試遊エリアの出口へ向かっていると、近くにいたスタッフから声をかけられた。
「試遊にご参加いただいた方へ、記念品をお渡ししています」
差し出されたのは、英雄級VF5機が描かれたクリアファイルと、小さな銀色の袋だった。
「袋の中には、5機のうちいずれか1機のステッカーが入っています」
「ランダムなんだ」
姫岡さんは受け取った袋を見つめると、すぐに端を開いた。
中から出てきたのは、大剣を構えたグリム・シュラのステッカーだった。
「グリム・シュラ」
「使ってた機体じゃなかったな」
「うん」
返事はいつもどおりだったが、少しだけ残念そうに見える。
俺も自分の袋を開けた。
描かれていたのは、宇宙空間を飛ぶ白い機体だ。
「俺はラスト・エースだな」
そう口にすると、姫岡さんの視線がすぐに俺の手元へ向いた。
何も言わないまま、じっとステッカーを見ている。
「交換するか?」
「いいの?」
「ああ。俺はどれでもいいから」
「じゃあ、交換する」
グリム・シュラとラスト・エースを入れ替える。
姫岡さんは受け取ったステッカーを見つめ、わずかに口元を緩めた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「大事にする」
姫岡さんはラスト・エースのステッカーをクリアファイルへ挟み、折れないよう丁寧に鞄へしまった。
その仕草を見る限り、本当に気に入っていたらしい。
俺も記念品を片づけ、試遊エリアを出た。
ちょうどそのとき、館内放送が流れる。
『ただいまより、一般入場を開始いたします』
入口の方から人が一斉に流れ込み、さっきまで余裕のあった通路がみるみる埋まっていった。
人気試遊台の前ではスタッフが列を作り始め、待ち時間を示す案内板の数字も次々と変わっていく。
「一気に増えた」
「ああ。先に遊べたのは大きかったな」
「次、どこに行く?」
姫岡さんが会場案内を開いた。
11時からは、大型タイトルの発表ステージがある。
それまでに回れるのは、あと1タイトルくらいだろう。
「このRPGはどうだ?」
俺が指差したのは、細密なドット絵で描かれた新作RPGだった。
姫岡さんも同じ場所へ視線を落とす。
「これ、気になってた」
「じゃあ、行ってみるか」
「うん」
目的のブースへ向かうと、大きなスクリーンには雨上がりの街が映し出されていた。
石畳も建物も、そこを歩く人物もすべてドット絵で描かれている。
けれど、昔ながらの平面的な画面には見えなかった。
柔らかな光が建物の隙間から差し込み、水たまりには空や窓明かりが揺れて映っている。手前と奥で景色の見え方も違い、ドット絵のままなのに不思議なほど奥行きがあった。
「きれい」
姫岡さんが足を止め、スクリーンを見上げる。
「全部ドット絵なんだな」
「うん。でも、ちゃんと立体的に見える」
その目はすでに画面へ引きつけられていた。
ブースの前には列ができていたが、待ち時間は25分と表示されている。
「これなら、ステージにも間に合いそうだな」
「じゃあ、並ぶ」
姫岡さんは迷わず列の最後尾へ向かった。
俺もその隣に並ぶ。
待っている間も、大型スクリーンでは試遊版の映像が流れていた。
雨の街を歩いていた少年が宿屋へ入り、次の場面では仲間たちと草原の魔物へ立ち向かっている。
4人の配置が戦闘の途中で変わり、それに合わせて攻め方も切り替わっていた。
「ターン制か」
「うん。陣形を変えて戦うみたい」
姫岡さんはスクリーンを見つめたまま答えた。
「もう分かったのか?」
「なんとなく」
そう言いながら、画面の端に表示される説明まで逃さず追っている。
しばらくして、俺たちの順番が回ってきた。
案内されたのは、隣り合った二つの試遊台だ。
「試遊時間は10分です。街の探索から始まり、進行に応じて戦闘までお楽しみいただけます」
スタッフの説明を聞き、俺たちは席へ着いた。
画面に表示された開始ボタンを押す。
雨音とともに、先ほど見た街が映し出された。
濡れた石畳には窓明かりが淡く反射し、水たまりの表面には小さな波紋が広がっている。
「本当に細かいな」
隣から返事はない。
横を見ると、姫岡さんはすでに細い路地へ入り込んでいた。
「進むの早くないか?」
「寄り道してるだけ」
「それで俺より先に行ってるのか」
「調べられるところが多いから」
こちらを見ることもなく答える。
店先の箱を調べ、路地の奥にいる人物へ話しかけ、行き止まりまできっちり確認している。
試遊時間は10分しかないのに、見つけたものを飛ばすつもりはないらしい。
俺も通りを進み、街外れへ薬を届ける依頼を受けた。
街を出ると、雨に濡れた草原へ景色が変わる。
少し進んだところで画面が切り替わり、獣型の魔物が3体現れた。
「戦闘に入った」
「こっちも」
戦闘前に、4人の配置を選ぶ画面が表示される。
速攻、連携、防御、散開。
陣形によって得意な戦い方が変わり、戦闘中にも切り替えられるようだ。
俺は速攻向けの陣形を選んだ。
戦闘が始まると、前へ出た剣士と槍使いが、続けて同じ魔物へ攻撃を仕掛ける。
「攻撃に寄せた陣形か」
横を見ると、姫岡さんはすでに別の陣形へ切り替えていた。
「もう変えたのか?」
「こっちの方が連携しやすそうだから」
姫岡さんは自分の画面を見たまま答える。
さっき『VANGUARD FRAME』を遊んでいたときもそうだったが、ゲームへ夢中になっている姫岡さんは、普段より少し楽しそうに見える。
俺も自分の画面へ視線を戻し、敵の数に合わせて陣形を変えながら攻撃を重ねていく。
最後の一体を倒した直後、画面に試遊終了の表示が現れた。
「もう終わりか」
姫岡さんは操作を止めたあとも、名残惜しそうに画面を見つめていた。
「もっとやりたかった……」
「ずいぶん気に入ったみたいだな」
「うん。発売したらやりたい」
答えながらも、その目はまだ画面に向いている。
試遊台を離れて時刻を確認すると、11時まであとわずかだった。
「そろそろステージへ向かわないと。もう始まる」
「うん。急ごう」
姫岡さんは会場案内を閉じると、足早にステージのある方へ歩き始めた。
ステージのある中央ホールへ近づくにつれ、通路を進む人の数が増えていった。
同じ目的地へ向かっているらしく、手に会場案内を持った人たちが次々と俺たちを追い越していく。
「かなり集まってるな」
「大型発表だから」
姫岡さんは足を緩めない。
中央ホールへ着いたころには、ステージ正面の席はほとんど埋まっていた。
その後ろにも立ち見の観客が集まり、大型スクリーンが見える場所から順に人の列が広がっている。
「座るのは無理そうだな」
「見えれば大丈夫」
俺たちは立ち見の中でも比較的前が見やすそうな場所を探し、通路を塞がない位置へ並んだ。
ステージ上ではスタッフが最後の確認を進めている。
左右に設置された大型スクリーンには、開始までの時間とともに、発表予定の作品を思わせる短い映像が流れていた。
どれも作品名までは明かされていない。
姫岡さんはスクリーンを見つめたまま、もう一度だけ時刻を確認した。
「楽しみにしてたんだな」
「うん」
短い返事だったが、その視線は少しもステージから離れなかった。
やがて照明が少しずつ落とされ、会場内に流れていた音楽も止まった。
それまで聞こえていた話し声が収まり、観客の意識が一斉にステージへ向く。
中央へ司会者が現れると、会場から拍手が起こった。
『皆様、お待たせいたしました。ただいまより、KIE新作タイトル発表ステージを開始いたします』
挨拶に続き、背後のスクリーンへKIEのロゴが大きく映し出される。
『本日は、すでに発表済みの作品に関する最新情報に加え、今回初公開となるタイトルもご用意しております。最後までお楽しみください』
初公開という言葉に、周囲がわずかにざわめいた。
姫岡さんも、スクリーンから目を離さない。
司会者がステージ脇へ下がると、会場が再び暗くなった。
最初に映し出されたのは、地面を覆い尽くす巨大な黒い根だった。
絡み合った根の隙間から、淡い光が漏れている。
その光景が現れた瞬間、会場のあちこちから小さな声が上がった。
「これ……」
隣で姫岡さんが呟く。
「知ってるのか?」
「『ユグドラシル・レプリカ』。本編の最後に出てきた場所」
画面の中では、一人の旅人が黒い根の上を進んでいた。
足元に亀裂が走り、根の一部がゆっくりと開いていく。
その下に広がっていたのは、黒い世界樹の根に囲まれた巨大な地下都市だった。
地上とは異なる植物が淡く発光し、建物の間を見たことのない生物が走り抜けていく。
姫岡さんは、食い入るように映像を追っていた。
新しい装備をまとった主人公が巨大な獣へ飛び乗り、地下都市の崩れた橋を越える。
さらに、本編で人気の高かった仲間たちが次々と映し出された。
「この人、出るんだ」
姫岡さんが小さく声を漏らす。
「人気のキャラなのか?」
「うん。かなり」
その人物が新しい衣装で武器を構えると、周囲からも小さく声が上がった。
最後に、地下の奥深くで黒い花が開く。
映像が暗転し、新たな題名が大きく表示された。
『YGGDRASIL REPLICA 深層の黒き庭』
一拍遅れて、大きな拍手が会場を包んだ。
映像が終わると、発売日とともに、このあと会場内で先行試遊が行われることも発表された。
その途端、周囲のあちこちで会場案内を確認する人が現れる。
「やりたい」
「かなり並びそうだな」
「うん。今日は難しいかも」
姫岡さんは残念そうに言いながらも、スクリーンから目を離さなかった。
「じゃあ、発売されてからか」
「うん。これは買う」
姫岡さんに迷いはなかった。
その後も、発表は続いた。
怪異に侵された都を舞台にした和風アクションRPGや、機械人形の部隊を率いる戦術RPG。
作品が切り替わるたびに、姫岡さんは映像へ見入り、ときどき小さな声で感想を漏らした。
どの作品にも興味はあるようだが、反応の大きさには分かりやすく差がある。
次の映像が始まると、画面いっぱいに青い海が広がった。
一隻の小さな帆船が波を越え、その後方を何隻もの軍艦が追っている。
「海賊のゲームみたいだな」
「うん。これも気になってた」
小型帆船が急旋回し、横腹に並んだ砲門から一斉に火を噴く。
砲弾を受けた敵船の帆が破れ、速度を落としたところへ船体を寄せる。次の場面では、剣を手にした船員たちが敵船へ乗り込んでいた。
海戦だけではなく、港での交易や遺跡の探索、船体の改装らしき映像も続く。
『広大な海を、誰の旗の下で生きるか』
複数の船が艦隊を組み、巨大な要塞へ向かっていく。
最後に、荒れ狂う海の上へタイトルが浮かび上がった。
『Sea of Broadside』
映像が終わると、会場から拍手が起こる。
「面白そう」
「姫岡さんは、こういうゲームもやるのか?」
「やる。船を改造できるのがいい」
「海賊の方じゃなくて、そっちなんだな」
「海賊もやりたい」
結局、どちらも気になるらしい。
発売時期と協力プレイへの対応が告知されたあとも、いくつかの新作映像が続いた。
姫岡さんは新しい情報が出るたびに会場案内へ書き込み、気になった作品には小さく印をつけている。
「そんなに買えるのか?」
「全部は買わない。あとで選ぶ」
「もうかなり増えてるぞ」
「まだ候補だから」
そう答えた直後、会場の照明がもう一段暗くなった。
スクリーンには、何も映っていない。
しばらく静寂が続いたあと、暗闇の中で一滴の水が落ちる音がした。
水面に波紋が広がり、その中へ夜の街が映し出される。
けれど、水面の中にある街だけは、上下が反対になっていた。
隣で、姫岡さんがわずかに息を飲む。
「どうした?」
「この曲……」
聞こえてきたのは、静かなピアノの旋律だった。
周囲でも小さく声が漏れ始める。
映像の中に古びた鏡が現れ、その表面へ一本の亀裂が走った。
鏡の向こう側に立っていた少女が、こちらへ向かって手を伸ばす。
その瞬間、姫岡さんの目が大きく見開かれた。
「まさか……」
鏡が砕け、現実とは反転した街が画面いっぱいに広がる。
『忘れた心は、今もあなたを映している』
最後に、黒い画面へ白い文字が浮かび上がった。
『AMBIVALENCE 2 REFLECT』
会場がざわりと揺れた。
短い歓声があちこちから上がり、すぐに大きな拍手へ変わっていく。
「アンビバレンス2……」
姫岡さんは、タイトルが消えたあともスクリーンを見つめていた。
「前に姫岡さんが勧めてくれたシリーズだよな」
「うん」
「1作目のリメイクは、もう出てるんだったか」
「そう。これは2のリメイク」
姫岡さんの声が、いつもより少し弾んでいる。
「来ると思ってたのか?」
「いつかは来るかもしれないって。でも、今日発表されるとは思わなかった」
続いて公開された映像では、登場人物や街並みが新しく作り直され、戦闘や演出も大きく変わっていた。
それでも、姫岡さんには原作の場面が分かるらしい。
「ここ、残ってる」
「原作にもあった場面なのか?」
「うん。大事な場面だから。好きだった」
画面を見つめる横顔は、さっきまでより明らかに楽しそうだった。
発売時期が表示されると、再び拍手が起こる。
「また候補が増えた?」
「うん。すごく迷う。困る」
困ると言いながら、その口元は楽しそうに緩んでいた。