男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

62 / 77
62話 夏休みの宿題会

 8月5日。

 

 昨日の学校説明会を終えたばかりだが、今日も俺は学校へ来ていた。

 

 今日は生徒会の仕事ではなく、夏休みの課題を進めるための勉強会だ。

 

 集合時間より少し早く生徒会室へ入る。

 

 昨日使った資料や筆記具は片づけられていたが、長机の端には余った封筒や名札がまとめて置かれていた。

 

 このままでは課題を広げづらい。

 

 俺は窓を開け、残っている物を種類ごとに分けて棚へ戻していく。

 

 余った学校案内を揃え、名札を入れた箱を棚へ収める。

 

 片づけが終わると、流しで布巾を濡らし、長机を拭き始めた。

 

 昨日は多くの生徒や教員が出入りしていた。目立って汚れているわけではないが、課題を広げる前に一度拭いておいた方がいいだろう。

 

 机の半分ほどを拭き終えたところで、生徒会室の扉が開いた。

 

「おはよう、槻山」

 

「おはようございます」

 

 入ってきたのは天ヶ瀬先輩だった。

 

 片手には課題や筆記具を入れた鞄を持っている。

 

 天ヶ瀬先輩は室内へ入ると、片づいた長机と俺の持っている布巾へ視線を向けた。

 

「昨日の後片づけをしていたのか?」

 

「まだ少し残っていたので。このあと課題を広げますから、先に片づけておこうと思って」

 

「一人で全部やるつもりだったのか?」

 

「それほど残っていませんでしたから」

 

 天ヶ瀬先輩は棚へ収められた資料を確認したあと、机の上へ鞄を置いた。

 

「しかし、誰に言われるでもなく片づけを始めるとは、感心するな」

 

「気づいた人がやればいいと思っただけですよ」

 

「それを実際にできる者は、そう多くない」

 

 天ヶ瀬先輩は流しへ向かい、もう一枚の布巾を手に取った。

 

「私も手伝う」

 

「ありがとうございます。それなら、反対側をお願いしてもいいですか?」

 

「ああ、分かった」

 

 俺が廊下側から、天ヶ瀬先輩が窓側から机を拭いていく。

 

 二人でやれば、すぐに終わりそうだ。

 

「昨日はご苦労だったな」

 

 布巾を動かしながら、天ヶ瀬先輩が口を開いた。

 

「天ヶ瀬先輩もお疲れさまでした」

 

「私は昨年も説明会に参加している。槻山は初めてだっただろう」

 

「はい。校内案内で、思っていたより質問されました」

 

「実際に通っている生徒の話を聞きたかったのだろう。教員では答えにくいこともあるからな」

 

「男女比については、何度か聞かれましたよ」

 

「やはり、そこは気になるのだな」

 

「はい。男子だけじゃなく、女子の受験希望者も気にしていました」

 

「男子が多い学校だからこそ、女子にとっても重要な情報だろうな」

 

「女子が比較的多いと答えたら、安心した様子でしたよ」

 

「そうか」

 

「男子の方も喜んでいました」

 

 天ヶ瀬先輩が僅かに口元を緩める。

 

「男の子だな。分かりやすい」

 

「かなり期待していたみたいです」

 

 机の端まで拭き終え、布巾を持ったまま反対側へ回る。

 

「ブローチをなくした子は、無事に見つかったのか?」

 

「はい。階段の踊り場に落ちていました」

 

「そうか。それはよかった」

 

「一条院鈴さんという子なんですけど、入学したら生徒会に入りたいと言っていました」

 

 天ヶ瀬先輩の手が僅かに止まる。

 

「生徒会に?」

 

「女子生徒が会長や副会長を務めているのを見て、興味を持ったそうです」

 

「説明会でそこまで考えていたのか。随分と意欲のある子だな」

 

「かなり真面目に説明を聞いていましたよ」

 

「一条院家か」

 

 天ヶ瀬先輩は、家名を確かめるように呟いた。

 

「ご存じなんですか?」

 

「本人とは面識がないが、一条院家なら知っている。文化事業や慈善活動に力を入れている旧家だ」

 

「有名な家なんですね」

 

「ああ。だが、家柄だけで生徒会役員を選ぶことはない。本人に意欲と適性があるのなら、そのときに判断する」

 

「かなり真面目そうな子でしたよ」

 

「そうか。来年、入学してきたら、覚えておこう」

 

 残っていた部分を拭き終え、二人で布巾を流しへ戻す。

 

「これで課題を広げられますね」

 

「ああ。君のお陰だ」

 

「天ヶ瀬先輩も手伝ってくれたじゃないですか」

 

「最初に動いたのは槻山だ。そこは素直に褒められておけ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 そう答えると、天ヶ瀬先輩は満足したように小さく頷いた。

 

 俺は長机の上へ課題と筆記具を並べ、椅子を引いた。

 

 天ヶ瀬先輩も鞄から教材を取り出すと、自然にその隣へ広げて腰を下ろす。

 

 俺も席に着き、課題の冊子を開いた。

 

「分からないところがあったら、教えてください」

 

「ああ。私で分かることなら答えよう」

 

「ありがとうございます」

 

 天ヶ瀬先輩も自分の課題を開いた。

 

 肩が触れるほどではないが、互いの手元を覗こうと思えば、すぐに見える距離だ。

 

 最初の問題へ目を通し始めたところで、廊下から足音が近づいてきた。

 

「おはよー」

 

 扉が開き、如月先輩が生徒会室へ入ってくる。

 

 片づいた長机を見回したあと、隣同士で課題を広げている俺たちへ目を向けた。

 

「もう始めてたんだ。早いね」

 

「槻山が昨日の後片づけをしていたから、私も手伝っていた」

 

「机も綺麗になってる。感心、感心。ありがとうね、槻山君」

 

「どういたしまして」

 

 如月先輩は自分の鞄を空いている席へ置き、課題を取り出し始めた。

 

 それから間もなく、同じ一年の鷹取と石倉、それに桜庭先輩や真壁先輩たちも生徒会室へ入ってきた。

 

 それぞれ空いている席へ座り、教科書や課題を長机の上へ広げていく。

 

 集合時間になっても、一つだけ空いたままの席があった。

 

「榊先輩は来ないんですか?」

 

 俺が尋ねると、如月先輩が課題の冊子から顔を上げた。

 

「琴姫なら来ないよ。夏休みの課題は、もう全部終わってるんだって」

 

「もう終わっているんですか」

 

「それに、休みの日まで天ヶ瀬の顔を見たくないって」

 

「如月。余計な部分まで伝える必要はない」

 

 天ヶ瀬先輩は表情を変えず、課題へ視線を落としたまま言った。

 

「でも、本当にそう言ってたよ?」

 

「ああ。昨日、本人からも似たようなことを言われた」

 

「直接言われたんですか?」

 

「課題は終わっているし、休日まで私と顔を合わせるつもりもないそうだ」

 

 天ヶ瀬先輩は、特に気にした様子もなくページをめくった。

 

 榊先輩らしいと言えば、らしいのかもしれない。

 

「がっせー、気にしてないの?」

 

「榊が私を嫌っているのは今に始まったことではない。それに、課題が終わっている者へ無理に参加を求めるつもりもない」

 

「大人だなあ」

 

「如月も話していないで、手を動かせ」

 

「まだ始めたばかりなのに」

 

 如月先輩はそう言いながらも、ようやく課題へ視線を戻した。

 

 会話が途切れると、生徒会室には紙をめくる音と、筆記具を走らせる音だけが残った。

 

 俺も数学の課題を開き、途中になっていた問題へ取りかかった。

 

 隣では、天ヶ瀬先輩が迷う様子もなく解答を書き進めている。

 

 さすが学年首席だけあって、手が止まることがほとんどない。

 

 俺も普段から勉強には力を入れているが、天ヶ瀬先輩の解く速さにはまだ及ばない。

 

 しばらく問題を解き進めたところで、一つだけ答えの合わない箇所が出てきた。

 

 計算を最初から確認してみたが、どこで間違えたのか分からない。

 

「天ヶ瀬先輩、少しいいですか?」

 

「ああ。どこだ?」

 

 俺が課題の冊子を少し横へ動かすと、天ヶ瀬先輩が身体を寄せて手元を覗き込んだ。

 

「この問題なんですけど、答えが合わなくて」

 

「途中までは合っている。ここで符号を反対にしてしまっているな」

 

 天ヶ瀬先輩が、俺の書いた式の一か所を指先で示す。

 

「あ、本当だ」

 

「解き方を間違えているわけではない。書き直せば合うはずだ」

 

「ありがとうございます」

 

「この程度なら、私が教えるまでもなかったな」

 

「自分では見つけられなかったので、助かりましたよ」

 

「そうか」

 

 天ヶ瀬先輩は小さく頷き、自分の課題へ戻った。

 

 俺も指摘された箇所を直し、改めて計算する。

 

 今度は、最後まで問題なく解くことができた。

 

「鷹取君、少しいいかな?」

 

 少し離れた席から声が聞こえ、顔を上げる。

 

 石倉が数学の課題を開き、隣に座る鷹取へ向けていた。

 

「何かな?」

 

「この問題なんだけど、途中から答えが合わなくて。どこを間違えているか、見てもらってもいい?」

 

 鷹取は石倉の書いた式へ目を通すと、すぐに一か所を指差した。

 

「君は馬鹿だな。ここは先に括弧の中を整理するんだ」

 

「手厳しいね」

 

 石倉は一瞬だけ目を丸くしたあと、困ったように笑った。

 

「間違っているのはここでいいのかな?」

 

「そうだ。ここをこうしてから計算する」

 

 鷹取が自分の筆記具を取り、課題の余白へ式を書いていく。

 

 言い方は遠慮がないが、説明自体は丁寧だ。

 

 石倉は書かれた式を確認しながら、もう一度計算を進めた。

 

「ああ、今度は合った。ありがとう、鷹取君」

 

「これくらい、自分で気づけるよう努力してくれ」

 

「次からは気をつけるよ」

 

 石倉は穏やかに答え、何事もなかったように次の問題へ取りかかった。

 

 それからも、分からないところがあれば近くの者へ尋ねながら、それぞれ課題を進めていった。

 

 途中で何度か会話が生まれたものの、長く続くことはない。

 

 如月先輩も口では面倒そうにしながら、課題そのものは着実に進めていた。

 

 時計の針が12時を回ったところで、天ヶ瀬先輩が筆記具を置く。

 

「そろそろ昼にしよう」

 

 その言葉を待っていたように、如月先輩が大きく伸びをした。

 

「やっと休憩だ。お腹空いたー」

 

「午前中だけで何度休もうとしていた」

 

「実際に休んだのは一回だけでしょ」

 

「休もうとした回数の話だ」

 

 如月先輩は聞こえないふりをして、鞄からお弁当を取り出した。

 

 ほかの者たちも、それぞれ持参した弁当や買ってきた昼食を机へ並べていく。

 

 俺も鞄を開き、二つの弁当箱を取り出した。

 

 一つを自分の前へ置き、もう一つを隣へ差し出す。

 

「天ヶ瀬先輩、今日の分です」

 

 天ヶ瀬先輩は、目の前に置かれた弁当箱を見つめた。

 

「今日も作ってきてくれたのか」

 

「はい。パンよりはいいかと思って」

 

「そうか。ありがとう。いただこう」

 

 天ヶ瀬先輩は弁当箱を自分の前へ引き寄せた。

 

「今日も作ってきたんだね」

 

 向かい側で自分の弁当箱を開けていた如月先輩が、こちらへ目を向ける。

 

「はい」

 

「がっせー、よかったね。昨日も全部食べてたし」

 

「槻山の作る弁当は美味しいからな」

 

 天ヶ瀬先輩は当然のように答え、弁当箱の蓋を外した。

 

 中には、枝豆とひじき、刻んだカリカリ梅を混ぜ込んだおにぎりと、卵焼き、焼き鮭、いんげんのごま和えを詰めてある。

 

「今日は少し違うのだな」

 

「カリカリ梅を刻んで、枝豆とひじきと一緒に混ぜました」

 

「がっせーの好きな梅だ」

 

 如月先輩が弁当を覗き込みながら言う。

 

「昨日、梅のおにぎりを選んでいたので」

 

「昔から梅味は好きだよね」

 

「ああ。好んで食べる」

 

 天ヶ瀬先輩はおにぎりを手に取り、一口食べた。

 

 枝豆とカリカリ梅の食感を確かめるように噛んでから、小さく頷く。

 

「美味しい。普通の梅おにぎりとは食感が違って面白いな」

 

「口に合ったならよかったです」

 

 俺も自分の弁当箱を開き、昼食を始めた。

 

 長机の周囲では、それぞれが持参した弁当や買ってきたパンを食べている。

 

 午前中は課題に集中していたこともあり、昼休みになると自然に会話が増えた。

 

「みんな、夏休みの課題はどのくらい終わってるの?」

 

 如月先輩が卵焼きを箸でつまみながら尋ねた。

 

「私はぁ、今のところ3分の2くらいですぅ」

 

 桜庭先輩が答える。

 

「俺も同じくらいだな」

 

 真壁先輩も弁当を食べながら続けた。

 

「如月はどうなのだ?」

 

 天ヶ瀬先輩が尋ねると、如月先輩の箸が僅かに止まった。

 

「順調だよ」

 

「具体的には?」

 

「夏休み中には、ちゃんと終わる予定」

 

「それは順調とは言わない」

 

「まだ8月に入ったばかりだよ?」

 

「後回しにすれば、その分だけ苦労することになる」

 

「分かってるって。だから今日来たんでしょ」

 

 如月先輩はそう答えると、残っていた卵焼きを口へ運んだ。

 

「槻山君は?」

 

「半分より少し進んでいます」

 

「結構進んでるね」

 

「先月は普通二輪の免許を取るために合宿へ行っていたので、帰ってから少しずつ進めました」

 

「二輪?」

 

 真壁先輩が弁当から顔を上げた。

 

「はい。先月末に取りました」

 

「もう乗るバイクは決めているのか?」

 

「契約は済んでいます。納車は17日の予定です」

 

「免許を取って、すぐに買ったのか」

 

「合宿へ行く前から候補は決めていたんですけど、店で見つけた車種に変えました」

 

「そうか」

 

 真壁先輩は興味を持った様子で頷いた。

 

「納車されたばかりの頃が一番危ない。慣れるまでは無理をするなよ」

 

「はい。気をつけます」

 

「真壁、先輩風吹かせてるね」

 

 如月先輩が面白そうに笑う。

 

「姉御、免許を取ったばかりの後輩に注意するのは当然でしょう」

 

「はいはい。優しい先輩だね」

 

「茶化さんでください」

 

 真壁先輩は僅かに眉を寄せ、弁当へ箸を戻した。

 

「夏休みはぁ、どこかへ出かける予定があるんですかぁ?」

 

 桜庭先輩が、興味を持った様子でこちらへ顔を向けた。

 

「友人たちと海水浴へ行く予定です」

 

「海水浴かあ」

 

 如月先輩が弁当を食べながら顔を上げる。

 

「それって、女子もいるの?」

 

「はい。クラスの友人たちと行くので、女子もいますよ」

 

 答えた直後、隣に座る天ヶ瀬先輩の箸が僅かに止まった。

 

「その友人たちとは、普段からよく一緒にいるのか?」

 

「はい。昼休みに一緒に食べたり、休日に出かけたりしています」

 

「そうか」

 

 天ヶ瀬先輩は短く答えると、何事もなかったように食事を再開した。

 

「へえ、青春してるじゃん。ちゃんと夏休みを楽しんでるんだね」

 

「まだ行っていませんけどね」

 

「バイクが届いたあとは、どこかへ行く予定なのか?」

 

 真壁先輩に尋ねられ、少し考える。

 

「ツーリングに行こうと思ってます。ただ、納車されたら、まずは近場で慣れるつもりです」

 

「それがいい。免許を取得したばかりなのだから、無理はするな」

 

「はい。安全運転を心がけます」

 

「ならいい」

 

 天ヶ瀬先輩は小さく頷き、卵焼きを一切れ箸でつまんだ。

 

「この卵焼きは、昨日より少し甘いな」

 

「今日は味つけを変えました」

 

「ああ。私はこちらの方が好みだ」

 

「如月も甘い方が好きだっただろう」

 

「うん、まぁね」

 

 二人が互いの好みを把握している辺りに、付き合いの長さが感じられる。

 

「覚えておきます」

 

 俺がそう答えると、天ヶ瀬先輩は一度こちらへ目を向けたあと、そのまま卵焼きを口へ運んだ。

 

 その後も夏休みの予定や課題の話をしながら、それぞれ昼食を食べ進めていく。

 

 食べ終える頃には、天ヶ瀬先輩の弁当箱も綺麗に空になっていた。

 

「ごちそうさま。今日も美味しかった」

 

「お粗末さまでした」

 

「弁当箱を洗ってくる」

 

「そのままでも大丈夫ですよ」

 

「そういうわけにはいかない」

 

 天ヶ瀬先輩は弁当箱を持って立ち上がり、流しへ向かった。

 

 ほかの者も昼食を片づけ、少しの間だけ休憩を取る。

 

 如月先輩は椅子の背もたれへ身体を預け、天井を見上げていた。

 

「午後も勉強かあ」

 

「そのために集まったのだろう」

 

 流しから戻ってきた天ヶ瀬先輩が、洗った弁当箱を机の端へ置く。

 

「分かってるけど、食べたあとは眠くなるんだよ」

 

「少し休んでから再開すればいい」

 

「がっせーが優しい」

 

「眠いまま始めても効率が悪いだけだ」

 

「そういうことにしておくね」

 

 如月先輩は満足そうに目を閉じた。

 

 15分ほど休んだあと、俺たちは再び課題を広げた。

 

 午後は午前中よりも会話が減り、生徒会室には紙をめくる音と筆記具を走らせる音が続く。

 

 俺も予定していた範囲を終わらせるため、残っている問題を順番に解いていった。

 

 隣では、天ヶ瀬先輩が変わらない速さで課題を進めている。

 

 分からない箇所があれば尋ねられる距離だったが、午後に質問することはなかった。

 

 しばらくすると、向かい側から小さな溜め息が聞こえた。

 

「英語、飽きた」

 

 如月先輩が課題の冊子へ頬杖をついている。

 

「再開してから、まだ30分も経っていないぞ」

 

「午前中から合わせたら、もう何時間も勉強してるよ」

 

「昼休みを取っただろう」

 

「休憩したら、それまでの勉強時間がなくなるわけじゃないから」

 

「当然だ」

 

「がっせーには分からないんだよ。勉強に飽きる普通の人の気持ちが」

 

「如月も成績は悪くないだろう」

 

「悪くないからって、好きとは限らないの」

 

 如月先輩は不満そうに答えながらも、再び筆記具を動かし始めた。

 

 それからは大きく集中が途切れることもなく、時間だけが過ぎていく。

 

 午後4時を回った頃、俺は最後の問題へ答えを書き込んだ。

 

 途中の式と解答をもう一度確認してから、課題の冊子を閉じる。

 

「終わった」

 

「今日予定していた範囲か?」

 

 隣に座る天ヶ瀬先輩が、こちらへ顔を向けた。

 

「いえ。夏休みの課題は、これで全部です」

 

「随分と進めたな」

 

「今日はそのつもりで来ましたから」

 

 合宿から帰ってきたあとも少しずつ進めていたため、残っていた量はそれほど多くなかった。

 

 それでも、すべて終わったと思うと肩の力が抜ける。

 

「天ヶ瀬先輩は終わりましたか?」

 

「ああ。少し前にな」

 

 天ヶ瀬先輩の机の上には、すでに閉じられた課題の冊子が重ねられていた。

 

 周囲へ目を向けると、ほかの者たちも終わりが見えているらしい。

 

「あと一問……」

 

 如月先輩が問題を睨みながら、筆記具を動かしている。

 

「如月、手を止めるな」

 

「分かってるよ。今やってるから話しかけないで」

 

「返事をする余裕はあるのだな」

 

「がっせーのせいで集中が切れた」

 

「人のせいにするな」

 

 如月先輩は口を尖らせながらも、再び問題へ視線を戻した。

 

「私はぁ、もう終わりましたぁ」

 

 桜庭先輩が課題を閉じ、ゆっくりと伸びをする。

 

「番頭も終わったか」

 

「はいぃ。真壁先輩はどうですかぁ?」

 

「俺もさっき終わった」

 

「それならぁ、あとは如月先輩たちですねぇ」

 

「私だけみたいに言わないで。石倉君もまだでしょ?」

 

「僕は見直しだけだよ」

 

 石倉は答えを書き終えた冊子を最初のページから確認していた。

 

 その隣では、鷹取がすでに教材を鞄へ戻している。

 

「鷹取君は、もう全部終わったの?」

 

「ああ。今日まで残していた量が少なかったからな」

 

「それなら、もう少し早く教えてくれてもよかったのに」

 

「聞かれていない」

 

「そうだね」

 

 石倉は苦笑し、自分の課題へ視線を戻した。

 

 それから数分後、如月先輩が最後の答えを書き込んだ。

 

「終わった!」

 

 筆記具を机へ置き、椅子の背もたれへ身体を預ける。

 

「これで全部か?」

 

「予定してたところまでは」

 

「しっかり終わらせておけよ」

 

「今くらいは達成感に浸らせてよ」

 

 天ヶ瀬先輩は何か言いかけたものの、それ以上は口にせず、長机の周囲を見回した。

 

「ほかの者も区切りはついたようだな」

 

「僕も数学が終わりました」

 

 石倉が課題を閉じる。

 

 どうやら、それぞれ今日進めるつもりだった範囲までは終わったらしい。

 

「それでは、今日はここまでにしよう。長時間になったが、ご苦労だった」

 

「本当に長かったよ」

 

 如月先輩が机へ突っ伏す。

 

「でもぉ、かなり進みましたねぇ」

 

「一人だったら、途中でやめてたかもしれない」

 

「姉御なら、本当にやめていたでしょうね」

 

「否定できないのが悔しいなあ」

 

 如月先輩は苦笑しながら身体を起こした。

 

 俺たちは教材や筆記具を鞄へ戻し、使った長机の上を片づけていく。

 

 朝に拭いたばかりだが、消しゴムのかすや細かな紙くずが残っていた。

 

 それらを集めて捨て、椅子を元の位置へ戻す。

 

 俺が鞄を閉じると、天ヶ瀬先輩が洗っておいた弁当箱を差し出してきた。

 

「槻山、弁当箱だ」

 

「ありがとうございます」

 

「こちらこそ、今日もありがとう。美味しかった」

 

「どういたしまして」

 

 弁当箱を受け取り、布で包んで鞄へ収める。

 

 窓を閉め、忘れ物がないことを確認してから、全員で生徒会室を出た。

 

 朝から夕方までかかったが、これで俺の夏休みの課題はすべて終わった。

 

 明日からは、残りの夏休みを気にせず過ごせそうだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。