男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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63話 優待チケットの先で

 8月7日の朝。

 

 俺はゲームショウの会場方面へ向かう電車が発着する駅で、姫岡さんを待っていた。

 

 改札前には、同じ目的地へ向かうらしい人が多い。

 

 ゲームのキャラクターが大きく印刷されたトートバッグを肩に掛けた人や、紙袋の口から丸めたポスターを覗かせている人もいた。

 

 普段ならあまり見かけない光景だが、今日は駅の案内板にもゲームショウの広告が表示されている。

 

 約束の時間までは、まだ10分ほどある。

 

 スマートフォンで時刻を確認していると、改札の向こうから見覚えのある髪が近づいてきた。

 

 目元を隠す長い前髪と、小柄な身体。

 

 姫岡さんは人の流れを避けながら改札を通ると、すぐに俺を見つけたらしい。胸元で小さく手を上げた。

 

「叶多君、おはよう」

 

「おはよう。早かったな」

 

「叶多君も」

 

「待たせるわけにはいかないからな」

 

 今日の姫岡さんは、淡い色のブラウスに膝丈のスカートを合わせていた。

 

 制服以外の姿を見るのは初めてではないが、学校で会うときとは少し印象が違う。

 

 肩から下げた鞄には、小さなゲームキャラクターの飾りがついていた。

 

「それ、今日のゲームに出るキャラクターか?」

 

「え?」

 

 姫岡さんが俺の視線を追い、鞄についた飾りを見る。

 

「これは別のゲーム。少し前に出た作品のキャラクター」

 

「姫岡さんが好きなゲームなのか?」

 

「うん。面白かったよ」

 

 前髪に隠れて表情は見えづらいが、声は普段より少し明るい。

 

「今日も展示があると思う」

 

「なら、あとで見てみたいな」

 

「……案内する」

 

 小さな声だったが、どこか頼もしい返事だった。

 

 俺たちは改札近くの案内を確認し、会場方面へ向かう電車のホームへ移動した。

 

 夏休み中とはいえ朝の時間帯だからか、車内にはそれなりに人が多い。

 

 それでも会場へ近づくにつれて、乗客の雰囲気が少しずつ変わっていった。

 

 ゲームのイラストが大きく印刷されたTシャツを着た人や、折り畳んだ会場案内を眺めている人が増えていく。

 

「思っていたより大きなイベントなんだな」

 

「毎年、人がたくさん来るから」

 

「姫岡さんは前にも行ったことがあるのか?」

 

「うん。何回か」

 

「なら、今日は案内を頼む」

 

「……うん。任せて」

 

 姫岡さんは答えながら、鞄の中から2枚のカードを取り出した。

 

 黒を基調とした表面には、銀色でイベント名とKIE*1のロゴが印刷されている。

 

「これが優待チケットか?」

 

「そう。お父さんがくれたの」

 

 1枚を受け取り、表裏を確認する。

 

 一般入場券とは違うらしく、カードには専用受付の場所と入場可能時間が記載されていた。

 

「一般の人より30分早く入れるんだったな」

 

「うん。でも、先に入れるのはKIEのエリアだけ」

 

「ほかの会社のエリアには入れないのか?」

 

「一般開場までは入れないよ。それと、KIEのゲームを一つだけ先に試遊できるの」

 

「何でも自由に遊べるわけじゃないんだな」

 

「うん。先に遊ぶ作品を受付で決めるみたい」

 

「それでも十分な特典だろ」

 

 人気の作品なら、遊ぶために長時間並ぶこともあるらしい。

 

 一般客が入場する前に一つ試せるだけでも、かなり価値のあるチケットなのだろう。

 

「先に遊ぶものは、もう決めてるのか?」

 

 俺が尋ねると、姫岡さんはすぐに答えた。

 

「……『VANGUARD FRAME(ヴァンガード・フレーム)』」

 

「この前話していたロボットのゲームか」

 

「うん」

 

 答える声が、さらに少し弾んだ。

 

「KIEが今度発売するゲームで、開発にすごくお金をかけてるの。NPCにも新しいAIが使われてて、一般依頼の内容も、そのときの状況で変わるらしいよ」

 

「毎回、違う任務になるのか?」

 

「全部が違うわけじゃないよ。護衛なら護衛、救助なら救助っていう目的は決まってるの。でも、場所とか敵とか、一緒に来るNPCが変わるの」

 

「同じ種類の依頼でも、まったく同じ展開にはなりにくいわけか」

 

「そう。あと、NPCに自分の言葉で話しかけることもできるの」

 

「選択肢は出ないのか?」

 

「出るよ。選択肢だけでも普通に遊べる。でも、マイクを使えば、選択肢にないことも聞けるんだって」

 

「使うかどうかは自由なんだな」

 

「うん。声を出せない場所でも困らないようになってる」

 

 そこまで聞くと、ゲームに詳しくない俺でも、かなり変わった試みをしている作品だということは分かる。

 

「それが、姫岡さんの一番遊びたかったゲームなんだな」

 

「うん。それと、今回の試遊ではニューロノットも使えるの」

 

「ニューロノット?」

 

「頭に着けて使う、新しいコントローラー。脳波から操作の意図を読み取って、ゲームの中の身体や機体を動かすの」

 

「考えただけで動かせるのか?」

 

「何でも勝手に動くわけじゃないよ。前へ進むとか、腕を動かすとか、そういう身体の動きを頭の中で思い描くの」

 

「細かい動きまで全部考える必要があるのか?」

 

「足の運び方とか、姿勢の保ち方はゲーム側が補ってくれるみたい。視線も使うけど、そっちは敵を選んだり、照準を合わせたりするための補助だよ」

 

「普通のコントローラーでは遊べないのか?」

 

「遊べるよ。ニューロノットがなくても、全部の内容を遊べる。ただ、今回は発売前の製品を実際に試せるから」

 

 姫岡さんはそう言って、わずかに身体を前へ傾けた。

 

「私も、一度使ってみたかった」

 

 どうやらゲームだけでなく、ニューロノットそのものにも興味があるらしい。

 

「今回の試遊は、それぞれ別に遊ぶのか?」

 

「試遊台は一人用だけど、一緒に来た人と協力することもできるの。スタッフに言えば、二つの台を同じ任務につないでくれるみたい」

 

「それぞれ別の機体に乗るのか?」

 

「うん。二機で一緒に出撃するの」

 

 姫岡さんの声は、普段よりも明らかに弾んでいた。

 

「叶多君、一緒にやろう。絶対楽しいよ」

 

「俺でもついていけるか?」

 

「大丈夫。操作はゲームの中で教えてくれるから」

 

 姫岡さんは俺の方を向いた。

 

「任務が始まったら、最初は私についてきて」

 

「それなら頼む」

 

「……うん。任せて」

 

 そう答えると、姫岡さんは窓の外へ顔を向けた。

 

 前髪の隙間から見えた耳が、少し赤くなっている。

 

 やがて電車は、会場の最寄り駅へ到着した。

 

 ホームへ降りると、同じ方向へ向かう人の流れが一気に大きくなる。

 

 駅から会場までは案内板が設置されており、道に迷う心配はなさそうだった。

 

 大勢の来場者と一緒に歩き、巨大な展示施設の前へたどり着く。

 

「……すごい人数だな」

 

 入口の前には、すでに長い列ができていた。

 

 建物に沿うように続いた列は、途中から先が見えない。

 

「一般入場の列。まだ開場まで時間があるけど、早い人はもっと前から並んでるから」

 

「これに並ばなくていいのか?」

 

「優待受付は向こう」

 

 姫岡さんが指さした先には、一般入場口とは別の案内板が立っていた。

 

 列の人数も、一般入場口と比べればはるかに少ない。

 

 俺たちは優待受付へ向かい、係員へカードを提示した。

 

 本人確認を終えると、首から下げる入場証と会場案内、それから小さな抽選券を一枚ずつ渡される。

 

「こちらの入場証で、一般開場の30分前からKIEエリアへご入場いただけます。また、対象作品の中から1タイトルを先行試遊していただけます」

 

 係員は会場案内を開き、KIEの区画を指し示した。

 

「先行入場中にご利用いただけるのは、こちらのKIEエリアのみとなります。一般開場後は、通常どおり会場内のすべてのエリアをご覧いただけます」

 

「分かりました」

 

「また、そちらは本日行われる新製品抽選会の抽選券です。当選番号は午後に中央ステージと公式アプリで発表されますので、なくさないようにお持ちください」

 

 抽選券にはいくつか賞品が書かれていたが、後ろにも人が待っていたため、詳しく見ることなく入場証と一緒にしまった。

 

「先行試遊をご希望の作品はお決まりでしょうか?」

 

「『VANGUARD FRAME』でお願いします」

 

 姫岡さんは迷わず答えた。

 

「承知いたしました。お二人とも、同じ時間帯の試遊枠でよろしいでしょうか?」

 

「はい。二人で一緒に遊びたいです」

 

「かしこまりました。隣り合った試遊台を、同じ協力任務へ接続する形で登録いたします」

 

 係員は慣れた様子で端末を操作し、俺たちの入場証へ試遊情報を登録した。

 

「先行試遊は9時40分からです。装着と初期調整を含め、試遊時間は20分となります。開始の5分前までに、『VANGUARD FRAME』展示内の専用受付へお越しください」

 

「分かりました」

 

「試遊用の任務では、機体が行動不能になった場合も、予備機で再出撃できます。行動不能になった時点で試遊終了とはなりませんので、そのままお楽しみください」

 

 俺がゲームに慣れていないことを知っているわけではないだろうが、その説明には少し安心した。

 

 受付を終えた俺たちは、係員の案内に従って専用通路を進んだ。

 

 一般入場口へ続く広い通路はまだ仕切られており、専用通路の先はKIEの展示エリアへ直接つながっている。

 

 入場証を確認され、仕切りの向こうへ足を踏み入れた。

 

 そこには、一つの会社だけの展示とは思えないほど大きな空間が広がっていた。

 

 天井からはKIEのロゴや作品名が書かれた巨大な看板が吊り下げられ、その下には家庭用ゲームの試遊台や大型のゲーム機、発表用のステージまで並んでいる。

 

 大型画面では新作ゲームの映像が流れ、遠くからは音楽や効果音も聞こえてきた。

 

 一般開場前とはいえ、関係者や優待客がすでに歩いている。

 

 それでも外の列を考えれば、かなり空いている方なのだろう。

 

「一つの会社だけで、こんなにゲームを作ってるのか」

 

「KIEは家庭用だけじゃなくて、ゲームセンター向けのゲームも作ってるから」

 

 姫岡さんが視線を向けた先には、車の運転席を再現したような大型の筐体が並んでいた。

 

 別の一角には、身体を動かして遊ぶらしい装置や、何人かで囲む巨大な画面もある。

 

「あれが、ゲームセンターに置かれるゲームか」

 

「うん。まだ発売されてないものもあるよ」

 

「今は遊べないのか?」

 

「先行試遊の対象じゃないから、一般開場してから」

 

「姫岡さんは、ああいうのもするのか?」

 

「する。レースゲームは、少し苦手だけど」

 

「苦手なものもあるんだな」

 

「……ゲームなら何でも上手いわけじゃないよ」

 

 少し不満そうな声だった。

 

 ゲームの話をしているときの姫岡さんは、学校にいるときよりも言葉が多い。

 

 気になった展示を見つけるたびに足を止め、作品名や遊び方を簡単に教えてくれる。

 

 普段は目元を隠したまま静かに座っていることが多いが、今日は俺より何歩か前を歩いていた。

 

「叶多君、こっち」

 

 姫岡さんに呼ばれ、大型展示の間を抜ける。

 

 やがてKIEエリアの中央近くに、ひときわ大きな区画が見えてきた。

 

 高い位置に掲げられた巨大な看板には、大きな文字で作品名が表示されている。

 

VANGUARD FRAME(ヴァンガード・フレーム)

 

 ブースの奥、高い位置に設置された巨大な画面には、荒れ果てた都市を進む人型兵器の映像が流れていた。

 

 その手前に広がる展示区画の中央には、実物大で再現されたVFの上半身が、大型の台座に固定されていた。

 

 上半身を覆うのは、光を鈍く吸い込むようなマットブラックの装甲。

 

 胸部には厚い装甲板が幾重にも重なり、その隙間からガンメタルの内部フレームや駆動用のシリンダーが覗いている。

 

 見上げなければ頭部まで視界に入らないほど大きく、人間の顔を思わせない低い頭部には、細長いセンサーが一つだけ灯っていた。

 

 右肩の装甲には、黒衣の人物と髑髏をあしらった黒と金のエンブレムが描かれている。

 

 台座の銘板に記されているのは、一機の名だった。

 

BLACK WARRANT(ブラック・ウォラント)

 

「これが、ブラック・ウォラント……」

 

 実物大の機体を見上げた姫岡さんが、その名を呟いた。

 

「すごい……上半身だけでも、こんなに大きいんだ」

 

 普段よりも明らかに弾んだ声だった。

 

「ティザーPVだと真っ黒にしか見えなかったけど、関節はガンメタルなんだ。胸の装甲も、こんなに何枚も重なってる……」

 

 姫岡さんは展示の正面へ近づくと、頭部から胸部、肩のエンブレムへと忙しなく視線を動かした。

 

「エンブレムもちゃんと再現されてる。ティザーPVだと一瞬しか映らなかったのに」

 

「そんな細かいところまで覚えてるのか?」

 

「覚えてるよ。ブラック・ウォラントが中心のPVだったから、何度も見た」

 

 姫岡さんはそう答えながら、もう一度機体を見上げた。

 

 前髪に隠れて表情は分からない。

 

 それでも、その場からなかなか動こうとしない様子だけで、どれだけ気に入っているのかは伝わってくる。

 

 実物大展示の周囲には、黒を基調とした試遊台が並んでいた。

 

 どの台にも椅子と画面が一つずつ用意され、一人ずつ座って遊ぶ形になっている。

 

 隣り合った台同士を同じ任務へ接続できるらしく、試遊方法を説明する案内には、2機のVFが並んで戦う映像が表示されていた。

 

 各席の脇には、額からこめかみを通って頭を一周する、細い帯状の機器が置かれている。

 

 左右のこめかみに当たる部分には、長さを調節するためらしい薄い部品がついていた。

 

 後頭部に当たる部分は柔らかな素材でできており、硬い突起は見当たらない。

 

 ニューロノットと併用するためなのか、耳を覆う大型のヘッドセットも一組ずつ用意されていた。

 

 近くの表示には、帯状の機器とともに『NEURO KNOT(ニューロノット)』の文字が記されている。

 

「あれがニューロノットか」

 

「うん。私も実物を見るのは初めて」

 

 姫岡さんは機体から視線を下ろし、今度は試遊台の脇に置かれた機器を覗き込んだ。

 

 試遊開始までは、まだ少し時間がある。

 

 俺たちは展示を見ながら、専用受付の場所を確認することにした。

 

 そのとき、区画の奥で数人の関係者が話している姿が目に入った。

 

 その中に、見覚えのある人物がいる。

 

 長い黒髪を整え、白いブラウスに濃紺のノーカラージャケットを羽織った女子生徒。

 

 首から下げているのは、俺たちのものとは違う関係者用の入場証だった。

 

 制服姿ではない。

 

 それでも、見間違えるはずがない。

 

「天ヶ瀬先輩?」

 

 俺が名前を口にすると、隣にいた姫岡さんも足を止めた。

 

 こちらの声が聞こえたのか、天ヶ瀬先輩が振り返る。

 

 普段と変わらない冷静な表情が、ほんのわずかに揺れた。

 

「……槻山?」

 

 先輩も、ここで俺と会うとは思っていなかったらしい。

 

 俺が声をかけようとした直後、先輩のそばに立っていた女性がこちらへ顔を向けた。

 

 周囲の社員とは違う、濃紺のスーツを身につけた女性だった。

 

「お嬢様、こちらの方々は?」

 

 その胸元には、KIEの関係者証が下がっている。

 

 天ヶ瀬先輩の首にも、同じロゴの入った関係者証があった。

 

 俺の視線は、先輩の関係者証に印字されたKIEの文字へ吸い寄せられた。

*1
クライン・インタラクティブ・エンターテインメント




ヴァンフレは別作品として書いています。
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