男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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59話 黒い相棒

 免許合宿を終えてから数日後。

 

 俺は朝から運転免許センターを訪れていた。

 

 受付を済ませ、適性検査と学科試験を受ける。

 

 合宿中に久我さんと何度も問題を解いたこともあり、試験そのものに難しさは感じなかった。

 

 それでも、結果が発表されるまでは落ち着かない。

 

 しばらく待ったあと、正面の画面に合格者の受験番号が表示された。

 

 並んだ数字の中から、自分の番号を探す。

 

「あった」

 

 小さく息を吐き、椅子の背もたれへ身体を預ける。

 

 これで、残るのは免許証の交付だけだ。

 

 写真撮影や必要な手続きを終え、さらに待つことしばらく。

 

 名前を呼ばれて窓口へ向かうと、出来上がったばかりの免許証を渡された。

 

 記載されている内容を確認し、財布へしまう。

 

 これでようやく、普通二輪免許を取得できた。

 

 免許センターを出た俺は、スマートフォンを取り出した。

 

 家族へ合格したことを伝えたあと、久我さんにも短いメッセージを送る。

 

『免許、取れた』

 

 すぐに返事が来るとは思っていなかったが、数分もしないうちに通知が表示された。

 

『おめでと』

 

 その下に、続けてメッセージが届く。

 

『バイクは今日見に行くのか?』

 

『そのつもり』

 

『決まったら教えろ』

 

『分かった』

 

 スマートフォンをしまい、駅へ向かう。

 

 今日は、このままバイクショップへ行く予定だった。

 

 候補にしているのは、HONMAのベイス250。

 

 クラシックな形を残しながらも古すぎず、普段使いもしやすそうな一台だ。

 

 写真や紹介動画は何度も見た。

 

 ただ、長く乗るものを画面だけで決めるつもりはない。

 

 実際に跨がり、足つきや姿勢を確かめたうえで、問題がなければ契約するつもりだった。

 

 電車を乗り継ぎ、駅から十分ほど歩く。

 

 やがて、大きなガラス張りの店舗が見えてきた。

 

 店先には何台ものバイクが並び、入口の上には複数のメーカー名が掲げられている。

 

 自動ドアを通ると、僅かに油の匂いが混じった空気が流れてきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 近くにいた男性店員が、こちらへ歩いてくる。

 

「本日は、何かお探しでしょうか?」

 

「HONMAのベイス250を見に来ました」

 

「ベイス250ですね。展示車がございますので、ご案内します」

 

 店員のあとについて店内を進む。

 

 大小さまざまなバイクの間を抜けた先に、目当ての車体が置かれていた。

 

 深みのあるマットブラックの燃料タンクに、丸型のヘッドライト。

 

 写真で見ていた通り、落ち着いたデザインだった。

 

「こちらが現行型のベイス250です。一番人気は、このマットブラックですね」

 

 店員が車体の横へ立つ。

 

「軽量で扱いやすく、初めての一台として選ばれる方も多いですよ。よろしければ、跨がってみますか?」

 

「お願いします」

 

 許可をもらい、ベイス250へ跨がる。

 

 ハンドルを握って車体を起こすと、店員が反対側から軽く支えてくれた。

 

 そのまま両足を下ろすと、足つきに問題はなかった。

 

 ハンドルまでの距離も遠すぎず、姿勢も窮屈ではない。

 

 教習車より軽く、取り回しもしやすそうだ。

 

「いかがですか?」

 

「乗りやすそうですね」

 

「街中でも扱いやすいですし、日帰りのツーリングでしたら十分楽しめます」

 

 ハンドルへ手を添えたまま、車体全体を見下ろす。

 

 悪いところは見当たらない。

 

 見た目も好みに合っているし、初めて所有するバイクとしては十分すぎるほどだった。

 

 このまま契約しても、後悔することはないと思う。

 

 それでも、すぐに決めようという気持ちにはならなかった。

 

「一度、降りてもいいですか?」

 

「もちろんです。ほかのカラーもございますので、そちらもご覧になりますか?」

 

「お願いします」

 

 ベイス250から降り、店員の案内で別の展示車へ向かう。

 

 黒や銀の車体を見比べながら、どれが一番自分に合うか考える。

 

 やはり、最初に見たマットブラックが一番よさそうだった。

 

「色は最初のものが好みですね」

 

「人気のカラーです。現在、在庫もございますので、納車までそれほどお待たせしないと思います」

 

「そうですか」

 

 条件としては申し分ない。

 

 見積もりを出してもらおうかと考えた、そのときだった。

 

 店内の奥に並んだ車体の一台が目に入る。

 

 黒いタンクが、店内の照明を受けて静かに光を映していた。

 

 鏡のように強く反射するわけではない。

 

 側面を走る細い白銀色のラインが、その黒をさらに引き締めて見せていた。

 

 丸型のヘッドライトに、スポークホイール。

 

 焦げ茶色のタックロールシートが、黒を基調とした車体の中で柔らかなアクセントになっている。

 

 クラシックな外見だが、古臭さはない。

 

 小柄な車体に少し太めのタイヤが組み合わされ、細すぎない力強さもあった。

 

 それなのに、威圧的には見えない。

 

 無骨さと落ち着きが、同じ車体の中に収まっていた。

 

「お客様?」

 

「あのバイクは何ですか?」

 

 俺が指した先を見て、店員が小さく頷く。

 

Blackthorn(ブラックソーン)のハウンド250です。イギリスの小さなメーカーが作っている、クラシックタイプのバイクですね」

 

「ブラックソーン……」

 

 聞き覚えのないメーカーだった。

 

「国内ではまだ台数は多くありませんが、消耗品には一般的な規格のものが多く使われています。通常の整備で極端に困ることはありませんよ」

 

「専用の部品は取り寄せですか?」

 

「外装部品などは、お待ちいただく場合があります。ただ、普段乗るうえで維持が難しい車種ではありません」

 

 海外の小規模メーカーと聞いて少し気になったが、部品が手に入らず乗れなくなるようなバイクではないらしい。

 

「街中でも扱いやすいんですか?」

 

「はい。古い英国車を思わせる見た目ですが、車体は軽く、日常でも乗りやすいように作られています」

 

 俺はハウンド250の前へ向かう。

 

 近くで見ると、遠目では分からなかった細かな造りまで目に入ってきた。

 

 丸みを帯びた燃料タンクには深い艶があり、店内の照明を柔らかく映している。

 

 白銀色のラインは別部品ではなく、タンクの曲面に沿って細く塗り分けられたものだった。

 

 黒くまとめられたエンジンと、車体右側の低い位置に伸びる一本出しのマフラー。

 

 派手な装飾はない。

 

 その分、一つ一つの形がはっきりして見えた。

 

「跨がってもいいですか?」

 

「もちろんです。どうぞ」

 

 許可をもらい、サイドスタンドで傾いたハウンド250へ跨がる。

 

 ハンドルを握り、車体を起こそうとすると、店員が反対側から軽く支えてくれた。

 

 両足を地面へ下ろすと、踵まで無理なく届いた。

 

 ベイス250と比べてシートが僅かに低く、跨がったときの車体も細く感じる。

 

 ハンドルへ手を伸ばしても、肩や腕に余計な力は入らなかった。

 

 初めて跨がったはずなのに、姿勢が不思議なほどしっくりくる。

 

「体に合っている気がします」

 

「車重はこのクラスの中でも軽い方です。ただ、見た目が華奢になりすぎないよう、タンクやタイヤには少しボリュームを持たせています」

 

 ハンドルをゆっくり左右へ動かしてみる。

 

 展示車なので動かせる範囲は僅かだったが、取り回しの軽さはなんとなく分かった。

 

 ベイス250も悪くなかった。

 

 けれど、自分が乗って走る姿を思い浮かべたとき、自然に浮かんだのはこちらだった。

 

「エンジンの音も聞けますか?」

 

「はい。少々お待ちください」

 

 店員がハウンド250を展示位置から移動させ、エンジンを始動した。

 

 低く乾いた排気音が響く。

 

 必要以上に大きくはない。

 

 それでも軽すぎる音ではなく、一定の間隔で落ち着いた鼓動を刻んでいた。

 

 俺はしばらく黙ったまま、その音を聞く。

 

「本日はベイス250をご覧になる予定だったんですよね?」

 

「はい」

 

「どちらにするか、悩まれていますか?」

 

「……いえ」

 

 エンジンを止めたハウンド250へ、もう一度目を向ける。

 

「こっちがいいです」

 

 口に出してみると、自分でも驚くほど迷いがなかった。

 

 性能を細かく比べたわけではない。

 

 この店へ来るまで、名前すら知らなかったバイクだ。

 

 それでも、乗るならこれがいいと思った。

 

「ハウンド250で、お見積もりをお作りしましょうか?」

 

「お願いします」

 

「車体色はこちらのブラックでよろしいですか?」

 

「はい。この色がいいです」

 

 店員に案内され、商談用の席へ移動する。

 

 車両価格や諸費用、保証について説明を受け、見積書の内容を一つずつ確認していく。

 

「用品の取り付けも、納車前でしたらまとめて承れます」

 

「サイドバッグを両側につけたいです」

 

「左右ですね。こちらの車種でしたら、専用のセミハードタイプがございます」

 

 店員がタブレットに画像を表示する。

 

 黒を基調とした四角いバッグで、車体の雰囲気を崩さない形になっていた。

 

 大きすぎるものではないが、普段の買い物や一泊程度の荷物なら十分に入りそうだ。

 

「これでお願いします」

 

「承知しました。取り付け用のサポートも併せて追加します」

 

「ヘルメットホルダーもつけられますか?」

 

「はい。車体の左側へ取り付けられます」

 

「それもお願いします」

 

 店員が見積もりへ項目を加えていく。

 

「ほかにご希望はございますか?」

 

「スマートフォンホルダーも欲しいです。ナビに使うので」

 

「でしたら、振動を抑える機構がついたものがおすすめです。端末の大きさに合わせて調整もできます」

 

「それでお願いします」

 

「長時間ナビを使用されるのでしたら、目立たない位置にUSB電源も取り付けられますが、いかがなさいますか?」

 

 今後、久我さんとツーリングへ行くことを考える。

 

 携帯用の充電器でも対応はできるが、最初からつけておいた方が便利だろう。

 

「一緒につけてください」

 

「承知しました」

 

 用品を追加するたびに、見積書の合計金額が更新されていく。

 

 車体だけを見ていたときよりは高くなったが、無理のある金額ではない。

 

 俺は見積書を最初から読み返し、不要なものが含まれていないことを確認した。

 

「この内容でお願いします」

 

「ありがとうございます。それでは、ご契約の手続きを進めさせていただきます」

 

 必要事項を記入し、書類へ署名する。

 

 用品の取り付けと車両登録を含め、納車までは二週間ほどかかるらしい。

 

 手続きを終えた俺は、もう一度ハウンド250の前へ戻った。

 

 ハンドルには、契約済みと記された札が掛けられている。

 

 今日この店へ来るまでは、ベイス250を買うつもりだった。

 

 それが今では、名前すら知らなかったバイクの納車を待っている。

 

 こういうものを、一目惚れと言うのかもしれない。

 

 俺は車体の写真を一枚撮り、久我さんとのメッセージ画面を開いた。

 

『バイク、決めた』

 

 写真を添えて送信する。

 

 返事はすぐに届いた。

 

『ベイスじゃねぇのか?』

 

『店で見つけて、気が変わった』

 

『へぇ』

 

 少し間が空いてから、次のメッセージが表示される。

 

『悪くねぇじゃん』

 

 久我さんにしては、かなり好意的な感想だと思う。

 

『納車されたら見せるよ』

 

『当然だ』

 

 その返信を見て、俺は僅かに笑った。

 

 免許は取れた。

 

 乗りたいバイクも決まった。

 

 あとは、新しい相棒が納車されるのを待つだけだった。

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