が答える。
「生徒会だけで決められる内容でもない」
それから、俺へ視線を向けた。
「槻山はどう考える?」
「上位クラスに話しやすい女子が多いこと自体は、そのままでいいと思います」
男子は成績を上げれば、上位クラスへ進むことができる。
男子へ普通に接してくれる女子と同じクラスになりたいのなら、まず自分が努力するべきだという考えにも納得できる。
「ただ、女子本人が別のクラスへ行きたいと思っているなら、選べる道はあってもいいと思います」
「希望制の入れ替え枠には賛成ということか?」
「はい。上位クラスから下位クラスへ移る女子には、そこでの貢献を評価してもらえる機会があります。入れ替わりで上位クラスへ行く女子にも、新しい環境を得る機会が生まれます」
一方だけが、男子の都合で移動させられる制度ではない。
どちらも本人が希望したうえで、それぞれに利点があるのなら、検討する価値はあると思う。
「そうだな」
天ヶ瀬先輩が小さく頷いた。
「上位クラスの優遇は維持する。男子にとって、成績を上げることが最も確実な方法であることも変えない」
九枚の意見書を見渡しながら、言葉を続ける。
「そのうえで、女子本人が希望した場合に限り、クラスを移れる枠を設ける案でまとめる。下位クラスでの学級貢献を総合評価へ反映することや、下位クラスほど受け入れる人数を少なくすることも案へ加えよう」
「空いた上位クラスの枠には、下位クラスの女子へ希望を確認したうえで、総合評価の高い者を繰り上げる形がいいでしょう」
鷹取君が補足する。
「ああ。ただし、これはあくまで現時点で出た案だ。採用できる制度かどうかも含めて、教員側へ相談する」
「女子本人への希望調査も必要だね」
如月先輩が言う。
「それも含めて伝えよう」
天ヶ瀬先輩は、G組男子有志と書かれた意見書へ目を落とした。
「男子側の要望を、そのまま受け入れるわけではない。だが、女子本人の希望を反映し、下位クラスの環境を改善する方法として、検討する価値はある」
「俺もそう思います、ボス」
真壁先輩が言う。
「現在のクラス分けに対する疑問と、希望制の入れ替え案を分けてまとめます」
「頼む」
「分かりました、ボス」
真壁先輩は石倉君へ顔を向けた。
「石倉、手を貸せ。俺が内容を分ける。お前は枚数と要点をまとめろ」
「はい」
「俺も記録をまとめます」
会議中に書き留めていた用紙を見せると、真壁先輩が頷いた。
「助かる」
来年度、本当に女子の組み合わせが変わるかは分からない。
G組男子が望んだとおり、話しやすい女子が同じクラスに来るとも限らない。
上位クラスに入りたい男子は、これまでどおり成績を上げる必要がある。
その一方で、女子にも今のクラスへ残るか、別の環境へ移るかを選べる道があっていい。
下位クラスへ移って学級に貢献する女子にも、下位クラスで評価を高めて上位クラスへの移動を望む女子にも、それぞれ新しい選択肢が生まれる。
そうなれば、今より納得できる生徒は増えるかもしれない。
「今日確認するものは、これで最後です」
真壁先輩が、空になった一覧を閉じる。
「ずいぶん時間がかかったね」
如月先輩が肩を伸ばした。
「これだけの数がありましたから」
「それだけ不満や要望があったってことだね」
「普段は口に出さない生徒も多いのでしょう」
鷹取君が、まとめられた意見書へ目を向ける。
すぐにかなえられる要望ばかりではなかった。
費用が必要なものもあれば、生徒会だけでは決められないものもある。
それでも、一枚ずつ確認していけば、普段の学校生活では見えない不満や希望がいくつも出てくる。
生徒会の仕事は、それらをすべてかなえることではない。
実現できるものと難しいものを分け、その中にある問題を拾い上げ、必要な相手へ届ける。
真壁先輩と石倉君へ渡す記録をまとめながら、それも生徒会に必要な仕事なのだと、少しだけ分かった気がした。