ブラック・ウォラントは先行する4機を追い、さらに速度を上げた。
画面の奥には、都市ほどの大きさを持つ巨大要塞が浮かんでいる。
距離が縮まるにつれ、表面を覆う装甲板や砲塔の一つ一つが、はっきりと見えてきた。
その手前を、ラスト・エースの青白い推進光が走っていく。
『叶多君、少し右』
「ああ」
姫岡さんの声に従い、右へ動こうとする。
ブラック・ウォラントは速度を落とすことなく、滑らかに横へ移動した。
身体を傾ける必要も、細かな操作を考える必要もない。
右へ動こうとした瞬間には、もう機体が応えている。
『ちゃんと来てる』
「それくらいはできる」
『じゃあ、もう少し速くする』
「待て」
止めるより早く、ラスト・エースの背部推進器が強く輝いた。
青白い光を引きながら、細身の機体が一気に遠ざかっていく。
「速いな……」
『すごい。加速した瞬間に、もう前へ出てる』
ヘッドセットから聞こえる姫岡さんの声は、普段より明らかに弾んでいた。
ラスト・エースが大きく弧を描く。
機体が傾いたと思った次の瞬間には進行方向が変わり、フォート・アルファへ向かって再び加速していた。
『旋回しても、ほとんど速度が落ちない』
「ずいぶん楽しそうだな」
『うん。すごく楽しい』
迷いのない返事だった。
普段の姫岡さんなら、もう少し小さく頷くように答えるところだろう。
今は新しい動きを試すたびに、楽しそうな声が聞こえてくる。
『叶多君、こっち』
「分かってる」
先行するラスト・エースへ追いつこうとした、そのときだった。
『前方に敵性反応』
女性オペレーターの声と同時に、視界の中央へ複数の赤い表示が浮かび上がる。
『スロール迎撃部隊が接近しています』
フォート・アルファの表面から、小さな敵影が次々と飛び出してきた。
遠目には点にしか見えなかった影が、急速に大きくなっていく。
人型に近いものもあれば、翼のような推進器を備えた飛行型もいる。
どの機体も黒ずんだ装甲で覆われ、赤いセンサー光をこちらへ向けていた。
『外部防衛網を突破し、侵入経路を確保してください』
『叶多君、右側をお願い』
「姫岡さんは?」
『左をやる』
答えた直後、ラスト・エースが敵の集団へ飛び込んだ。
正面から放たれた光弾を、機体を横へ滑らせるようにしてかわす。
そのまま敵機の側面へ回り込み、すれ違いざまに射撃を叩き込んだ。
一機が火花を散らし、回転しながら後方へ流れていく。
『当たった』
姫岡さんの声がさらに明るくなる。
「こっちも来たぞ」
右側から3機の敵が接近していた。
先頭の一機へ視線を向ける。
視界の中央にあった照準が敵機へ引き寄せられ、その輪郭へ重なった。
撃とうとした瞬間、ブラック・ウォラントの右腕が動く。
アサルトライフルが火を噴いた。
連続して放たれた弾丸が宇宙空間を走り、敵機の胴体へ火花を散らす。
だが、まだ止まらない。
『叶多君、下に回り込まれてる』
レーダーへ目を向けると、敵機がこちらの下方へ移動していた。
視線を下げ、照準を重ねる。
次の射撃が腹部へ集中した。
装甲が弾け、内部から赤い光が漏れる。
直後、敵機が爆発した。
「倒した」
『うん。ちゃんと倒せたね』
「そっちは?」
『今ので二機目』
「ずいぶん調子がいいな」
『ラスト・エース、すごく動かしやすい』
姫岡さんの声は、普段よりずっと楽しそうだった。
『叶多君、上』
視線を向けると、残る2機が上下へ分かれていた。
上方へ回り込んだ一機が、こちらへ銃口を向ける。
危ないと思った瞬間、ブラック・ウォラントが横へ滑った。
光弾がすぐ脇を通り過ぎていく。
回避しようと考えてから動いた感覚はなかった。
危険を感じたときには、すでに機体が反応している。
「本当に身体みたいに動くな」
『うん。すごく自然に動く』
姫岡さんの声には、楽しそうな響きが混じっていた。
再び敵機へ照準を向ける。
敵は距離を取りながら、こちらの周囲を回り込もうとしていた。
『そのまま撃ってみて』
「まだ遠くないか?」
『照準が赤くなったら、射程内ってことだと思う』
敵機へ視線を向ける。
照準がその機体へ重なり、赤く変わった。
「赤くなった」
『じゃあ、撃ってみて』
射撃を意識した瞬間、アサルトライフルが火を噴いた。
弾丸が敵機を追い、数発が肩口へ命中した。
姿勢を崩した敵が進路を外れる。
『当たった。もらうね』
ラスト・エースが視界を横切った。
青白い光を引きながら一気に距離を詰め、すれ違いざまに射撃を叩き込む。
敵機の装甲が弾け、そのまま爆発へ呑まれた。
『今の見た?』
「ああ。ぎりぎりだったけどな」
『もう一回やる』
「まず残りを倒してからにしてくれ」
『うん』
返事と同時に、ラスト・エースが次の敵へ向かって加速する。
普段の姫岡さんからは想像できないほど、迷いのない動きだった。
前方では、残る3機のVFも戦闘を始めていた。
ノイズ・ゴーストの右肩から、複数の小型機が放たれる。
それらが敵の周囲へ散開すると、今度は左肩の装置が青白い光を放った。
直後、複数の敵機が進路を乱し、何もない方向へ射撃を始める。
そこへノイズ・ゴーストが長銃身のレールガンを向けた。
鋭い閃光が走り、混乱していた敵機の胴体を正確に貫く。
その脇を、グリム・シュラが一気に駆け抜けた。
左肩から半透明のシールドを展開し、正面から浴びせられた弾丸を受け流していく。
左手のサブマシンガンで敵を牽制しながら距離を詰めると、右手に持った大きな剣を振り抜いた。
敵機の装甲が火花を散らし、胴体から大きく切り裂かれる。
さらに後方では、重タンク型のアイアン・ヴァーディクトが両手の巨大なガトリングを持ち上げていた。
左右の無数の砲身が回転を始め、途切れることのない弾幕が敵の群れへ浴びせられる。
複数の敵機が押し流される中、右肩の大型キャノンが火を噴いた。
放たれた砲撃がフォート・アルファの外壁へ突き刺さり、並んでいた防衛砲台を装甲ごと吹き飛ばした。
『やっぱり、5機とも全然違う』
その間にも、ラスト・エースは速度を落とさない。
敵の射線を抜け、背後へ回り込み、次々と攻撃を当てていく。
新しい動きを試すたびに弾む声を聞いていれば、顔が見えなくても、姫岡さんが心から楽しんでいることは十分に伝わってきた。
『叶多君、前』
フォート・アルファの外壁へ視線を向ける。
無数の装甲板の間に、赤く光る巨大な開口部が見えた。
その周囲には砲台が並び、さらに多くの敵機が侵入口を塞いでいる。
『侵入経路を確認』
『防衛火器が集中しています』
『突破してください』
『叶多君、あそこまで一気に行く』
「砲台が多すぎないか?」
『止まらなければ大丈夫』
「ラスト・エースはな」
『ブラック・ウォラントも来られる』
言い切ると、ラスト・エースの推進光が一段と強くなった。
「待って、姫岡さん」
『ついてきて』
返事を待たず、細身の機体が砲火の中へ飛び込んでいく。
俺は前方の砲台へ視線を向けた。
砲台へ照準が重なると、右肩の大型ランチャーが標的へ向いた。
発射しようとした瞬間、砲弾が放たれた。
砲台の一つへ直撃し、外壁の一部ごと爆炎に包む。
ラスト・エースはその煙を突き抜け、さらに奥へ進んでいった。
『次、左』
「見えてる」
左肩のミサイルポッドが開く。
複数の弾頭が白い軌跡を引きながら散開し、侵入口を守る敵機と砲台へ次々と命中した。
爆発が連続し、赤い開口部までの進路が開いていく。
『叶多君、上手くなってる』
「姫岡さんの指示が分かりやすいんだ」
『じゃあ、もっと速くする』
「待て。それは違う」
姫岡さんの小さな笑い声が、ヘッドセットから聞こえた。
直後、ラスト・エースが一段と加速する。
残された青白い推進光を追い、ブラック・ウォラントも赤い開口部へ飛び込んだ。
外壁を抜けた先には、巨大な通路が真っ直ぐに伸びていた。
壁面には無数の配管と機械装置が並び、その隙間から防衛砲台が次々とせり出してくる。
『内部防衛網が起動しました』
『オブリヴィオン・ランスの発射まで、残り8分』
「まだ先か」
『このまま真っ直ぐだと思う』
ラスト・エースが通路の中央を駆け抜ける。
背後から複数の誘導弾が追いすがると、背部から無数の光をばらまいた。
誘導弾がその光へ吸い寄せられ、機体の後方で次々と爆発する。
『今の、フレアだ』
「楽しそうだな」
『使ってみたかったから』
その間にも速度は落ちない。
左右から現れる敵機をラスト・エースが引きつけ、俺が後方から撃ち落とす。
前方を塞ぐ隔壁はアイアン・ヴァーディクトの砲撃が吹き飛ばし、分岐した通路から現れた敵はグリム・シュラが切り開いていった。
ノイズ・ゴーストが先行させた小型機は、進路上の敵と砲台を次々と表示していく。
俺たちはその情報に従い、何度か通路を曲がりながら要塞の奥へ進んだ。
『発射まで、残り5分』
表示される残り時間だけが、目に見えて減っていく。
けれど、最初ほど操作に戸惑うことはなかった。
敵へ視線を向ければ照準が重なり、避けようとすれば機体が動く。
右手のアサルトライフルで敵を削り、近づかれれば左手のマグナムを撃ち込む。
肩の武装も、必要だと思った瞬間には狙った方向へ向いていた。
『叶多君、右から来る』
「見えてる」
横合いから飛び出してきた敵機へ、左手の銃口を向ける。
一発の砲声とともに、敵機の上半身が大きく弾けた。
『今の格好よかった』
「姫岡さんが教えてくれたからな」
『うん。タイミングもぴったりだった』
ラスト・エースが急旋回し、正面の敵を撃ち抜く。
通路の終端にあった巨大な隔壁が開き、その向こうに広大な空間が現れた。
中央には、要塞を貫くような巨大な砲身が伸びている。
無数の装置と太い配線に囲まれたその兵器は、先端へ赤黒い光を集め始めていた。
『目標を確認』
『恒星破壊兵器、オブリヴィオン・ランス』
『発射まで、残り3分』
「ようやく着いたか」
『壊せば終わりだよね』
「多分な」
『じゃあ、全部撃つ』
ラスト・エースの両肩が開き、小型ミサイルが一斉に放たれた。
左右へ大きく広がった弾頭が、砲身を守る防衛装置へ次々と命中する。
爆炎の中から敵機が飛び出してきた。
俺はアサルトライフルを撃ちながら前へ出る。
右肩の大型ランチャーが火を噴き、砲身を支える基部の一つを吹き飛ばした。
他の3機も同時に攻撃を始める。
レールガンの閃光が砲身を貫き、巨大なガトリングの弾幕が周囲の装甲を削り取っていく。
グリム・シュラは爆炎を突き抜け、露出した装置へ大剣を叩き込んだ。
『構造破損を確認』
『出力、低下しています』
『叶多君、中央』
姫岡さんの声に従い、砲身の奥へ視線を向ける。
破損した装甲の隙間から、赤く輝く巨大な中枢部が見えた。
「見つけた」
『一緒に撃とう』
「ああ」
照準が中枢部へ重なる。
ラスト・エースも隣へ並び、両手の銃を向けていた。
『いくよ』
「ああ」
ブラック・ウォラントの武装が一斉に火を噴いた。
その隣から、ラスト・エースの射撃とミサイルが重なる。
集中した攻撃が中枢部の装甲を突き破り、内部の光が大きく膨れ上がった。
次の瞬間、オブリヴィオン・ランスの中央を巨大な爆発が飲み込む。
砲身を満たしていた赤黒い光が消え、周囲の装置も次々と停止していった。
『オブリヴィオン・ランス、機能停止』
『作戦成功です』
視界の中央へ、ミッションクリアの文字が大きく表示される。
「終わったみたいだな」
『……もう終わり?』
「残念そうだな」
『うん。もっと動かしたかった』
姫岡さんの声には、隠しきれない名残惜しさが滲んでいた。
爆炎に照らされていた要塞の光景がゆっくりと暗くなり、画面が黒へ切り替わる。
『体験プレイを終了します』
『機体の操作を停止し、案内があるまでそのままお待ちください』
ブラック・ウォラントの操作が終了した。
さっきまで思うままに応えていた機体が画面から消え、機体を動かそうとしていた意識の行き先だけが、急になくなった。
目の前に見えていた宇宙も、巨大要塞も、すべてなくなっていた。
「……終わると変な感じだな」
『うん。急に身体が小さくなったみたい』
「機体と比べたら、かなり小さいからな」
姫岡さんが小さく笑う。
ほどなくして、ヘッドセットからスタッフの声が聞こえてきた。
『お疲れさまでした。ただいまから機器を取り外しますので、身体を動かさずにお待ちください』
頭を覆っていたヘッドセットが持ち上げられ、続いて額からニューロノットが外される。
遮られていた会場の音が一気に戻ってきた。
周囲の試遊台からも、興奮した声や名残惜しそうな声が聞こえている。
隣を見ると、姫岡さんも機器を外してもらったところだった。
髪を軽く整えながら、まだ画面を見つめている。
「楽しかったか?」
声をかけると、姫岡さんはこちらを向いた。
「うん」
それだけ答えると、少し間を置いて続ける。
「思ってたより、ずっと楽しかった」
普段と変わらない小さな声だった。
けれど、その表情は試遊を始める前よりも明らかに明るい。
「発売されたら買うのか?」
「買う」
今度は迷いのない即答だった。
「ニューロノットも?」
「お父さんに頼んでみる」
「買ってもらえそうなのか?」
「多分。ちゃんとお願いする」
その返事を聞く限り、どうしてもニューロノットで遊びたいらしい。
俺も正面の画面へ目を戻す。
そこには5機のVFが並び、その下に発売日が表示されていた。
9月26日。
まだ少し先だ。
それなのに、さっきまで動かしていたブラック・ウォラントの操作感は、今もはっきりと残っている。
「叶多君」
「どうした?」
「発売されたら、一緒にやろう」
「俺、本体も持ってないぞ。ニューロノットなんてもっと無理だ」
「家に使ってない本体があるから、貸す」
「いいのか?」
「うん」
「それなら、やれるかも」
「うん! やろう」
姫岡さんの顔に、嬉しそうな笑みが浮かんだ。