男女比100対1で男が多いとかマジ終わってる   作:ののじん

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68話 もう少しだけ一緒に

 スクリーンに表示された6桁の数字は、何度見比べても叶多君の抽選券と同じだった。

 

 本当に、ニューロノットが当たっていた。

 

 当選発表が終わると、私たちはスタッフに案内され、ステージ脇に設けられた受付へ向かった。

 

 そこで叶多君は本人確認を済ませ、用紙に配送先を記入する。

 

 製品版のニューロノットは、発売日の9月26日に指定した住所へ届けられるらしい。

 

「これで手続きは完了です。発売日まで、楽しみにお待ちください」

 

「ありがとうございます」

 

 スタッフに頭を下げ、受付を離れる。

 

 それでも叶多君は、受け取った控えを見ながら、まだ不思議そうな顔をしていた。

 

「本当に当たったんだな」

 

「うん。当たった」

 

「昼には、いつか買えればいいって話してたのにな」

 

「すぐ手に入るようになった」

 

「運がよかったとしか言えないな」

 

 叶多君は困ったように笑った。

 

 私は、その横顔を見つめる。

 

 ニューロノットがあれば、VFをもっと自由に動かせる。

 

 発売されたら、叶多君と一緒に遊べる。

 

 そう考えると、自分が当たったわけでもないのに嬉しかった。

 

「よかったね」

 

「ああ。姫岡さんが連れてきてくれたおかげだな」

 

「私?」

 

「この抽選券も優待入場でもらったものだろ。そもそも、姫岡さんに誘われなかったら来てなかったし」

 

「でも、当てたのは叶多君」

 

「それでも、きっかけは姫岡さんだよ。ありがとう」

 

「……うん」

 

 まっすぐお礼を言われ、返事が少し遅れた。

 

 私たちは荷物を持ち直し、会場の出口へ向かう。

 

 時刻はすでに夕方に近づいていた。

 

 それでも会場内には多くの人が残っていて、各ブースの前にはまだ試遊を待つ列が続いている。

 

「今日は楽しかった?」

 

 気になって、そう尋ねた。

 

「ああ。思っていた以上にな」

 

「本当?」

 

「本当だよ。知らないゲームばかりだったけど、姫岡さんがいろいろ教えてくれたから楽しめた」

 

 叶多君は会場内を見渡しながら答える。

 

「VFも面白かったし、ほかにも気になるゲームができた。来てよかったよ」

 

「……そう。よかった」

 

 叶多君は普段、あまりゲームをしない。

 

 だから、私の好きなものに一日付き合わせてしまったんじゃないかと、少し気になっていた。

 

 叶多君の言葉を聞いて、胸の奥が軽くなった。

 

 ちゃんと楽しんでくれていた。

 

 それが嬉しかった。

 

 出口へ近づくにつれて、人の流れが少しずつ密になっていく。

 

 帰る人と、別の会場へ向かう人が交差し、少し気を抜けば進む方向すら分からなくなりそうだった。

 

 前を歩いていた叶多君との間へ、何人かが入り込む。

 

 追いつこうと歩幅を速めた時、叶多君がこちらを振り返った。

 

「姫岡さん」

 

「うん」

 

「はぐれそうだから」

 

 叶多君が手を差し出す。

 

「つかまって」

 

 差し出された手を、反射的につかんだ。

 

 叶多君の指が、離れないように私の手を握り返す。

 

 そこで初めて、自分が何をしたのかに気づいた。

 

 手をつないでいる。

 

 混雑の中ではぐれないため。

 

 それだけだと分かっているのに、触れたところから熱が広がっていく。

 

「行こう」

 

「う、うん」

 

 叶多君が人の流れに合わせて歩き出す。

 

 私は手を引かれるまま、その少し後ろを歩いた。

 

 つないだ手ばかりが気になった。

 

 さっきまで普通に話せていたのに、今は何を言えばいいのか分からない。

 

 カラオケで初めて、叶多君とアニメの話をした時のことを思い出す。

 

 自己紹介の時に小さな声で言った『紫電のレガリア』を、叶多君は覚えてくれていた。

 

 私が好きな機体や作品の話をしても、途中で退屈そうにすることはなかった。

 

 話しすぎたと思って謝った時も、面白かったと言ってくれた。

 

 次に見るなら何がおすすめかと、私に聞いてくれた。

 

 それからも、ゲームやアニメの話をすると、知らないことを適当に流さず、分からないところは聞いてくれた。

 

 今日も朝からずっと、私の行きたい場所へ一緒に回ってくれた。

 

 ただ付き合ってくれただけではない。

 

 初めて見るゲームにも興味を持ち、試遊を終えたあとには面白かったと言ってくれた。

 

 私の好きなものを、知らないからと遠ざけず、知ろうとしてくれた。

 

 それが、ずっと嬉しかった。

 

 自分の好きなものを分かってもらえたからだと思っていた。

 

 けれど、今は少し違う。

 

 つないだ手の温かさも、目の前を歩く背中も、全部が大切に思えた。

 

 私は、つないだ手の先をたどるように視線を上げる。

 

 その瞬間、叶多君が振り返った。

 

「大丈夫?」

 

 目が合う。

 

 叶多君は、安心させるように微笑んだ。

 

「もう少しで人混みを抜けられそうだ」

 

「……うん」

 

 胸の奥が、苦しいほど大きく跳ねた。

 

 その理由を、もう知らないふりはできなかった。

 

 やがて人の流れが緩やかになり、前を塞いでいた人の姿も少なくなっていく。

 

「もう大丈夫そうだな」

 

 叶多君が足を止め、つないでいた手を離した。

 

 指先から温かさが消える。

 

 それだけのことなのに、少しだけ物足りなく感じた。

 

「姫岡さん?」

 

「……なに?」

 

「いや、ぼんやりしてたから」

 

「だ、大丈夫」

 

「疲れた?」

 

「少しだけ。でも平気」

 

 叶多君は私の顔を確かめるように見てから、歩き出した。

 

 私も隣へ並ぶ。

 

 会場を出ると、外の空気は中よりも少し涼しかった。

 

 入口付近には、これから帰る人や待ち合わせをしている人が集まっている。

 

 今日が終わってしまう。

 

 そう思うと、帰るのが惜しくなった。

 

 このまま駅へ向かえば、あとは電車に乗って帰るだけ。

 

 もう少しだけ、一緒にいたかった。

 

「あの……叶多君」

 

「ん?」

 

「このあと、時間ある?」

 

「特に予定はないけど」

 

「朝、話してたゲーム機、今日貸せる」

 

「予備があるって言ってたやつ?」

 

「うん。家に置いてある」

 

「じゃあ、今から取りに行ってもいいのか?」

 

「うん」

 

 そこまでは言えた。

 

 ゲーム機を渡すだけなら、玄関先で済む。

 

 でも、本当はもう少し一緒にいたかった。

 

「それで……」

 

「うん」

 

「『アンビバレンス・リバーサル』、少しやっていかない?」

 

「姫岡さんが前に勧めてくれたゲームだよな」

 

「うん。最初は私が教えられるから」

 

「それなら、少しだけお邪魔しようかな」

 

「……うん」

 

 自然に答えようとしたのに、声が少しだけ遅れた。

 

 叶多君は気にした様子もなく、駅へ向かって歩き始める。

 

 その隣を歩きながら、私は小さく息を吐いた。

 

 家へ来る。

 

 叶多君が、私の家に。

 

 自分から誘ったのに、今になって急に緊張してきた。

 

「姫岡さんの家って、ここから近いのか?」

 

「で、電車で二駅。それから少し歩く」

 

「思っていたより近いんだな」

 

「うん」

 

「急にお邪魔しても大丈夫?」

 

「今日は父さん、仕事で帰りが遅いから……」

 

 答えたあとで、その言葉の意味を自分で意識してしまった。

 

 しばらくは、家に二人きりになる。

 

 急に、そのことばかりが頭から離れなくなった。

 

「そうか。連絡はしておいた方がいいな」

 

「うん」

 

 スマートフォンを取り出し、父へ短いメッセージを送る。

 

 クラスメイトにゲーム機を貸すため、少し家へ寄る。

 

 しばらくして、父から返信が届いた。

 

『分かったよ。戸締まりだけ気をつけてね』

 

 それだけだった。

 

 誰を連れていくのか聞かれるかと思っていたけれど、父はそういうことを強く聞ける人ではない。

 

 たぶん気にはしている。

 

 それでも、私が嫌がると思って遠慮しているのだと思う。

 

 電車に乗ってからも、叶多君は今日見たゲームの話をしていた。

 

「『アンビバレンス2』、面白そうだったな」

 

「うん。私も楽しみ」

 

「今日やるリメイク版も、ああいう雰囲気なのか?」

 

「似てる。でも、物語は違う」

 

「じゃあ、実際に遊びながら教えてもらうよ」

 

「うん。分からないところは教える」

 

「頼りにしてる」

 

「……うん」

 

 こういう話をしている間は、いつもどおり話せる。

 

 それなのに、ふと叶多君の横顔を見ると、さっきつないでいた手の感触がよみがえってくる。

 

 慌てて視線を窓の外へ向けた。

 

 二駅先で電車を降り、住宅街を歩く。

 

 見慣れた道なのに、今日は落ち着かなかった。

 

「ここ」

 

 自宅の前で立ち止まり、玄関の鍵を開ける。

 

「どうぞ」

 

「お邪魔します」

 

「部屋、二階だから」

 

「分かった」

 

 階段を上がり、自分の部屋の前へ立つ。

 

 いつもなら何も考えずに開けられる扉なのに、今日は手が止まった。

 

「姫岡さん?」

 

「……少し待って」

 

 散らかってはいない。

 

 それでも、叶多君に見られると思うと急に気になる。

 

 私は一度だけ部屋の中を確かめ、それから扉を大きく開けた。

 

「どうぞ」

 

「お邪魔します」

 

 叶多君が部屋へ入る。

 

 壁際の棚にはゲームソフトや設定資料集が並び、テレビ台の周りには何台かのゲーム機が置いてある。

 

 今日買ったものが入った袋を、ローテーブルの横へ置く。

 

「すごいな」

 

「多い?」

 

「思っていた以上に本格的だな」

 

「……好きだから」

 

「姫岡さんらしいと思う」

 

 叶多君は棚を眺めながら、興味深そうにしていた。

 

 からかわれている感じはしない。

 

 それが少し嬉しい。

 

「貸すのはこれ」

 

 棚の下段から、箱に入ったゲーム機を取り出す。

 

「これが予備?」

 

「うん。同じ機種の通常版。私は上位モデルを使ってるから」

 

「本当に借りてもいいのか?」

 

「使ってないから大丈夫」

 

 箱をローテーブルへ置き、接続用のケーブルも用意する。

 

「『アンビバレンス・リバーサル』は入れてあるから、先に少しやろう」

 

「ああ。お願いするよ」

 

 叶多君がソファーへ腰を下ろす。

 

 私はテレビ台の前へ移動し、必要なものをそろえ始めた。

 

 ゲーム機本体。

 

 電源ケーブル。

 

 映像用の接続端子。

 

 順番につないでいく。

 

 最後にコントローラーを手に取り、ソファーへ戻ろうとした時だった。

 

「あっ」

 

 靴下の先が、ローテーブルの横へ置いた買い物袋の持ち手に引っかかる。

 

 身体が前へ傾いた。

 

「姫岡さん!」

 

 叶多君が咄嗟に立ち上がり、私の腕をつかむ。

 

 そのまま強く引き寄せられた。

 

 けれど、叶多君もその勢いを受け止めきれなかった。

 

 後ろへ倒れ、背中からソファーへ沈み込む。

 

 私も止まれず、その身体の上へ倒れ込んだ。

 

 叶多君の腕が、私の背中へ回る。

 

「……大丈夫か?」

 

「う、うん」

 

 すぐ近くから声が聞こえた。

 

 顔を上げる。

 

 倒れ込んだ拍子に、長い前髪が左右へ流れ、いつも隠れている視界が開けていた。

 

 叶多君と目が合う。

 

 近すぎる距離で、驚いた表情も、熱くなった頬も、全部見られている。

 

「どこか痛くない?」

 

「だ、大丈夫。叶多君は?」

 

「俺も平気」

 

 そう答えながらも、叶多君の視線は私の顔に止まったままだった。

 

 心臓が速く鳴る。

 

 こんなに近ければ、その音まで聞こえてしまいそうだった。

 

 叶多君はすぐに背中へ回していた腕を緩め、代わりに私の肩へ手を添える。

 

「起きられる?」

 

「う、うん」

 

 返事をして腕に力を入れる。

 

 けれど、叶多君に見つめられていることを意識すると、思うように身体が動かなかった。

 

「ゆっくりでいいよ」

 

「……うん」

 

 肩を支えられながら、どうにか身体を起こす。

 

 叶多君も続いて上体を起こし、私がソファーへ座れたことを確かめてから手を離した。

 

「ご、ごめん」

 

「謝らなくていいよ。怪我がなくてよかった」

 

「叶多君も、本当に大丈夫?」

 

「ああ。ソファーだったから平気だよ」

 

 叶多君はそう答えたあと、改めて私の顔を見た。

 

 前髪はまだ横へ流れたままだった。

 

「姫岡さん、目、綺麗なんだな」

 

「……え?」

 

「普段は前髪で隠れてるから、ちゃんと見たことなかった」

 

「き、綺麗……?」

 

「ああ」

 

 叶多君は迷わず頷いた。

 

 からかっているようには見えない。

 

 ただ、思ったことをそのまま口にしたようだった。

 

「顔が見えると、印象も結構変わるな」

 

「へ、変?」

 

「かわいいと思うけど」

 

 頭の中が真っ白になった。

 

 前髪を直そうとしていた手も、そのまま止まる。

 

「姫岡さん?」

 

「あ……」

 

 何か言わないといけない。

 

 そう思うのに、声がうまく出てこなかった。

 

「あ、ありがとう……」

 

 ようやくそれだけ答え、逃げるように前髪を元へ戻す。

 

 視界が狭くなり、叶多君の顔も少し見えにくくなった。

 

 これ以上、顔を見られたくなかった。

 

「袋、こっちに動かしておくな」

 

「……うん」

 

 叶多君が買い物袋を壁際へ移す。

 

 私は床へ落としたコントローラーを拾い上げた。

 

 ただそれだけなのに、まだ指先がうまく動かない。

 

「大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫」

 

 叶多君がソファーへ座り直す。

 

 私はテレビとゲーム機の電源を入れた。

 

 画面にホームメニューが映る。

 

 そこから『アンビバレンス・リバーサル』を選び、タイトル画面を表示させた。

 

「これが、前に話してたゲームか」

 

「うん」

 

 夜の街を映した背景の中央に、主人公が立っている。

 

 背後の鏡には、現実とは違う反転した街並みが広がっていた。

 

「雰囲気あるな」

 

「最初は少し暗いけど、ずっとこういう感じではない」

 

「そうなのか?」

 

「仲間が増えてからは、明るい場面も多い」

 

「じゃあ、やってみないと分からないな」

 

「うん」

 

 新しいデータを作り、叶多君へコントローラーを渡す。

 

 私は叶多君の隣へ腰を下ろした。

 

 さっきより少しだけ間を空けた。

 

 それでも、二人で同じ画面を見るには十分近い。

 

「最初は説明が入るから、その通りに進めれば大丈夫」

 

「分かった」

 

 ゲームが始まり、主人公が夜の街を歩き出す。

 

 叶多君は画面に表示される操作説明を確かめながら、慎重にコントローラーを動かした。

 

「走るのはこれか?」

 

「うん。長く押す」

 

「なるほど」

 

 こうしてゲームの話をしている間は、いつもどおり話せる。

 

 けれど、ふと隣を見ると、さっきの距離を思い出してしまう。

 

 目が綺麗。

 

 かわいい。

 

 また言葉が頭に浮かび、私は慌てて画面へ視線を戻した。

 

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