8月5日。
昨日の学校説明会を終えたばかりだが、今日も俺は学校へ来ていた。
今日は生徒会の仕事ではなく、夏休みの課題を進めるための勉強会だ。
集合時間より少し早く生徒会室へ入る。
昨日使った資料や筆記具は片づけられていたが、長机の端には余った封筒や名札がまとめて置かれていた。
このままでは課題を広げづらい。
俺は窓を開け、残っている物を種類ごとに分けて棚へ戻していく。
余った学校案内を揃え、名札を入れた箱を棚へ収める。
片づけが終わると、流しで布巾を濡らし、長机を拭き始めた。
昨日は多くの生徒や教員が出入りしていた。目立って汚れているわけではないが、課題を広げる前に一度拭いておいた方がいいだろう。
机の半分ほどを拭き終えたところで、生徒会室の扉が開いた。
「おはよう、槻山」
「おはようございます」
入ってきたのは天ヶ瀬先輩だった。
片手には課題や筆記具を入れた鞄を持っている。
天ヶ瀬先輩は室内へ入ると、片づいた長机と俺の持っている布巾へ視線を向けた。
「昨日の後片づけをしていたのか?」
「まだ少し残っていたので。このあと課題を広げますから、先に片づけておこうと思って」
「一人で全部やるつもりだったのか?」
「それほど残っていませんでしたから」
天ヶ瀬先輩は棚へ収められた資料を確認したあと、机の上へ鞄を置いた。
「しかし、誰に言われるでもなく片づけを始めるとは、感心するな」
「気づいた人がやればいいと思っただけですよ」
「それを実際にできる者は、そう多くない」
天ヶ瀬先輩は流しへ向かい、もう一枚の布巾を手に取った。
「私も手伝う」
「ありがとうございます。それなら、反対側をお願いしてもいいですか?」
「ああ、分かった」
俺が廊下側から、天ヶ瀬先輩が窓側から机を拭いていく。
二人でやれば、すぐに終わりそうだ。
「昨日はご苦労だったな」
布巾を動かしながら、天ヶ瀬先輩が口を開いた。
「天ヶ瀬先輩もお疲れさまでした」
「私は昨年も説明会に参加している。槻山は初めてだっただろう」
「はい。校内案内で、思っていたより質問されました」
「実際に通っている生徒の話を聞きたかったのだろう。教員では答えにくいこともあるからな」
「男女比については、何度か聞かれましたよ」
「やはり、そこは気になるのだな」
「はい。男子だけじゃなく、女子の受験希望者も気にしていました」
「男子が多い学校だからこそ、女子にとっても重要な情報だろうな」
「女子が比較的多いと答えたら、安心した様子でしたよ」
「そうか」
「男子の方も喜んでいました」
天ヶ瀬先輩が僅かに口元を緩める。
「男の子だな。分かりやすい」
「かなり期待していたみたいです」
机の端まで拭き終え、布巾を持ったまま反対側へ回る。
「ブローチをなくした子は、無事に見つかったのか?」
「はい。階段の踊り場に落ちていました」
「そうか。それはよかった」
「一条院鈴さんという子なんですけど、入学したら生徒会に入りたいと言っていました」
天ヶ瀬先輩の手が僅かに止まる。
「生徒会に?」
「女子生徒が会長や副会長を務めているのを見て、興味を持ったそうです」
「説明会でそこまで考えていたのか。随分と意欲のある子だな」
「かなり真面目に説明を聞いていましたよ」
「一条院家か」
天ヶ瀬先輩は、家名を確かめるように呟いた。
「ご存じなんですか?」
「本人とは面識がないが、一条院家なら知っている。文化事業や慈善活動に力を入れている旧家だ」
「有名な家なんですね」
「ああ。だが、家柄だけで生徒会役員を選ぶことはない。本人に意欲と適性があるのなら、そのときに判断する」
「かなり真面目そうな子でしたよ」
「そうか。来年、入学してきたら、覚えておこう」
残っていた部分を拭き終え、二人で布巾を流しへ戻す。
「これで課題を広げられますね」
「ああ。君のお陰だ」
「天ヶ瀬先輩も手伝ってくれたじゃないですか」
「最初に動いたのは槻山だ。そこは素直に褒められておけ」
「分かりました。ありがとうございます」
そう答えると、天ヶ瀬先輩は満足したように小さく頷いた。
俺は長机の上へ課題と筆記具を並べ、椅子を引いた。
天ヶ瀬先輩も鞄から教材を取り出すと、自然にその隣へ広げて腰を下ろす。
俺も席に着き、課題の冊子を開いた。
「分からないところがあったら、教えてください」
「ああ。私で分かることなら答えよう」
「ありがとうございます」
天ヶ瀬先輩も自分の課題を開いた。
肩が触れるほどではないが、互いの手元を覗こうと思えば、すぐに見える距離だ。
最初の問題へ目を通し始めたところで、廊下から足音が近づいてきた。
「おはよー」
扉が開き、如月先輩が生徒会室へ入ってくる。
片づいた長机を見回したあと、隣同士で課題を広げている俺たちへ目を向けた。
「もう始めてたんだ。早いね」
「槻山が昨日の後片づけをしていたから、私も手伝っていた」
「机も綺麗になってる。感心、感心。ありがとうね、槻山君」
「どういたしまして」
如月先輩は自分の鞄を空いている席へ置き、課題を取り出し始めた。
それから間もなく、同じ一年の鷹取と石倉、それに桜庭先輩や真壁先輩たちも生徒会室へ入ってきた。
それぞれ空いている席へ座り、教科書や課題を長机の上へ広げていく。
集合時間になっても、一つだけ空いたままの席があった。
「榊先輩は来ないんですか?」
俺が尋ねると、如月先輩が課題の冊子から顔を上げた。
「琴姫なら来ないよ。夏休みの課題は、もう全部終わってるんだって」
「もう終わっているんですか」
「それに、休みの日まで天ヶ瀬の顔を見たくないって」
「如月。余計な部分まで伝える必要はない」
天ヶ瀬先輩は表情を変えず、課題へ視線を落としたまま言った。
「でも、本当にそう言ってたよ?」
「ああ。昨日、本人からも似たようなことを言われた」
「直接言われたんですか?」
「課題は終わっているし、休日まで私と顔を合わせるつもりもないそうだ」
天ヶ瀬先輩は、特に気にした様子もなくページをめくった。
榊先輩らしいと言えば、らしいのかもしれない。
「がっせー、気にしてないの?」
「榊が私を嫌っているのは今に始まったことではない。それに、課題が終わっている者へ無理に参加を求めるつもりもない」
「大人だなあ」
「如月も話していないで、手を動かせ」
「まだ始めたばかりなのに」
如月先輩はそう言いながらも、ようやく課題へ視線を戻した。
会話が途切れると、生徒会室には紙をめくる音と、筆記具を走らせる音だけが残った。
俺も数学の課題を開き、途中になっていた問題へ取りかかった。
隣では、天ヶ瀬先輩が迷う様子もなく解答を書き進めている。
さすが学年首席だけあって、手が止まることがほとんどない。
俺も普段から勉強には力を入れているが、天ヶ瀬先輩の解く速さにはまだ及ばない。
しばらく問題を解き進めたところで、一つだけ答えの合わない箇所が出てきた。
計算を最初から確認してみたが、どこで間違えたのか分からない。
「天ヶ瀬先輩、少しいいですか?」
「ああ。どこだ?」
俺が課題の冊子を少し横へ動かすと、天ヶ瀬先輩が身体を寄せて手元を覗き込んだ。
「この問題なんですけど、答えが合わなくて」
「途中までは合っている。ここで符号を反対にしてしまっているな」
天ヶ瀬先輩が、俺の書いた式の一か所を指先で示す。
「あ、本当だ」
「解き方を間違えているわけではない。書き直せば合うはずだ」
「ありがとうございます」
「この程度なら、私が教えるまでもなかったな」
「自分では見つけられなかったので、助かりましたよ」
「そうか」
天ヶ瀬先輩は小さく頷き、自分の課題へ戻った。
俺も指摘された箇所を直し、改めて計算する。
今度は、最後まで問題なく解くことができた。
「鷹取君、少しいいかな?」
少し離れた席から声が聞こえ、顔を上げる。
石倉が数学の課題を開き、隣に座る鷹取へ向けていた。
「何かな?」
「この問題なんだけど、途中から答えが合わなくて。どこを間違えているか、見てもらってもいい?」
鷹取は石倉の書いた式へ目を通すと、すぐに一か所を指差した。
「君は馬鹿だな。ここは先に括弧の中を整理するんだ」
「手厳しいね」
石倉は一瞬だけ目を丸くしたあと、困ったように笑った。
「間違っているのはここでいいのかな?」
「そうだ。ここをこうしてから計算する」
鷹取が自分の筆記具を取り、課題の余白へ式を書いていく。
言い方は遠慮がないが、説明自体は丁寧だ。
石倉は書かれた式を確認しながら、もう一度計算を進めた。
「ああ、今度は合った。ありがとう、鷹取君」
「これくらい、自分で気づけるよう努力してくれ」
「次からは気をつけるよ」
石倉は穏やかに答え、何事もなかったように次の問題へ取りかかった。
それからも、分からないところがあれば近くの者へ尋ねながら、それぞれ課題を進めていった。
途中で何度か会話が生まれたものの、長く続くことはない。
如月先輩も口では面倒そうにしながら、課題そのものは着実に進めていた。
時計の針が12時を回ったところで、天ヶ瀬先輩が筆記具を置く。
「そろそろ昼にしよう」
その言葉を待っていたように、如月先輩が大きく伸びをした。
「やっと休憩だ。お腹空いたー」
「午前中だけで何度休もうとしていた」
「実際に休んだのは一回だけでしょ」
「休もうとした回数の話だ」
如月先輩は聞こえないふりをして、鞄からお弁当を取り出した。
ほかの者たちも、それぞれ持参した弁当や買ってきた昼食を机へ並べていく。
俺も鞄を開き、二つの弁当箱を取り出した。
一つを自分の前へ置き、もう一つを隣へ差し出す。
「天ヶ瀬先輩、今日の分です」
天ヶ瀬先輩は、目の前に置かれた弁当箱を見つめた。
「今日も作ってきてくれたのか」
「はい。パンよりはいいかと思って」
「そうか。ありがとう。いただこう」
天ヶ瀬先輩は弁当箱を自分の前へ引き寄せた。
「今日も作ってきたんだね」
向かい側で自分の弁当箱を開けていた如月先輩が、こちらへ目を向ける。
「はい」
「がっせー、よかったね。昨日も全部食べてたし」
「槻山の作る弁当は美味しいからな」
天ヶ瀬先輩は当然のように答え、弁当箱の蓋を外した。
中には、枝豆とひじき、刻んだカリカリ梅を混ぜ込んだおにぎりと、卵焼き、焼き鮭、いんげんのごま和えを詰めてある。
「今日は少し違うのだな」
「カリカリ梅を刻んで、枝豆とひじきと一緒に混ぜました」
「がっせーの好きな梅だ」
如月先輩が弁当を覗き込みながら言う。
「昨日、梅のおにぎりを選んでいたので」
「昔から梅味は好きだよね」
「ああ。好んで食べる」
天ヶ瀬先輩はおにぎりを手に取り、一口食べた。
枝豆とカリカリ梅の食感を確かめるように噛んでから、小さく頷く。
「美味しい。普通の梅おにぎりとは食感が違って面白いな」
「口に合ったならよかったです」
俺も自分の弁当箱を開き、昼食を始めた。
長机の周囲では、それぞれが持参した弁当や買ってきたパンを食べている。
午前中は課題に集中していたこともあり、昼休みになると自然に会話が増えた。
「みんな、夏休みの課題はどのくらい終わってるの?」
如月先輩が卵焼きを箸でつまみながら尋ねた。
「私はぁ、今のところ3分の2くらいですぅ」
桜庭先輩が答える。
「俺も同じくらいだな」
真壁先輩も弁当を食べながら続けた。
「如月はどうなのだ?」
天ヶ瀬先輩が尋ねると、如月先輩の箸が僅かに止まった。
「順調だよ」
「具体的には?」
「夏休み中には、ちゃんと終わる予定」
「それは順調とは言わない」
「まだ8月に入ったばかりだよ?」
「後回しにすれば、その分だけ苦労することになる」
「分かってるって。だから今日来たんでしょ」
如月先輩はそう答えると、残っていた卵焼きを口へ運んだ。
「槻山君は?」
「半分より少し進んでいます」
「結構進んでるね」
「先月は普通二輪の免許を取るために合宿へ行っていたので、帰ってから少しずつ進めました」
「二輪?」
真壁先輩が弁当から顔を上げた。
「はい。先月末に取りました」
「もう乗るバイクは決めているのか?」
「契約は済んでいます。納車は17日の予定です」
「免許を取って、すぐに買ったのか」
「合宿へ行く前から候補は決めていたんですけど、店で見つけた車種に変えました」
「そうか」
真壁先輩は興味を持った様子で頷いた。
「納車されたばかりの頃が一番危ない。慣れるまでは無理をするなよ」
「はい。気をつけます」
「真壁、先輩風吹かせてるね」
如月先輩が面白そうに笑う。
「姉御、免許を取ったばかりの後輩に注意するのは当然でしょう」
「はいはい。優しい先輩だね」
「茶化さんでください」
真壁先輩は僅かに眉を寄せ、弁当へ箸を戻した。
「夏休みはぁ、どこかへ出かける予定があるんですかぁ?」
桜庭先輩が、興味を持った様子でこちらへ顔を向けた。
「友人たちと海水浴へ行く予定です」
「海水浴かあ」
如月先輩が弁当を食べながら顔を上げる。
「それって、女子もいるの?」
「はい。クラスの友人たちと行くので、女子もいますよ」
答えた直後、隣に座る天ヶ瀬先輩の箸が僅かに止まった。
「その友人たちとは、普段からよく一緒にいるのか?」
「はい。昼休みに一緒に食べたり、休日に出かけたりしています」
「そうか」
天ヶ瀬先輩は短く答えると、何事もなかったように食事を再開した。
「へえ、青春してるじゃん。ちゃんと夏休みを楽しんでるんだね」
「まだ行っていませんけどね」
「バイクが届いたあとは、どこかへ行く予定なのか?」
真壁先輩に尋ねられ、少し考える。
「ツーリングに行こうと思ってます。ただ、納車されたら、まずは近場で慣れるつもりです」
「それがいい。免許を取得したばかりなのだから、無理はするな」
「はい。安全運転を心がけます」
「ならいい」
天ヶ瀬先輩は小さく頷き、卵焼きを一切れ箸でつまんだ。
「この卵焼きは、昨日より少し甘いな」
「今日は味つけを変えました」
「ああ。私はこちらの方が好みだ」
「如月も甘い方が好きだっただろう」
「うん、まぁね」
二人が互いの好みを把握している辺りに、付き合いの長さが感じられる。
「覚えておきます」
俺がそう答えると、天ヶ瀬先輩は一度こちらへ目を向けたあと、そのまま卵焼きを口へ運んだ。
その後も夏休みの予定や課題の話をしながら、それぞれ昼食を食べ進めていく。
食べ終える頃には、天ヶ瀬先輩の弁当箱も綺麗に空になっていた。
「ごちそうさま。今日も美味しかった」
「お粗末さまでした」
「弁当箱を洗ってくる」
「そのままでも大丈夫ですよ」
「そういうわけにはいかない」
天ヶ瀬先輩は弁当箱を持って立ち上がり、流しへ向かった。
ほかの者も昼食を片づけ、少しの間だけ休憩を取る。
如月先輩は椅子の背もたれへ身体を預け、天井を見上げていた。
「午後も勉強かあ」
「そのために集まったのだろう」
流しから戻ってきた天ヶ瀬先輩が、洗った弁当箱を机の端へ置く。
「分かってるけど、食べたあとは眠くなるんだよ」
「少し休んでから再開すればいい」
「がっせーが優しい」
「眠いまま始めても効率が悪いだけだ」
「そういうことにしておくね」
如月先輩は満足そうに目を閉じた。
15分ほど休んだあと、俺たちは再び課題を広げた。
午後は午前中よりも会話が減り、生徒会室には紙をめくる音と筆記具を走らせる音が続く。
俺も予定していた範囲を終わらせるため、残っている問題を順番に解いていった。
隣では、天ヶ瀬先輩が変わらない速さで課題を進めている。
分からない箇所があれば尋ねられる距離だったが、午後に質問することはなかった。
しばらくすると、向かい側から小さな溜め息が聞こえた。
「英語、飽きた」
如月先輩が課題の冊子へ頬杖をついている。
「再開してから、まだ30分も経っていないぞ」
「午前中から合わせたら、もう何時間も勉強してるよ」
「昼休みを取っただろう」
「休憩したら、それまでの勉強時間がなくなるわけじゃないから」
「当然だ」
「がっせーには分からないんだよ。勉強に飽きる普通の人の気持ちが」
「如月も成績は悪くないだろう」
「悪くないからって、好きとは限らないの」
如月先輩は不満そうに答えながらも、再び筆記具を動かし始めた。
それからは大きく集中が途切れることもなく、時間だけが過ぎていく。
午後4時を回った頃、俺は最後の問題へ答えを書き込んだ。
途中の式と解答をもう一度確認してから、課題の冊子を閉じる。
「終わった」
「今日予定していた範囲か?」
隣に座る天ヶ瀬先輩が、こちらへ顔を向けた。
「いえ。夏休みの課題は、これで全部です」
「随分と進めたな」
「今日はそのつもりで来ましたから」
合宿から帰ってきたあとも少しずつ進めていたため、残っていた量はそれほど多くなかった。
それでも、すべて終わったと思うと肩の力が抜ける。
「天ヶ瀬先輩は終わりましたか?」
「ああ。少し前にな」
天ヶ瀬先輩の机の上には、すでに閉じられた課題の冊子が重ねられていた。
周囲へ目を向けると、ほかの者たちも終わりが見えているらしい。
「あと一問……」
如月先輩が問題を睨みながら、筆記具を動かしている。
「如月、手を止めるな」
「分かってるよ。今やってるから話しかけないで」
「返事をする余裕はあるのだな」
「がっせーのせいで集中が切れた」
「人のせいにするな」
如月先輩は口を尖らせながらも、再び問題へ視線を戻した。
「私はぁ、もう終わりましたぁ」
桜庭先輩が課題を閉じ、ゆっくりと伸びをする。
「番頭も終わったか」
「はいぃ。真壁先輩はどうですかぁ?」
「俺もさっき終わった」
「それならぁ、あとは如月先輩たちですねぇ」
「私だけみたいに言わないで。石倉君もまだでしょ?」
「僕は見直しだけだよ」
石倉は答えを書き終えた冊子を最初のページから確認していた。
その隣では、鷹取がすでに教材を鞄へ戻している。
「鷹取君は、もう全部終わったの?」
「ああ。今日まで残していた量が少なかったからな」
「それなら、もう少し早く教えてくれてもよかったのに」
「聞かれていない」
「そうだね」
石倉は苦笑し、自分の課題へ視線を戻した。
それから数分後、如月先輩が最後の答えを書き込んだ。
「終わった!」
筆記具を机へ置き、椅子の背もたれへ身体を預ける。
「これで全部か?」
「予定してたところまでは」
「しっかり終わらせておけよ」
「今くらいは達成感に浸らせてよ」
天ヶ瀬先輩は何か言いかけたものの、それ以上は口にせず、長机の周囲を見回した。
「ほかの者も区切りはついたようだな」
「僕も数学が終わりました」
石倉が課題を閉じる。
どうやら、それぞれ今日進めるつもりだった範囲までは終わったらしい。
「それでは、今日はここまでにしよう。長時間になったが、ご苦労だった」
「本当に長かったよ」
如月先輩が机へ突っ伏す。
「でもぉ、かなり進みましたねぇ」
「一人だったら、途中でやめてたかもしれない」
「姉御なら、本当にやめていたでしょうね」
「否定できないのが悔しいなあ」
如月先輩は苦笑しながら身体を起こした。
俺たちは教材や筆記具を鞄へ戻し、使った長机の上を片づけていく。
朝に拭いたばかりだが、消しゴムのかすや細かな紙くずが残っていた。
それらを集めて捨て、椅子を元の位置へ戻す。
俺が鞄を閉じると、天ヶ瀬先輩が洗っておいた弁当箱を差し出してきた。
「槻山、弁当箱だ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、今日もありがとう。美味しかった」
「どういたしまして」
弁当箱を受け取り、布で包んで鞄へ収める。
窓を閉め、忘れ物がないことを確認してから、全員で生徒会室を出た。
朝から夕方までかかったが、これで俺の夏休みの課題はすべて終わった。
明日からは、残りの夏休みを気にせず過ごせそうだ。