免許合宿も、いよいよ最終日となった。
最初の頃は長く感じた教習も、終わりが近づいてみればあっという間だったように思える。
朝食を終えた俺は、宿舎の部屋で荷物をまとめていた。
着替えや教本を鞄へ戻し、忘れ物がないか机やベッドの周りを確認する。
今日は卒業検定がある。
無事に合格すれば、教習所での予定はすべて終わりだ。
もっとも、ここを卒業しただけで免許が手に入るわけではない。
帰ってから運転免許センターで学科試験を受ける必要がある。
それでも、今日の検定に合格しなければ先には進めない。
鞄の口を閉じたところで、集合時間が近づいていることに気づいた。
俺は必要なものだけを持ち、部屋を出る。
教習所へ向かう途中、久我さんの姿を見つけた。
久我さんも荷物をまとめ終えたらしく、大きめの鞄を肩に掛けている。
「おはよう」
「ああ」
久我さんは短く返事をすると、俺の隣へ並んだ。
「眠れたか?」
「普通にな」
「緊張してる?」
「してねぇ」
即答だった。
ただ、いつもより口数が少ない。
「槻山はどうなんだよ」
「少しはしてるよ」
「そうは見えねぇけどな」
「緊張しても、やることは変わらないからな」
「相変わらずだな、お前」
久我さんはそう言って、小さく息を吐いた。
教習所へ着くと、すでに何人かの受講生が待機場所へ集まっていた。
やがて検定についての説明が始まり、走行順が発表される。
俺は久我さんより先だった。
「先に行ってくる」
「ああ。落ちんなよ」
「久我さんもな」
「あたしは落ちねぇよ」
強気な言葉とは裏腹に、久我さんは僅かに眉を寄せていた。
俺はヘルメットを被り、検定車へ向かう。
発進前の確認を済ませ、教官の合図を待つ。
コース自体は、これまで何度も走ってきたものと変わらない。
急制動、スラローム、一本橋。
一つずつ、教習で習った通りにこなしていく。
一本橋では規定時間を意識しすぎず、まずは落ちずに渡り切ることを優先した。
最後まで大きな失敗はなく、検定を終える。
車体を停めて降りると、ようやく肩の力が抜けた。
待機場所へ戻ると、久我さんが壁にもたれていた。
「どうだった?」
「多分、問題ないと思う」
「なら受かってんだろ」
「多分な」
しばらくして、久我さんの名前が呼ばれる。
「行ってくる」
「ああ」
久我さんはヘルメットを被り、検定車へ向かった。
待機場所からコースのすべてを見ることはできない。
それでも、一本橋の周辺だけは見える位置にあった。
やがて久我さんの乗る車体が、一本橋の手前へ進んでくる。
一度停止し、ゆっくりと発進した。
橋へ乗った直後、車体が僅かに揺れる。
だが、久我さんは落ちなかった。
視線を先へ向けたまま、速度を調整し、最後まで渡り切る。
俺は無意識に息を吐いていた。
検定を終えて戻ってきた久我さんは、ヘルメットを脱ぐなり俺を見た。
「見てたか?」
「ああ。一本橋、安定してたな」
「当然だろ」
「練習したからな」
「余計なこと言うんじゃねぇ」
そう言いながらも、久我さんの口元は僅かに緩んでいた。
全員の検定が終わったあと、俺たちは結果が発表される部屋へ移動した。
壁際に並べられた椅子へ座り、教官が入ってくるのを待つ。
室内には落ち着かない空気が漂っていた。
やがて教官が結果の書かれた用紙を手に現れる。
順番に名前が呼ばれていき、俺と久我さんも無事に合格を告げられた。
「受かったな」
「ああ」
久我さんは短く答えたが、その表情にははっきりと安堵が浮かんでいた。
卒業証明書を受け取り、最後の説明を聞く。
運転免許センターでの学科試験や、必要な持ち物についての説明が終わると、合宿の全日程が終了した。
教習所の外へ出る。
行きに乗ってきた送迎車が、駐車場で俺たちを待っていた。
「これで終わりか」
久我さんが教習所の建物を振り返る。
「あっという間だったな」
「最初は長ぇと思ったけどな」
「俺も同じだよ」
送迎車へ乗り込む前に、久我さんが足を止めた。
「槻山」
「どうした?」
「連絡先交換してやるよ」
「ああ」
「出せ」
「分かった」
俺はスマートフォンを取り出し、久我さんと連絡先を交換した。
登録された名前を確認すると、久我さんも画面を見ながら短く頷く。
「これでいいな」
「ああ」
「バイク買ったら連絡しろ」
「久我さんも、納車されたら教えてくれ」
「言われなくても見せる」
久我さんはスマートフォンをポケットへしまった。
それから少しだけ間を置き、こちらを見る。
「今度、ツーリングでもしようぜ」
「いいな。行こう」
「まだ免許取ってねぇけどな」
「久我さんもだろ」
「あたしは受かる」
「俺も受かるつもりだよ」
「なら、決まりだな」
久我さんは満足したように頷いた。
送迎車へ乗り込み、俺たちは並んだ席へ座る。
車が動き出すと、窓の外で教習所の建物が少しずつ遠ざかっていった。
合宿は今日で終わる。
けれど、久我さんと会うのは、これが最後ではない。
次は教習車ではなく、それぞれのバイクで走ることになりそうだ。